悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第21話】返り血まみれの夜明けに

深夜の森は、月明かりすら届かぬ漆黒の闇に包まれていた。

 

あたし達が森の奥へと足を踏み入れた、まさにその時だった。

 

ガサガサッ!

 

背後や茂みの中から、無数の気配が同時に立ち昇る。

 

次の瞬間、闇を切り裂くように、昼間あたしが単独で狩り尽くしたはずの猪の魔物が、赤い双眸を爛々と輝かせながら襲い掛かってきた!

 

「ぐわっ!」「きゃあ!」

 

後方の冒険者たちから悲鳴が上がる。

 

夜目が利く猪の魔物に対し、松明の頼りない光だけが視界を確保する手段の彼らにとっては、あまりにも不利な状況だった。

 

「ちっ、やはり来たか!」

 

金札冒険者が大剣を抜き放ち、冷静に指示を飛ばす。

 

あたしも舌打ち一つ、腰の鉄槌――もはや相棒と呼んでも差し支えない歪な金属バットだが――を握りしめる。

 

あたしはある程度夜目が利く。

 

近くに炎があれば、昼間と変わらず戦える。

 

だが、今はそれだけでは足りない。

 

闇に目を凝らし、魔物の動きを捉えようと目を細める。

 

元々目つきが悪いのを自覚しているが、今のあたしは普段以上に人相が悪くなっているに違いなかった。

 

「うわっ……おばさん、顔怖っ……!」

 

荷車の陰から、そんな声が聞こえてきた。

 

ケイルだ。

 

昼間、魔物の群れから助けてやった恩義を感じているはずのガキが、このあたしに向かって、怖い、だと?

 

あたしのこめかみに青筋が浮かぶ。

 

シロとクロでさえ、今のあたしが怖いのは否定しないだろうという雰囲気を察してか、少し距離を取っているように見える。

 

(落ち着け、あたし。ケイルは足を怪我していた。放置すれば死ぬか、死にはしなくても戦闘力は下がるはずだ)

 

(もうすぐ駄目になる奴の言葉と思えば聞き流すことくらい簡単……簡単じゃないよ滅茶苦茶腹が立つ!!)

 

言葉にならない怒りが、腹の底から込み上げてくる。

 

だが、今は戦闘中だ。

 

この鬱憤は、目の前の豚どもにぶつけてやるしかない!

 

「フンッ!」

 

気合と共に鉄槌を振るう。

 

闇の中、目を細めて凝視しながらの戦いは神経を使うが、怒りが逆に集中力を高めたのかもしれない。

 

面白いように魔物が薙ぎ倒されていく。

 

シロとクロは、いつの間にかあたしの背後を取られないように立ち回り、魔物が近づけば甲高い威嚇音を発してあたしに知らせるという連携を見せ始めた。

 

ケイルも、足の怪我をおして、シロとクロと身振り手振りで何かを話し合った後、荷車の警備を買って出ている。

 

やるじゃないか、ガキども。

 

夜明けまで、どれほどの時間が経過しただろうか。

 

ようやく魔物の気配が途絶えた頃には、東の空が白み始めていた。

 

あたしは全身汗まみれ、おまけに大量の返り血を浴びて、我ながら凄惨な姿だった。

 

シロとクロも革製作業着が汗でびっしょりになり、無傷だというのに今にも倒れそうなほど消耗しきっている。

 

(やれやれ、骨が折れる夜だったね。さて、あのガキは……死にそうなら命だけは助かる程度に包帯でも巻いてやるか)

 

そんなことを考えながら、荷車の近くでぐったりしているケイルへ近づいた。

 

「……ん?」

 

だが、ケイルの姿を見て、あたしは我が目を疑った。

 

昼間、あれほど酷かった足の怪我が、跡形もなく治癒しているのだ。

 

「なっ……どういうことだ、これは!?」

 

あたしの驚愕の声に、いつの間にか背後に立っていた金札冒険者が、事もなげに言った。

 

「貴重な情報源でもあるし、この程度はな」

 

その言葉に、あたしは息を呑む。

 

まさか、この金札冒険者が治したというのか? 魔法か? だが、そんな素振りは一切見せなかったはずだ。

 

金札冒険者は、あたしの疑問を見透かしたように、静かに語り始めた。

 

彼が戦士としての卓越した技量に加え、回復魔法の使い手でもあること。

 

彼のレベルに比して、物理的な力も、他者を治療する能力も決して高くはないこと。

 

だが、負傷しても自分自身をすぐに癒やせる自己治癒能力に長けているため、この歳になるまで引退することなく金札として活動を続けてこられたこと。

 

「若者が無駄死にするのは、見ていて気分の良いものではないからな。それに、このケイル少年には光るものがあると感じた」

 

「……お前さんたちが、やけに心配そうにしていたのもあるがな」

 

最後の一言は、シロとクロに向けられたものだろう。

 

二人は、ケイルが無傷になったことに気づくと、途端に元気を取り戻し、ケイルの周りを跳ね回りながら、何やら先輩風を吹かせつつも彼の回復を祝福している。

 

(……このガキどもめ)

 

その光景に、先ほどまでの怒りが再燃しそうになる。

 

だが、ここでそれを爆発させれば、この場にいる他の冒険者たちからの評価が地に落ちるのは目に見えている。

 

あたしは奥歯をギリリと噛み締め、どうにか怒りを腹の底に押し込めた。

 

「魔物を倒したとはいえ気を抜くな。負傷者は冒険者ギルドへ戻ってよし。元気な奴は周辺の警戒だ。残党に襲われて怪我をするなんて無様は晒すなよ」

 

金札冒険者の号令が飛ぶ。

 

「あたしも怪我あつかいで良いかい? 昨日から戦い詰めでそろそろ限界でね」

 

あたしがそう申し出ると、金札冒険者は一瞬、あたしの顔を値踏みするように見た。

 

(まだ余裕があるように見えるが……)

 

そして、すぐに何かを察したように、小さく頷く。

 

(風呂と便所か!)

 

「何を考えたかは聞かないでやるよ」

 

あたしは半眼で金札冒険者を睨む。

 

ケイルに対する怒りほどではないが、全身にこびり付いた返り血が乾き始め、酷い悪臭を放ち始めていることに対する苛立ちは隠せない。

 

「分かった。ケイル少年を冒険者ギルドに送った時点でセレスティア殿は依頼完了だ」

 

その時、周囲の冒険者たちが小さく息を呑んだ。

 

金札冒険者が、あたしを「嬢」ではなく、「殿」と呼んだことに気づいたのだろう。

 

(まだ金札並の力はないが、現時点で銀札として上位の力があるし、若さを考えれば確実に金札になるだろう人材だ)

 

(性格は、まあ、ぎりぎり許容できる程度にはまともだから、よしとしておこう)

 

そんな金札冒険者の内心の評価など知る由もないが、彼がそれなりにあたしを認めたことだけは確かだろう。

 

あたしは金札冒険者に礼を述べると、シロとクロ、そしてまだ少し顔色の悪いケイルを荷車に乗せた。

 

「馬並に走れないなら大人しく乗りな。あたしは時間を無駄にしたくないんだよ」

 

遠慮しようとするケイルにそう言い放ち、あたしは荷車の柄を握りしめ、冒険者ギルドのある都市へ向けて駆け出した。

 

荷車はあたしの『足』によって、馬車と遜色ない速度で街道を疾走する。

 

荷台の上では、シロとクロがはしゃいでいる。

 

相変わらずのスピード好きだね。

 

風ではっきりとは聞こえないが、ケイル相手に何やら話して……変に揺れるから身振り手振りか? とにかく意思疎通している。

 

うちの親(リーダー)はすごいんだぞ、みたいな身内自慢かねぇ。

 

しばらく進むと、ケイルが不安げな顔であたしに尋ねてきた。

 

「あの……おばさん、道、間違ってない?」

 

どうやら、あたしが街道を外れ、獣道のような道に入ったことに気づいたらしい。

 

「ふん、近道だよ」

 

シロとクロは、川の匂いを察知したのか、途端にそわそわし始めた。

 

その口元からは、早くも涎が垂れている。

 

やがて、視界が開け、きらきらと水面が輝く川岸へとたどり着いた。

 

あたしは荷車を止めると、おもむろに鉄槌を手に取り、周囲の魔物が潜んでいそうな大きな岩や、川岸の脆そうな崖を、手当たり次第に叩き壊し始めた。

 

凄まじい破壊音と共に、岩が砕け、土煙が舞い上がる。

 

隠れていた数匹の小型魔物が慌てて逃げ出し、衝撃で気絶した魚が数匹、ぷかぷかと川面に浮かんだ。

 

「そ、そんなことしたら怒られちゃうよ! 僕の住んでた村でも禁止されてたよおばさん!」

 

ケイルが荷台から半身を乗り出して叫ぶ。

 

「まともに支配されてる場所なら厳罰だろうがね。魔物が巣くってる所に攻撃して何が悪いってんだい?」

 

「そんなことより水浴び……ここまで汚れてると洗濯だね」

 

あたしはそう言うと、手早く防具と服を脱ぎ捨て、下着だけの姿になる。

 

もちろん、鉄槌はいつでも使えるように手元から離さない。

 

ケイルは、ほとんど裸に近い姿で川に入り、豪快に水を浴びて体を洗い始めたあたしから、慌てて目を逸らした。

 

だが、すぐに無意識なのだろう、何度もちらちらと視線を向けてくる。

 

(まあ、前世で目覚めてから、かなり規則正しい生活と、美容と身体能力強化に向いた食事、それに激しい実戦を繰り返してきたからね)

 

(この身体は、それなりに見れるものにはなっているはずさ)

 

「さかあ!」「あう!!」

 

シロとクロは、そんなことにはお構いなしに歓声を上げ、気絶して浮かんできた魚を次々と回収し、川岸に積み上げ始めた。

 

魔物や賊の襲撃に対する警戒は、すっかりどこかへ飛んでいってしまっているようだ。

 

全身の汚れを洗い流し、さっぱりとした気分になったあたしだが、濡れた髪や体から立ち上る、まだ微かに残る血の臭いと汗の臭いが鼻についた。

 

「これだけ洗ってまだ臭いのかい……。シロ、クロ! どっちでもいいから荷車から新しい石鹸と布を持ってきな!」

 

あたしの声が、静かな川岸に響き渡った。

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