悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第11話】銀の証明、鉄槌の選択

希少鉱石を巡る騒動と、あの厄介な魔族の美容師との遭遇から数日。

 

懐には依頼達成で得た、ずっしりと重い金貨袋が収まっている。

 

これでようやく、文字通り裸一貫に近い状態から脱却できるだろう。

 

まずは装備の更新だ。

 

あたしは冒険者ギルドへと足を向けた。

 

道すがら、ショーウィンドウに映る自分の姿を確認する。

 

服装は相変わらず安物だが、一番マシなものを選んだつもりだ。

 

腰に巻かれたベルトは新調した上物で、手首には防御系の魔法効果が付与された腕輪がきらりと光る。

 

これらは性能と実用性を最優先で選んだ結果だが、以前の安物よりはいくらかマシな見た目だろう。

 

自己満足の範囲かもしれないがね。

 

問題は武器と防具だ。

 

防具は例の鍛冶親方に特注品を発注済みだが、あたしの体格に合わせて作る必要があるため、完成にはまだ時間がかかる。

 

当面は動きやすさを重視した革のベストと、先日購入した頑丈な安全靴で我慢するしかない。

 

そして一番の問題は、腰に差した鉄の杖――まあ、見た目はほぼ金属バットだ。

 

先日の鉱石輸送の道中で無茶な使い方をしたせいで、表面には無数の傷がつき、わずかに歪んでいる気もする。

 

これでも銀札か、と自分でも呆れる有様だ。

 

後で親方のところに寄って、新しいのを手に入れなければ。

 

ギルドの重い扉を押し開けると、特有の汗と酒と、微かな血の匂いが混じった空気が鼻をつく。

 

そして案の定、朝のギルドは活気と……あたしに対する冷ややかな視線、侮蔑的な囁き、値踏みするような好奇の目で満ちていた。

 

「あら、セレスティア様じゃないですか。相変わらず貧相な装備で……銀札としての自覚がおありなのかしら?」

 

ギルドに入って早々、聞き覚えのある嫌味な声が飛んできた。

 

見れば、取り巻きを連れた、いかにも性格の悪そうな女冒険者だ。

 

周囲からも、クスクスという嘲笑や、「またトラブルか」「近寄らない方がいい」そんな囁きが聞こえてくる。

 

ふん、ハエどもが。

 

いつものことだね。

 

あたしはそいつらを一瞥もせず、受付カウンターへ向かおうとした。

 

だが、それを遮るように、ギルド職員が硬い表情で立ちはだかった。

 

「セレスティア・フォン・ヴァイス殿。少々お話が」

 

「……あたしに何か用かい?」

 

面倒くささを隠さずに応じると、職員は周囲に響くような、少し改まった声で言った。

 

「貴殿の現在の装備について、ギルドとして看過できないとの声が上がっておりまして」

 

「は? あたしの装備があんたたちに何か関係あるのかい?」

 

「銀札冒険者には、そのランクに相応しい武具を維持する責務がございます」

 

職員があたしを上から下まで見る。

 

「現在のセレスティア様の装備は、正直申し上げて、銀札の水準を満たしているとは言い難いかと……」

 

(チッ、やっぱり来たか。あのクソ役人あたりがチクったのか、それとも……教会か)

 

「防具は特注で発注済みだと言ってるだろう? 武器だって、これから新調しに行くところだよ」

 

「大体、壊れたからって銀札が使うような代物が、そこらの店でホイホイ手に入るわけないだろう!」

 

内心の毒づきを半分ほど表に出して反論する。

 

だが、職員は表情を変えずに続けた。

 

「事情は理解できます。しかし、それとは別に、教会から強い要請がありまして」

 

「教会?」

 

嫌な予感が背筋を走る。

 

あのクソアマ(アリサ)か、あるいはもっと厄介な連中か。

 

将来的な幹部の候補であるアリサがあたしを敵視しているのも理由の一つだろう。

 

アリサ以外の教会の人間も、銀札の中でも特に強く見えるあたしの強さを見たことも理由の一つかもしれない。

 

公的な立場を利用した、あたしへの嫌がらせか、あるいは何か別の魂胆があるのか。

 

どっちにしろ、面倒極まりない。

 

「貴殿が銀札として真に適格であるか、その実力を改めて示していただきたい、と。つきましては、ギルド主催で『試験』を受けていただきます」

 

「……はぁ!? 試験だと? なんで教会がそんなことに口出ししてくるんだよ!」

 

「これは決定事項です。拒否される場合、銀札資格の停止も検討せざるを得ません」

 

職員は淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で告げる。

 

周囲の冒険者たちは、このやり取りを面白そうに、あるいは侮蔑的に見ている。

 

「おいおい、試験だってよ」

 

「やっぱり弱くなったんじゃねえのか?」

 

「これで銀札剥奪されたら笑いものだな」

 

(……クソッ、売られた喧嘩は買うしかないってわけか。上等じゃないか!)

 

あたしは深呼吸一つで怒りを鎮め、ふてぶてしい笑みを浮かべた。

 

「へえ、試験ね。いいだろう、受けてやるよ。で? いつ、どこで、誰とやればいいんだい?」

 

試験会場に指定されたのは、ギルドの裏手にある訓練場だった。

 

観客席には、暇を持て余した冒険者たちが、野次馬根性丸出しで集まっている。

 

その中には、先ほどあたしに絡んできた連中の顔も見える。

 

「さて、試験を始める」

 

ギルド幹部の、厳つい顔つきの男が宣言する。

 

「相手は、ギルド所属、ベテランの元騎士、ゲオルグ殿だ。セレスティア銀札、ゲオルグ殿と立ち合い、銀札たる力量を示してもらいたい」

 

「勝敗は問わん。良い勝負をすれば合格とする。もちろん、打ち倒しても構わん」

 

現れた対戦相手、ゲオルグと名乗る男は、年の頃は四十代半ばだろうか。

 

全身を分厚い金属鎧で固め、巨大な戦斧を手にしている。

 

いかにも重戦士といった風体だ。

 

顔には歴戦の傷跡が刻まれ、その眼光は鋭い。

 

その装備、どことなく教会の騎士団の様式に似ているような気もする。

 

あたしは腰の鉄杖(バット)をゆっくりと引き抜く。

 

先日の戦闘でついた傷や歪みが、その武骨さをさらに際立たせている。

 

観客席から、嘲笑と侮蔑の声が飛んでくる。

 

「おいおい、武器はそれかよ!」

 

「金属バットじゃねえか! ププッ!」

 

うるさい。

 

あたしは観客席を一睨みすると、対峙するゲオルグに向き直った。

 

ゲオルグは無言のまま、戦斧を構えている。

 

その隙のない構えからは、相当な手練れであることが窺える。

 

(足を止めて正面から打ち合ったら、この鉄塊じゃ勝ち目はない。戦斧の一撃で叩き折られるのがオチだ)

 

(だけど……『足』で十分加速してから、この鉄塊(バット)で叩きつけたらどうなる?)

 

(あの重装甲でも、衝撃は殺しきれないはずだ。当たり所が悪けりゃ……死ぬな、確実に)

 

(手加減? できるわけない。この試験に落ちたら、あたしの稼ぎは激減する)

 

(銀札の地位は、今のあたしにとって生命線だ。相手の命より、自分の生活。当然だろ?)

 

あたしは覚悟を決めた。

 

そして、あえて周囲に聞こえるように、悪女の笑みを浮かべて言い放った。

 

「悪いけどね、ゲオルグ殿。あたしは戦い方を変えたばかりでね、手加減なんて器用な真似はできないんだよ」

 

「それに、あたしは銀札なしじゃ稼ぎが減るんでね。わざと負けてやる義理もない」

 

「死人が出ても、恨むんじゃないよ?」

 

あたしの挑発的な言葉に、ゲオルグの眉がピクリと動いたが、表情は崩れない。

 

観客席は「何を偉そうに」とさらに騒がしくなる。

 

「始め!」

 

合図と共に、あたしは動かなかった。

 

ゲオルグも動かない。

 

互いに間合いを探っている。

 

しびれを切らしたように、ゲオルグが動いた。

 

だが、それは突進ではなかった。

 

戦斧を地面に突き立て、相手の鎧の表面が、不意に淡い光を放った。

 

何事か短い詠唱を始めたのだ!

 

(魔法!? こいつ、魔法使いか! しかも詠唱が短い、速攻タイプ!)

 

あたしは即座に判断し、地面を爆発的に蹴り上げた。

 

加速! 最大加速! あたし自身が、黒い砲弾と化してゲオルグに迫る!

 

ゲオルグは驚愕の表情を浮かべながらも、詠唱を完了させた。

 

「――炎よ!」

 

ゴォッ! 灼熱の火球が、ゲオルグの手元から放たれ、一直線にあたしの上半身を目がけて飛来する!

 

皮膚が焼けるような熱さと衝撃。

 

視界が赤く染まる。

 

(まずい! でも、止まれない!)

 

炎が、あたしの肩口から胸元を舐めるように通過する!

 

熱い!

 

服が焼ける!

 

だが、不思議と、皮膚へのダメージはほとんど感じない!

 

(これは……!? まさか……あの魔族の美容師の……!?)

 

疑問は一瞬。

 

あたしは炎の熱さを無視し、そのままの勢いでゲオルグの懐に飛び込み、手にした鉄杖(バット)を、渾身の力と速度を乗せて叩きつけた!

 

狙いは、鎧の隙間でも、急所でもない。

 

ただ、相手の重心、胴体そのものだ!

 

ゴッッッ!!!!

 

肉を打つ鈍い音と、金属鎧が軋む甲高い音が重なり合って響き渡る。

 

ゲオルグの巨体が、まるで紙人形のようにくの字に折れ曲がり、派手な音を立てて訓練場の土の上に叩きつけられた。

 

鎧はひしゃげ、口からは血泡が漏れている。

 

完全に意識を失っていた。

 

一瞬の静寂。

 

観客席の冒険者たちも、ギルド職員も、マスター代理でさえも、目の前で起こった一瞬の出来事に、ただ呆然と口を開けている。

 

あたしは肩で息をつきながら、自分の服を確認した。

 

炎に焼かれた部分は黒く焦げ、ボロボロになっている。

 

だが、その下の肌は? わずかに赤くなっている程度で、火傷と呼べるほどの傷はどこにもない。

 

「……しょ、勝者、セレスティア!」

 

ようやく我に返ったマスター代理が、震える声で宣告した。

 

あたしは鉄杖(バット)を肩に担ぎ直し、呆然とする観客たちを一瞥すると、無言で訓練場を後にした。

 

銀札の資格は、守られた。

 

だが、新たな謎と、確かな手応えを胸に抱えて。

 

銀札の資格は維持できたものの、武器の問題は解決していない。

 

あの鉄杖(バット)は、今回の試験でさらに歪んでしまった。

 

あたしは迷わず、鍛冶親方の工房へと向かった。

 

工房では、リックが黙々と金槌を振るっている。

 

親方の指導を受けながら、真剣な表情で鉄と向き合っている姿は、以前のひ弱な冒険者時代とは別人のようだ。

 

リリの姿は見えない。

 

「よう、親方。リックも精が出てるね」

 

「おお、セレスティア殿。無事だったか。試験の話は聞いたぞ。……とんでもねえ勝ち方をしたそうじゃねえか」

 

親方は呆れたような、それでいてどこか面白そうな顔であたしを迎えた。

 

「それより、武器を新調したくてね。この鉄杖、もう限界だよ」

 

あたしは歪んだ鉄杖をカウンターに置く。

 

親方はそれを手に取り、じっくりと観察し始めた。

 

「……ふむ。こいつは、ただ振り回しただけの傷じゃねえな。お嬢さん、あんた、とんでもねえ速度でこれを叩きつけてるだろ?」

 

親方は鋭い目で、鉄杖の損傷具合からあたしの戦い方を正確に見抜いたようだ。

 

「正直に言おう。セレスティア殿には剣を扱う繊細な技術はない」

 

「だが、その鉄杖……いや、『鉄槌』と言うべきか。それを振るうことにかけては、天性の才能がある」

 

親方の言葉は、図星だった。

 

あたし自身、薄々感じていたことだ。

 

「……分かってるよ。でもねぇ……元貴族令嬢が、金属バットじゃあ、様にならないだろう?」

 

見栄。

 

まだ、そんなものが捨てきれない自分がいる。

 

「ふん、見栄で死んだ奴を何人も見てきたぞ」

 

親方は鼻で笑うが、あたしの葛藤も理解はしているようだ。

 

「まあ、どうしてもと言うなら、こういうのはどうだ?」

 

親方が見せてくれたのは、メイスやウォーハンマーの類。

 

どれも実用的で、破壊力もありそうだ。

 

しばらく悩んだ末、あたしは首を横に振った。

 

「……いや、やっぱり、これでいい」

 

あたしはカウンターに置かれた、歪んだ鉄杖(バット)を指さした。

 

「これと同じデザインで、もっと上等なやつを作ってくれ。見た目より、実用性だ。今のあたしには、それが必要なんだろうさ」

 

親方は工房の奥から一本の新しい鉄杖を持ってきた。

 

あたしが使っていたものと全く同じデザイン。

 

だが、使われている金属は明らかに上質で、ずっしりとした重みの中に、確かな剛性が感じられる。

 

「……ふっ、ようやく分かったか。よし、任せておけ。最高の『鉄槌』をくれてやるわい」

 

親方は満足げに頷いた。

 

リックも、師匠とあたしのやり取りを、どこか誇らしげな顔で見ていた。

 

武器の注文を終え、ふと、あたしは疑問に思ったことを口にした。

 

「そういえば、リリはどうしたんだい? 今日は姿が見えないけど」

 

「ああ、リリか」

 

親方が、目を細めて答える。

 

「今日は休みを取らせとる。あいつ、他の職人の奥さん連中とすっかり打ち解けてな」

 

「今日は、皆で街の新しい店に行くとか言って、朝から嬉しそうに出かけていったわい」

 

こういう表情をするとただの気の良い親父だね。

 

「へえ? うまくやってるのかい、そりゃ結構なことだけど……」

 

あたしは、以前リリが見せた、どこかやつれた表情を思い出す。

 

「親方、あんた、女同士のマウント合戦って知ってるかい? 表面上は仲良くしてても、裏じゃ結構ドロドロしてるもんさ」

 

「まあ、男の世界も似たようなもんだろうけど。あんた、女のそういうやり取り、ちゃんと理解できてるのかね?」

 

特に悪意はない。

 

純粋な疑問だった。

 

「はっはっは! 心配いらんよ。ここの職人たちの嫁さんは、皆できた奥さんばかりだ。リリも、きっと良い刺激を受けてるだろうよ」

 

親方は、人の好さそうな笑顔でそう断言した。

 

だが、その時。

 

親方の隣で黙々と作業をしていたリックが、持っていた金槌を取り落としそうになりながら、父の言葉を真っ向から否定するように、ブンブンと激しく首を横に振ったのだ。

 

その顔には、「とんでもない!」とでも言いたげな焦りの色が浮かんでいる。

 

「……ほう?」

 

あたしはリックの反応を見て、ニヤリと口角を上げる。

 

そして、納得したように頷いてみせた。

 

親方は、息子のただならぬ様子と、あたしの意味ありげな表情を見て、ようやく「あれ? ひょっとしてワシ、何か勘違いしとるのか……?」と不安げな顔つきになった。

 

「それで、親方。リリが行ったっていう、その『新しい店』ってのは、どこなんだい?」

 

「ああ、たしか……先日、セレスティア殿がリリを連れて行った、あの美容院とかいう……」

 

「……やっぱり、あそこか」

 

あたしは、戦闘で炎を受けたにも関わらず、ほとんど無傷だった自分の頬に、そっと触れた。

 

魔族の美容師。

 

教会にすら目をつけられている、あたしの規格外の能力。

 

そして、女たちの見えない戦い。

 

(一度、リリとちゃんと話をしておく必要がありそうだね……。この『肌』のこともあるしな)

 

新たな武器への期待と、新たな厄介事の予感が、あたしの胸の中で渦巻いていた。

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