悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第13話】悪夢の森、灼熱の死闘

役人と兵士がマグマスパイダーに襲われたという事件現場は、既に軍の手によって粗方片付けられていた。

 

残っているのは焼け焦げた地面と、戦闘の激しさを物語るいくつかの痕跡だけ。

 

だが、あたし――セレスティア・フォン・ヴァイスの目的は、死体ではなく、その捕食者たるマグマスパイダーだ。

 

情報は掴んでいる。

 

マグマスパイダーは、死体が回収される前に森の奥へと逃げ去った、と。

 

地面に残る巨大な蜘蛛の足跡と、周囲の木々に付着した、まるで溶岩が掠めたかのような焼け焦げ。

 

微かに漂う硫黄の異臭。

 

これらが、あの忌々しい化け物の逃走経路を示していた。

 

あたしは新調したばかりの鉄槌を肩に担ぎ直し、鬱蒼と茂る森の深部へと足を踏み入れた。

 

森の中は、人の手が一切入っていない原始の様相を呈していた。

 

獣道すら見当たらず、行く手を阻むように草木が密生し、太い蔓が縦横無尽に絡み合っている。

 

「ちっ、道なき道とはよく言ったもんだね」

 

あたしは腰のナイフを抜き放ち、邪魔な蔓や下草を薙ぎ払う。

 

それでも進めない場所は、持ち前の異常なまでの耐久力からくる無尽蔵のスタミナに任せて、強引に突破した。

 

(あたしの攻撃力は『足』を使った加速が前提だ。足を止めての戦闘になったら勝ち目がないね。『足』があるから逃げるのは簡単だがね)

 

思考がそこまで至った時、あたしはハッとして足を止めた。

 

(いや、あたしは今何を考えた? 逃げる時に後ろから攻撃されたら格下相手でも危険だろ)

 

(新調した鎧だって前よりはいいが、『主人公』や『ヒロイン』が初期に装備するものより性能が低いかもしれない。……油断だね。気合いを入れ直さないと)

 

この世界の物語における「主人公」や「ヒロイン」という存在は、あたかも運命に祝福されているかのように、序盤から破格の装備や能力を手にすることが多い。

 

鍛冶親方の腕が低いわけではない。

 

ただ、世界の理不尽さが、そうさせるのだ。

 

そんな内省を打ち破るように、茂みの奥から鋭い気配が迫った。

 

咄嗟に身構える。

 

飛び出してきたのは、猪ほどの大きさの、しかし牙ではなく鋭い爪を持つ小型の野獣だった。

 

狙いはあたしの足首。

 

ガキンッ!

 

硬質な音と共に、野獣の爪が新調した安全靴の分厚い革と金属板に阻まれた。

 

「しつこいね!」

 

あたしは体勢を立て直し、肩に担いでいた鉄槌――もはや金属バットと呼称した方がしっくりくる代物だ――を横薙ぎに振るう。

 

ゴッ、と鈍い衝撃音と共に、野獣はくぐもった悲鳴を上げて森の奥へと吹き飛んでいった。

 

「ふん、靴を新調しておいて正解だったね」

 

しかし、災難はそれだけでは終わらない。

 

しばらく進むと、巧妙に落ち葉で隠された地面の大きな凹みに気づかず、左足を踏み外してしまった。

 

「うわっ!?」

 

全身を強打する衝撃。

 

普通の人間なら骨折していてもおかしくない。

 

だが、あたしの体は、鈍い痛みと共にその衝撃を受け止めてみせた。

 

(こういう目に遭うと専門の斥候を仲間にしたくなるね)

 

(だけど信用出来る斥候の心当たりももないし、あたしが斥候の能力を手に入れたら他の能力を手に入れるのが遅れる)

 

(二兎を追う者は一兎をも得ずだ。どうすべきかねぇ)

 

思考に耽っていた、まさにその瞬間。

 

突如として、頭上から強烈な圧迫感と共に、灼熱の何かが降り注いだ!

 

ゴォォォッ!

 

反射的に後方へ跳ぶ。

 

あたしが先ほどまで立っていた場所の地面が、まるで溶岩を浴びたかのように赤熱し、ジュウジュウと音を立てて白煙を上げている。

 

見上げれば、巨大な木の枝から、赤黒く明滅する禍々しい巨体――マグマスパイダーが、無数の複眼を気味悪く光らせながらあたしを見下ろしていた。

 

その口からは、今しがた放ったのであろう、溶岩のようなブレスの余韻が陽炎のように揺らめいている。

 

「ようやくお出ましか、この化け物!」

 

マグマスパイダーは、あたしの言葉に応えるかのように甲高い威嚇音を発すると、その巨体を揺らして枝から飛び降り、灼熱の糸を吐き出しながら襲い掛かってきた!

 

以前、ミレットの施術による『肌』の強化が施されていなければ、今の熱攻撃と物理攻撃の複合的な奇襲で、あたしは行動不能、あるいはそれ以上の重傷を負っていただろう。

 

「熱いねっ。だがそれだけだ!」

 

新調した鎧の表面が、マグマスパイダーの灼熱の糸と脚の一撃で大きく抉られ、一部は融解し焼け焦げている。

 

しかし、その下にあるあたしの『肌』が、驚くべき魔法防御効果を発揮し、熱によるダメージを大幅に軽減していた。

 

鎧の物理的な防御力と合わせて、あたし自身はほぼ無傷だ。

 

(こんな化け物が棲むような森は少々のことじゃ火事にはならないだろうが……)

 

(万が一、戦闘で火事にでもなれば、あたしが責任を負わされることになりかねない)

 

周囲を見渡す。

 

幸い、少し開けた場所が近くにあった。

 

あたしは多少のダメージを覚悟の上で、マグマスパイダーをそこへ誘導し、自慢の『足』による加速を活かして一気に勝負を決める戦術に出る。

 

マグマスパイダーも、あたしの意図を察したのか、あるいは単に獲物を追い詰めるつもりなのか、執拗に熱攻撃と物理攻撃を繰り返しながら追ってくる。

 

セレスティアは回避と移動を優先し、ダメージを最小限に抑えながら、加速のためのスペースと時間を稼いだ。

 

「ここだっ!」

 

十分な助走距離を確保し、地面を爆発的に蹴り上げる。

 

あたしの体が、黒い弾丸と化す。

 

手にした新しい鉄槌に、体重と速度の全てを乗せて、マグマスパイダーの巨体へと叩きつけた!

 

ゴッッッ!!!!

 

凄まじい衝撃音と共に、マグマスパイダーの甲殻が砕け、体液を飛散させながら巨体が大きく揺らぐ。

 

さすがの化け物も、この一撃は堪えたらしい。

 

動きが明らかに鈍っている。

 

だが、あたしの速度も大幅に低下した。

 

マグマスパイダーは最後の力を振り絞るかのように、弱々しいながらも熱線や鎌のような脚を繰り出してくる。

 

「まだやる気かい!」

 

再度加速を開始。

 

多少の攻撃は甘んじて受ける。

 

先の一撃で弱ったマグマスパイダーの攻撃力は低下しており、致命傷には程遠い。

 

やがて、形勢不利と悟ったマグマスパイダーは、森の出口方向へと逃走を開始した。

 

「逃がすもんか!」

 

あたしの『足』が、逃げる化け物を容赦なく追い詰める。

 

森の出口まであとわずかというところで、ついに追いつき、渾身の力を込めた鉄槌の一撃で、その禍々しい命脈を絶った。

 

「はぁ……はぁ……。ようやく、仕留めたか」

 

討伐の証として、マグマスパイダーの巨大な毒牙を一本、根元から叩き折り回収する。

 

ずしりとした重みが、確かな達成感をあたえた。

 

冒険者ギルドに戻ると、あたしが持ち帰ったマグマスパイダーの毒牙は大きな騒動を巻き起こした。

 

銀札冒険者とはいえ、単独でマグマスパイダーを討伐するというのは、並大抵のことではない。

 

以前は敵意や侮蔑の視線を向けてきた者たちの中にも、明らかに畏敬の念を抱いた者や、その実力を認めざるを得ないといった表情を浮かべる者が増えていた。

 

もちろん、まだ敵視する輩もいるが、数は減ったようだ。

 

あたしは表面上は得意げに、いつものように自信たっぷりに振る舞ったが、内心はそれどころではなかった。

 

(討伐報酬は期待できるけど、鎧の修理費と、次の依頼までの生活費を考えると……またカツカツだね)

 

ギルド内の一部の冒険者たちは、あたしが持ち帰れなかったマグマスパイダーの残りの素材――まだ換金可能な部位が残っているかもしれない――に色めき立ち、我先にと森へ向かって飛び出していく。

 

まったく、現金な連中だ。

 

鍛冶親方の工房を訪れると、リックがいつものように甲斐甲斐しく働いていた。

 

「姐御! ご無事で何よりです! マグマスパイダー討伐、おめでとうございます!」

 

素直な祝福の言葉が、少しだけ疲れた心に染みる。

 

「ああ、ありがとうよ、リック。それより親方はいるかい? この鎧、かなりやられちまってね」

 

損傷した鎧を親方に見せると、親方はその傷の激しさから戦闘の過酷さを察したのか、何も言わずに修理を引き受けてくれた。

 

(武器は新しい鉄槌のおかげで問題なかったけど、やっぱり防具は金がかかるね。討伐実績は手に入ったけど、差し引きすれば少し赤字か……?)

 

(マグマスパイダーの素材だって、あたし一人じゃ全部は運びきれなかったしね。荷物持ちを雇うとしても、信用できる奴なんて心当たりがないよ)

 

新たな課題が、早くもあたしの頭を悩ませる。

 

金策、装備の維持、そして、信頼できる仲間の不在。

 

この世界で生き残り、そして破滅の運命を覆すためには、まだまだやるべきことが山積みだ。

 

あたしは工房を後にし、夕暮れの街を歩きながら、次の手を考える。

 

マグマスパイダー討伐という大きな成果は上げた。

 

ただ、次の一歩が、あたしの最も苦手分野な気がした。

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