七話
わたしの唯一の命綱、お願いだから消えないでね。
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記憶がない状態で生きるというのはそこそこ辛いんだな、と夜寝る前にいつも思う。
わたしは幸、人の生死をテキトーに操れる。それだけとわたしの感性だけが知っていることの全てなんだ。
泥沼の上に立っているのと同じ感じ。明日には元の記憶という泥沼に飲み込まれて全く別のわたしとして起きてもおかしくない。
だから毎晩、寝るのがそこそこ怖くなる。
そんな時はわたしの手を取った熱を思い出すのだ。
善、おにーさん、わたしはよいことをするのだと定義してくれた人。
……あの人はなんなのだろう。
わたしが今のわたしとして目覚めた時に目の前にいた人殺し、でもいい人。人殺しなのにいい人?
でもそれ以外に思えないんだ、人のために血まみれになれる人、人の代わりに人を殺せる人。
わたしよりも何倍もよく分からないと思う。わたしは、わたしは……なんのために人の魂を操っているんだろう?
そんな事をつらつらと考えてると、いつのまにか朝になる。
そしてまた、答えを一日先送りするんだ。
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「おねーさん、ただいまぁー」
庭の隅で死にかけの蝉の生死の曖昧さを見ていると、おにーさんがお仕事から帰ってきた。
鼻をくすぐる血の匂い、もう嫌悪感よりも安堵感の方を強く覚えてしまう。
「おかえり、おにーさん。今日もたくさん殺したの?」
「んー? まぁーねぇー。どうも最近予知の精度がわやわやでねぇ、戦力が思ったよりも多くて。まぁこの通り無事っすけど!」
へらへらとなんて事ないように殺してきたとおにーさんは言う。
だからわたしもなんて事ないように「お疲れ様」と返事をするんだ。
じゃないとたまにおにーさんが人殺しなことの重さに耐えられなくなりそうで。
おかしいな、殺してるのはわたしじゃないのに。
最近のわたしは少し変だ、おにーさんに沢山言いたいことがあるような、何か言うのがとても怖いような。
あとおにーさんの笑顔を見ると胸がぽかぽかする、今だってそうだ、……全身血まみれのスプラッターを見てそうなるのは絶対におかしいと思う。
「とりあえずシャワーホース貸して、血をざっと洗い流さないと家汚しちゃう」
「おにーさんは」
おかしいわたしは、
「おにーさんは殺した人が生き返ったらうれしい?」
全く文脈を無視して、聞きたいことを言ってしまった。
一瞬だけ怪訝な顔をしたおにーさん。
それを見て正気に戻ったわたしは、無言でシャワーホースを手渡す。
何か考えるように顔を宙に向け、水を被っているおにーさんが、わたしの目を見つめてきた。
「んんんんんん……おれが殺すのって基本的にね、生きてたらダメな奴なんすよ、だから生き返らせたら二度手間かな、でもね幸ちゃん、それでもやっぱ、こう、たまに願うっすよ? 人殺しじゃないおれをね?」
じゃあ、と口が動いた。
でも、とおにーさんの大きい声が言った
「やっぱねー! 願い事は願うだけじゃないとダメなんすよ! 実際に叶ったら世界が滅茶苦茶になっちゃう! ……おれが殺すのは、結局ね、過去を取り戻したいってダメな願いを叶えてしまった奴らなんすよ、だから、おれは人殺しじゃないとダメなんじゃないかな」
胸がキュッとなった。
なんでだろう? おにーさんの言葉がとても悲しいから? なんで悲しいの?
――
いや、それも違う。おにーさんはおにーさんの願いを叶えるのを諦めてるから、悲しいんだ。
「……おにーさん、いつでもわたしはおにーさんを人殺しじゃなくできるよ、頼んでくれたら嬉しいな」
おにーさんは困ったように曖昧に笑って、わたしの頭を柔らかく撫でる。
あぁ、わたしの唯一できることは求められてないんだな。それが凄く悲しかった。
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「――――ということで幸ちゃんの言動がかなりやべーんすけど、なんかアドバイスないっすか親父」
幸ちゃんを庭に残して逃げるように家の中に入ったおれは、玄関の死角に向けて声を出す。
するとそこから父親が生えてきた。いや、単純に死角に居ただけなのだが、あまりにも姿をヌルッと表すから生えてきたって言いたくなるんすよね……
「んー、そうだね、ベタ惚れだね、諦めて娶れば?」
白い髪に白い服、なのに一切の汚れが見当たらない。そんなよくよく考えると異様な見た目をしてるのが父親の最後の一人、妖精の王様、と自称しているオーベロン父さんだ。
「だからおれはロリコンじゃねーんすよぉー!? 好意は嬉しいけどその手段と提案が倫理観綱渡り!!!!」
「僕妖精だからよく分かんないなぁ、基本的に番が願うことがあれば叶えたくならない?」
「社会って概念知ってる?」
「僕を否定した人類が生きるために必要なものだね、消えてもいいや」
へっ、と鼻で笑ってオーベロン父さんは言う。
……なんかちょっと前に妖精の実在をバチボコに叩かれた結果色々失ったとかで、常識とか一般論とか人類(家族を除く)を無限に怨んでるんすよね、この人(?)
「まぁアレだ、番は大事にしなよ? ちょっとお前のために法則を乱すくらい愛しているんだ、かわいいね?」
「おれの仕事と真っ向から対立するんすよお!! あと愛? 愛なんすか?」
「愛だよ、だから愛を無視してやるな、たとえそれで世界が崩れようと、その愛だけは本物だというのは変わらないだろう?」
「ロマンチストぉ……」
「ロマンチックの代名詞、妖精王だよ僕は」
まぁ馬鹿なことを言ってないで、と父さんが仕切り直す。
「観察し続けているけど、あの子の感性は僕ら寄りだ。あまりにも使える権能が思考や存在に結びついてる。アイデンティティって言うんだっけ? だからあまり能力を否定したり、迷惑がったりしないであげな、悲しくて悲しくて泣いちゃうかもだ」
よよよ、と泣くジェスチャー付きで忠告を投げかけられる。
「う、……了解っす、泣かせたくは、ないんすよ」
「ふふ、もしもお前があの子を本気で守護ると決めたら、世界の法則よりも泣かせないことの方が大事になるよ。そうなったら世界が敵かぁ、人殺しの末路としては上出来かな?」
「だからロリコンじゃ、……いや、恋愛関係ないんすよね、守護るのは、うっす、うっす」
でもまだそこまで覚悟がガンギマリになれないおれを、父さんはニコニコと楽しそうに見ていた。
「頑張れ♡ 頑張れ♡ 僕としては身内の幸福が一番だからね♡」