悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第20話】錯綜する因果と新たな火種

「シロ、クロ! 荷車を頼んだよ! 何があっても離れるんじゃない!」

 

「あい!」「あう!」

 

二人の短い返事を聞き届け、あたしは荷車の柄を放り投げ、愛用の鉄槌――歪な金属バットにしか見えないが――を握りしめ、地を蹴った。

 

目標は、ガキの背後から迫る、一際図体のデカい猪型の魔獣だ。

 

あたしの『足』は、この世界の理不尽なまでの「主人公補正」には遠く及ばないかもしれない。

 

だが、それでも並の冒険者を置き去りにするには十分すぎる速度を生み出す。

 

「ちっ、まだ生きてやがる!」

 

悪態をつきながらも、内心は複雑だった。

 

こいつを生かすことが、将来の自分の首を絞めることになるかもしれない。

 

だが、見殺しにした場合のリスクも計り知れない。

 

ならば――

 

「――邪魔だ、クソ豚ァ!!」

 

咆哮と共に、あたしの鉄槌が魔獣の巨体を横薙ぎに捉えた。

 

ゴシャッ!という鈍い音と骨の砕ける感触。

 

魔獣は断末魔の叫びを上げる間もなく、土煙を上げて地面に沈んだ。

 

その戦いぶりは、お世辞にも華麗とは言えない。

 

ただひたすらに効率的で、残虐だった。

 

あたしの一撃で戦局は変わった。

 

敵戦力が低下したことで、ガキ――いや、少年は新たな傷を負うことなく、残敵を掃討していく。

 

その剣筋は荒削りだが、追い詰められるほどに冴えを見せる。

 

まさに「原作主人公」特有のチート能力だ。

 

やがて、最後の魔獣が倒れる。

 

少年は荒い息をつきながらも、あたしの方を向くと、その幼い顔に無邪気な笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、おばさん!! 助かったよ!」

 

「…………は?」

 

一瞬、思考が停止した。

 

おばさん? あたしが? このセレスティア・フォン・ヴァイスが、おばさんだと?

 

(お、おばさん……? あたしがおばさんだって!? OL時代より若いんだよ、あたしはっ!!)

 

内心の絶叫は、幸い声には出なかった。

 

だが、こめかみがピクピクと痙攣するのを抑えられない。

 

確かに、前世の経験や価値観のせいで、良く言えば慎重で堅実、悪く言えば年寄り臭い雰囲気を纏っている自覚はある。

 

ここに手下Aとかがいても、「命知らずなガキ」と憐れむ奴はいても、あたしが「おばさんっぽい」ことを否定する者はいないだろう。

 

それが余計に腹立たしい。

 

「……まあ、いいわ。それより、あんたの他に助けなきゃいけない子はいるの? それと、あたしはおばさんじゃないから」

 

必死に怒りを飲み込み、努めて冷静に問いかける。

 

少年は、その言葉に一瞬きょとんとしたが、すぐに表情を曇らせた。

 

「……ううん。ここまで逃げてこられたのは、僕だけなんだ」

 

その時だった。

 

「「「グオオオオオオォォォ!!!!」」」

 

地響きと共に、先ほどとは比較にならないほど大規模な魔獣の群れの咆哮が、森全体を揺るがした。

 

「いっあい!(一杯!)」

 

「あう!!(来てるー!!」

 

荷車から、シロとクロの切羽詰まった声が飛んでくる。

 

見れば、森の奥から黒い津波のように、無数の猪型魔獣がこちらへ向かってきている。

 

「チッ、キリがないね……!」

 

あたしは少年の足元に目をやった。

 

ズボンが破れ、血が滲んでいる。

 

足をやられているな。

 

一瞬、このまま見捨てて逃げるか、という考えが頭をよぎる。

 

だが、この状況でガキを見捨てれば、後で金札の冒険者や、最悪ギルドから何を言われるか。

 

それに、こいつが「原作主人公」である以上、ここで死ぬとは限らない。

 

生き延びて、あたしを恨む可能性も――。

 

「……ついて来な。荷車に乗せてやる」

 

苦々しい思いでそう告げると、少年を半ば引きずるようにして荷車に乗せ、金札冒険者たちがいるであろう後方へと、荷車を牽いて全力で走り出した。

 

それから約三十分。

 

あたしたちはなんとか金札冒険者率いる討伐隊と合流し、魔獣の第一波を退けることに成功した。

 

今は、街道から少し外れた森の中で、束の間の休息を取っている。

 

「……で、結局、村にはお前さん一人しか生き残らなかった、と」

 

金札冒険者の重々しい声が、焚き火の爆ぜる音に混じる。

 

少年――金札冒険者が言うには、ケイルという名前らしい――は、彼の問いかけに力なく頷いた。

 

その顔には、疲労と絶望の色が濃く浮かんでいる。

 

「村で一番強かった人たちが、少し前に……まとめて死んじゃってから、魔物の勢いがすごくて……。父さんも母さんも、それで……」

 

俯き、言葉を詰まらせるケイル。

 

その肩を、金札冒険者が無言で叩いた。

 

あたしはと言えば、荷車に背を預け、悠然とサンドイッチを頬張っていた。

 

街を出る前に屋台で買った、「パンにチーズとピクルスとハムを挟んだもの」だ。

 

携帯食としては上出来だろう。

 

貧乏暮らしの冒険者共が羨ましそうにこっちを見ている。

 

それは無視すればいいんだが、涎を垂らしそうな勢いでこちらを見ているシロとクロはそういう訳にもいかない。

 

「はいはい、あんたたちの分だよ。……まったく、食い意地だけは一人前なんだから」

 

それぞれにサンドイッチを投げ与える。行儀が悪いが、今は仕方ない。

 

「シロ、クロ。戦場で食事をする時はな、常に周囲を警戒するんだ」

 

「敵はいつ、どこから現れるか分からない」

 

「全員で無防備に食事をするなんてのは、自殺行為だよ。いいかい、よく覚えておきな」

 

二人は聞いているのか聞いていないのか、きらきらした目でサンドイッチを受け取る。

 

「あい!」「あう!」

 

元気な返事を聞きながら、あたしは金札冒険者とケイルの会話に、再び意識を戻した。

 

「……村で強かった人間が、まとめて死んだ日、か」

 

その言葉に、あたしの胸が微かにざわつく。

 

妙な胸騒ぎ。

 

ケイルの言葉の端々に、聞き覚えのある特徴が散りばめられている気がする。

 

(あたしが希少鉱石を運んだ日だ。まさかとは思うけどね)

 

脳裏に、わずかな灯りを頼りに戦った記憶が蘇る。

 

あたしが容赦なく命を奪った、あの賊たちの姿が。

 

(OLだった頃の常識じゃ考えられないけど、この世界じゃ、昼間は農夫、夜は盗賊なんてのもザラにいる)

 

(あの賊どもが、ケイルの村の「強い人間」だった、なんて可能性も……)

 

「あいつらが……あの人たちが生きていてくれたら、父さんも母さんも、きっと死なずに済んだんだ……!」

 

ケイルの嗚咽が、あたしの思考を現実に引き戻す。

 

「あう(元気出せよ)」

 

「……(よしよし)」

 

クロとシロが、いつの間にかケイルの傍に寄り添い、ぎこちないながらも彼を慰めていた。

 

こいつらも、あたしに拾われるまでは散々辛い目に遭ってきた。

 

ケイルの境遇に、何か感じるものがあったのかもしれない。

 

シロとクロは、自分たちの食べかけのサンドイッチを、おずおずとケイルに差し出した。

 

「……ありがとう」

 

ケイルは涙を拭い、小さな声で礼を言うと、サンドイッチをゆっくりと口に運び始めた。

 

三人は、奇妙な友情で結ばれたかのように、黙々と食事を続ける。

 

その光景を眺めていたあたしの頭の中で、バラバラだったピースが、不意に一つの形を結んだ。

 

ケイルがぽつりぽつりと語る、「村で強かった人たち」の特徴。

 

屈強な体躯、使い込まれた武具、そして、統率の取れた動き――。

 

それは、あたしがあの森で遭遇し、そして皆殺しにした賊たちの特徴と、不気味なまでに一致していた。

 

「……はは、まさか、ね」

 

乾いた笑いが漏れた。

 

だが、背筋を冷たい汗が伝う。

 

(あたしが、あの賊どもを始末したせいで、このガキの村は魔物に襲われやすくなった……? それで、こいつの家族や友人が死んだ……?)

 

(冗談じゃない……! それじゃあ、あたしは……このガキにとって、「皆の仇」ってことになるじゃないか!)

 

「原作」では、あたしは悪役令嬢として、主人公であるこいつに断罪される運命だった。

 

だが、今の状況は、それよりもさらに悪い。

 

あたしは、こいつから全てを奪った張本人、ということになりかねない。

 

「……クソみたいな運命だね、まったく」

 

吐き捨てた言葉は、誰に聞かれるでもなく、夜の闇に吸い込まれていった。

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