六話
近頃の病院らしい暖色が多い廊下を抜け、殺風景な地下の霊安室へ向かう。
幸ちゃんは初めてのお仕事に緊張してるようで、ギクシャクと歩いている。
少しでも緊張が解れるようにと手を握ったら強く強く握り返された。
「では異能者・幸さん、貴方にはこれから一人蘇生させて頂きます」
幸ちゃんを登録しに行った際に担当した女性職員が今日も同行している。
そして淡々と今日の仕事を告げた。
「もう既に魂魄がこの世を離れた案件ですが――――」
「この扉の向こうにいる人? それしか死人は近くにないよね? もう起きたよ」
数秒の沈黙の後、職員が慌てて扉の向こうを確認しに走る。
「ねえおにーさん、蘇生に難易度とかあるの?」
「あるんすよー、それがねー。例えばおれらって魂が見えるじゃないっすか、魂見える上に話せる人がいるなら、別に肉体は死んでてもいいじゃないっすか」
少し遠い目をしながらおれは説明を始める。この子はマジで今までどんな生き方してたんすかね、危機感が……無さすぎる……。
「じゃあ蘇生する必要がある存在はどんなものか? 一般人と会話する必要があるもの、それと――魂がもう見えなくなったり破壊された人。……おねーさん、今回かなりやべーことやったんすよ、覚悟しといてね」
「…………魂が破壊されたりいなくなったひと?」
オウム返しで幸ちゃんが疑問を唱える。
「……見たことないっすか? もしかして?」
「んー……? いや、見たことある、なんとなくわかる、けど別に……普通に生き返るよね?」
そんなことはありえない、はず。
だって魂を破壊した存在の蘇生に成功した例は見たことがないのだ。
おれがいつも魂の破壊をしている関係で人よりもずっとその現実を知っている
……でも、幸ちゃんだからなぁ。そもそもとして最初からおかしかったんだよな。
初めての邂逅で、普通なら3回しか生き返れないはずなのに、五回も生き返らせてゾンビアタックさせてたんだから。
扉の向こうから薄ら聞こえる話し声が鼓膜を震わせる。
あぁ、マジで生き返ってる、会話も出来てる、人格がそのままなのだろう、職員のお姉さんの声が上擦っている。
……余談だが、この異能者界隈で研究されている二大巨頭が未来予知と魂の実在なのだ。
今回の案件は魂界隈が底からひっくり返る案件……いや、確かどっかのインド辺りの輪廻転生論者が『全ての魂は元は一つであり、その一つの転生体が全人類だ』なんて滅茶苦茶に聞こえる話を唱えていたな?
その論理で言えば魂が消えてもその大元の一つから作り直せれば……むっずかしいなこの話!! やめやめ!!!
おれが今考えるべきはそういうことじゃない、どうせ人殺し、難しいことなんて向いてない。
守るべきものの手を握り締め、数分後、信じられないものを見た顔で職員さんが部屋から出てきた。
「……ご協力、ありがとうございます。想定以上の成果です。あの、幸さん、同じような蘇生は……他でも出来ますか?」
「出来るよ、私にとって死体も生きてる人もおなじだもん」
「――――分かりました、では、その、……異能者、善、仕事です」
「ん、了解っす。……おねーさん、ちょっと先に上行ってて? 職員さんと離れないように、マジ危険っすからね?」
「? わかった、……すぐ戻る?」
「5分もかからないっすよー」
廊下を戻る二人を見送り、部屋に入る。
中には夢うつつの少女が狭いベッドの上に寝ていた。
「……あぁ、これは夢? 現実? 私は……二度とここにいることはないって……わかる、わかっていたのに」
愛用のナイフを、取り出す。
「わかっていたのに、あぁでもあいつ! あいつが私を殺して!! 殺して……貴方は? 貴方は何? また私は死ななきゃいけないの??!!?」
目を伏せる。その通り、生き返ったのならばいつかまた死ななければならない。
「いやよ、死ぬのは嫌、暗い、暗いのよ、何もないの、安心したの、でも寂しいの!!!」
「――――安心して、おれの手にかかればもう二度とこっちに来ることはないっすから」
今日から嘘になった言葉を放ち、
それを意識の視界の中に露光し、そして――
ナイフで貫いた。
――――――――――――――――――――――――
「――ねぇ職員さん、あんな完全に生き返ったならそのままでも良かったんじゃないっすか?」
夜中、幸ちゃんが寝静まった後、おれは特別な回線を使い職員さんとお話していた。
多分だがこの職員さんとは付き合いが長くなる、ならば言いたいことを言っておいた方がいいだろう。
「本部に所属して長く、同じような仕事を多くこなした貴方らしくない言葉ですね? 死者蘇生、それはまだ正常世界の法則に組み込まれていない。存在が露見したら大問題です、それは――」
「分かってるっす。でも……ただちょっと、嫌になったんすよねぇ、いや、おれが殺すのはどうでもいいんすよ」
「ならば何が?」
「――幸ちゃんが、あの子が、このことを罪だと感じたら嫌なんすよ。そもそも生き返らせなかったらって、後悔とか、して欲しくないっす」
苦笑が耳に響く。
「――善さん、貴方はお人よしですし、それならば最初から異能者・幸を本部に連れてくるべきではなかった。だって――」
「「私/おれたちは正常世界のために闇に沈む存在である」」
本部の理念を同時に口に出す。
その理念は崇高だと思う、必要だと思う、ただ――
「相手の人権を保障するのを条件に所属させる組織が言っていいことじゃなくないっすかぁ!!!???」
苦笑がランクアップした、爆笑が聞こえる。
「それはその通り! 理想と現実、理念と実用の差! まぁ諦めてください、善さん、貴方のような
「あああ理解してるんすよぉ!!! おしまい!! すべてが!!!」
頭を掻きむしりながら通話を切る、知ってんだよなぁクソッタレ!! この世はそこそこクソだらけだって!
でもそれでも、クソから幸ちゃんを、善なる人を守りたい、だから今はおれにできることをするだけだ。
覚悟を再確認したと同時に自室の扉が開く。
そこに立っていたのは父親の一人、愛妻家のカーター父さんだ。
「よう善、お願いされた通りに居候の部屋周りのトラップ山盛りにしといたぜ? どんな厄ネタなんだ、お前がオレに頼るなんてな?」
オレと同じオレンジの髪で片目を隠した、血のつながった父親が半分適当、半分大真面で尋ねてくる。
「完全なる死者蘇生の権能の持ち主っす」
「うおっ、それは大概……なるほど、分かった。まぁよかったな、善よぉ。だってお前の殺しってどうしようもなかったじゃねぇの、それがどうにかなるんだろ?」
「どうにか……なってしまうっすね」
「オレはお前の親だ、……ガキの罪が減る可能性が増えるなら、嬉しいもんだよ」
くしゃ、とオレの頭をてっぺんから撫で付ける。
「……命が戻れば罪は軽くなるんすか?」
「少なくとも奪いっぱなしよりかはマシだろ、深く考えるなよ、善。オレら人殺しは深く考えたら死ぬしかないんだからよ」
――じゃあ幸ちゃんも死ぬしかないんすね?
その言葉は口からは出なかった、あまりにただの、現実、すぎるから。