悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第19話】見覚えのある少年と、選択の刻

鐘の音がけたたましく鳴り響き、冒険者ギルドは蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 

いつもなら閑散としている時間帯のはずなのに、今は冒険者たちが集まっている。

 

もっとも、ギルドに登録している冒険者の総数からすれば、まだほんの一部といったところだろうけど。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、顔なじみの金札冒険者と共に、その喧騒の中心へと足を踏み入れた。

 

「荷車はここに。装備も積んであるから、盗られたら困るんだけどね」

 

ギルドの壁際に荷車を止めると、荷台のシロとクロに声をかける。

 

「あい!」

 

「あう!」

 

二人は頼もしく返事をすると、荷台の上で小さな体をぴんと伸ばし、周囲を警戒し始めた。

 

この物々しい雰囲気じゃ、盗難の心配は杞憂だろうが、あいつらなりに役目を果たそうとしているのは悪くない。

 

このギルドには、金札冒険者を除けばあたしより強い奴はいないはずだ。

 

それでも屈強な冒険者たちの殺気じみた気配を感じ取っているのか、いつになく真剣な顔つきだ。

 

ギルドホールでは、一人の職員が壇上に立ち、必死に声を張り上げている。

 

「街道筋にて、猪型の魔獣の大規模な群れが確認された! 付近の村落へも接近中との情報もある!」

 

猪型の魔獣、ね。

 

確か、厄介な相手だったはずだ。

 

職員の説明によれば、今回の群れは魔物の割に比較的小柄な個体が多いらしいが、それでも護衛なしの隊商が襲われればひとたまりもない。

 

牙で突き殺され、文字通り食い物にされるだろう。

 

一般的な銀札冒険者なら、成獣一体と正面から戦えばまず勝てるが、怪我をする可能性は高い。

 

成獣一体に加えて幼獣が数体となると、勝敗は五分五分、勝てたとしても大怪我は免れないだろう。

 

「街道まで群れが出てくるとは珍しいね。どこかの村が駆除に失敗して、群れが大型化したのかい?」

 

あたしが冷静に分析してみせると、職員は血相を変えたまま首を横に振った。

 

「詳しい情報まではまだ分かっていません! とにかく、この街への接近を阻止するのが最優先です!」

 

その時、隣にいた金札冒険者が一歩前に出た。

 

「よし、銀札より下の者は私がまとめる。新米は無理せず、負傷者の救護や物資の運搬を優先しろ」

 

その言葉は、この場にいる全ての冒険者に向けられたものだった。

 

「セレスティア嬢、そちらはどうする?」

 

そして、あたしの方を向き、静かに問いかける。

 

「大勢集まっての防衛戦では、あたしの『足』が活かせないからね。先行してはぐれた魔物を狩り、少しでも数を減らすつもりだよ」

 

あたしの返答に、金札冒険者は集まった他の冒険者たちを一瞥した。

 

その視線は、まるで値踏みでもするかのように鋭い。

 

(みな小粒だな……。練度が低いというわけではないが、この緊急事態で冷静さを欠いている者も多い)

 

(……セレスティア嬢だけは、相変わらず何を考えているのか読めんな。だが、本人もやる気のようだ。ここは一つ、試してみるか)

 

そんな思考が透けて見えるような気がしたが、まあ、どうでもいい。

 

「分かった、任せる。セレスティア嬢以外は私について来い! この依頼を成功させれば、銀札への道も見えてくるぞ!」

 

金札冒険者の檄に、他の冒険者たちが「おおっ!」と気勢を上げる。

 

単純な奴らだ。

 

「お待ちください!」

 

騒ぎが少し収まったところで、先ほどの職員が再び声を上げた。

 

今度は、あたしに向かってだ。

 

「セレスティア様! 魔物の群れが来た方向には、小さな村があります。もし可能であれば、村の様子を偵察していただきたいのです」

 

「それが無理な場合でも、避難民を見かけた際には、保護し、街まで連れ帰っていただけないでしょうか」

 

あたしは露骨に顔をしかめた。

 

「魔物の群れを相手にしながら、遠くの村の偵察? しかも、パニックに陥っているであろう素人を説得して連れ帰るだって?」

 

「命がいくつあっても足りない相談だね」

 

あたしの素っ気ない返答に、どこかから「はっ。普段威張っていても、いざとなるとそんなものかよ」という嘲りの声が聞こえてきた。

 

まったく、どいつもこいつも好き勝手言ってくれる。

 

あたしはそんな雑音は鼻で笑い飛ばし、職員に向き直った。

 

「依頼の難易度も理解できない初心者は黙ってな。……まあ、努力はするよ。それでいいね?」

 

愛想良く言ったつもりだが、内心は別だ。

 

財産を抱えたまま助けを求めたり、少しでも反抗的な態度を取るような避難民は、見つけたとしても見捨てるつもりだ。

 

これはあたしのひねくれた性格のせいでもあるが、それ以上に、魔物の群れとの戦闘はあたしにとっても十分に危険なのだ。

 

それ以上のリスクを冒せば、戦死するか再起不能な重傷を負う可能性が高いと判断しているからに他ならない。

 

(やれやれ、一応は依頼を受けた形になったか。人を運ぶとなれば、やはり荷車は必須だろうね)

 

(……しかし、こんな危険な場所に持ち込むとなれば、レンタルの延長じゃ済まないだろうな)

 

(間違いなく買い取りを要求されるだろうさ)

 

そんなことを考えながら、あたしはシロとクロに声をかけた。

 

「行くよ、シロ、クロ!」

 

「あい!」

 

「あう!」

 

二人の元気な返事を聞き、あたしはまず皮なめし職人の工房へと向かった。

 

シロとクロのために注文していた、特製の革製作業着と革手袋が出来上がっているはずだ。

 

工房に着くと、職人はちょうど作業を終えたところだった。

 

出来上がった装備は、二人の体型にぴったりと合っており、革の質も申し分ない。

 

シロとクロは、自分たち専用の装備を与えられたことがよほど嬉しいらしく、受け取った作業着と手袋を抱きしめて、荷台の上で大はしゃぎしている。

 

その性能の高さもさることながら、「自分だけのもの」という特別感がたまらないのだろう。

 

時間が惜しい。

 

あたしは装備と、ついでに皮なめし職人から鍛冶親方宛の「なめしの進捗状況」が書かれた手紙を受け取ると、すぐにシロとクロを連れて鍛冶親方の工房へと急いだ。

 

途中、荷車の持ち主の店に寄り、レンタルの延長を申し込む。

 

だが、予想通り、けんもほろろに断られた挙句、買い取りを要求された。

 

「おいおい、こっちは都市の危機だってのに、足元を見るのかい?」

 

「解体した獣の皮をも運んで、荷台がひどく汚れてるじゃないか。次に貸し出すときに困るんだよ。買い取ってくれるなら、相場の値段でいいぜ?」

 

悪態をつきたいのをぐっとこらえ、結局、言い値で荷車を買い取る羽目になった。

 

また余計な出費だ。

 

鍛冶親方の工房に着くと、手下Aことリックが一人で留守番をしていた。

 

親方は不在らしい。

 

「リック、親方は?」

 

「姐御! 親父なら、さっき急な用事で呼び出されて……。すぐに戻るとは思いますが」

 

「そうかい。じゃあ、これを親方に渡しといてくれ。皮なめし屋からだ」

 

あたしは手紙をリックに手渡すと、荷車から今回使わない装備や余計な物資を降ろし始めた。

 

「それと、こいつらも預かっておいてくれ」

 

「あんたなら、どこで金に換えれば一番高く売れるか分かるだろう? もしあたしが遠征先でくたばったら、売った金で粗末な墓でも建てといてくれよ」

 

リックの目を見開いた。

 

「あ、姐御! なんでそんな、死を覚悟してるみたいなこと言うんすか!?」

 

今にもあたしに掴みかかって止めそうな勢いだ。

 

「馬鹿だね、死ぬ危険があるのは、冒険者ならいつだって同じことだろう? ……それより、ちょっとした事情があってね」

 

「金はあるのに、宿を追い出されちまったんだよ」

 

さすがに宿無しというのは、元貴族令嬢としては少しばかり恥ずかしい。

 

「こいつらを持ち歩いてると、その分、あたしの『足』が鈍るんだ。すぐに取りに戻ってくるから、それまで預かっておいてくれ」

 

「わ、分かりました! 親父には……いや、親方には、俺からちゃんと伝えておきます!」

 

「ああ、挨拶なしで悪かったと、それも伝えておいてくれ」

 

あたしがリックと話している間、シロとクロは工房の隅に置かれた武器に興味津々だった。

 

クロは、あたしが使っている鉄杖(バット)よりも一回り小さい、子供用の訓練用と思われる鉄杖を食い入るように見つめている。

 

一方のシロは、壁に掛けられた、あたしが魔物の解体に使っているのと同じ種類のナイフに鼻を近づけていた。

 

(ふむ、こいつら、武器にも興味が出てきたのか。良い傾向だね)

 

準備は整った。

 

シロとクロを荷車に乗せ、あたしは今度こそ、都市の門をくぐり、街道へと足を踏み出した。

 

街道に出ると、あたしは荷車を牽きながら『足』の全力を解放した。

 

あっという間に、先に出発していたはずの金札冒険者と、彼が率いる格下冒険者たちの集団を追い抜いていく。

 

この『足』の前では、彼らの行軍速度は亀同然だ。

 

道中、群れからはぐれた猪型の幼獣に何度か遭遇したが、今のあたしにとっては敵ではなかった。

 

片手で荷車の柄を握り、もう片方の手に持った鉄槌(バット)を軽く振るうだけで、面白いように幼獣たちが吹き飛んでいく。

 

「おいう……」

 

荷台から、シロが涎を垂らしそうな声で呟く。

 

肉、と言いたいのだろう。

 

「あう……」

 

クロも、もったいない、とでも言いたげな鳴き声を上げた。

 

「お前たちは荷台でちゃんと立って、遠くを見て警戒しろ! 戦いを甘く見るんじゃないよ!」

 

あたしがそう叱咤すると、二人はしょんぼりとした様子で、それでも言われた通りに荷台の縁に立ち、周囲を見回し始めた。

 

そんなやり取りをしながら街道を進んでいると、不意に、前方遠くに複数の影が動いているのが見えた。

 

目を凝らすと、それは魔物の群れと、それとたった一人で戦っている、小さな人影だった。

 

(ん? あれは……子供か? シロやクロよりは年上に見えるが、それでもガキだね。だが、歳のわりには……妙に強いな)

 

さらに距離を詰めると、その光景に既視感を覚えた。

 

(……変だな。会ったこともないはずなのに、どこかで見覚えがあるような……?)

 

少年は、歳に似合わず、なかなかしっかりとした剣を手にしていた。

 

そして次の瞬間、あたしは我が目を疑った。

 

少年が、まるで閃光のような速度で魔物の成獣に斬りかかり、一撃でそれを屠ったのだ。

 

その威力は、あたしが全速力で鉄槌を叩きつけた時と、ほぼ互角と言ってもいい。

 

衝撃が、あたしの脳天を貫いた。

 

(嘘だろ……!? あのガキ、どう見ても低レベルにしか見えない。それなのに、あの馬鹿げた強さ……)

 

(ということは、まさか、初期能力値が異常に高いっていう、アレか!?)

 

そこまで考えて、あたしの脳裏に、前世のクソゲー『エターナル・ファンタジア』の記憶が閃光のように蘇った。

 

そのメインシナリオ。

 

そして……。

 

(まさか、あのガキ……原作の「主人公」じゃないだろうね!?)

 

そうだ、思い出した。

 

あの顔、あの雰囲気、そしてあの理不尽なまでの強さ。

 

間違いない。

 

あいつが、この世界の物語の「主人公」だ。

 

全身の血の気が引くのを感じた。

 

よりによって、こんなところで遭遇するなんて。

 

そして、その「主人公」らしき少年は、渾身の一撃を放った直後で体勢を崩し、隙だらけになっている。

 

そこへ、生き残っていた他の魔獣たちが、一斉に襲いかかろうとしていた。

 

明らかに不利な状況だ。

 

(まずい! あのままじゃ、あのガキ、死ぬぞ!)

 

見捨てたい。

 

心の底からそう思う。

 

原作の主人公なんて、あたしにとっては疫病神でしかない。

 

関わればろくなことにならない。

 

(だが……! もし、万が一、あいつが生き延びて、あたしがこの場で見捨てたことを知ったら……?)

 

(原作通りなら、あたしは間違いなく、あいつに殺される!)

 

どうすればいい?

 

助けるべきか、見捨てるべきか?

 

あたしの頭の中で、警鐘がけたたましく鳴り響いていた。

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