悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
「……分かった。だが、猶予は三日だ! それまでに必ず払いな!」
「それと……例の借金取りが昨日もお前のことを嗅ぎ回ってたぞ。明日までには何とかしろよ、でないと俺も匿いきれん!」
宿のデブ亭主が最後に吐き捨てた言葉が、やけに耳にこびりつく。
三日の猶予? ふざけるな。
今際の際で借金取りに脅されたんだ、「明日の日没まで」ってな!
部屋に戻り、あたしは壁に背を預けてずるずると座り込んだ。
最悪だ。
最悪の状況だ。
金はない。
信用もない。
武器はボロ。
おまけに借金取りからのタイムリミット付き。
ああ、あと破滅する運命っていう特大のおまけも付いてたっけか。
(一日で大金なんて、どうやって稼げって言うんだよ!)
頭を掻きむしりたくなる衝動を、奥歯を噛み締めてこらえる。
泣き言を言ったって、一銅貨にもなりゃしない。
あたしにあるのは、崖っぷちの現実と、あのクソゲーの記憶だけだ。
(普通の依頼じゃ間に合わない。ギルドの連中があたしにまともな依頼を回すはずもないしね)
(かといって、またギャンブル? 二度とやるか、あんなもの)
思考がぐるぐると空回りする。
だが、焦りの中で、ふと一つの可能性が頭をもたげた。
(そうだ……経験値だ)
あのクソゲーの知識。
金にはならなくても、あたしを強くする可能性があるもの。
あの忌々しい「耐久力」を活かす、マイナービルド。
その第一歩、「移動能力」。
(そのためには経験値が必要だ。だが、地道に依頼をこなしてる時間はない)
(なら……!)
記憶の隅っこを穿り返す。
いたはずだ。
倒しにくい割に、経験値だけはやたらと高い、間抜けなモンスターが。
(牙猪(ファングボア)!)
思い出した。
皮膚や骨が岩みたいに硬くて、まともに斬り合ったら武器がすぐにダメになる。
しかも、肉も皮も骨も、買い叩かれるような安値にしかならない。
だから普通の冒険者は見向きもしない。
だけど、経験値だけは、破格だったはずだ!
そして、その生息地は「獣の森」。
あの森は、ギルドでたまに出る「辺境の砦」への緊急配達依頼の、危険な近道ルート上にある!
(これしかない……!)
計画は決まった。
緊急の配達依頼を受けて、獣の森ルートを選ぶ。
道中で牙猪(カモ)を狩って経験値を稼ぎ、「移動能力」の基礎を得る。
そして、配達報酬で借金を返す!
(……無茶だって? ハッ、上等だよ!)
失敗したら即死?
ああ、そうだろうね。
だが、何もしなくてもあたしは破滅するんだ。
だったら、万に一つの可能性に賭けてやる!
あたしは勢いよく立ち上がり、冒険者ギルドへと向かった。
道中、昨日感じた粘つくような視線や、借金取りの見張りの気配を感じたが、今は無視だ。そんなものに構っている暇はない。
ギルドの扉を蹴破らんばかりの勢いで開けると、予想通りの冷ややかな視線と嘲笑の嵐。
「あらセレスティア様、またお金の無心ですか? みっともない」
「関わらない方がいいって言ったろ?」
うるさいハエどもだね。
あたしはそいつらを睨みつけながら、依頼掲示板へ直行する。
あった。
記憶の中の依頼書と、ほとんど同じ内容。
『緊急:辺境の砦へ薬品箱の配達。通常ルートでは期限に間に合わず。危険地帯「獣の森」ルートを通れる者に限り、報酬特例』
推奨ランク:銀。
報酬は……よし、これなら借金を返しても少しは残る!
あたしは依頼書をひったくるように剥がし、受付カウンターへ叩きつけた。
受付の小娘が、依頼書とあたしの顔、そしてボロボロの装備を見比べて、あからさまに嫌そうな顔をする。
「セレスティア様、この依頼は銀札推奨とはいえ、獣の森は非常に危険ですが……? しかも、そのお召し物では……」
「うるさいね! あたしは銀札だ! この依頼をこなせるのはあたししかいないだろ! あんたに否やを言う権利なんてないんだよ!」
カウンターをドン!と叩いて一喝する。
小娘はビクリと肩を震わせた。
「それとも何か? この緊急薬品が届かなくて、誰かが死んでもいいって言うのかい!? あんたが責任取れるのかよ!」
「ひっ……! そ、そのようなことは……!」
「だったら、さっさと手続きしな! 時間がないんだよ!」
高圧的に捲し立て、半ば強引に依頼書を受け取らせる。
周囲の冒険者たちは「やっぱり無謀だ」「死にに行く気か」と囁き合っているが、知ったことか。
配達物の薬品箱は、思ったより小さく頑丈な金属製。これなら運びやすい。
ギルドを出る前に、もう一度、腰の剣を見る。
刃はこぼれ、柄にはひび。いつ壊れてもおかしくない安物だ。
(……こいつは、今回の『賭け』の参加費ってわけだね。せいぜい、元を取らせてもらうよ)
腰の貧相なナイフの感触を確かめる。
これが壊れたら、本当に武器はなくなる。
(だが、これで『足』を手に入れるんだ! そうじゃなきゃ、明日はない!)
あたしはギルドを後にし、街の門を抜け、辺境の砦へと続く道を進んだ。
しばらく行くと、道が二手に分かれる。
安全だが遠回りな街道と、険しく薄暗い獣の森への入り口。
あたしは迷わず、獣の森へと足を踏み入れた。
ひんやりとした湿った空気が纏わりつく。昼間なのに薄暗く、木の根が蛇のように地面を這い、歩きにくいことこの上ない。
(さてと……まずは、アレを試してみるか)
あたしは意識を集中し、「原作知識」の断片を頼りに、あの特殊な走り方を試してみる。
耐久力を、移動エネルギーに変換するという、あのマイナービルドの基礎。
呼吸、重心、足運び……やってみるが、これがもう、笑えるくらいにうまくいかない。
(クソッ! なんだよこれ、全然速くならないじゃないか! ただ疲れるだけだ!)
体がギクシャクし、木の根に足を取られて何度も転びそうになる。泥まみれになり、すぐに息が上がる。
(本当にこれで合ってるのかよ!? やっぱり、ただのガセネタだったんじゃ……!)
悪態をつきながらも、足を止めるわけにはいかない。
あたしの取り柄は、この異常なまでの耐久力だけだ。
普通ならとっくにぶっ倒れているだろうが、あたしの体はまだ動く。
疲労はある。
だが、限界はまだ見えない。
このタフネスだけが頼りだ。
道中、ゴブリンの斥候や、巨大な蜘蛛の巣を見つけたが、今は無視。
銀札としての経験と勘で気配を察知し、戦闘を避けながら森の奥へ、奥へと進む。
目的はただ一つ、牙猪(ファングボア)。
そして、ついに――開けた場所で、数体の黒い影が蠢いているのを発見した。
(いた……! 間違いない、牙猪(ファングボア)だ!)
原作通り、猪のような姿だが、その体躯は一回りも二回りも大きい。
皮膚はまるで黒い岩石のようにゴツゴツとし、不気味な光沢を放っている。
鋭い牙が二本、上向きに突き出し、威嚇するように鼻を鳴らしている。
見るからに頑丈そうだ。
あたしは息を殺し、腰の剣をゆっくりと引き抜いた。これが、この剣の最後の仕事になるだろう。
(さあ、始めようか。あたしの、生き残りを賭けたギャンブルを!)
覚悟を決めて、地を蹴った。
キィィン!
最初に叩きつけた一撃は、牙猪の硬い皮膚に甲高い音を立てて弾かれた。剣を持つ手に、痺れるような衝撃。
(硬っ! やっぱりな! まともに斬り合ってたら日が暮れる!)
牙猪はこちらを認識し、猛然と突進してくる。動きは単調。原作通りだ。
あたしは最小限の動きでそれをかわし、すれ違いざまに関節(弱点のはずだ!)を狙って斬りつける。
だが、浅い傷しかつかない。
(チッ! ラチがあかない! なら……!)
距離を取り、相手の動きを観察する。
突進後の硬直が大きい。
弱点は目や鼻先のような、比較的柔らかい部分。
あたしは再び突進を誘い、ギリギリで回避。
硬直した瞬間に、全神経を集中させて弱点を狙う!
(喰らいな、このブタ!)
何度かそれを繰り返し、ようやく一体目を仕留める。
だが、あたしの剣も限界だった。
ひび割れが広がり、今にも折れそうだ。
(あと何体だ……? クソッ、割に合わないにも程がある! だが、経験値は……溜まってる!)
確かな手応え。
戦闘を通して、経験値が蓄積されている感覚。
そして、必死に続けていた奇妙な呼吸法と体の使い方が、ほんの少しだけ、戦闘中のスタミナ維持に役立っている気がする。プラシーボかもしれないけどね。
悪態をつきながらも、残りの牙猪に向かっていく。
経験値のため、そして未来のため!
消耗戦。二体目、三体目……数を減らすごとに、あたしも疲弊していく。
だが、体はまだ動く。
経験値が溜まっていく感覚は、より強くなっていく。
そして、最後の一体と対峙した時だった。
相手の渾身の突進を、折れかけの剣で受け止めようとした瞬間――
パキィィィン!
甲高い音と共に、あたしの剣は根本から砕け散った。
(……チッ! やっぱりこうなったか!)
武器を失い、がら空きになったあたしに、牙猪の牙が迫る!
まずい!
だが、あたしは諦めなかった。
咄嗟に予備のナイフを抜き、突進を紙一重で回避。
そして、異常な耐久力を信じ、あえて懐に飛び込む!
(死んでたまるかァァァッ!!)
牙猪の硬い体にぶつかり、衝撃で内臓が揺れる。
だが、怯まない。
ナイフを逆手に持ち、がら空きになった牙猪の首元(柔らかいはずだ!)に、全体重を乗せて突き立てた!
ブシュッ!
鈍い音と共に、牙猪は巨体を揺らして崩れ落ち、動かなくなった。
「はぁ……はぁ……っ……」
あたしはその場に膝をつき、荒い息を繰り返す。
全身泥まみれで、あちこち擦り傷だらけ。
折れた剣の柄を握りしめ、しばし呆然とする。
(……本当に、丸腰になっちまったか)
だが、その直後。
身体の奥から、これまでにないほどの膨大な経験値が流れ込み、全身の細胞が歓喜するように震え出すのを感じた。
何かが繋がった。
何かが覚醒した。
確かな手応え。
(来た……!)
試しに立ち上がり、軽く地面を蹴ってみる。
違う。
明らかに違う。
まるで羽が生えたように体が軽い。
息が全く上がらない。
疲労感が嘘のように霧散し、どこまでも、いつまでも走り続けられるような、全能感にも似た感覚が全身を駆け巡る!
(これが『伝令士』、『耐久力比例の走力』……!)
原作知識にあった通りだ。
馬よりわずかに速度は劣るかもしれない。
だが、この無尽蔵とも思えるスタミナ! これなら丸一日だって走り続けられる!
この力があれば、どんな追手からも逃げ切れる! どんな場所へも辿り着ける!
(やった……! やったぞ……!!)
思わず笑みがこぼれる。
崖っぷちで見つけた、たった一つの活路。その第一歩を、あたしは確かに掴んだのだ。
しかし、その高揚感はすぐに冷水を浴びせられた。
視界の端に映る、折れた剣の残骸。
そして、腰で心もとなく揺れる、一本のナイフ。
(……『足』は手に入れた。けど、武器はこれだけ?)
ゾッとするような現実。
今のあたしは、この危険な森の中で、ほとんど丸腰同然だ。
さっきの牙猪レベルが相手ならともかく、もっと強力な魔物や、悪意を持った人間に襲われたら?
この速さだけで逃げ切れる保証はない。
(しかも、まだ配達の途中だ! 報酬を受け取って、借金を返さなきゃ、明日がない!)
手に入れた圧倒的な「速さ」という希望。
「丸腰」という絶望的な現実。
そして、「明日まで」という、待ったなしのタイムリミット。
あたしは折れた剣を投げ捨て、牙猪から剥ぎ取れるだけの素材(安くても無いよりマシだ)を急いで回収し、配達物の薬品箱をしっかりと抱え直した。
砦へと走り出そうとした、まさにその瞬間。
――ゾクリ、と。
さっきまでの獣の気配とは違う、もっと粘つくような、明確な悪意のこもった気配を、背後に感じた。
間違いない、追跡してきていたはずの、あの借金取りの見張りの気配だ。
だが、その気配は、単なる監視ではない。
まるで獲物を狙う捕食者のような――明確な『殺意』に変わっていた。
(まずい……! なぜ今!? 金を奪う気か、それとも、あたし自身を商品にするつもりか!?)
冷や汗が背筋を伝う。
最悪のタイミングで、最悪の敵意。
(何故あたしを狙う? 報酬を手にしてからの方が奪いやすいはず……違う!)
(それは「あっち」の、甘っちょろい世界の価値観だ!)
(こっちの世界じゃ、強くなりそうな奴は芽が出る前に潰すのが定石!)
(ましてや、あたしみたいに後ろ盾のない奴を始末したって、誰も本気で捜しやしない!)
(しくじった……! いつの間にか、あっちの感覚に毒されてた!)
「見てなよ」
あたしは腰のナイフの柄を、強く握りしめる。
「速さは得た、だが武器はない!」
覚醒したばかりの新たな力で、あたしは砦へと向けて全力で走り出す。
背後から迫る殺意を感じながら。
「報酬を手にし、借金取り(の殺意)から逃れることはできるのか?」
「そしてこの丸腰で、どうやって明日を生きる?」
答えはまだ、風の中だ。
あたしの、崖っぷちからの反撃は、まだ始まったばかりなのだから。