悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第14話】路傍の出会い

街道を駆け抜けた疲労さえ心地よく、あたしは拠点とする都市の門を潜った。

 

時刻は前世でいう午後3時過ぎ。

 

数日前に出発した長距離輸送依頼だったが、我ながら驚異的な速さでの帰還だ。

 

通常の旅程では馬ですら数日を要する距離を、あたしの『足』は馬にわずかに劣るものの、常人では考えられない速度と持久力で踏破する。

 

もちろん、限界まで酷使したわけではない。

 

効率的なルート選定、絶え間ない気力、そして日々の鍛錬の賜物だ。

 

「まずはギルドだな」

 

軽く体の埃を払って冒険者ギルドへ向かう。

 

分厚い木の扉を開けると、いつものように活気と、それから微かな血と汗の匂いが混じり合った空気が鼻をついた。

 

「おい、もう戻ってきたのか!?」

 

冒険者ギルドの門を顔なじみの門番が目を丸くして出迎える。

 

依頼の受付と完了報告を済ませるため、そのままギルドの建物へ向かった。

 

受付カウンターへ向かう途中、何人かの冒険者と視線が交錯する。

 

その中に、以前から顔見知りの、伝令仕事も請け負っている男がいた。

 

彼があたしを見るなり、目を丸くして駆け寄ってくる。

 

「おい、セレスティア! もう帰ってきたのか!? あの街道を往復って、マジかよ……」

 

「ああ、ちょっとな。急ぎの荷物だったんで、気合を入れただけさ」

 

言葉とは裏腹に、彼の視線には驚嘆と、そして純粋な尊敬の色が浮かんでいる。

 

こういう反応は悪くない。

 

だが、広場の隅で酒を呷っている別のパーティ連中からは、もっと複雑な、値踏みするような視線を感じた。

 

(こいつ戦わなくなったのか? ってところかね。ギルドは輸送屋を冷遇したりはしないが、冒険者ってのは腕っぷしで序列を決めたがる生き物だからね)

 

ギルド内はいつものように活気に満ちていた。

 

輸送してきた荷物を担当の職員に引き渡し、完了のサインを書類にもらう。

 

職員はあたしの顔と書類を何度か見比べ、信じられないといった表情を浮かべた。

 

「これは……予定日よりも二日も早いご到着ですね。何か特別な移動手段でも? それとも、強力な体力増強の魔道具でもお使いに?」

 

「まさか。あたし自身の『足』だよ。ちょっとした工夫と、気合さ」

 

軽口を叩いてみせるが、内心では少しばかり誇らしい。

 

この世界の常識では、人間がこれだけの距離をこの短期間で踏破するのは不可能に近い。

 

まさに「規格外」の成果と言えるだろう。

 

その証拠に、ギルド内で伝令業務を専門とする数人の冒険者があたしに気づき、称賛と驚嘆の声をかけてきた。

 

彼らは速度と持久力の重要性を身をもって知っているから、あたしの成し遂げたことの異常さがよく分かるのだろう。

 

しかし、それ以外の、特に屈強な鎧に身を包んだ戦闘系の冒険者たちからの視線は、どこか冷ややかで、値踏みするような色が混じっている。

 

「ふん、また運び屋仕事か。すっかり牙が抜けちまったな」

 

そんな声が、聞こえよがしに投げかけられた。

 

まあ、いちいち相手にするのも面倒だ。

 

あたしは自分のやり方で稼ぎ、強くなるだけだ。

 

「セレスティアさん、少々よろしいでしょうか」

 

別の職員が声をかけてきた。

 

「道中、何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、魔物や盗賊の目撃情報などがあれば、些細なことでも教えていただきたいのですが」

 

「盗賊の類は見なかったね。街道から遠く、草っぱらで草を食んでる草食系の魔物とか、川で水を飲んでる奴ならちらほら見かけたが……」

 

「後で、あたしが仕留めるつもりだから、情報は渡したくないんだけどね」

 

職員は苦笑しながらも、真剣な表情で続けた。

 

「そこを何とか。近隣の治安維持への協力も、冒険者ギルドの大切な仕事の一つでして。こうしたご協力は、金札への昇格の際にも考慮されますので」

 

(金札、ねぇ……)

 

今のあたしにはまだ遠い目標だが、悪くない餌だ。

 

「……そうかい。じゃあ、教えてやってもいいけど、こっちにもメリットがないと割に合わないね」

 

少しばかりの交渉の末、街道から比較的近い場所で見かけた、多少なりとも危険がありそうな魔物の情報をいくつか提供することで手打ちとした。

 

情報料というには些細だが、手間賃くらいにはなっただろう。

 

あたしはギルドを後にする。

 

他の冒険者たちの視線が少しだけ刺々しく感じられたのは、気のせいではないだろう。

 

次に向かったのは、もちろん鍛冶親方の工房だ。

 

工房の入り口では、手下Aことリックが、数人の冒険者パーティの応対をしていた。

 

彼らはそろそろ銀札になれそうな、そこそこの実力者たちのようだ。

 

リックは元銀札冒険者であり、今は鍛冶職人見習いでもある。

 

その経験を活かした的確なアドバイスと、自信に満ちた売り込みは様になっていた。

 

客の冒険者たちも、彼の言葉に真剣に耳を傾けている。

 

「お待ちしておりました」

 

奥から出てきたリリが、あたしを工房の主人の仕事場へと案内してくれた。

 

リリの言葉遣いの変わりように驚いて、変な顔になっちまってたかもね。

 

親方は炉の前に立ち、真剣な表情で融解した金属の状態を凝視していた。

 

時折、細い金属棒で状態を確かめ、何かをぶつぶつと呟いている。

 

これは以前話していた『希少鉱石』を使った新しい合金の研究だろう。

 

(ゲームと設定は同じでも、ゲームのような省略……移動や作業が異様な短時間で終わったりはしないからね)

 

(親方の表情を見る限りでは順調なようではあるけど)

 

しばらく待っていると、親方がふう、と息をつき、こちらを向いた。

 

「来たか。まあ座れ」

 

「研究は順調かい? 完成したら武器はいくらくらいになるか教えて欲しいね」

 

あたしが尋ねると、親方は首を横に振った。

 

「まだまだだ。狙った特性を出すのは容易じゃない。値段なんぞ、見当もつかん」

 

本当に分からない、という顔だ。

 

(「原作」より高額になるのも覚悟しないとね。あたしには「主人公」みたいに丁度良い難易度のイベントなんて起きないだろうし)

 

あたしは今回の輸送任務の報告や、道中で見かけた魔物の話など、近況を親方に語った。

 

ギルドにはまだ教えていない、街道から離れた場所にいた魔物の情報もいくつか含めて。

 

すると、親方が一つの情報に食いついてきた。

 

「ほう、サイに似た魔物か。そいつの皮はどんな様子だった?」

 

「やけに分厚くて、でも動きはしなやかそうだったね。色は黒鉄色って感じかな。見た感じ、並の鉄じゃ歯が立たないだろうね」

 

親方の目がギラリと光る。

 

「間違いない。それは『鋼皮獣(こうひじゅう)』だ。表皮は驚くほどの頑丈さと柔軟さを併せ持ち、最高級の鎧の材料になる」

 

「それだけではない、今研究している『希少鉱石』の合金とも相性がいいはずだ」

 

親方は熱っぽく、他の利用法についても語る。

 

防具へも利用できるらしい。

 

こっちは製法が確立してるらしいが、『希少鉱石』を使った「原作武器」よりはかなり格下だ。

 

今あたしが身につけているのよりは上だがね。

 

「市場には滅多に出回らないものだ。……倒せるか」

 

「倒す自信はあるよ。解体も、多少質は落ちるかもしれないけど、なんとかできる。ただ、あたし一人で運べる量は限られてる」

 

親方は興奮を隠せない様子で身を乗り出した。

 

「あればあるほど良い。もし持ち帰ってくれるなら、相場の5割増しまでなら即金で払おう!」

 

魅力的な提案だが、問題は運搬だ。

 

あたしが見た鋼皮獣の大きさを考えると、その皮だけでもかなりの重量になるだろう。

 

「努力と工夫でどうにもならないことを引き受けるつもりはないよ。だがあたしも可能なら受けて成功させたい依頼だ」

 

「なあ親方、戦えなくていいからさ、とにかく体力があって、口が堅くて信用できるような若いの、心当たりはないかい?」

 

「荷運びを手伝ってくれるだけでいいんだ」

 

親方は少し冷静さを取り戻し、腕を組んで唸った。

 

「体力が余っている若いのなら何人も心当たりがあるが……信用、となると難しいな」

 

「念のために言うがリックとリリは駄目だ。あいつらがいるならあたしと3人で魔物1体分の表皮を持ち帰ることもできるだろうが」

 

別に情とかそういうのじゃない。

 

「万一大怪我やそれ以上になったら親方とのコネが消えかねない奴を連れて行くつもりはないよ」

 

親方も渋々頷く。

 

「うむ。だが惜しいな」

 

「そりゃあたしも同じさ」

 

「魔物が他の奴に雑に(素材を回収出来ない形で)狩られるかもしれないし、魔物が人里離れた場所へ逃げるかもしれない」

 

「……今日からしばらく心当たりを当たってみるよ」

 

時間との勝負になるかもしれない。

 

親方がふと思い出したように言った。

 

「そういえば、冒険者ギルドに依頼するのは駄目か? 討伐と運搬を分けて依頼すれば……」

 

あたしは首を振った。

 

「普通の冒険者は善人面してる奴でも手癖が悪い。それに、皮膚が高級素材になるって情報をギルドに渡したくはないだろう?」

 

親方は深く頷いた。

 

素材の価値を知られれば、余計な競争相手が増えるだけだ。

 

あたしも広めるつもりはないが、これは情報より親方とのコネを重視しているからだしね。

 

親方は再び研究に戻り、あたしは工房を後にした。

 

時刻はすでに夕刻に差し掛かっている。

 

宿へ戻る前に、今日の夕食を調達するため、食料品を扱う店に立ち寄った。

 

大きなパンを一つ、分厚く切ってもらったハムを数枚、風味の良いチーズをひとかけら、そして壺にピクルスを大量に。

 

それらを大きな籠に詰め込んでもらう。

 

(アスリート用の栄養バランスが計算された食事が出てくる宿があればいいんだがね)

 

(まったく、前世の記憶は役には立つが、あっちの生活が快適すぎてこっちでは不満ばかりたまっちまうよ)

 

便利さを知ってしまったが故の、贅沢な悩みだ。

 

そんなことを考えながら歩いていると、魔族が店主をしている例の美容院の前を通りかかった。

 

その時、店の前に掲げられた、あたしには読めない文字で書かれた看板を、二つの小さな人影が見上げているのに気がついた。

 

全身をすっぽりと覆う、ぼろぼろのフード付き外套。

 

外套というよりは、もはや使い古した毛布の切れ端といった方が近いかもしれない。

 

大きさは、人間の子供よりも小さく、幼児よりは大きいといったところか。

 

よく見ると、フードの隙間から覗く頭の形が、人間とは少し違うような……。

 

「美容院に何か用でもあるのかい?」

 

好奇心から声をかけると、二つの人影はビクッと肩を震わせ、弾かれたようにこちらを向いた。

 

そのフードの奥から覗く瞳には、明らかな警戒心が宿っている。

 

だが、次の瞬間、あたしが放つ強者の気配に気づいたのだろう。

 

二人の体は恐怖で硬直し、ガタガタと震え始めた。

 

「……ぅ……」

 

服従する犬が発するような、か細い鳴き声を漏らしたかと思うと、二人はあたしの足元に這いつくばった。

 

その拍子に、片方のフードがずり落ちる。

 

現れたのは、ぴんと立った、獣の――犬のような耳だった。

 

困惑するあたしを前に、二人はただただ震えている。

 

数秒観察したが、彼らから敵意のようなものは一切感じられない。

 

ただ、純粋な恐怖だけがあるようだ。

 

(小汚い子供だね)

 

髪も肌も薄汚れ、姿勢にも教育の痕跡を感じない。

 

磨いて育てたところで、とてもじゃないが「ヒロイン」にも「サブヒロイン」にもなれそうにない。

 

だが、強い序列意識と従順さがある。

 

(使えるか? 試してみるか)

 

あたしは持っていた食料の入った籠を持ち上げて、彼らに見えるように示す。

 

「腹、減ってるんだろ? 食わせてやるからついてきな」

 

二つの小さな影は、しばらくの間動かなかった。

 

やがて、おそるおそる顔を上げ、フードの隙間からあたしと籠の中のパンを交互に見た。

 

犬耳を除けば人間にしか見えない顔に浮かぶのは、強烈な餓えとあたしに対する恐怖と期待だった。

 

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