悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
警戒心を最大レベルに引き上げながらも、あたしは無意識に店主の肌と髪に目をやっていた。
怯えきった小動物みたいな態度とは裏腹に、その肌は驚くほど滑らかで、艶がある。
髪もそうだ。
苦労知らずのお貴族様でもあるまいし、どうやったらこのレベルを維持できるんだ?
(……あたしの今のボサボサ髪と、連日の無理がたたったカサカサ肌とは大違いだね。ムカつくけど、見過ごせないクオリティだ)
(それにしても、この店主……ヒロインやサブヒロインにしては華がなさすぎる)
(歳だって、あたしよりいくつか上に見える。原作開始が数年後だとしたら、どう足掻いてもメインキャラにはなれないだろうさ)
(だが……この美容スキルは本物だ。利用価値は、ある)
あたしが内心で算盤を弾いていると、事態はさらに予想外の方向へ転がった。
極度の緊張が限界を超えたのだろう。
店主の顔色が、みるみるうちに人間離れした、陶器のような白さに変わっていく。
そして、額の両側から、隠されていたのであろう、小さな黒い角がにゅっと突き出してきたのだ。
本人はまだ、自分の身に起きた変化に気づいていないらしい。
「あ、姐御っ! まさかこいつ……魔族っ!?」
隣で固まっていたリリが、ようやく異変に気づき、裏返った悲鳴を上げた。
「ま、まま魔族じゃ、あ、ありり……」
店主はリリの言葉にさらに狼狽し、否定の言葉を繰り返す。
自分が今、どんな姿になっているかも知らずに。
(ああ、もう……面倒な!)
ここで魔族の存在が露見すればどうなる? 教会が黙っているはずがない。異端審問だの討伐だの、大騒ぎになるのは目に見えている。
そうなれば、この店と取引のある鍛冶親方の工房にも、いらぬ疑いがかかるかもしれない。
それは困る。
あのコネは、あたしの生命線になり得るのだから。
あたしは努めて平然と、リリと店主に聞こえるように言った。
「ここに魔族がいる訳がないだろう。馬鹿なこと言うんじゃないよ」
「「!?」」
リリと店主が、信じられないものを見るような目でこちらを向く。
「魔族がいるなんて噂が広まってみな。勘違いした教会が、この辺り一帯を無差別に焼き払うかもしれないんだよ」
あたしは言葉を切らずに続ける。今度は店主の目を見て、釘を刺すように。
「それに、店主。あんただって、鍛冶親方から特注の鋏を定期的に買うくらいには、まともな商売をしてるんだろう?」
よしよし。暴れず聞いてるね。
「妙な誤解を招くような格好や言動は、自分の首を絞めるだけだよ」
あたしの言葉に含まれた脅しと、「この場は不問にする」という意図を、店主は怯えながらも正確に読み取ったらしい。
真っ白な顔のまま、必死に言葉を絞り出した。
「そ、そうです! 今までのは、全部、えんぎ……演技ですからっ!」
角、生えたままだけどね。
あたしは呆れつつ、リリの耳元で囁いた。
「帰ってから親方にこっそり聞いてみな。人間社会に人間以外の種族が紛れてるなんて、そう珍しい話じゃないさ」
(まあ、原作じゃ主人公に味方する美形種族は『善良な隣人』、そうじゃない奴らは問答無用で『邪悪な敵』扱いだったけどね。まったく、クソゲーはこれだから……)
そんな騒動がありながらも、店主はプロとしての仕事はきっちりこなした。
もはや芸術的な手つきでリリの髪を整え、何やら特殊な薬液で肌の手入れを施すと、見違えるようになった。
生活に疲れた工房の手伝いの娘、という印象は薄れ、歳相応……いや、少し若々しく見えるくらい、垢抜けて活気のある少女へと変貌していた。
「す、すごい……!」
鏡を見て、リリ自身も驚きの声を上げている。
あたしもついでに、最低限の髪の手入れだけ頼んだ。
パサつきは取れて指通りは良くなったが、鏡に映る自分の顔は、相変わらずどこか疲れていて、苦労が滲み出ている。
美人は美人でも、「訳あり」感が拭えない。
まあ、付け焼き刃じゃこんなものか。
リリは自分の変わりように興奮冷めやらぬ様子だったが、仕事があることを思い出し、店主とあたしに何度も頭を下げて、足取りも軽く工房へと戻っていった。
店に残ったのは、あたしと、まだ角を出したままの白い顔の魔族の店主だけ。
あたしはリリが出て行ったのを確認すると、店主に顎でしゃくった。
「今日はもう店仕舞いしな」
有無を言わさぬ口調で指示すると、店の入口に向かい、「閉店中」と書かれた札を表にかけ、内側からしっかりと鍵をかけた。
ついでに、窓の鍵も確認する。
(まったく、戸締まりが甘すぎる。これじゃあ、いつ誰に入られてもおかしくない)
一連のあたしの行動を、店主は壁際で縮こまりながら、怯えた目で見ていた。
あたしは店の真ん中に戻り、壁に寄りかかって腕を組むと、改めて店主に向き直った。
「さて、と。あんたのあの怯えようは、演技かい? それとも、素かい?」
「ひゃ、ひゃい……! す、素、ですぅ……!」
「だろうね。演技なら、もう少しマシなやり方があるだろうさ」
圧倒的な実力者が演技してるって可能性もありはするが、もしそうなら考えるだけ無駄だ。
「素なら、それはそれで厄介だ。あんたが教会に捕まって異端審問にかけられようが、魔族狩りに遭おうが、基本的にはあたしの知ったこっちゃない」
この治安の悪い世界での異端審問がどんなのか、深く考えなくても分かる。
「だがね、あたしの身近で騒ぎを起こされるのは、非常に迷惑なんだよ」
あたしは言葉を続ける。
「言っておくが、あたしは教会とは基本的に反りが合わない」
「回復魔法をくれる神様には感謝しかないが、その威を借るだけの人間どもは信用していない」
「あんたのせいで、ああいう連中と関わる羽目になるのは、絶対に避けたいんだ」
馬鹿でも分かるように言ってから、じっと店主の目を覗き込んだ。
「い、異端審問……こ、こわい……」
店主はぶるぶると震えている。あたしの話、ちゃんと聞いてるのかね?
あたしはため息をつき、本題に入る。
「さっきの鑑定魔法。あたしの何を、どこまで視た? ……正直に答えろ、とは言わない。どうせ誤魔化すだろうからね」
あたしは目に力を込める。
「だが、これだけは言っておく。もし、あたしが知られたくない情報を覗き見たのなら、今すぐ、完全に、忘れな」
「無用な敵を作るのが、どれだけ自分の首を絞めることになるか、それくらいは分かるだろう?」
あたしの低い声と冷たい視線に、店主はこくこくと必死に頷く。
少し間を置いて、あたしは口調を少しだけ和らげた。
「……まあ、ついでだ。あんたの腕は確かなようだしね。肌や髪に潤いだの艶だのを与える魔法があるなら、このあたしにも使ってみな。もちろん、正規の代金は払う」
「え、ええっと……その、肌の色を変える魔法は、術者にも、受ける方にも、結構負担が大きいですよ……?」
店主が、おずおずと答える。
どうやら、あたしが要求しているのが見た目の変化だけではないと理解したらしい。
肌の色もそうだが肌の潤いがね、野外が中心の冒険者生活だときついんだよ。
あたしが危害を加えるつもりがないこと、むしろ客として接しようとしていることを理解したのか、店主の表情から少しずつ怯えが消えていく。
だが、安堵した途端、この魔族は別の意味で面倒な本性を露わにし始めた。
「あ、あの、でも、人間の肌って、元々キメが粗いですからねぇ。それに、魔法への耐性も低いですし……」
「やっぱり、脳みそまで筋肉、って言うのは本当なんですねぇ?」
悪気は、おそらくないのだろう。
ただ、人間という種族を根本的に見下している。
そして、それが相手をどれだけ不快にさせるか、全く理解していない。
コミュニケーション能力が致命的に欠如している上に、魔族特有の(この個体は魔族としては差別意識が薄い方だが)差別意識が、その言葉の端々から滲み出ていた。
カチン、ときた。
あたしは一瞬で表情を消し、次の瞬間、満面の笑みを顔に貼り付けた。
ただし、目だけは一切笑わせない。
「……へえ? 脳筋、ねぇ……」
ゆっくりと店主に近づき、その白い頬を、むにっ、と指でつまむ。
「この業界、不用意な発言で客を怒らせたら、どうなるか知ってるかい? 悪評が広まって店が潰れるだけじゃ済まないこともあるんだ」
「場合によっては……命で代償を払う羽目になるかもしれないねぇ?」
声音はあくまでも穏やかに。だが、込められた殺気は本物だ。
「……今の無礼な暴言は、もちろん、冗談……だよ、ね?」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!!」
店主は、今度こそ本気で絶叫した。
安堵からの恐怖への落差が激しすぎたのだろう。
白目を剥いて泡を吹きそうだ。
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! た、助けてください! あ、足でもなんでも舐めますからぁぁ!」
完全にパニックを起こし、床にへたり込んであたしに必死に許しを請う。
その姿は哀れだが、同情はしない。
「気安く触るなと言っただろ」
あたしは冷たく突き放す。
「あんたを庇う義理もなければ、メリットもない。教会に目をつけられるリスクを考えたら、割に合わなすぎる」
「そ、そんなぁ! お、お金ならあります! 腕だって、確かです! な、なんでもしますから! お願いしますぅ!」
必死に食い下がってくる。その必死さだけは本物らしい。
(……やれやれ。この美容スキルと、厄介だが有用な鑑定能力。それに、鍛冶親方との繋がり。完全に切り捨てるのは、惜しいか……?)
あたしは内心で再び計算する。
リスクとリターン。利用価値。
ため息を一つ。
「……分かった。あんたを保護するつもりはない。だが、依頼としてなら受けてやる」
あたしの言葉に、店主が顔を上げる。
「あたしは銀札の冒険者だ。金さえ払えば、大概の厄介事は片付けられる」
「もちろん、報酬は高くつくけどね。それでもいいなら、何か本当に困ったことが起きた時に、相談くらいは乗ってやるよ」
「は、はい! はいぃ! お願いしますぅ!」
店主は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、何度も何度も頷いた。
「それで、さっきの鑑定の話だけど」
あたしは話題を本筋に戻す。
「あたしの耐久力、あれは最大で3桁の数字で表示されるのかい?」
「は、はい……。じゅ、10進数だと……きゅ、999が最大値、みたいです……」
「そうかい」
あたしは短く応じる。
(999……。カンストってやつか。まあ、そうだろうとは思ってたけどね)
内心で、自嘲気味な笑いが込み上げてくる。
(他の能力がこれくらい高ければ、もっと楽な人生だったろうにね。なんでよりによって、一番使いにくいステータスがカンストしてるんだか)
「話はそれだけだ。それじゃ、あたしはこれで失礼するよ」
あたしは踵を返し、店の出口へと向かった。
「……!」
背後で、店主が息を呑む気配がする。振り返らなくても分かる。
きっと、今にも捨てられる子犬のような、不安と懇願に満ちた目であたしを見ているのだろう。
「……なんだい、その態度は」
あたしは扉に手をかけたまま、呆れたように言った。
「捨て犬みたいな真似をしたって、あたしはタダ働きはしないよ」
それでも、店主は何も言えず、ただ嗚咽を漏らすだけだった。そのあまりの情けなさに、あたしは思わず、本日何度目か分からない深いため息をついた。
「……ああもう、分かった、泣くな!」
半ばやけくそ気味に、あたしは振り返って言った。
「次に何か頼みたいことがあるなら、ちゃんとした依頼書と、それに見合う金を用意して、冒険者ギルドを通してきな!」
「あたしを騙すつもりで演技してる方が、よっぽど気が楽だよ……。あたしにだって良心てのが少しは残ってるんだ」
捨て台詞のようにそう言うと、あたしは今度こそ扉の鍵を開け、外へと出た。背後で、店主の安堵したような、しかしやはり不安げな気配を感じながら。
厄介な秘密を知られ、そしてさらに厄介な協力者(?)を得てしまった。これが吉と出るか凶と出るか。今はまだ、分からない。
ただ一つ確かなのは、あたしの破滅回避への道が、また一つ、面倒な方向に転がり始めたということだけだった。