余話、または与太話
黒檀のような美丈夫がテレビに映っている。
時刻は日曜日の朝、いい子が起きる時間帯だ。
テレビを観ている少女、幸は別に毎週この時間帯にやっている特撮番組を追っているわけではない。ただたまに出会うこの家の三女、爽が時たま言っている定型文――ネットミームと言うらしい――がこの番組シリーズ由来だと聞いたのでなんとなく点けただけだ。
『では勝負をしましょう――このたい焼き機で!!』
「いやジョンさんじゃん何やってんのこの人」
そうしたら大真面目な顔で妙なことを叫ぶ居候先の家長が映っていたのた。
――――――――――――
「ニチアサ観たの幸ちゃん、今日は丁度十年前のレジェンド回でさぁ、いやぁ相変わらず頭がおかしな脚本でサイコー!!」
「爽さんの言ってることの一割もわからない……っ!!!」
いい笑顔でペラペラとオタ・トークを放つ爽を横に退かし、幸は食卓で優雅に朝食を食べているジョンを見る。
「おや、今日が放映日でしたか。今だに私の悪役バレシーンがネットに貼られるというのですからありがたい限りです」
「まず! まず!! ジョンさんって役者だったの!?」
「ええ、はい、まぁ。これでも結構な有名人なのですよ? 現代でも私の神通力が通るのはテレビの向こうの皆さんの信仰のおかげでもあります」
にこり、とまさに神のような笑顔でこともなげにジョンは言う。
「よく分かんないけどたい焼き勝負?とかで与太しまくって稼ぐ信仰はロクなもんじゃないと思う……!」
「いやでもさぁ、神降臨がトレンド一位になるくらいトゥイッターで『神』と認識されてたらそりゃ呪術的にかなりアドじゃない?」
「とぅいったーとかよく分かんないけど変な集まりなのそれ?」
「はい、いいえ、部分的にそう。」
爽の適当な応答に幸は頭を抱えた。
幸はまだインターネットなどの知識を十分に蓄えていない世間知らずなので、インターネットのドブの方のことなどカケラもわからない。
「ふふ、まぁ私も毎日毎日漫画雑誌やアニメのことしか語らない大人どもに思うことはありますが、他人を中傷しないだけ清らかな人類です、許しましょう」
「部分的にドブ以下……?」
「うーん相変わらず理解が爆速だね幸ちゃん! 最近流行りのアニメ見て考察バラまいたらバズりそう!」
「あっドブに行くのは遠慮します……ピラニアにいる川に突っ込むのと一緒なんでしょそれ……」
わいわい、と益体もない話で盛り上がるダイニングの扉が開く。
「はよー。朝から何盛り上がってんの?」
「爽がいるってことはインターネット? クソ人間の吹き溜まりじゃんパスパス」
現れたのは家長ののこり二人だ。
カーターは朝食の前に何かしら仕事をやってきたのだろう、着ている作業着が少し汚れている。
対してオーベロンはまさに寝起きといった様相だ。
二人はそのまま食卓に着き、背後から爽が駆け寄りさっき幸が観ていた番組のスクリーンショットを二人に見せる。
何があったのかを察した二人はそれぞれ半目になり、「まだあの仕事続けてんの?」など口々に言い出した。
「あの仕事とは心外な、ちゃんとした仕事ですとも。年若い子供たちを楽しませる素晴らしい仕事でしょう」
「お前悪堕ちする味方?を熱演し過ぎて公園で毎回ガキに蹴り入れられてたじゃん……」
「良い思い出です」
がやがやと十年前の話で盛り上がる大人たちをぼんやり見ていた幸は、ハッと大事なことに思い至った。
「……もしかしてこの家のお父さんたちってお仕事してる!??」
「してるよぉ、ちゃんと日銭稼いでるよお?」
ケタケタと爽は笑いながら言い、カーターをまず指差した。
「カーター父さんは猟師兼食肉業者、まぁ猟期以外は暇だから基本酒飲んで生きてるけど」
「半分無職では?」
「オレぁ一生分の仕事をした後だからいいの、余生真っ只中なんですぅ」
それはどうかなぁ、と幸がじとっとした目線を向ける中、爽がオーベロンを指差す。
「オベ父さんは華名姉さんの服でバズり散らかして今はデザイナー?なんか服作って死ぬほど高く売り付けてる。あとモデルやったりバラエティ番組に出たりとか」
「デザイナー芸能人……?」
「そうそう、車で拉致られて深夜バスに連れ込まれた挙句にサービスエリアでキレ散らかしてるスクショがネットのオモチャでフリー素材になってんの」
見る? と爽がスマホの画面を幸に向ける。
そこには少し若いオーベロンがカメラ目線で指を突き出し『絶対に許さねェからな!!!』と叫んでいる画像が映っていた。
――キレ散らかすイケメンって映えるし、しかも汎用性が高いなこれ、と幸は思う。
「爽? お父さんの黒歴史をバラさないでくれる? 今はそんなヨゴレ仕事してないしね!!!」
「インターネットのドブの方を歩いてると絶対に見かける画像が黒歴史ってのは生きてて辛くない? お父さん?」
「まずドブに棲むのをやめろ???」
そうだね、と幸はオーベロンのツッコミにしみじみと内心同意する。
インターネットのドブの方、どんな場所かは具体的には分からないが全てを娯楽消費する場所なのだろうな、と普段の爽の生き様から推測できるのだ。
「……そういえば私、この家の人達が何やってるか知らないね?」
「今家出てる一番上の姉が医者の卵、次が華名姉さんでバレエやってる、次がご存じ善兄ちゃんで人殺し、その次が私で今度本を出しまーす!! で、あとはみんな未成年の学生だね」
つらつらと爽が説明する。……あとは?
「……全部で何人子供がいるんですかこの家?」
「全部で九人。それぞれ厄ネタ持ちだから大人になってないと部外者に会わせるの危ないの、ごめんね?」
「謝ることではないと思うけど多い……ええと、でも夫一人につき三人と考えるとギリ普通かな? ……おさかんですね?」
幸がそう言うとカーターとオーベロンは目を逸らした、唯一目を逸らさないジョンだけが口を開く。
「ちゃんと意味分かっていますかね? ――それより、爽、私は初耳ですよ本を出すなどと。カーター?」
ジョンがカーターを睨みつけ、カーターが肩をすくめて返事をする。
「オレには連絡済みだから安心しろ。いやこれが親の欲目もあるんだけどちゃんとした小説でさ、読ませていい?」
「いいよー、これこれ、これが本文なんだけど――」
そう言って幸に手渡されたスマホには横書きの文章が表示されている。
中身は幻想小説だ。魔法使いの少女が数々の神秘の中で不思議な日々を過ごす話。
ただ淡々と日常を書き綴っているだけなのだが、とても清らかさを感じる読みやすい文章で、気がついたら五分ほど読み耽っていた。
「どう? 面白い?」
「――はっ! お、面白いです、けど、あの、インターネットのドブの人がこんな綺麗な文章書くんですか?」
「言うねぇ!! いやさ、フォロワー達が小説バトルで勝負だ! とか与太してたから混ぜてーしてこれ投げたら凄く話題になっちゃってね、書くのも楽しいから続けてたら本になりました!」
「はぁ……ええ……」
小説バトル? とやらはよく分からないが、それでもこんな幻想小説を悪ふざけの流れで投げられた人達は驚いただろうなぁ、とぼんやり思う。
「それにしても、いろんな人がいるんですね……私なんて何もしてない子供ですのに……」
「いや、命を操れる幸ちゃんはそこそこ珍しいからね? ジョン父さんレベルだからね?」