悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第2話】茨の道と牙猪(カモ)の森

「……分かった。だが、猶予は三日だ! それまでに必ず払いな!」

 

「それと……例の借金取りが昨日もお前のことを嗅ぎ回ってたぞ。明日までには何とかしろよ、でないと俺も匿いきれん!」

 

宿のデブ亭主が最後に吐き捨てた言葉が、やけに耳にこびりつく。

 

三日の猶予? ふざけるな。

 

今際の際で借金取りに脅されたんだ、「明日の日没まで」ってな!

 

部屋に戻り、あたしは壁に背を預けてずるずると座り込んだ。

 

最悪だ。

 

最悪の状況だ。

 

金はない。

 

信用もない。

 

武器はボロ。

 

おまけに借金取りからのタイムリミット付き。

 

ああ、あと破滅する運命っていう特大のおまけも付いてたっけか。

 

(一日で大金なんて、どうやって稼げって言うんだよ!)

 

頭を掻きむしりたくなる衝動を、奥歯を噛み締めてこらえる。

 

泣き言を言ったって、一銅貨にもなりゃしない。

 

あたしにあるのは、崖っぷちの現実と、あのクソゲーの記憶だけだ。

 

(普通の依頼じゃ間に合わない。ギルドの連中があたしにまともな依頼を回すはずもないしね)

 

(かといって、またギャンブル? 二度とやるか、あんなもの)

 

思考がぐるぐると空回りする。

 

だが、焦りの中で、ふと一つの可能性が頭をもたげた。

 

(そうだ……経験値だ)

 

あのクソゲーの知識。

 

金にはならなくても、あたしを強くする可能性があるもの。

 

あの忌々しい「耐久力」を活かす、マイナービルド。

 

その第一歩、「移動能力」。

 

(そのためには経験値が必要だ。だが、地道に依頼をこなしてる時間はない)

 

(なら……!)

 

記憶の隅っこを穿り返す。

 

いたはずだ。

 

倒しにくい割に、経験値だけはやたらと高い、間抜けなモンスターが。

 

(牙猪(ファングボア)!)

 

思い出した。

 

皮膚や骨が岩みたいに硬くて、まともに斬り合ったら武器がすぐにダメになる。

 

しかも、肉も皮も骨も、買い叩かれるような安値にしかならない。

 

だから普通の冒険者は見向きもしない。

 

だけど、経験値だけは、破格だったはずだ!

 

そして、その生息地は「獣の森」。

 

あの森は、ギルドでたまに出る「辺境の砦」への緊急配達依頼の、危険な近道ルート上にある!

 

(これしかない……!)

 

計画は決まった。

 

緊急の配達依頼を受けて、獣の森ルートを選ぶ。

 

道中で牙猪(カモ)を狩って経験値を稼ぎ、「移動能力」の基礎を得る。

 

そして、配達報酬で借金を返す!

 

(……無茶だって? ハッ、上等だよ!)

 

失敗したら即死?

 

ああ、そうだろうね。

 

だが、何もしなくてもあたしは破滅するんだ。

 

だったら、万に一つの可能性に賭けてやる!

 

あたしは勢いよく立ち上がり、冒険者ギルドへと向かった。

 

道中、昨日感じた粘つくような視線や、借金取りの見張りの気配を感じたが、今は無視だ。そんなものに構っている暇はない。

 

ギルドの扉を蹴破らんばかりの勢いで開けると、予想通りの冷ややかな視線と嘲笑の嵐。

 

「あらセレスティア様、またお金の無心ですか? みっともない」

 

「関わらない方がいいって言ったろ?」

 

うるさいハエどもだね。

 

あたしはそいつらを睨みつけながら、依頼掲示板へ直行する。

 

あった。

 

記憶の中の依頼書と、ほとんど同じ内容。

 

『緊急:辺境の砦へ薬品箱の配達。通常ルートでは期限に間に合わず。危険地帯「獣の森」ルートを通れる者に限り、報酬特例』

 

推奨ランク:銀。

 

報酬は……よし、これなら借金を返しても少しは残る!

 

あたしは依頼書をひったくるように剥がし、受付カウンターへ叩きつけた。

 

受付の小娘が、依頼書とあたしの顔、そしてボロボロの装備を見比べて、あからさまに嫌そうな顔をする。

 

「セレスティア様、この依頼は銀札推奨とはいえ、獣の森は非常に危険ですが……? しかも、そのお召し物では……」

 

「うるさいね! あたしは銀札だ! この依頼をこなせるのはあたししかいないだろ! あんたに否やを言う権利なんてないんだよ!」

 

カウンターをドン!と叩いて一喝する。

 

小娘はビクリと肩を震わせた。

 

「それとも何か? この緊急薬品が届かなくて、誰かが死んでもいいって言うのかい!? あんたが責任取れるのかよ!」

 

「ひっ……! そ、そのようなことは……!」

 

「だったら、さっさと手続きしな! 時間がないんだよ!」

 

高圧的に捲し立て、半ば強引に依頼書を受け取らせる。

 

周囲の冒険者たちは「やっぱり無謀だ」「死にに行く気か」と囁き合っているが、知ったことか。

 

配達物の薬品箱は、思ったより小さく頑丈な金属製。これなら運びやすい。

 

ギルドを出る前に、もう一度、腰の剣を見る。

 

刃はこぼれ、柄にはひび。いつ壊れてもおかしくない安物だ。

 

(……こいつは、今回の『賭け』の参加費ってわけだね。せいぜい、元を取らせてもらうよ)

 

腰の貧相なナイフの感触を確かめる。

 

これが壊れたら、本当に武器はなくなる。

 

(だが、これで『足』を手に入れるんだ! そうじゃなきゃ、明日はない!)

 

あたしはギルドを後にし、街の門を抜け、辺境の砦へと続く道を進んだ。

 

しばらく行くと、道が二手に分かれる。

 

安全だが遠回りな街道と、険しく薄暗い獣の森への入り口。

 

あたしは迷わず、獣の森へと足を踏み入れた。

 

ひんやりとした湿った空気が纏わりつく。昼間なのに薄暗く、木の根が蛇のように地面を這い、歩きにくいことこの上ない。

 

(さてと……まずは、アレを試してみるか)

 

あたしは意識を集中し、「原作知識」の断片を頼りに、あの特殊な走り方を試してみる。

 

耐久力を、移動エネルギーに変換するという、あのマイナービルドの基礎。

 

呼吸、重心、足運び……やってみるが、これがもう、笑えるくらいにうまくいかない。

 

(クソッ! なんだよこれ、全然速くならないじゃないか! ただ疲れるだけだ!)

 

体がギクシャクし、木の根に足を取られて何度も転びそうになる。泥まみれになり、すぐに息が上がる。

 

(本当にこれで合ってるのかよ!? やっぱり、ただのガセネタだったんじゃ……!)

 

悪態をつきながらも、足を止めるわけにはいかない。

 

あたしの取り柄は、この異常なまでの耐久力だけだ。

 

普通ならとっくにぶっ倒れているだろうが、あたしの体はまだ動く。

 

疲労はある。

 

だが、限界はまだ見えない。

 

このタフネスだけが頼りだ。

 

道中、ゴブリンの斥候や、巨大な蜘蛛の巣を見つけたが、今は無視。

 

銀札としての経験と勘で気配を察知し、戦闘を避けながら森の奥へ、奥へと進む。

 

目的はただ一つ、牙猪(ファングボア)。

 

そして、ついに――開けた場所で、数体の黒い影が蠢いているのを発見した。

 

(いた……! 間違いない、牙猪(ファングボア)だ!)

 

原作通り、猪のような姿だが、その体躯は一回りも二回りも大きい。

 

皮膚はまるで黒い岩石のようにゴツゴツとし、不気味な光沢を放っている。

 

鋭い牙が二本、上向きに突き出し、威嚇するように鼻を鳴らしている。

 

見るからに頑丈そうだ。

 

あたしは息を殺し、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。これが、この剣の最後の仕事になるだろう。

 

(さあ、始めようか。あたしの、生き残りを賭けたギャンブルを!)

 

覚悟を決めて、地を蹴った。

 

キィィン!

 

最初に叩きつけた一撃は、牙猪の硬い皮膚に甲高い音を立てて弾かれた。剣を持つ手に、痺れるような衝撃。

 

(硬っ! やっぱりな! まともに斬り合ってたら日が暮れる!)

 

牙猪はこちらを認識し、猛然と突進してくる。動きは単調。原作通りだ。

 

あたしは最小限の動きでそれをかわし、すれ違いざまに関節(弱点のはずだ!)を狙って斬りつける。

 

だが、浅い傷しかつかない。

 

(チッ! ラチがあかない! なら……!)

 

距離を取り、相手の動きを観察する。

 

突進後の硬直が大きい。

 

弱点は目や鼻先のような、比較的柔らかい部分。

 

あたしは再び突進を誘い、ギリギリで回避。

 

硬直した瞬間に、全神経を集中させて弱点を狙う!

 

(喰らいな、このブタ!)

 

何度かそれを繰り返し、ようやく一体目を仕留める。

 

だが、あたしの剣も限界だった。

 

ひび割れが広がり、今にも折れそうだ。

 

(あと何体だ……? クソッ、割に合わないにも程がある! だが、経験値は……溜まってる!)

 

確かな手応え。

 

戦闘を通して、経験値が蓄積されている感覚。

 

そして、必死に続けていた奇妙な呼吸法と体の使い方が、ほんの少しだけ、戦闘中のスタミナ維持に役立っている気がする。プラシーボかもしれないけどね。

 

悪態をつきながらも、残りの牙猪に向かっていく。

 

経験値のため、そして未来のため!

 

消耗戦。二体目、三体目……数を減らすごとに、あたしも疲弊していく。

 

だが、体はまだ動く。

 

経験値が溜まっていく感覚は、より強くなっていく。

 

そして、最後の一体と対峙した時だった。

 

相手の渾身の突進を、折れかけの剣で受け止めようとした瞬間――

 

パキィィィン!

 

甲高い音と共に、あたしの剣は根本から砕け散った。

 

(……チッ! やっぱりこうなったか!)

 

武器を失い、がら空きになったあたしに、牙猪の牙が迫る!

 

まずい!

 

だが、あたしは諦めなかった。

 

咄嗟に予備のナイフを抜き、突進を紙一重で回避。

 

そして、異常な耐久力を信じ、あえて懐に飛び込む!

 

(死んでたまるかァァァッ!!)

 

牙猪の硬い体にぶつかり、衝撃で内臓が揺れる。

 

だが、怯まない。

 

ナイフを逆手に持ち、がら空きになった牙猪の首元(柔らかいはずだ!)に、全体重を乗せて突き立てた!

 

ブシュッ!

 

鈍い音と共に、牙猪は巨体を揺らして崩れ落ち、動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ……っ……」

 

あたしはその場に膝をつき、荒い息を繰り返す。

 

全身泥まみれで、あちこち擦り傷だらけ。

 

折れた剣の柄を握りしめ、しばし呆然とする。

 

(……本当に、丸腰になっちまったか)

 

だが、その直後。

 

身体の奥から、これまでにないほどの膨大な経験値が流れ込み、全身の細胞が歓喜するように震え出すのを感じた。

 

何かが繋がった。

 

何かが覚醒した。

 

確かな手応え。

 

(来た……!)

 

試しに立ち上がり、軽く地面を蹴ってみる。

 

違う。

 

明らかに違う。

 

まるで羽が生えたように体が軽い。

 

息が全く上がらない。

 

疲労感が嘘のように霧散し、どこまでも、いつまでも走り続けられるような、全能感にも似た感覚が全身を駆け巡る!

 

(これが『伝令士』、『耐久力比例の走力』……!)

 

原作知識にあった通りだ。

 

馬よりわずかに速度は劣るかもしれない。

 

だが、この無尽蔵とも思えるスタミナ! これなら丸一日だって走り続けられる!

 

この力があれば、どんな追手からも逃げ切れる! どんな場所へも辿り着ける!

 

(やった……! やったぞ……!!)

 

思わず笑みがこぼれる。

 

崖っぷちで見つけた、たった一つの活路。その第一歩を、あたしは確かに掴んだのだ。

 

しかし、その高揚感はすぐに冷水を浴びせられた。

 

視界の端に映る、折れた剣の残骸。

 

そして、腰で心もとなく揺れる、一本のナイフ。

 

(……『足』は手に入れた。けど、武器はこれだけ?)

 

ゾッとするような現実。

 

今のあたしは、この危険な森の中で、ほとんど丸腰同然だ。

 

さっきの牙猪レベルが相手ならともかく、もっと強力な魔物や、悪意を持った人間に襲われたら?

 

この速さだけで逃げ切れる保証はない。

 

(しかも、まだ配達の途中だ! 報酬を受け取って、借金を返さなきゃ、明日がない!)

 

手に入れた圧倒的な「速さ」という希望。

 

「丸腰」という絶望的な現実。

 

そして、「明日まで」という、待ったなしのタイムリミット。

 

あたしは折れた剣を投げ捨て、牙猪から剥ぎ取れるだけの素材(安くても無いよりマシだ)を急いで回収し、配達物の薬品箱をしっかりと抱え直した。

 

砦へと走り出そうとした、まさにその瞬間。

 

――ゾクリ、と。

 

さっきまでの獣の気配とは違う、もっと粘つくような、明確な悪意のこもった気配を、背後に感じた。

 

間違いない、追跡してきていたはずの、あの借金取りの見張りの気配だ。

 

だが、その気配は、単なる監視ではない。

 

まるで獲物を狙う捕食者のような――明確な『殺意』に変わっていた。

 

(まずい……! なぜ今!? 金を奪う気か、それとも、あたし自身を商品にするつもりか!?)

 

冷や汗が背筋を伝う。

 

最悪のタイミングで、最悪の敵意。

 

(何故あたしを狙う? 報酬を手にしてからの方が奪いやすいはず……違う!)

 

(それは「あっち」の、甘っちょろい世界の価値観だ!)

 

(こっちの世界じゃ、強くなりそうな奴は芽が出る前に潰すのが定石!)

 

(ましてや、あたしみたいに後ろ盾のない奴を始末したって、誰も本気で捜しやしない!)

 

(しくじった……! いつの間にか、あっちの感覚に毒されてた!)

 

「見てなよ」

 

あたしは腰のナイフの柄を、強く握りしめる。

 

「速さは得た、だが武器はない!」

 

覚醒したばかりの新たな力で、あたしは砦へと向けて全力で走り出す。

 

背後から迫る殺意を感じながら。

 

「報酬を手にし、借金取り(の殺意)から逃れることはできるのか?」

 

「そしてこの丸腰で、どうやって明日を生きる?」

 

答えはまだ、風の中だ。

 

あたしの、崖っぷちからの反撃は、まだ始まったばかりなのだから。

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