悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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運命の奔流と揺るがぬ拠点
【第18話】炊き出し、帽子、そして鐘の音


安宿を追い出されたとはいえ、懐にはそれなりの金と、何より自由がある。

 

荷車には装備と荷物がたっぷりだ。

 

シロとクロは、あたしの左右をきゃっきゃと声を上げながら軽快な足取りでついてくる。

 

まったく、子供というのは回復が早いのか、それともただ単に馬鹿なのか。

 

「それにしても、今日はやけに騒がしいね」

 

普段のこの時間帯なら、もっと閑散としているはずの道が、やけに人でごった返している。

 

荷車を牽く身としては、少々厄介だ。

 

何やら前方で人だかりができていて、そこからざわめきが広がってきているようだ。

 

道の端に荷車を寄せ、耳を澄ませると、雑踏の中から「教会」「炊き出し」なんて言葉が聞こえてきた。

 

「お、教会様が炊き出しやってんのか。ありがてえこった」

 

「ここのところ物騒だったからな。仕事にあぶれた連中も多いんだろうよ」

 

すれ違う男たちの会話が耳に入ってきた。

 

なるほど、教会の連中が慈善事業の一環で貧しい人々に食事を施してるってわけか。

 

見れば、粗末な木の椀を手に、長い列を作っている人々がいる。

 

配られているのは、大きな鍋で煮込まれた、見るからに薄い麦粥。

 

ほんの僅かな野菜と、申し訳程度の肉の切れ端が浮いているのが辛うじて見える。

 

一人にお椀一杯きり、ってところだろう。

 

(シロとクロも、あたしに拾われる前は、ああいうのを利用して飢えを凌いでいたのかねぇ……)

 

ふと、そんな感傷が胸をよぎった。

 

だが、当のシロとクロは、炊き出しの場所に近づくにつれて、何故か怯えたようにあたしの外套の裾を掴んで隠れようとし始めた。

 

「ん? どうしたんだい、二人とも」

 

シロとクロの様子がおかしい。

 

炊き出しの場所に何かあるのか? あたしが朝食を食べるつもりの馴染みの店に行くには、この広場を抜けた先にある。

 

遠回りするのは面倒だが、こいつらがこんなに怯えているんじゃ仕方ない。

 

あまりにも怯えるので、仕方なく荷車の歩みを止める。

 

「調子が悪いなら荷台に乗ってな。ただし、あたしの装備を踏み荒らすんじゃないよ」

 

そう声をかけると、シロとクロは、待ってましたとばかりにいそいそと荷台に飛び乗った。

 

まったく、現金な奴らめ。

 

こいつらにとって、あたしが牽く荷車は一番安全で楽しい乗り物なんだろう。

 

その小さな体でちょこんと荷台に収まる姿は、傍から見れば微笑ましいのかもしれない。

 

何人かの通行人が、こちらを見て口元を緩めているのが見えた。

 

炊き出しの場所では、数人の神官やシスターたちが忙しそうに立ち働いている。

 

その中に、見知った顔を見つけて、あたしは思わず眉をひそめた。

 

アリサだ。

 

あの小生意気な見習い神官が、相変わらず清潔そうな神官服に身を包み、神妙な顔つきで麦粥を配っている。

 

荷物を満載した荷車を女一人で引き、その荷台に薄汚れた子供(これでもマシになったんだ)を二人乗せているあたしの姿は、見ようによっては夜逃げにも、攫ってきた奴隷を運んでいるようにも見えるだろう。

 

現に、アリサはあたしに気づくと、ほとんど敵意に近い、露骨な疑いの視線を向けてきた。

 

まあ、あいつの性格を考えれば当然の反応か。

 

攻撃してこないだけマシとしよう。

 

だが、荷台のシロとクロに気づくと、アリサの表情が一変した。

 

今度は、まるでか弱い小動物でも見るような、庇護欲を掻き立てられたような眼差しを向ける。

 

しかし、当のシロとクロは、アリサの姿(というより、その神官服だろう)を認めるなり、さらに怯え、荷台の隅でぶるぶると震え、荷物の影に隠れようとする。

 

その反応に、アリサはショックを受けたような顔になる。

 

今度はあたしがシロとクロに何か嘘でも教え込んでいるのではないか、とでも言いたげな、非難めいた視線を向けてきた。

 

いちいち面倒くさい奴だ。

 

「シロ、クロ。ひょっとしてこういう服を着た奴に虐められでもしたかい?」

 

あたしはわざとらしく大きなため息をつくと、アリサや、他の神官たちが着ている服を指差して尋ねてみた。

 

すると、二人はまるで何かのスイッチが入ったかのように、勢いよく何度も頷いた。

 

その様子を見て、アリサは一瞬、冤罪だと言わんばかりに憤慨した表情を見せたが、シロとクロの本気で怯えている様子に気づいたのだろう。

 

すぐに(ひょっとしたら本当なの?)とでも言いたげな、困惑の表情に変わった。

 

「ふぅん」

 

あたしはわざとらしく嘆息してみせる。

 

「教会の人間様に化けた、たちの悪い偽物でもいたのかもしれないねぇ」

 

「まあ、あたしが拾う前のこいつらは、今よりもっと酷く汚れて痩せこけていたからね」

 

「その偽物さんは、純粋な人間様以外の生き物は、みんなゴミだとでも思っていたのかもねぇ。いやぁ、怖い怖い」

 

言葉の端々に、毒をたっぷりと含ませてやった。

 

不潔でなくなってから、今さら善意を見せようとしたって魂胆が見え見えなんだよ、と。

 

そういう欲に忠実な生き方には、ある意味感心するけどね。

 

アリサの顔が怒りで赤く染まるのが見えたが、これ以上口論を続ける気はない。

 

正直に言えば、教会なんて組織は基本的に好きじゃない。

 

アリサみたいな偽善者がうようよしていそうだからね。

 

だが、この世界では数少ない社会福祉の一端を担っていることは、評価せざるを得ない。

 

炊き出しを取り仕切っている責任者らしき、ふんぞり返った態度の若い聖職者に近付くつもりはない。

 

広場を観察すると、黙々と作業を続けている日焼けして皺の目立つ老シスターが隅の方で見つかった。

 

このシスターなら、受け取った喜捨の大部分を、ちゃんと炊き出しのために使ってくれそうだ。

 

「シスター。喜捨は受け付けてるかい?」

 

老シスターは、穏やかな目でこちらを見上げ、にこやかに頷いた。

 

「ええ、もちろんですとも。ありがとうございます」

 

あたしは懐から金貨を一枚取り出し、他の誰にも見えないように、そっと老シスターの手に握らせた。

 

個人で、しかも冒険者としての喜捨としては、破格の金額だろう。

 

老シスターは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに礼儀正しく、心からの感謝の言葉をあたしに伝えてきた。

 

「……勿体ないことでございます。必ず、恵まれない方々のために使わせていただきます」

 

その言葉と態度には、心からの感謝が込められているのが分かった。

 

(ずいぶんと礼儀がしっかりしている。どこぞの貴族の出身かね?)

 

(だが、手は事務仕事ではなく、長年台所仕事をしてきた者の手だな)

 

あたしの観察眼は、そう告げていた。

 

老シスターは、荷台でまだ少し怯えているシロとクロが、あたしを慕うように見上げているのに気づいたのだろう。

 

穏やかな笑みを浮かべて、ふと、こう言った。

 

「近頃は、お帽子が流行っているようですわね」

 

一瞬、何を言われたのか分からず戸惑った。

 

帽子? あたしは帽子なんて被っちゃいないが……。

 

(ああ、そういうことかい。シロとクロの犬耳を帽子で隠せば、教会もこいつらを魔物や魔族だのといった面倒な扱いはしない、と)

 

(あたしの考えすぎか? それとも、この老シスターなりの処世術、あるいは善意ってやつかね)

 

どちらにしろ、ありがたい助言ではある。

 

長居は無用だ。

 

アリサたちの刺すような視線も鬱陶しい。

 

あたしは軽く会釈すると、アリサたちの刺すような視線を背中に感じながら、シロとクロを乗せた荷車を牽いて、炊き出しの喧騒を後にした。

 

目指すは、馴染みの食堂。

 

高級店ではないが、混ぜ物なしでボリューム満点、そして何より美味い。

 

店構えもこざっぱりとしていて清潔感がある。

 

店の近くで荷車を止めると、シロとクロに「しっかり見張ってな。変な奴が近づいたら吠えろ。荷物から目を離すんじゃないよ」と言い含める。

 

「おばちゃん、いつものやつ、三人前ね。持ち帰りで頼むよ」

 

「あいよ! セレスティアちゃん、今日は早いね!」

 

威勢のいい女将さんの声を聞きながら待つことしばし。

 

教会の炊き出しの薄い麦粥とは比べ物にならない、栄養満点の朝食を三つ、受け取った。

 

大きな木製の器になみなみと注がれた、数種類の大きな野菜がゴロゴロ入った麦粥。

 

その上には、香ばしく炙られた濃厚なチーズがたっぷりと乗っている。

 

木製のスプーンも三つ付けてもらった。

 

これで銀貨一枚なら安いもんだ。

 

熱々の麦粥を三つ、慎重に荷車まで運ぶ。

 

荷車に戻ると、シロとクロが待ちかねたようにそわそわしていた。

 

「ほらよ、あんた達の分だ。熱いから気をつけな」

 

器を渡すと、二人は最初、恐る恐るといった感じで器に手を伸ばし、匂いを嗅いでいた。

 

「スプーンを使いな。手で食うのは行儀が悪い。手づかみで食うなよ?」

 

あたしが見本を見せると、二人はおずおずとスプーンを手に取り、ぎこちない手つきで、しかし一生懸命スプーンを使って麦粥を食べ始めた。

 

その小さな口には、スプーンが大きすぎるかもしれないね。

 

一口、二口……すぐにその美味さに気づいたのだろう。

 

その顔がぱあっと輝いた。

 

あとはもう夢中だ。

 

熱いチーズが上顎に張り付いて涙目になりながらも、一心不乱に麦粥をどんぶりにかき込んでいる。

 

その様子は見ていて飽きないね。

 

そんな微笑ましい(あたしにとっては、だが)光景を眺めていると、不意に背後から声がかかった。

 

「……白昼夢、か?」

 

聞き覚えのある、少し嗄れた声。

 

振り返ると、そこに立っていたのは初老の男だった。

 

見覚えがある。

 

金札の冒険者だ。

 

確か、あたしがまだ前世の記憶を取り戻す前、つまり本物の「悪役令嬢セレスティア」だった頃に、一度だけ言葉を交わしたことがある。

 

日に焼けた顔、鍛え上げられた体躯、そして何より、その腰に下げられた金色のギルド札。

 

間違いなく、高名な金札冒険者の一人だ。

 

その時のあたしは、それはもう酷いもんだったからな。

 

今のあたしを見て、そんな感想を抱くのも無理はない。

 

「おや、誰かと思えば金札様じゃないか。ご無沙汰してるね」

 

「セレスティア嬢か。ずいぶんと変わっ……いや、その装備と、連れているのは……新しい部下か?」

 

金札冒険者は、あたしの言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り繕った。

 

だが、その心の声は駄々洩れだ。

 

(ふん、改心したとでも思ったのかね? 残念だったな、性根なんざそう簡単に変わるもんじゃないさ)

 

(それとも、誰かがあたしに入れ知恵でもしたと勘ぐっているのか?)

 

(以前のあたしの悪行三昧を知ってるから、こんなガキどもを手下にしてると聞いて、何か良からぬことを企んでるんじゃないかと疑ってるか)

 

「こいつらは、最近拾った新しい手下だよ。見た目はこんなだが、意外と役に立つんでね」

 

「ほら、ちゃんと野菜を食っても害がないかどうか、今、確認してるところさ」

 

あたしが悪びれもなくそう言うと、金札冒険者は得心がいったように、「なるほど、そういう種族ということか」とだけ呟いた。

 

こいつ、意外と察しがいいのか、それともただの天然か。

 

「ところでセレスティア嬢、今、時間は少しあるか? 君に話があるのだが……」

 

金札冒険者が何かを言いかけた、まさにその瞬間だった。

 

カン!カン!カン!カン!

 

遠く、冒険者ギルドの方角から、けたたましい鐘の音が連続して鳴り響いた。

 

あれは……冒険者に対する非常時の呼び出しを意味する鐘だ。

 

それも、かなり切迫した状況で鳴らされるやつだ。

 

「……どうやら、このことらしいね」

 

あたしが言うと、金札冒険者は苦い顔で頷いた。

 

「そうだ。どうやら予想以上に深刻な事態のようだ」

 

「やれやれ。荷車を返却しに行く余裕もないとはね」

 

鐘の音に驚いて店から飛び出してきた女将さんに、空になった器とスプーンを手早く返却する。

 

「ごちそうさん、おばちゃん!」

 

面倒なことになりそうだが、同時に、少しだけ胸が高鳴っている自分にも気づいていた。

 

貴族に成り上がる力も、「主人公」や「ヒロイン」に敵対されても生き残る力もまだない。

 

だが前世に目覚めた直後と比べれば力は激増した。

 

「それじゃあ、行くとするか」

 

あたしは金札冒険者と顔を見合わせ、頷き合うと、騒がしくなり始めた街路を、冒険者ギルドへと向かって駆け出した。

 

今のあたしが、どこまで通用するか、試してみるのも悪くない。

 

シロとクロも、何が何だか分からないまま、しっかりと荷台にしがみついていた。

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