二十話
「お山に来るなんて珍しいな、善、ここはそんないいところじゃないだろう」
妙高が山寺の入り口でおれを出迎える。
ここは妙高が言うところのお山――天狗が住む山寺――だ、最近改築したのか鮮やかな赤い装飾が目に入る。
ここに住むのは天狗の一行と、少しワケがある人間たちだ。
「まぁ来てて気持ちのいいところじゃないっすけど、少し見たくなったっていうか……おしょーさん居るっすか?」
「……和尚に用事ということは人間の方か、……幸ちゃん関係?」
案内されて本堂の方に向かう、いつもおしょーさん――ここにいる人間の面倒を見ている壮年の天狗――がいるのがここだ。
「ま、そっすね。――おしょーさーん、ちょっとしばらくここに居てもいいっすか?」
本堂の扉を開けて、ぼんやりしている人間と一緒に祈祷しているおしょーさんに声をかける。
ふ、と顔を上げて壮年の天狗がこちらを見て、静かに頷いた。
了承を得た俺は広い庭の前、寺の軒先に腰掛けてぼんやりとそこにいる人間を見る。
一人は庭の絵を描いているように見えるが、キャンパスに線をただ引いているだけだ。
一人は掃除をしているか、よく見るとゴミを集めていない、ただ箒を振り回しているだけだ。
そこにいる人間たちは、よく見ると人間らしい行動をこなせていない。
それもそうであって、ここにいる人間は蘇生を二回以上受けた欠けた魂の人間だけだ。
魂というのと意思は密接な関係にあるようで、二回以上蘇生した人間は何かをしたい、という意思を持つことはできるが、それを前のように行えなくなる。
それでも生かされているのは、例えば異能が唯一無二だったり、何か重要な情報を抱えたままだったり、単純に生きていた方が有益だと判断されたからだ。
ぶっちゃけ、見ていても気持ちがいい光景ではない。
ロボトミー、という医療技術が昔あったらしいが、幸ちゃん以外が蘇生した蘇生者とそれの被施術者はかなり近い、らしい。
「今日はどんな悩みがあるのだ?」
思考にもならない、感覚的なものを頭の中で転がしていると頭の上からハスキーボイスが降ってきた。
おしょーさんだ。どうも読経が終わったので来客であるおれを気にかけてくれたらしい。
「んー、悩みっていうかー、……おしょーさん、完全なる蘇生能力者の話、知ってる?」
「ついこの間聞いた。……めでたき事だと思うが、しかし、まだ少女なのだろう?」
「うん、可愛い女の子っすよ。……命を操る事に吹っ切れない、いい子。そんな子がね、おれのために人殺ししたいって言うんすよ」
「…………其方が殺す存在を殺すと言うのならば、まだ善の範疇ではないか?」
おしょーさんは一応宗教関係者だが、天狗なのでそこそこ殺しに理解がある。
「しかし、己としては蘇生に専念して欲しい、とは思う。……実のところ、その蘇生者が見つかってから、この寺の新参者の魂に異常はない、のだ。ただ窮屈な生活に慣れてもらうだけで良い。前の自分と比べて何もできない己と向き合う必要がなくなっている。それはとても喜ばしいことだ」
やっぱりそうなんだな、とおれは思う。
何も幸ちゃんが蘇生させた存在全員おれが殺してるワケではない、そうなったら何人かここに送られて来てるんだろうなと目星は付けていた。
ま、今日ここに来たのはそれが目的では無くて――
「――ねぇおしょーさん、不完全な蘇生者を幸ちゃん、あ、蘇生者の名前っすね。が見たら、多分凄く頑張って仕事すると思うんすよ、でもね、おれは幸ちゃんにこんな手遅れで残酷な景色を見せたくない。これ、ワガママっすかねぇ?」
ヘラヘラと首を傾げておれは問いかける。
答えはそんなに求めてない、だけど、ここで決めたいと思ったのだ。
幸ちゃんをずっと幸福な世界で居させたいと決心したかった、そのためには、おれが思う世界一の手遅れを見に行く必要があると思ったのだ。
「……別に、見なくても仕事は現時点でもしている、ならば見せる必要はない、と愚考する。流石にこの景色を世界で唯一回避できると突きつけるのは少女には重かろう」
ほら、おしょーさんは優しいからおれと同じ答えを出してくれる。
これは甘えだ、そう言う答えが出ると予測しながら問いかける行為の何が甘えではないというのだ。
でも、多分いまのおれにはその甘えが必要なんだろうな、と思う。
幸ちゃんは多分、自分が何者であるかを探してるし、いつか納得するまで止まらないだろう。
でも、だからと言ってその最中で傷ついて欲しくない、というエゴがおれにはある。
おれは過保護でワガママで罪を罪と思わないクズだから、守ると決めた存在はなるべく守り通したいのだ。
その守ることが何も相手のためにならなくとも、だ。
「……善、其方は優しい世界を周囲にもたらしたい、という祈りが強いのは理解している、が、世界はそもそもとして残酷なものだ。悟りに至れない己らの種族がその証左でもあろうよ」
「いつも同じ忠告をありがとう、いや嫌味じゃ無くね? その説教が欲しいんすよ。……おれは完全で完璧じゃないから、いつか何かを取りこぼした時に、おしょーさんの言葉を慰めにするつもり満々なんすよ」
おれだって今まで全てを救えたわけではない。この寺の中にいる蘇生者には、おれが救助したが手遅れだった人だっている。
でも、だからこそ、手から溢れた人を見て、覚悟を決めたい時があるのだ。
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「わたしはおにーさんのために人殺しをします!!!!」
寺で散々この世のおしまいを深く吸い込んだのち、家に帰ったおれを見るなり幸ちゃんが叫んだ。
……話題がループしてない?
「だからおねーさん、お仕事で殺すのはあるけどおれのためって言うのはダメ――」
「おにーさんのためにするのがわたしの出来ることで、やりたいことだから殺します!!!」
「あっダメだ覚悟が固すぎる』
さて、どうしたもんかなぁ、いや今のところは受け入れるしかないんすけど、この話やめさせたいおれとやりたい幸ちゃんで平行線なんだよなぁ
「――善おにーさんはわたしに後悔させたいの?」
「……ん?」
「わ、わたしは今のまま何もしなかったら絶対後悔する、後悔して悪いことをしちゃう。おにーさんが殺しているのは過去をやり直したいと願ったりする悪い人なんでしょ? わたしはそれになっちゃう。それでもいいの?」
角度を変えて来たなぁ……。そうっすね、その問いなら――
「――嫌っすね、幸ちゃんを殺せるか殺せないかで言えば殺れるっすけど、それはかなりしたくないっす」
「な、ならわたしに出来ることをさせてよ、いいのかー!世界で唯一のわたしが悪に堕ちるぞ! いいのかー!??」
必死で胸を張って主張する幸ちゃんがあまりにも面白くて、おれは少し笑ってしまった。
それと同時に本当に当たり前なのだが、そうだ、後悔っておれ以外もするんだったな?
それなら……少しだけ歩み寄ろうという気持ちになった。
「しょーがねーっすね、妙高が言ってた通りの縛り有りなら、おれと一緒に仕事するかぁ、ねえおねーさん、なんか今日あったの?」
「う、うん、色んな人に話を聞いたんだよ。……でもどんなに話しても変わらなかったの、わたしは人殺しをおにーさんのためにするんだって気持ちは変わらなかった」
うーん幸ちゃんからの熱烈なラブコール、これ本当マジでどうやって報いればいいんすかねぇ!?