悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
道の土埃が舞い上がる中、あたしが牽く荷車は冒険者ギルドの入り口手前で、ごとりと音を立てて止まった。
荷台の上では、先の戦いで回収した魚を川原で飽食したシロとクロが、どちらも大の字になって深い眠りに落ちている。
人間とコボルトのハーフという彼らは、幼児よりは大きく、子供と呼ぶにはまだ少し幼い。
犬耳を除けば、その寝顔は人間の子供と何ら変わりない。
その小さな胸が規則正しく上下し、時折「くぅ」とか「すぴー」とか、呑気な寝息が聞こえてくる。
満腹と疲労の合わせ技だろう。
同じく焼いた魚を口にし、荷車の揺れにうとうとしていたケイルは、その衝撃でがくりと首をもたげ、慌てて目を開けた。
「起きな、ガキども」
あたしは背後の気配に短く声をかける。
シロとクロはピクリともしない。
ケイルだけが、まだ眠気の残る目でこちらを見た。
「ケイル、あんたはついてきな。冒険者ギルドで事情を話してもらうよ」
その言葉に、ケイルの顔から急速に血の気が引いていくのが分かった。
身内を全て失ったという現実が、改めて重くのしかかってきたのだろう。
これからの自分がどうなるのか、その不安が小さな肩を震わせている。
だが、あたしはそんな少年の感傷に付き合うつもりは毛頭なかった。
「どうせあの金札冒険者から何か預かってるんだろ。それを見せれば悪いようにはされないさ。ほら、入った入った」
そう言って、ケイルを促し、さっさと冒険者ギルドの扉を押し開けた。
ギルドの中は、この時間にしては珍しく、いくらかの冒険者でざわついていた。
あたしはケイルを振り返ることもなく受付カウンターへ直行し、そこにいた職員に一方的に告げる。
「道中保護した村の生き残りだ。あんたたちの不手際で魔物が出たせいでね。まあ、おそらく魔物はほぼ殲滅済み」
「金札が念のため警戒に当たっているはずだ。詳細はこいつから聞け」
職員が何か言いかける前に、あたしは踵を返した。
これ以上関わる気もない。
(この世界の基準では善良な子供なのかもしれないが、あたしにとっては徹頭徹尾苛立たせてくるガキだ。おそらく単純に相性が最悪なんだろうね)
(それに加えてこのガキの故郷が壊滅した原因が、間接的とはいえあたしにあるのは気分が悪い)
(殺せるなら殺してしまいたいが、大義名分なしでやればあたしが賞金首だ。下手に恩を売った形になったのも計算外だ)
(……思い切って飼い慣らすか? いや、面倒が増えるだけか)
そんな黒い思考が頭をよぎる。
我ながら、悪役令嬢としての素質は十分すぎるほどだ。
ギルドの出口へ向かおうとした、まさにその時。
「おばさん、ありがとうございました!」
背後から、ケイルの高く、しかし芯のある声が飛んできた。
振り返ると、彼は深々と頭を下げている。
その声には、一点の曇りもない、心からの感謝が込められていた。
その純粋さが、あたしの神経を逆撫でした。
カチン、と頭の奥で何かが切れる音がする。
カッと頭に血が上り、奥歯をギリリと噛みしめる。
反射的に強烈な怒気が全身から立ち昇り、顔の筋肉が引き攣るのを感じた。
表情は辛うじて取り繕ったが、その瞬間放った殺気に近いプレッシャーに、近くにいた冒険者のうち数人が「ひぃっ」と息を呑み、小さく後ずさるのが視界の端に映る。
ケイル本人は、そんなあたしの変化には全く気づいていない。
まったく、めでたいガキだ。
あたしは「……気にするな」とだけ吐き捨てると、手のひらを適当にひらつかせ、足早にギルドを後にした。
外に出ると、シロとクロが呑気に寝息を立てている荷車が待っている。
再びその柄を握り、あたしは次の目的地――鍛冶親方の工房へと、重い足取りで向かった。
工房に到着すると、手下Aことリックと、手下Bのリリが、あたしの姿を認めるなり勢いよく飛び出してきた。
「姐御! ご無事で!」
「本当に良かった……!」
二人は口々に、あたしの無事な帰還を心から喜んでいる。
その純粋な安堵の表情に、先ほどまでの殺気立った心が、ほんの少しだけ和らぐのを感じた。
工房の奥からは、鍛冶親方がいつもと変わらぬ平然とした様子で現れた。
鋼皮獣の皮の報酬として、金貨が詰まった革袋を差し出してくる。
中を覗けば、金貨が十枚以上。
ずしりとした重みが、確かな達成感をあたえる。
(前世に目覚めた直後なら、この大金に調子に乗って散財していただろうね)
(今のあたしには装備や体の維持費、そして来るべき日のための装備更新費用を貯めることしか考えられない)
(あの忌々しい運命を覆すためには、金も力も、いくらあっても足りない)
心の内で算盤を弾きながら、あたしは今使っている鉄槌の整備を依頼した。
すると親方は、しばらくあたしの顔をじっと見つめた後、意外な言葉を口にした。
「セレスティア殿。そろそろ現金での取り引きはやめて、掛け取引に切り替えないか」
掛け、つまりツケ払いか。
信用されたのは嬉しいが、獲物がいつ現れるか分からないこの稼業だ。
現金の方が気楽なのは確かだ。
「……まあ、考えておくよ」
曖昧に返事をすると、帳簿らしきものを広げていたリリが、ちらりとこちらを見て、露骨に「掛け取引の方が帳簿付けが楽で助かるのに」という顔をした。
こいつ、最近親方に帳簿仕事を仕込まれているらしいが、なかなか実利的な思考をするようになったじゃないか。
親方はさらに言葉を続ける。
「高性能な装備を作るために、特殊な素材を持つ魔物を狩って、可能なら死体ごと回収してほしいのは私だけではない」
そう言うと、親方は工房の外に目をやった。
あたしの荷車で、シロとクロがまだ気持ちよさそうに寝ている。
「最近は、高速で安全な輸送手段の需要も高まっていてな。荷車を牽いても速いのなら、仕事の依頼はすぐにでも用意できる」
親方は意味ありげな視線を向けてくる。
(親方からの依頼ばかり受けていると、力関係が親方有利で固定されてしまうかもしれない。それは避けたいが、金は必要だ……)
そんなことを考えていると、連日の無理が祟ったのか、不意に大きなあくびが漏れた。
「ふぁ……。昨日から戦いっぱなし、走りっぱなしで一睡もしてないんだ。悪いが、詳しい話は後にしてくれないか」
「……いや、それより、すまないが一晩どこか寝る所を紹介してくれないか」
「今のあたしの頭じゃ、宿屋と交渉したら確実にふっかけられてしまう」
すると親方は、まるで待ち構えていたかのように、にやりと口の端を上げた。
「ちょうどいい。入居者がいない物件が一つある。どうだ、見てみないか?」
ただし、と親方は付け加える。
「賃貸にするつもりはない。土地と建物、丸ごと買い取ってもらうことになる。値段もそれなりにするぞ」
(この都市で持ち家を持つことは、つまりは正規の住民としての地位を得るための重要な条件の一つでもある)
(面倒な手続きや制約も増えるだろうが、それに見合うだけのメリットもあるのかもしれない……)
あたしは「ふっかけるつもりかい?」と疑いの目を親方に向ける。
親方は肩をすくめた。
「実際に見てから判断すればいい。リック、鍵を渡すから、セレスティア殿を案内して差し上げろ」
リックの先導で荷車を牽いて向かった先は、以前一度だけ立ち寄った、あの魔族が経営しているという美容院のすぐ近くだった。
表通りではなく、少し寂れた裏通りに面している。
「ここっスよ、姐御」
リックが指し示したのは、頑丈そうな石造りの平屋建ての家だった。
飾り気はないが、どっしりとした安定感がある。
隣には馬や馬車を止めるための小さな厩舎も併設されており、敷地の隅には古びてはいるが専用の井戸まであった。
「親方はこのあたりの地主かい?」
「いやあ、詳しいことはまだ教えてもらえてないんスよ。一人前になってからだって言われてます」
リックは照れくさそうに頭を掻いた。
中に入ると、外観の武骨さとは裏腹に、そこそこ小綺麗に片付けられていた。
埃っぽさはあるものの、家具も一通り揃っている。
「頑丈なだけでなく、中もそこそこ豪華じゃないか」
「風呂はないが……まあ、この世界で自宅に風呂を持てるのは貴族か大商人くらいだろう」
「それにしても、よくもまあこんな立派な家を持っているもんだ」
(特別広くはないが、この頑丈さは素晴らしい)
(シロもクロも冒険で役立つが、それゆえに家に帰ってきたら確実に疲れ果てているだろう)
(家の中でまで見張りを立てる余裕はないから、戸締まりさえしっかりしておけば熟睡しても外敵に襲われる心配が少ない家は本当にありがたい)
(これほどの物件なら、親方から提示された額の倍くらいが相場だろうか……あたしに仕事を受けさせるためか、それとも何か裏があるのか?)
あたしの内心の評価を知ってか知らずか、リックが尋ねてきた。
「親父は分割払いでいいって言ってたんスけど、姐御が一括で払えないくらい、ここって高価なんスか?」
「建物自体はそんなに大きくは見えないッスけど」
こいつ、冒険者時代の言葉遣いに戻ってやがる。
「リック、お前も職人としての修行だけでなく、親方……つまり経営者としての修行も頑張るんだね」
「世の中の金の流れってやつを、よーく見ておくことだ」
あたしがそう言うと、リック露骨に甲斐をしかめた。
「親父と同じこと言わないで欲しいッス……。それで、姐御、ここは買うってことでいいんスか?」
「ああ。……分割払いで頼むよ」
その言葉に、リックは安堵したような、それでいて少し寂しそうな複雑な表情を浮かべ、工房へと戻っていった。
一人残されたあたしは、まず荷車を厩舎に収めた。
シロとクロはまだ起きる気配がない。
二人を抱え上げ、建物の中のベッドの一つにそっと寝かせる。
毛布をかけてやり、全ての窓と扉の鍵を念入りに確認した。
ようやく自分も別のベッドに倒れ込む。
多少ほこりっぽい匂いはするが、硬すぎず柔らかすぎない、悪くない寝心地だ。
「さすがに……疲れたね……」
目を閉じると、まるで糸が切れたように、意識は深い闇へと沈んでいった。
次に意識が浮上した時、窓から差し込む光は、既に見慣れたものではなかった。
どれだけ眠ったのか。
体を起こすと、すぐそばのベッドで寝かせていたはずのシロとクロが、いつの間にかあたしのベッドの足元に移動し、こちらをじっと見上げていた。
その大きな瞳は潤み、耳はペタンと後ろに倒れている。
主人公に拾われる前は一日程度の絶食は当たり前だった彼らも、ここ最近の質・量ともに豪華な食生活にすっかり慣れてしまったらしい。
空腹が限界に達しているのだろう、非常に悲しそうな、そして少しばかり不満げな視線を向けてくる。
時計代わりにしていた太陽の位置から判断するに、丸一日、24時間近く眠っていたようだ。
「……やれやれ。あんたら用の鍵も作るべきかね」
「しかし、家を買ったおかげで借金(分割払いの不動産購入費)もできちまったし、さっさと飯を食って、また稼がないとね」
立ち上がり、凝り固まった体を解すように大きく伸びをする。
「あんたらには帽子と……そろそろ専用の武器も必要か。それと、あたし自身の武器も、もっとマシなものにしないと」
窓の外は、既に朝日が昇り始めている。
「まったく、金がいくらあっても足りないよ」
新たな拠点、新たな借金という枷。
だが、この尽きることのない渇望と、破滅への反抗心はあたしの中にある。
「今日も一日、始めるとするか」
あたしは新しい朝の空気を深く吸い込み、シロとクロを連れて活動を再開した。