十九話
「できることはできるんだから仕方ない、か、凄いこと言うねその男の子」
わたしの悩みを聞いて『じゃあ、実際死にそうな人を生き返らせて聞いてみたら?』と車に乗せて病院に連れていってくれたツィアさんが、わたしのさっきまでの話を聞いて愉快そうに笑う。
「ちょっと驚いた、わたし、そんなこと考えたことないから……」
「あたしからしたら特別をスイッチ押すみたいに使う使わないを選べるのが羨ましいかもねぇ。あたしが狂わせてきた人の話する? まず両親なんだけど」
「いやです!!! 貴女の美に付きまとうものとか嫌な予感がする!!」
大正解、とケラケラツィアさんが笑う。
……ツィアさん、本当に尋常じゃなく魅力的だから、凄いことになってるのが想像できるもんなぁ、話を聞くといい人と幸せ生活してるみたいだから安心できるけど……!
「んー、お姉さんね、ちょっと倫理観ってものが足りないってよぅくんとか華名とかに言われるんだよね、それを前提にして聞いて欲しいんだけど――善のやつが殺すのが嫌なら、殺したのを片っ端から生き返らせて辻褄合わせちゃえば?」
わたしが息を呑むのと同時に、ツィアさんは続ける
「だって、出来てしまえるんだからね?」
「……それは、嫌です」
そう、それは何度も考えた、でもどうしても、死ぬ前の人を生かすのと、一度死んだ人を生き返らせるのは感覚が違うのだ。
具体的に言うと、死んだ人を蘇生するなら、わたしはそれをしていい、という言い訳がないとやりたくない。
お仕事だとか、大人に命令されたとか、本人が生きたがってたとか、悪いことをしてない人が事故で死んじゃったとか。
善おにーさんが殺すのは悪いことをした人だ、悪いものだ、何より、おにーさんが罪を被ると覚悟して殺した人だ。
その覚悟を台無しにするのは、何かすごく嫌なのだ。
「ふーん、嫌なんだ、嫌なら仕方ないね」
あっさりとツィアさんは言う。
「……あの、ツィアさん、逆に質問したいんですけど、ツィアさんはわたしや善おにーさんが殺すの、どう思いますか?」
「うーん、好きにしたらいいと思う。だってさ、殺しってそんなに残酷なことじゃないよ?」
さっきの男の子が聞いたらバチギレしそうな発言が飛び出してきた。
ツィアさん、もしかしてかなり独特な世界観をお持ちでいらっしゃる……?
「あたしが考える残酷っていうのはね、人を狂わせること、意志を奪うこと、奪い尽くし壊し尽くし、それでも生かすことだからさ、サクリと終わらせてくれるならすごくすごく優しいなーって思うよ?」
それにさ、とツィアさんは指を立てる。
「善が殺してる奴らは大体そんな残酷を振り回すクズだから、あたしは可愛い頼れる尊敬できる弟分だと思ってるんだ」
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――あぁ、この子はまだ幸福な世界に生きているんだな、とツィアは思う。
ツィアの記憶にあるのは、奪われ続けた日々と、たった一つの耀ける星に出会った後の輝かしい毎日だ。
まず最初にツィアから奪ったのは父親だった、それをみた母親が家に火をつけ、一人になってからはずっと大人に奪われて生きていた。
その時の記憶が言うのだ、死ぬだけなら優しいと、それは救いにもなり得ると。
死んだ方が良い命はあるのだと、それはその頃の自分自身と、子供から奪うのをなんとも思わないゴミどもだと。
そしてツィアを救った男は、そのようなゴミ達を殺した存在だった。
いつも怒っていた男が、いつも生の理由を探していた男が怒りを鎮め、生きる理由を見つける物語は幸と善の物語に関係ないので割愛するが、その人生経験がツィアの倫理観を作り上げた。
それは人殺しを忌避せず、ただ人の自由を奪い去る存在に苛烈な怒りを向ける倫理観だ。
ただその倫理観で言うと、この今日出会った幸という子には不思議な気持ちを向けるしかない。
出来るのにやらない、自分で自分の自由を縛っている、ただその理由が人の自由を操らないため、ということなのだろう。
一言で言うと……良い子なんだろうな、と納得した。
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「良い子が殺すとか殺さないとかやめた方がよくない? 善? いや確かに善もいい子なんだけど……」
「ツィアさん急に独り言やめて? 人殺しとか蘇生とか……確かになんでわたしがこんなに悩まなくちゃいけないんだろう……腹立ってきたな……」
そう言いつつも、何もしないわたしはどうやって生きていけばいいのか、と考えると途方に暮れてしまう。
もういっそお仕事お休み……は出来ないんだった、そうだった。つまり悩まなくちゃダメじゃないか!!!おわり!!!
「あのね幸ちゃん、ちょっと真面目に考えたんだけど、――この話って哲学ってやつじゃない? 一生答えが出ないものだよね?」
「わたしもそれ考えました!!!! ……もう考えるの嫌だよぉ、疲れるよぉ」
めそめそ、とわたしは顔を覆う。
よくよく考えるとわたしは人の命を操ることが出来るけど、操ることそれそのものには忌避感が強いんだ。ただ善おにーさんを愛しているからやりたいのだ。
「なんでわたしにこんな能力があるの? なんでわたしは特別なんだろ、……あっ理由とかあってもわたしは特別なんだ……何も変わらないからいいか……」
はなしが おわって しまった。
運転席のツィアさんが苦笑する、確かに秒で自己完結したのは面白いかもしれない……。
「あはは、辛いよね、特別。でも付き合っていくしか無いんだよ、難しいこと考えるなって言いたいけど、それはしたくないんでしょ? じゃあ棚上げするとかどう?」
「棚上げ……?」
「そ、棚上げ。いくら悩んでも答えが出ないけど善の野郎を一人にさせたく無いから今まで通り仕事しますと叫ぶの。答えが出なくて立ち往生するくらいなら動いた方がいいよ?」
……それはやっていいことなのかな?
「お、納得してない雰囲気。まぁ悩みを投げ捨てるってのはねぇ、でもほら、悩んだことがないのと、悩んだ上で答えが出ないのは月とスッポンだよ? あたしが無駄じゃ無いと保証してあげよう!」
「ツィアさん運転してるんだから前見て! 前!!」
「おっといけない。まぁほら幸ちゃん、家帰ったらあの善のクソボケにこう言ってみな? 『わたしは色々調べてと何もわかりませんがお前のためにやりたいことは変わらなかった!!』って。それからまた二人で悩めばいいよ」
それは……あまりにも……。
「無軌道……すぎやしませんか……?」
「いーのいーの、人生なんてやりたい事を理論武装して突っ走ってる方が少ないんだから、やりたいことが決まってるだけでも許されるべきだよ」
「何に?」
「世界に!!」
タイヤがアスファルトを横滑りする音と同時に車は善おにーさんの家に着いた。
「ほらいって来な、今思ってること全部言うんだよ、今日一日で色々言いたいこともできたでしょ?」