五話
「ということで日常です、日常とは?」
「とつぜん哲学的だね、おにーさん」
幸ちゃんを家に連れ帰って翌日、おれは暇を持て余している。
いや、厳密に言うと暇ではない、頭では色々考えてることがある。
たとえば目の前で同じく暇を持て余して花を萎れさせたり戻してる幸ちゃんの能力をどうしようかなーとか。
学校に行くべき年齢だけど基礎学力どうなってんのかなーとか。
あるんすよ、一応、少しは、多分。
ごめん暇です。
「誰に謝ってんですかねおれはよー。おねーさん、おねーさん。能力に何か代償とかあるかもなんすから暇つぶしで生死をぐるぐるしないの」
「はぁい。」
無駄に広いおれん家の庭、その一角を花畑にした後に幸ちゃんは走り寄ってきた。
……いや、もしかしてサラッと花の種だけサーチして咲かせた? いやまさかそんな、出来るんならチートもいいとこっすよ?
「おにーさん、綺麗でしょ、萎れてたり途中でダメになった花があそこだけ多かったからくいっと」
「さっきのおれの話聞いてた?????? くいっとで物理法則無視しないで????」
むぅ、と幸ちゃんはむくれる。あ、そうか、そもそもとしておれに綺麗なもの見せたかっただけ?
……なんでぇ?
「善は今日もクソボケ、罪深いね」
突然起こるつむじ風、それが収まったと同時に妙高が姿を表す。
天狗だからな、風での転移くらいは余裕でこなせる。
「ちょっと天狗、クソボケってどういうことっすか、あと要件があるならさっさと言う」
「女児であろうと女の好意に初手お礼を言わないのはクソボケ。要件は幸ちゃんの生活の把握、まぁ宮田家が問題のあることは行わないだろうけど。形式上必要。」
肩掛け鞄の中からそこそこ分厚い書類を出し、それをバインダーに挟み猛烈に何かを書き始める。
この天狗、事務作業や雑務の腕が随一なんすよねぇ……。
「幸ちゃん、昨日はよく眠れた? 食欲はある? 嫌なことされてない?」
質問を山のように投げかけ、幸ちゃんはそれに応える。
そしてまたおれは暇になってしまった……
幸ちゃんが基礎学力の把握のためにそこそこ分厚いテストを解き始めたあたりで、妙高が俺に向き直る。
「善、しばらくは幸ちゃんの様子を見るのが仕事になるから。」
「あっうっすうっす、了解っす、……やっぱ蘇生能力者が見つかったのってそこそこ大事っすか?」
「本部では昨日から宮田家への怨嗟で満ちてる、笑える。いつもお前の家は大事を見つけてくるね?」
「そもそもとしてカルト教団の大虐殺とか命じた本部の自業自得ではぁー?」
「はは、よくある仕事だよね」
わははと空虚に笑い合って数分後、幸ちゃんが「できました!」と答案用紙を提出する。
「ふんふん、普通に出来て……いや出来すぎ、え、何、知能系の異能も持ってる?」
横から答案を覗き込む。……ちょっと前に卒業した高校のテストで出ない問題が解けてる……
「ちょっとおねーさん、なんでこれ分かるんすか? どっか学校行ってた?」
「なんか分からないけど知ってる」
幸ちゃんが答える。どうも本当にそれだけが理由のようで、おれたちの困惑に首を傾げている。
「うーん、……その答えが一番問題があるんだけど、まぁいいでしょう。この学力なら学校行かなくても良さそう、よかった」
「えー? 友達作りとか大事じゃないっすかぁー? 異能者なんて基本的に孤独な存在、友達の有無は大事っすよ」
「お前の交友関係もそこそこ狭いくせに何言ってんの。……幸ちゃんは別、最低でも音の魔女じゃないと安全に交友関係なんて築けないでしょ」
それに、と妙高は続ける
「善、お前がいるでしょ。友達から始めなさい」
ちらり、と幸ちゃんに妙高は視線を向ける。なんか含みのある行動っすねぇ……
「……おにーさんは友達? ならいいよ、他の友達は……まだ怖い」
「怖い?」
「殺しちゃったら、って思うと怖い。」
ふるふる、と幸ちゃんは首を振る。
「んー? 能力使うのに自信ないんすか?」
おれは首を傾げる、そうすると妙高が処置無しとばかりに首を振った。
「クソボケ、自信とかじゃなくて加害者になることは社会存在の根源的な恐怖だ、理解してやれ、人殺し」
「おっと二重に罵倒と事実指摘罪、うーん、まぁ分かったっす、でもねおねーさん、いつかは一人になるもんすよ、人間って、だから――」
「クソボケアホカス!」
かなり強くバインダーで後頭部を殴られた。前のめりに倒れかける、何すんだこの天狗!
文句を言おうとして顔を上げると、何故か幸ちゃんが泣きそうな顔になっていた、あれぇ!?
「クソボケアホカス鈍感人の心無し人殺し、子供に現実を投げつけるのは重罪だと知らなかったか?」
「えええええあんだけで泣くの子供って!? おれの弟妹そんなことないっすよ!??」
「幸ちゃんは今不安定で当然――ああもう!! 本当に任せて大丈夫か不安になってくる!」
――――――――――――――――
あれから数分、ずっと土下座し許しを乞うたお陰が、幸ちゃんは泣き止んで落ち着いてくれた。
まだ目尻が赤いが、ちゃんとお話してくれるみたいだ。
「まず、わたしはおにーさんの側がいいです、学校には行かなくていいならいかない」
「うん、わかった。……でも大人同士の決めたことで、もしも私たちが幸ちゃんを求めたら、幸ちゃんは能力を使わなきゃいけない、それは受け入れてくれる?」
「……おにーさんが一緒ならいいよ。」
…………どうも懐かれている? 以上の依存を感じるっすねぇ。
なんで? と妙高に視線を向ける、険しい顔で『しばらくは一緒にいてやれ』と口パクで言われた。
「――善はいいな、いいな? よし、問題ない、じゃあ早速だけど仕事です、幸ちゃん、これから一人、生き返らせたい人がいるの、一緒に来てもらうよ」
「……わかりました」
ぎゅ、と幸ちゃんがおれの手を握る。
少しだけ震えていたから、それを止めるように握り返してあげた。
「おねーさん、多分これからずっと仕事が続くっすよ、でもしばらくはずっとおれが一緒っすから、安心していいっすよ」
「……うん、おにーさんがいるなら安心だよ。おにーさん、あのね」
ちょいちょい、と手招きされたのでしゃがんで幸ちゃんと頭の高さを揃える。
「私がどんなに悪いことしても、おにーさんは味方でいてね?」
幸ちゃんが耳に手を当ててこそこそ話で伝えてくる。
……そんな内緒話する内容っすかねぇ?
「大丈夫っすよおねーさん、悪いことで
当然の一般論を返してやると、幸ちゃんは眉を下げて微笑んだ。
「そんなことないよ、おにーさん」
「え、人殺しよりも悪いこと知ってるんすか? すごいっすね、物知りー!」
「クソボケ、想像力の足りなさを披露しない。じゃ、行くよ、その前に――」
電話で車を呼んでいた妙高がこっちに寄ってくる。
そして背筋を伸ばし、それから胸に手を当てて幸ちゃんに頭を下げた。
「――異能者、幸、我ら本部は貴女を歓迎致します。希くば、その力を人類社会のために振るわんことを」
それは本部が新しく管理するべき存在を保護した際の定型句だ。
だけど、おれはなんとなく――
――あぁ、本当にこれでよかったのかなぁ、なんて、考えてしまっていた。