悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
ずしり、と荷車の柄が肩に食い込む。
鋼皮獣一体分の皮というのは、見た目以上に重労働だ。
なめしてもいない生皮だ、水分と脂がたっぷりと残っている。
おまけに、その上には食い過ぎて腹をパンパンにしたガキどもが二人、大の字になって弱々しくうめいている。
まったく、世話が焼ける。
「うぅ……」
「きゅぅ……ん」
シロとクロの苦しげな声が夜の静寂に響く。
怪我でもしたのかと心配になるだろうが、こいつらの場合はただの食べ過ぎだ。
自分の食い扶持は自分で稼げと言い聞かせた結果がこれか。
いや、あたしが焼いた肉と魚が美味すぎたのが悪いのか? いやいや、限度を知らないこいつらが悪い。
都市の外壁が見えてきた。
時刻は日没から一時間ほど経った頃だろうか。
聳え立つ壁にはいくつかの門があるが、目指すのは比較的大きな門の一つだ。
門の両脇では、松明の明かりが揺らめき、二人の門番が立っているのが見える。
「おい、止まれ! こんな時間に何の用だ!」
案の定、近づくと鋭い声で制止された。
松明の光が逆光になって、門番の表情はよく見えないが、声には強い警戒が滲んでいる。
当然だろう。
夜間に、女一人で、妙なうめき声が聞こえる荷車を引いてきたんだからな。
「落ち着きなよ。こっちは正当な用向きだ」
あたしは荷車の柄を地面に置き、肩を一つ回す。
懐から銀色に鈍く光る札――冒険者ギルド発行の身分証――を取り出し、掲げてみせた。
「銀札冒険者のセレスティアだ。身分証はこれ。こっちは鍛冶親方からの依頼書だ。ほらよ」
もう片方の手で、羊皮紙の依頼書も差し出す。
冒険者ギルドを介さない、個人からの直接依頼だ。
こういう融通が利くのは、それなりに名のある職人だからこそだろう。
「確認するのはいいが、汚さないでくれよ。どっちも大事なもんだからね」
門番の一人が訝しげに、しかしどこか威圧されるように身分証と依頼書を受け取る。
銀札の冒険者という肩書と、小さなわりに存在感のある羊皮紙は、末端の衛兵にはそれなりに効果があるらしい。
もう一人が松明を掲げて荷車に近づく。
「積み荷の確認はさせてもらうぞ」
「ああ、好きにしな」
門番は荷台の皮を一瞥し、それから、うめき声を上げるシロとクロに目を留めた。
松明の光に照らされた二人の姿を見て、門番の眉間に皺が寄るのが分かった。
「……なんだ、こいつらは? 奴隷か? だが、ずいぶん……」
言い淀む門番に、あたしは肩をすくめてみせる。
「あたしの手下さ。最近拾って鍛え始めたんだが、見ての通りのガキでね」
「食い意地が張ってて、あんたらへの賄賂……んんっ、手土産の分まで食っちまって、ご覧のありさまさ」
わざとらしくため息をつくと、門番はますます困惑した顔になった。
(奴隷にしては綺麗だし健康的だ。しかし苦しんではいる……けど食い過ぎ? なんなんだこいつらは)
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
「最近は綱紀粛正だなんだでうるさいんだろ? こいつは食われた後で焼いた奴だ」
「あまり良い部位じゃないが、温かいうちなら食えるはずだよ」
あたしは懐から、シロとクロの魔の手から死守した、肉を取り出し、門番に差し出した。
まだほんのり温かい。
「ああ……!」
「あうー……」
肉と魚の匂いに、荷台の二人から恨みがましい視線と悲しげな声が飛んでくる。
うるさい、あんた達が食べ過ぎたのが悪いんだろうが。
依頼書を確認していた門番が、もう一人に声をかける。
「おい、都市の正規住民、しかも名の通った鍛冶親方からの依頼であることは確認した。身分証も本物だ」
「しかし……こいつら、どう見ても……」
「規則上、問題はない。……何かあれば鍛冶親方の責任だ。それに、温かい肉もあるようだしな。少々、臭いがきつそうだが」
依頼書を受け取った門番は、ちらりと肉に目をやって、あたしに依頼書を返してきた。
よし、第一関門突破だ。
「よし、通っていいぞ。門を少しだけ開けるから、さっさと入れ」
「あいよ」
ギギギ、と重い音を立てて、門が人ひとりと荷車一台がやっと通れるくらいだけ開かれた。
あたしは再び荷車の柄を握りしめ、門番たちの怪訝な視線を背中に受けながら、都市の中へと足を踏み入れた。
夜の街路をあたしは荷車を引いて進む。
目指すは鍛冶親方に紹介された皮なめし職人の工房だ。
親方の話では、腕は確かだが少々偏屈らしい。
まあ、職人なんてそんなものだろう。
工房らしき建物を見つけ、扉を叩く。
しばらくして、中から不機嫌そうな声と共に、見習いらしき若者が出てきた。
「こんな時間に何の用だ!」
「鍛冶親方の紹介で来た、セレスティアだ。鋼皮獣の皮を持ってきた」
「親方ぁ! また変な時間に!」
奥から、むっとした顔の親方が出てきた。
だが、あたしが荷車の覆いを捲り、まだ生々しさの残る皮を見せると、二人の表情が一変した。
「こ、これは……! まだ新しい!」
殺してからそれほど時間が経っていない、新鮮な鋼皮獣の皮。
さっきまでの不機嫌さはどこへやら、興奮した様子で皮に駆け寄る。
「おい、見ろ! この艶! 傷も少ない!」
「親方、すごいですよこれ!」
二人が騒ぎ出したせいで、荷台でうとうとしていたシロとクロが、むにゃむにゃと身じろぎした。
「ん……?」
「ふぁ……?」
あたしは二人を一瞥し、「寝てな」と短く告げる。
幸い、すぐにまた静かになった。
職人は皮を入念に確かめながら、あたしに向き直った。
「ほう……あんた、冒険者とか言ったな。なかなかの腕前だ。だが、欲を言えばもう少し丁寧に皮を剥いでくれると……」
「あいにくだけどね、あたしの本業は冒険者だよ。魔物や獣を倒すのが仕事で、皮を綺麗に剥ぐ練習ばかりしている暇はないさ」
(そう、あたしの価値はあたしの戦闘能力にある。時間と、それによって得られる経験値は、全て強くなるために使うべきだ)
(皮剥ぎの技術を上げるより、もっと強い魔物を倒せるようになった方が、結果的に稼ぎは大きくなる)
(無駄なことに時間を割く余裕はない)
見習いが「親方!」と何か言いたげにするが、職人はそれを手で制した。
「まあいい。それだけの腕があるなら、文句はあるまい。時間がもったいない! 仕事に取り掛かるぞ!」
そう言うと、職人たちは活気づき、早速皮を工房の中に運び入れ、なめしの準備に取り掛かった。
職人気質ってやつは、仕事のこととなるとこうも変わるものか。
(さて、皮は渡した。宿に戻って仮眠をとるか。台車を鍛冶親方へ返すのは明日でいいだろう)
そう考えて工房を後にしようとした時、壁に掛けられた数着の衣服が目に入った。
分厚い革で作られた、飾り気のない作業着だ。
「ん? これは作業着かい? ずいぶん頑丈そうだね」
あたしの問いに、職人が手を止めて答える。
「おお、目ざといな。なめしばかりじゃなかなか儲からなくてな、副業で作ってるんだ。一着どうだ。安くはしないがな!」
「はは、銀札冒険者が作業着じゃ舐められちまうよ」
一度は笑って断ったものの、まじまじと見ればなかなかの品質だ。
頑丈で、動きやすそうだ。
あたしには必要ないが……。
(見習いや徒弟が着るにはちょうど良いか、少し豪華すぎるくらいか。……シロとクロなら、使えるかもしれないな)
ちょうどその時、見習いが親方に小声で何か言っているのが聞こえた。
「親方! だから言ったじゃないですか。デザインも少しは考えないと、冒険者の人には売れませんって……」
あたしはそれを遮るように言った。
「いや、やっぱり2着購入しよう。そこの荷車で寝てるこの二人が着れる品があれば、だけどね」
そう言って、まだ荷車の上で眠っているシロとクロを示す。
鋼皮獣の皮と血の臭いがまだ少し残っているはずだが、彼女たちは気にもせず寝息を立てていた。
「なにっ!? おい、嫁を呼んでこい! 急ぎで仕立て直せば、朝までに2着くらい……!」
職人が興奮して叫ぶと、奥から声が飛んできた。
「聞こえてるわよ!! まったく、お客さんの前で大声出すなっていつも言ってるでしょ!」
現れたのは、夫である職人とは対照的に、落ち着いた雰囲気の女性だった。
手際よくあたしに挨拶する。
「いらっしゃい、お客さん。あたしが仕立てを担当してるんだ」
「その子達の作業着でいいのよね? 少し余裕があるサイズにしなくていいのかい? 子供はすぐに大きくなるからね」
確かに、シロとクロがこれからどれだけ成長するかは未知数だ。
前世のOL時代にも子育て経験なんてないからな……。
ちらりと二人を見る。
水浴びの時に確認したが、小さな傷はいくつかあった。
無傷というわけにはいかないだろう。
この革製の良質な作業着は、防御力の低い彼女たちにとって、鎧の代わりにもなるかもしれない。
「サイズは任せるよ。子供の成長も考えて、よしなにしてくれ。で、値段は? ……思ったより高いな」
提示された金額に、思わず声が漏れる。
「まあまあ、お客さん。まずは直接触って確かめてくださいな」
「ほら、こんなに頑丈で厚みがある割には、しなやかで柔らかいでしょう?」
「ちゃんと手入れすれば何年も使える。長く使うつもりなら、決して高くはないですよ」
女性は自信ありげに作業着を示した。
彼女の言う通り、革は厚いが驚くほど柔らかく鞣されている。
いい仕事だ。
(シロとクロを使い捨てにせず、長く雇用するなら、か。ふむ、地に足のついた、しっかりした良識を持つ人間に会うのは久しぶりだな)
あたしは少し考えてから、交渉を持ちかけた。
「まあ、安くもないがな。よし、買った。ただし、この子たちが成長したときの仕立て直しも込みで、この値段でどうだい?」
「あらあら、交渉がお上手ですね! いいですよ、その条件で受けましょう! ありがとうございます!」
職人の嫁は満面の笑みで深々と頭を下げた。
それから、店の隅の見えにくい場所に展示してあった革手袋を持ってきた。
「もしよろしければ、これもいかがでしょうか? 同じ革で作った手袋です。作業の時には手を護ってくれますよ」
「ほう。……そこの職人は、本当に良い女を捕まえたね」
あたしは感心して、手袋も追加することにした。
「よし、それも貰おう。シロとクロの分を一つずつ。それから、あたしの普段使い用にも一つ頼むよ」
多少の値切り交渉はしたが、品質に見合った額を前払いで支払うことにした。
前払いのおかげか、職人も嫁も途端にご機嫌になった。
現金収入はいつだって正義だ。
「毎度ありがとうございます! 朝までには必ず仕上げておきますからね!」
シロとクロだけが乗った、軽くなった荷車を牽いて工房を出るあたしを、職人の嫁が店の外まで出てきて、丁寧に頭を下げて見送ってくれた。
安宿に戻ると、さすがに疲労がどっと押し寄せてきた。
部屋に入り、ベッドに倒れ込みたい衝動を抑え、まずは今日の収支計算だ。
頭の中で金貨と銀貨の枚数を数える。
鋼皮獣の素材売却益、鍛冶親方からの依頼料(これは明日受け取りだが)、そして今日支払った作業着と手袋の代金……。
(収入も増えたが、支出も一気に増えたな。シロとクロを拾ってから、金が面白いように出ていく)
(まあ、その分、戦力が増強されていると考えれば安いものか……?)
(いや、それでも、大きな怪我や病気をした時点で一気に破綻するような自転車操業っぷりは、前世で会社勤めをしていた頃から変わらないな……)
溜息をつき、さて寝るかと服を脱ぎかけた時、部屋の隅で寝ていたシロとクロがもぞもぞと起き上がった。
「ん……んむー」
「……お、おえう……」
食べ過ぎたものがようやく下りてきたらしい。
まったく、子供の世話は大変だ。
あたしはため息をもう一つついて、二人を便所まで連れて行き、後始末をしてやった。
よく食べてよく休んだおかげで、シロとクロはすっかり元気になったようだが、あたしの方は戦闘と交渉で疲れ切っている。
ようやくベッドに入ると、意識はすぐに闇に沈んでいった。
まるで気絶するように。
翌朝。
けたたましいドアを叩く音で、あたしは叩き起こされた。
「おい! 開けろ! セレスティア! 聞いてるんだろ!」
宿の主人の、ヒステリックな声だ。
まだ頭が完全に覚醒しきっていない。
寝起きの体は重く、思考も鈍い。
なんだっていうんだ、朝っぱらから。
「お客さんから苦情が出てるんだ! あんたが、得体のしれない……人間じゃないガキどもを部屋に入れているってな!」
「うちはまっとうな人間様の宿なんだ! 出ていってもらうぞ!」
ああ、そういうことか。
シロとクロのことか。
面倒なことになった。
ドアが叩かれ始めた時点で目は覚めていたが、まだ頭が完全に働かない。
シロとクロはすでに起きていて、無言でベッドの脇に立っている。
ガチャリ、と音がして、宿の主人がマスターキーでドアを開けた。
その瞬間、主人の動きが凍り付く。
ドアのすぐ内側に、シロとクロが二人、無言で後ろ手に組み、あたしを背にするようにして立って主人を睨みつけていたからだ。
その幼い顔には何の表情もないが、その瞳には明確な敵意が宿っている。
その静かな威圧感に、主人は怯んだように後ずさった。
(ほう、なかなか様になってるじゃないか)
あたしは欠伸を一つして、ゆっくりとベッドから起き上がる。
シロとクロとは違って、まだ本調子とはいかない。
「……やれやれ。あんたが人類大好き人間かどうかは、正直どうでもいいね」
「だが、契約外の理由であたしを一方的に追い出そうって言うんなら、話は別だ」
「こっちだって、この大量の装備を運び出すのは手間なんだよ」
「その手間賃と、残りの宿泊日数分の代金は、当然、返してもらうからな。あんたが負担するってことで、いいね?」
あたしは悠然と服を着替え始める。
主人は何か文句を言おうとしたが、シロとクロの非友好的な視線に射すくめられ、結局何も言えずに口をパクパクさせている。
暴力こそ振るわないが、その無言の圧力は相当なものらしい。
いいぞ、もっとやれ。
荷物をまとめ、宿代の残りをきっちり返金させ(もちろん、迷惑料込みで割増だ)、あたしたちは宿を出た。
朝の空気が妙にすがすがしい。
荷車に装備や道具を積み込み、再びそれを引き始める。
(いっそ、家でも借りるか? でも、また金がかかるねぇ……)
そんなことを考えていると、あたしの左右を歩くシロとクロが、なんだかやけに上機嫌なことに気づいた。
宿から追い出されたというのに、こいつらは……。
まあ、昨夜あれだけ食べて寝れば、元気にもなるか。
「ま、とりあえず、飯だな」
あたしがそう言うと、二人の耳がぴんと立った。
食い意地だけは本当に一人前だ。
さて、次の宿を探す前に、まずは腹ごしらえと行こうか。
あたしは荷車を引きながら、朝の活気が戻りつつある街路を歩き始めた。