悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
【第1話】悪夢と悪態と借金取り
「――ッ、ぐ、ぁ……!」
灼熱の激痛。骨が軋む音。そして、嘲笑。
まただ。この忌々しい、破滅の記憶。
光の槍に貫かれ、地に叩きつけられる感覚と共に、あたしの意識は暗闇へ――
「――はっ!」
飛び起きる。
全身、汗びっしょりだ。早鐘を打つ心臓を押さえ、荒い息を繰り返す。
見渡せば、埃っぽくてカビ臭い、安宿のむさ苦しい一室。窓から差し込む朝日が、やけに目に染みる。
頭がズキズキと痛む。高熱にうなされていたか、それともどこかで頭でも打ったか。記憶がまだ靄がかっている。
「ちっ……最悪の寝覚めだね、まったく」
思わず悪態が漏れる。
あたしはセレスティア・フォン・ヴァイス。
落ちぶれたとはいえ貴族の血を引く、ギルド登録・銀札の冒険者様だぞ? なんでこんな掃き溜めみたいな部屋で寝起きしてるんだか。
その時、ズキズキと痛む頭の中に、別の記憶が濁流のように流れ込んできた。
満員電車。鳴り響くキーボード。嫌味な上司。安アパート。
そうだ、あたしは思い出した。現代日本と呼ばれる場所で、しがないOLをやっていた前世の記憶。
そして、そのOLが現実逃避に熱中していたクソゲー『エターナル・ファンタジア』の知識。
この世界は、そのゲームの世界。
そしてあたしは、そのゲームの……悪役。
散々プレイヤーのヘイトを集め、最後は主人公とそのパーティに断罪されて無様に死ぬ、噛ませ犬の悪役令嬢。
まあ、家からは勘当同然だから『元』令嬢だけどね!
(は……? ふざけんな!! なんであたしが、あんな惨めな死に方しなきゃなんないんだよ! 理不尽にもほどがあるだろ!)
腹の底から、怒りと恐怖が同時に込み上げてくる。
冗談じゃない。誰が、そんな運命、受け入れてやるもんか!
震える手で、自分の状況を確認する。
服は安物で薄汚れている。
持ち物は……懐を探っても、出てくるのは銅貨が数枚。それと、ギルド発行の身分証。
そこには確かに「銀札」のランク。現役だ。
実力だけは、まだ辛うじて残っているらしい。
だけど。
その実力も、今のあたしにはほとんど何の役にも立っていない。
あたしの悪評――「性格最悪」「トラブルメーカー」「平気で仲間を切り捨てる」――はギルド中に轟き、まともな依頼はとっくに枯渇。
そのくせ、見栄っ張りで浪費家。最近じゃギャンブルにまで手を出して大負け。
金目の装備はほとんど売り払い、資金は完全に底をついていた。
部屋を見渡す。
安酒の空き瓶。安物の化粧品。ガランとした荷物。
ああ、思い出した。宿代も数日分滞納してるんだった。
ギルドからの前借りも、この間のトラブルで断られたばかり。
おまけに……そうだ、あのヤバい連中への借金! 返済日がもう間近なはずだ!
(まずい……! 銀札だってのに、このままじゃ宿代も払えない! 借金取りも来る! 破滅イベント以前に詰んでるじゃないか!)
崖っぷち。いや、もう片足は崖から落ちかかってる。
実質、破産寸前の借金まみれ問題児。
それが今のあたし、セレスティア・フォン・ヴァイスの実態だった。
我ながら、反吐が出るね。
(宿代、どうしよう……!)
頭を抱えた、まさにその時。
バン! バン! バン!
扉が壊れんばかりに、乱暴に叩かれた。
「セレスティア! 起きてるのは分かってるんだ! いい加減宿代を払え!」
宿の主人の、怒鳴り声。あーあ、やっぱり来たか。
「銀札様だろうが何だろうが、これ以上滞納するなら今すぐ叩き出すぞ! あんたの悪評はもう聞き飽きたんだ!」
ガチャガチャとドアノブが回される。
本気だ。
ここで追い出されたら、行く当てなんてない。
借金取りの格好の餌食だ。
一瞬、前世の気弱なOLの心が悲鳴を上げる。
……いや、違う。落ち着け、あたし。
あたしは悪女セレスティアだ。
ここで泣き寝入りするタマじゃないだろ?
(使える手は……ああ、あるじゃないか。あのクソゲーの、くだらないサブクエスト情報が!)
覚悟を決め、わざと面倒くさそうに、ゆっくりと扉を開ける。
「……うるさいね。朝っぱらからギャーギャー騒ぐんじゃないよ、この豚」
「なっ……! き、貴様、まだそんな口を……!」
顔を真っ赤にして怒鳴る宿の主人を、あたしは鼻で笑って見下ろす。
「で? 宿代が払えないと言ったら、あんた、どうするんだい?」
「な、なんだと!? ふざけるな! なら今すぐ叩き出してやる!」
「へえ、威勢がいいね。でも、その前にちょっと聞きたいことがあるんだけど」
あたしはわざとらしく首を傾げ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「あんたさ、衛兵隊のバルガス隊長が、時々お忍びでこの宿を使ってるだろ? それも、懇意にしてる商工ギルドの有力者の奥さんと一緒にさ」
宿の主人の顔色が、面白いようにサーッと青ざめていく。
よし、やっぱり知ってたか。
これも原作のサブイベントで手に入る街のゴシップネタだ。
まさかこんなところで役に立つとはね。
「な、何を……でたらめを言うな!」
「でたらめ? ふーん。じゃあ、そのバルガス隊長の奥さんに、ちょっと教えてあげようかな?」
「あんたの宿で、旦那さんが若い美人な奥さんと『秘密の会合』を重ねてるってね。ああ、もちろん、商工ギルドの旦那の方にもだ」
「ついでに、衛兵隊とギルドの上層部にも報告しとこうか?」
「公序良俗を乱す行為と、職権乱用だってね。あんたの宿も、ただじゃ済まないと思うけど?」
宿の主人はわなわなと震え、脂汗をだらだら流している。見たまえ、これが情報の力だよ、デブ。
「ひっ……そ、そんなことをしたら、お前だって……!」
「あたし? あたしは別に構わないよ。どうせ評判なんて最低だし、失うものなんて何もないからね」
「それより、あんたはどうだい? 長年かけて築いてきたこの宿も、信用も、全部失う覚悟はあるのかい?」
あたしは一歩前に出て、宿の主人の耳元で囁くように言った。
「あたしを追い出して破滅するのと、少しの間あたしを黙って泊めておくの、どっちが『お得』か、あんたのその豚みたいな頭でも分かるだろ?」
言葉とは裏腹に、声には一切の温度を込めない。
そして、目には最大限の侮蔑と脅しを込めて、相手を射抜く。
「あたしは銀札のセレスティアだよ。今はちょっとツイてないだけさ。すぐに金策はつける。だから、少しだけ待ちな」
「……まあ、例の借金の連中があたしを探しに来るかもしれないけどね?」
「ここで騒ぎになったら、隊長の件も一緒にバレちゃうかもねぇ?」
腐っても銀札。
修羅場を潜り抜けてきた者の持つ、有無を言わせぬ迫力。
それと、具体的な弱み。
これで落ちないはずがない。
宿の主人は、完全に戦意を喪失したようだ。
顔面蒼白で、ぶるぶると震えている。
(くそっ、この悪女め……! だが、ここで事を荒立てるわけには……!)
そんな内心が透けて見える。しばらくの沈黙の後、宿の主人は絞り出すような声で言った。
「……わ、わかった。少しだけだぞ! 必ず払ってもらうからな!」
「はいはい。分かったらとっとと失せな。目障りだよ」
あたしが手をひらひらさせると、宿の主人は屈辱に顔を歪ませながらも、逃げるように去っていった。
「ふん、チョロいもんだね」
扉を閉め、その場にへたり込みそうになるのを必死でこらえる。
荒い息をつきながら、冷や汗を手の甲で拭う。
……いや、ちっともチョロくない。
今は運良く切り抜けられただけだ。
根本的な問題は何一つ解決していない。
宿代は滞納したまま、借金もある。
何より、破滅の運命が刻一刻と迫っている。
冷静さを取り戻し、改めて考える。
銀札の実力? ああ、あるだろう。
だが、それだけじゃ足りない。
悪評と金銭状況が足を引っ張り、いずれジリ貧になる。
それに、「原作」の主人公パーティは、最終的に神がかり的な力で悪を断罪する。
あたしがどれだけ足掻こうと、奴らと同じ土俵で戦う限り、勝ち目はない。
奴らの予想を超える「力」。あたしだけの「切り札」。
そこで、改めて自分の特性を思い返す。
腕力、器用さ、知性、カリスマ……どれもパッとしない。
だが、一つだけ。
ゲームのステータス設定で、異常なまでに高かったものがある。
(この『耐久力』……!)
そうだ。
まるでサンドバックにするためにあつらえられたかのような、異常なまでのタフネス。
普通なら死にステータス。
能力値の再設定が可能なこの世界では、誰もが見向きもしない非効率な能力値。
普通なら、とっくにリセットして器用さ(戦闘や技術系で万能)かカリスマ(交渉や統率で有利)に全振りするのが定石だ。
(けど、今のあたしにリセットする金もコネもない。それに……リセットしたところで、結局は奴らと同じ土俵だ。それでは意味がない!)
だったら、逆用するしかない。
誰もが切り捨てた、この非効率なステータスにこそ、あたしの活路があるはずだ。
前世のゲーム知識の片隅に、確かあった。
誰もが馬鹿にした、マイナービルド。
耐久力を、他の力――それこそ、圧倒的な「移動能力」と「攻撃力」に転換する、特殊なビルドが!
(これだ! これしかない!)
暗闇に光が差す。
そうだ、これならあるいは!
(まずは『足』だ! どんな状況からでも逃げ切れる! 追いつける! 絶対的な機動力が、今のあたしには必要だ!)
最初の目標が決まった。
あのマイナービルドの第一歩、耐久力を走力に転換する能力の獲得。
決意は固まった。
腹の底から、ふつふつと力が湧いてくる。
絶望している暇なんてない。
(感傷に浸ってる暇はない!)
勢いよく立ち上がり、汚れた服を脱ぎ捨て、一番マシな冒険者用の服に着替える。
(銀札のプライド? そんなもの、破滅の前じゃ何の役にも立たないゴミ同然だね。今は実利が全てだ)
(まずは情報収集。そして、あのクラス……『伝令士』について調べる!)
耐久力ビルドの基礎となる移動能力。
その獲得に最も適しているのは、おそらく『伝令士』。
地味で、過酷で、報酬も安い仕事。
だが、今のあたしにはそれが必要だ。
最低限の身なりを整え、部屋を出ようとした、まさにその瞬間。
ぞくり、と背筋に悪寒が走った。
路地の暗がりから、粘つくような、明確な悪意のこもった視線を感じる。
(……!?)
反射的に振り返り、鋭い視線を向ける。
だが、そこには雑多なゴミと影があるだけで、人影は見当たらない。
(気のせい……いや、違うな。確実に、誰かが見ていた)
冷や汗が再び滲む。
誰だ? 宿の主人? 借金取り? それとも……。
その時、あたしの部屋のドアが、再び、今度は遠慮がちにノックされた。
身構えながら扉を開けると、そこに立っていたのは、宿の主人とは違う、ガラの悪い、しかし妙に統制のとれた雰囲気の男が二人。
見たことのない顔だが、その目つきは明らかにカタギじゃない。
「よう、セレスティアの嬢ちゃん。ちーっとばかし、お話があるんだが?」
男の一人が、嫌らしい笑みを浮かべて言った。
その手には、あたしの借金の証文らしき羊皮紙が握られている。
「親分がね、『明日の日没までに、借りたもんはきっちり返してもらうように』ってさ」
「もし返せなかったら……まあ、分かってるよな? あんたほどの『銀札様』なら、色々と『高く売れる』だろうからなぁ?」
まずい。最悪のタイミングで、借金取りが来た! しかも、タイムリミット付きで!
「見てなよ、クソみたいな運命とやらを」
あたしは内心の焦りを押し殺し、できるだけふてぶてしい、悪女らしい笑みを唇に浮かべてみせた。
「このあたしが、全部根こそぎひっくり返してやるから!」
言葉とは裏腹に、頭の中はフル回転を始めている。
金策、情報収集、そして『伝令士』への道。
残された時間は、わずか一日。
あたしの、崖っぷちからの反撃が、今、始まる――!
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