悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第12話】銀の圧、そして新たな鉄槌

埃っぽい街路を抜け、目的の美容院の前にあたし――セレスティア・フォン・ヴァイスは立っていた。

 

冒険者ギルドでの面倒な『試験』という名の模擬戦で無駄に消耗した熱気と疲労が、まだ肌にまとわりついている。

 

早く静かな場所で休みたい、というのが本音だった。

 

先日、鍛冶親方から聞いた、リリが最近懇意にしているという店。

 

石造りの壁に蔦が絡まり、控えめな木製の看板にはよく分からない文字――ひょっとしたら魔族の文字かもしれないものが記されている。

 

あの忌々しい試験の最後、ゲオルグの炎魔法を浴びたにも関わらず、肌に火傷一つ負わなかったのは、以前この店で受けた施術のおかげかもしれない。

 

確信はないが、気にはなっていた。

 

そして何より、リリが工房の他の奥さん連中とうまくやっている、という親方の言葉も妙に引っかかっていたのだ。

 

意を決して、どこか古めかしいが手入れの行き届いた木の扉を押し開ける。

 

カラン、と軽やかな鈴の音が鳴った。

 

店内は、意外にも落ち着いた雰囲気で、独特のハーブのような、それでいてどこか甘い心地よい香りが漂っている。

 

磨かれた鏡や整頓された道具類に、店主の几帳面さが伺える。

 

中央には施術用の椅子が一つ。壁際には客が待つためであろう、簡素だが趣味の良いソファが置かれていた。奥には調合用の棚だろうか、様々な小瓶が並んでいる。

 

しかし、その空気はどこか張り詰めている。

 

先客は、見慣れない女性が三人。一人はやや年嵩で、どこかの工房の親方の奥方といった風情。

 

残りの二人はもう少し若く、職人の妻といったところか。

 

そして、隅の方の椅子に、彼女たちに囲まれるようにしてリリがいた。

 

リリたちの中心で、甲斐甲斐しく立ち働いているのが、この店の主である魔族の美容師――確かミレットだったか――だった。

 

大きな丸眼鏡の奥の瞳は窺い知れないが、やや猫背気味の姿勢で、どこか頼りなげな雰囲気を漂わせている。

 

しかし、彼女自身の肌や髪は、専門家らしく手入れが行き届き、艶やかだった。

 

今は年嵩の女のの髪に集中している…いや、集中しようと必死になっている、と言った方が正確か。

 

額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 

リリと、職人の奥さんらしき二人組の間に流れる空気。

 

表面上は穏やかな会話が交わされているように見える。

 

だが、前世で嫌というほど見てきた陰湿な人間関係の機微が、その下に潜む澱みを敏感に察知していた。

 

言葉尻は丁寧だが、内容はリリの出自や過去の失敗をあげつらうようなもの。

 

リリの返答にわざとらしくため息をついたり、鼻で笑ったりしている。

 

リリはただ黙って耐え、その笑顔は強張っていた。

これは、陰湿ないじめだ。

 

(普通の人付き合いをしていれば揉めるのは普通だ)

 

(合法の範囲の……前世で合法だった範囲のいじめなら部外者であるあたしが首を突っ込んでも揉めるだけだね)

 

内心で舌打ちする。

 

面倒事はごめんだ。

 

だが、リリの強張った表情。

 

そして何より、施術中の魔族の店主が、こちらに気づいていながらも、冷や汗流しながら目を逸らしてるのは……。

 

常識的ないじめで済ますつもりだった奴に一線を越えさせかねない状況になってるのかもしれないね。

 

いや、この店主の様子じゃ抑止力にすらなってないか。

 

(心底面倒くさい。だが『肌』、つまりあたしの戦闘能力の底上げと、親方とのコネが関係してるから首を突っ込まざるを得ないんだよねぇ)

 

面倒事を避けたい気持ちと、ほんのわずかな義侠心、そして大部分を占める利害関係から、あたしは静かに息を吐き、一歩踏み出した。

 

「予約はないんだが、少し待たせてもらってもいいかい?」

 

努めて穏やかな、しかし有無を言わせぬ響きを持たせた声で店主に声をかける。

 

施術中の親方の奥さんが一瞬こちらを睨んだが、すぐに興味なさそうに顔を戻す。

 

店内の他の視線が一斉にあたしに集まった。

 

「別に順番に割り込みはしないよ。冒険者ギルドの『試験』でやりあって、少し疲れててね。静かな所で、のんびりしたいのさ」

 

そう言って、待合室のソファへ進む。

 

腰を下ろす際、ことさらに銀札の冒険者としての威圧感を解放はしないが、滲み出る気配は隠さない。

 

ソファが軋む音と共に、店内の空気がピリ、と引き締まったのを感じた。

 

職人の奥さんたちの噂話が、ぴたりと止まる。

 

店主の肩が微かに震えたのを、あたしは見逃さなかった。

 

「あ、姐御!」

 

リリが、素っ頓狂な声を上げた。

 

しまった、という顔と、安堵の色が混じっている。

 

職人の奥さんたちの目が、値踏みするようにあたしとリリの間を往復した。

 

あたしはリリに向けて穏やかに、しかし周囲にも聞こえるように言った。

 

「リリ。あんたはもう冒険者を辞めたんだ。職が違うんだから、呼び捨てか、さん付けで構わないさ」

 

これは本音というより、一種の牽制だ。

 

リリが、ただの元冒険者ではなく、現役の銀札冒険者である自分と親しい関係にあることを、あの奥さん連中に明確に理解させるための。

 

案の定、職人の奥さん二人の顔がこわばり、視線を泳がせる。

 

効果はあったようだ。

 

その後、親方の奥さん、そして職人の奥さんたちが順に施術を終え、そそくさと店を出ていくまで、あたしはソファに深く身を沈め、目を閉じてただ体を休めているように見せかけた。

 

もちろん、意識は研ぎ澄ませたままだ。

 

一切の隙は見せない。

 

奥さんたちは、終始居心地が悪そうにそそくさと店を後にした。

 

やがて、夕暮れのオレンジ色の光が窓から差し込む頃には、騒がしかった店内にはあたしと魔族の店主ミレットだけが残されていた。

 

ミレットは、カウンターの陰でぐったりと椅子にもたれかかっている。

 

無理もない。

 

あたしを含めて一度に五人もの客(しかも面倒なのが複数)をこなしたのは、この小さな店では初めてのことだったのだろう。

 

その背中は疲労を隠せないでいた。

 

あたしは音もなく立ち上がると、店の入り口へ向かい、カチャリ、と内側から鍵をかけた。

 

振り返ると、ミレットがびくりと肩を震わせ、怯えた目でこちらを見ている。

 

「さて、と」

 

あたしはゆっくりとミレットに向き直った。

 

「確認のために聞くんだけどね。あんたの施術には、魔法に対する防御力を上げる効果があるね?」

 

ミレットの施術は、おそらく彼女自身が使う、他者に対する「魔法に対する防御力向上の術」から発展し、美容技術に応用されたものだろうと推測していた。

 

そうでなければ、あたしが試験で受けた炎魔法のダメージが、あそこまで軽減されるはずがない。

 

「なっ……! な、なぜそれを……!?」

 

大きな丸眼鏡の奥の目が、驚愕に見開かれる。

 

声が震えている。

 

図星だったようだ。

 

そして次の瞬間、動揺のあまりか、あるいは元々の種族的なものか、その口から本音が滑り落ちた。

 

「……ま、まさか、あなたのような……その、武骨な方に、わたくしの繊細な術のことが分かるなんて……」

 

言葉を濁しながらも、その声音には隠しきれない人間への、それもあたしのような戦闘職に対する無意識の軽侮が滲んでいた。

 

「どうせ力しか能のない脳筋人間に、こんな繊細な魔法の機微が分かるはずがない」とでも言いたげだ。

 

悪意は薄いのかもしれないが、それはあたしにとって聞き流せるものではなかった。

 

(こいつは……)

 

前世の価値観のあたしなら呆れるところだが、今の価値観のあたしは半ば以上戦闘態勢だ。

 

(ここは前世と違って侮辱に報復しない奴はケツの毛までむしられるんだ)

 

(こいつ、あたしに殺すか、あたしに従うかの選択肢をつきつけた自覚があるのかね?)

 

あたしの瞳から、温度がすっと消えた。

 

その冷え切った視線に射抜かれ、ミレットははっきりと悟ったらしい。

 

目の前の人間が、先ほどまでの疲れた冒険者とは全く別の貌をしていることを。

 

小動物を思わせる雰囲気は霧散し、そこには獲物を前にした蛇に睨まれた蛙がいた。

 

カタカタと震えだし、やがて観念したように椅子から転げ落ちるように床に膝をつき、深く頭を垂れた。

 

まるで、腹を見せて降伏の意を示す動物のように。

 

全身が小刻みに震えている。

 

「も、申し訳……ございませんでした……!」

 

絞り出すような声だった。

 

しばしの沈黙の後、あたしは静かに告げる。

 

「謝罪は受け取った。誠意は、次の報酬の金額にきっちり反映させてもらうよ」

 

寛大すぎて、他に知られたらあたしが舐められそうだよ全く!

 

「は、はいぃ……っ」

 

ミレットは顔を上げられないまま、か細い声で返事をした。

 

こうして、奇妙な縁が結ばれた。

 

あたしは、親方に注文した新しい『鉄槌』が出来上がるまでの間、この魔族の店主ミレットの用心棒兼、雑用係として美容院で働くことになった。

 

ミレットの技術は有用だし、それを安定して享受するためには、彼女の安全と店の平穏を確保する必要があった。

 

用心棒としてより、作り笑いや世間話のトレーナーとしての仕事の方が多かった気がするけどね。

 

ミレットは当初こそあたしを恐れていたが、毎日顔を合わせているうちに少しずつ打ち解けてきた。

 

働くうちに、ミレットの施術について、そしてあたし自身の特性について、新たな発見があった。

 

ミレットの魔法防御付与の術は、術者の生命力のようなものをかなり消耗させるらしい。

 

だが、あたしのように異常なまでの耐久力を持つ人間に対しては、試行錯誤の末、健康を害さないギリギリのラインで、かなり強力な魔法防御効果を付与できるってことが分かった。

 

他の客に対しては、相変わらず「蝋燭の火を一度だけ防げる程度」のお守り代わりの効果しかないようだがね。

 

数週間後。

 

「姐御!」

 

親方の工房を訪れると、リックが満面の笑みで出迎えてくれた。

 

親方も、工房の奥から満足げな顔で姿を現す。

 

「約束通り、最高の『鉄槌』だ。受け取りな」

 

工房で受け取ったそれは、ずっしりとした重みがありながら、驚くほど手に馴染んだ。

 

歪なバットのような形状は変わらないが、その材質、重心、全てがあたしのために誂えられたものだと分かる。

 

鈍く光る金属は吸い込まれるようで、振るえば風切り音すら鋭く、その剛性が伝わってくる。

 

親方の腕は確かだ。

 

「ふん、いい面構えだ」

 

親方は満足そうに笑った。

 

時を同じくして、冒険者ギルドの掲示板に、高難易度の討伐依頼が張り出されているのを見つけた。

 

『マグマスパイダーの討伐』

 

報酬も危険度も高い、銀札冒険者向けの依頼だ。

 

あの忌々しい蜘蛛。

 

新しい武器、そして僅かながら向上した魔法防御。

 

試すには丁度いい相手だ。

 

あたしは依頼書を受付に叩きつけた。

 

ミレットには、用心棒の依頼を終了することを告げた。

 

あれだけ酷かった接客も多少はマシになった。

 

魔族なんだから弱い訳がないんだ。

 

そろそろ一人でやっていけるはずだ。

 

ミレットは少し寂しそうな顔をしたが、それでも「お気をつけて」と深々とお辞儀をして送り出してくれた。

 

彼女との間には、歪ではあるが、一種の信頼関係のようなものが芽生えつつあるのかもしれない。

 

朝日が昇り始めた頃、あたしは新しい相棒を肩に担ぎ、ひんやりとした『肌』の感触を確かめる。

 

マグマスパイダーを単独で倒せば銀札の上の金札が見えてくる。

 

早く金札になって、「主人公」や「ヒロイン」に喧嘩を売られても鼻で笑える立場を手に入れたいもんだね。

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