悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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大物狩りと、大物食い
【第23話】新たな火種とギルドの思惑


あの喧騒から一週間。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、すっかり馴染んだ荷車の柄を肩に、故郷とも呼べぬ都市への帰路についていた。

 

鍛冶親方から個人的に紹介された輸送依頼は、懐を潤してくれる貴重な収入源だ。

 

もっとも、その稼ぎの多くは、シロとクロと名付けた、あの食い意地の張った犬耳の子供たちの胃袋と、新調したばかりの家のローンに消えていくのだが。

 

荷台には、先日討伐した樹木型の魔物の残骸が山と積まれている。

 

幹のあちこちには、あたしの鉄槌が生々しい打撲痕を刻み込み、苦悶に歪む人の顔のような木目が浮かび上がっていた。

 

見た目以上に重く、荷車の揺れもいつもより激しい。

 

「今回は欲張りすぎたかねぇ」

 

ずしりと肩に食い込む重みに、思わず苦笑が漏れる。

 

「ひゃー!!」そんな揺れをものともせず、荷台の上ではクロが奇声を上げている。

 

時折バランスを崩して転げ落ちそうになるが、それすら楽しんでいるようだ。黒い犬耳を元気に揺らし、その瞳は好奇心に輝いている。

 

一方、白い犬耳のシロは、クロよりは幾分か真面目な顔つきで、荷台の縁にちょこんと座り、周囲を警戒していた。

 

その小さな鼻が、ぴくぴくと動いている。

 

あたしの『足』――生身で走れば馬にわずかに劣るものの、持久力では遥かに凌駕し、荷車を牽けば馬車よりも格段に速く目的地に到達できるこの能力――は、輸送稼業において絶大な威力を発揮する。

 

だが、その速度の代償として、移動中の警戒はどうしても疎かになりがちだ。

 

その弱点を補うのが、シロとクロの役目の一つでもあった。

 

もっとも、この揺れる荷台の上で風を切るのが、二人にとっては何よりの楽しみらしいのだが。

 

「おーおく!」

 

不意に、シロが甲高い声を上げた。

 

その白い犬耳がぴんと立ち、視線は街道脇の小さな林に注がれている。

 

「盗賊!」と言ったつもりなのだろう。

 

林の中を窺うと、数人の男たちが、貧相な武器を構えて息を潜めているのが見えた。

 

「よくやった!! 今日のシロの飯には厚い肉を1枚増量してやる!」

 

あたしがそう褒めると、シロは得意げに胸を張り、クロは「あう!?」と分かりやすく嫉妬の声を上げた。

 

まったく、毎回三枚以上は肉を平らげているくせに、欲張りなやつらだ。

 

(やれやれ、OL時代なら通報一択、そもそもこんな物騒な場所には近寄らなかったというのに)

 

前世の平和ボケした感覚とのギャップに苦笑する。

 

クロは既に、自分専用の黒い鉄バット(これも親方に特注で作ってもらった逸品だ)を握りしめ、いつでも飛びかかれる体勢で目を輝かせている。

 

シロは、クロが注意を払わない賊の方向以外にも気を配り、小さな頭を忙しなく動かしている。

 

「進路変更! 揺れるよ!!」

 

あたしは荷車の柄を力強く握り締め、街道から外れて賊たちが潜む場所を大きく迂回する。

 

速度は落ちるが、それでも常人が走るよりは速い。

 

しかし、悪路のせいで荷車の揺れは一層激しくなり、クロが一度、荷台から転がり落ちた。

 

「きゃん!」

 

だが、そこは元野生児。

 

猫のようにしなやかに両足から着地すると、慌てて荷車を追いかけ、荷台の上のシロに手を引かれるようにして、再びちょこんと収まった。

 

隠れていた賊たちは、あたしたちの予想外の進路変更と速度に追いつけず、やがて諦めたように姿を消した。

 

「待ち伏せにあうことが増えたね」

 

あたしがため息混じりに言うと、クロが「あうあう!」と威勢よく吠えた。

 

「襲って来ても倒すよ!」とでも言いたいのだろう。

 

一方のシロは、「こはん!」と一言。

 

相変わらず食い気が優先らしい。

 

「あんたたち、襲ってくるのは賊や魔物一組とは限らないんだ。家に帰るまでは気を抜くんじゃないよ」

 

「あう!」とクロ。

 

「はい!」シロが、初めて明確に「はい」と発言した。

 

その声はまだ舌足らずだが、確かな意思が感じられる。

 

(こいつらも少しは成長してるのか。お遣いができるようになれば、あたしも少しは楽になるんだがね)

 

そんなことを考えながら、あたしは再び荷車を牽き、都市への道を急いだ。

 

都市の門は、もはや顔パス同然だ。

 

門番に軽く挨拶を済ませ、真っ直ぐ冒険者ギルドへ――は向かわず、木材を扱う職人たちが集まる工房地区へと足を向けた。

 

荷車を作る職人、樽を作る職人、家具を作る職人。

 

様々な木の匂いが混じり合う、活気のある一角だ。

 

「注文の品だよ。……受け取りの証明は口頭じゃなくて書面で頼むよ」

 

あたしは、工房の親方らしき男に、わざと迫力のある表情を作ってそう告げ、きっちりと書面での受取証を手に入れた。

 

この世界では、口約束ほど当てにならないものはないからな。

 

樹木型の魔物の残骸を前に、職人たちの目の色が変わる。

 

冒険者ギルドも材木問屋も介さない直接取引は、職人にとっては安く良質な材料を手に入れるチャンスであり、あたしにとっては高値で売り抜ける好機だ。

 

売却価格の数割があたしの取り分となる契約になっている。

 

シロとクロは、あたしの「徒弟」という扱いなので、大人の商談の場には入れない。

 

工房の子供たちや、休憩中の見習い職人たちと一緒になって、何やら野球のような遊びに興じている。

 

クロは、自分の黒い鉄バットを嬉々として振り回し、時折、快音を響かせている。

 

(あの馬鹿、商売道具を遊びに使いやがって。後で整備費用もきっちり負担させるべきかねぇ)

 

そんな微笑ましい(?)光景を横目に、職人たちの真剣な交渉が続く。

 

やがて、魔物の残骸の分配と値段が確定した。

 

枝の一本ですら安くはなく、太い幹に至っては金貨数枚の値がついた。

 

商売がうまくいっていないらしい一部の職人が、羨望の眼差しをあたしに向けてくるが、あたしは内心、少し憂鬱だった。

 

金は入る。

 

だが、それだけでは解決しない問題が、この世界には多すぎる。

 

ふと、懇意にしている荷車専門の職人が、にこやかな笑顔で近づいてきた。

 

「セレスティアさん、いつもご苦労様です。その荷車、だいぶガタがきてますねぇ。いっそ、新しいのを新調しませんか?」

 

「今なら、特別頑丈で速度も出る最新型がありまっせ!」

 

そう言って提示された荷車の値段は、たった今売却した太い幹の値段よりも高かった。

 

(こっちが金を持っていると知って、容赦なく高額商品を売り込んでくるね。だが、今の荷車がボロくなってるのは事実だ)

 

(この世界の悪徳商人や職人の中では、こいつは比較的まともな方だから、ここで買っておくべきか? いや、待てよ……)

 

「質問いいかい? その荷車、性能はいいようだけど、修理や整備はいくらくらいかかるんだ?」

 

途端に、職人の顔が引きつった。

 

痛いところを突かれたとでも言いたげな表情で、質の高さを追求するあまり、修理や整備のコストもかなり高額になると、歯切れ悪く告白した。

 

あたしは呆れ七割、怒り三割の感情をぐっと飲み込み、今使っている荷車の整備と修理だけを依頼した。

 

まったく、この世界の感覚には、なかなかついていけない。

 

「シロ、クロ、きりがいいところまで遊んだら食事に行くよ!」

 

あたしが声をかけると、ちょうどクロがホームラン級の特大の当たりを放ち、それをシロが華麗な横っ飛びで革手袋に収めたところだった。

 

二人は遊び道具を放り出し、目を輝かせてあたしの元へ駆け寄ってくる。

 

あたしに促され、遊び相手の子供たちに元気に別れの挨拶をしあう。

 

食事は、あの騒動の前にも訪れた馴染みの料理店だ。

 

前回は店の外で慌ただしく済ませたが、今回は店の中で、ゆっくりと注文した料理を味わうことができた。

 

荷車は、例の職人に預けてきている。

 

運ばれてきた肉料理を見て、シロとクロが残念そうな顔をする。

 

脂身が少ないことに気づいたらしい。

 

「脂身が欲しいなら、自分たちの小遣いで買いな。いいかい、肉を食べるのは筋肉をつけるための『仕事』でもあるんだ」

 

「ほら、野菜もちゃんと食うんだよ」

 

行儀よく(?)食事をしていると、不意に声をかけられた。

 

以前、森で出会った金札の冒険者だった。

 

あたしたちの身なりが以前より清潔になっていることや、シロとクロの肉付きが良くなっていることに気づいたようだ。

 

「セレスティア殿、最近冒険者ギルドで依頼を受けていないようだが、もしや冒険者を辞めたのか?」

 

「まさか。ただ、返り血を大量に浴びる割には安い仕事しかないんでね。男と違って、女は髪や肌の手入れにも手間と金がかかるんだ。そうそう無茶はできないのさ」

 

あたしは悪びれずにそう答えた。

 

(効果的なビルドのためには、無駄な戦闘で経験値を得るのは避けたいからね。この知識はあたしの武器だから、絶対に言うつもりはないが)

 

すると、金札冒険者は少し声を潜め、意外な情報をあたしに伝えてきた。

 

「……実はな、セレスティア殿。最近、冒険者ギルドの上層部で、妙な噂が流れていてな」

 

「なんでも、君がこの辺りの職人たちと徒党を組んで、冒険者ギルドに似た、独自の組織を立ち上げようとしているのではないか、と疑っているようなのだ」

 

あたしは一瞬、何を言われたか分からなかった。

 

(あたしにそんなつもりは毛頭ないが……そう疑われても仕方がない状況、ではあるのか? いや、むしろ、職人の中に、そういうことを企んでいる奴がいるのかもしれないね)

 

(金札冒険者がいる冒険者ギルドは、この都市における最大の武装勢力の一つだ。そんな組織を敵に回すつもりなんて、さらさらないってのに……!)

 

思わず頭を抱えたが、貴重な情報をくれたことに対して、金札冒険者には丁重に礼を言った。

 

食事を終え、新たな悩みの種を抱えたあたしは、シロとクロを伴って冒険者ギルドへと向かった。

 

シロとクロは、以前皮なめし職人の奥さんに作ってもらった、犬耳を潰さずに被ることが可能な独特な形状の帽子をちょこんと被っている。

 

素材は上質な革で、よく見ると、シロとクロの強い希望で、あたしの武器である鉄バットを模した黒い刺繍が、ワンポイントで施されていた。

 

ギルドの扉を押し開けると、受付の職員があたしの姿を認めて、どこかほっとしたような表情を浮かべた。

 

(ふん、ようやくお出ましか、ってところかね。あたしに冒険者を辞めるつもりがなけりゃ、職人主導の新組織とやらも、そう簡単には立ち行かないだろうからな)

 

職員は、しばらく顔を見せなかったことについて、やんわりと、しかし確実に釘を刺すような注意をした後、一枚の依頼書をあたしの前に差し出した。

 

「セレスティア様には、こちらの魔物の討伐依頼をお願いしたいのですが」

 

依頼書に目を落とす。

 

そこに書かれていたのは――。

 

「大型の魔物だと?」

 

あたしの呟きが、ギルドの喧騒の中に吸い込まれていく。

 

新たな戦いの予感が、胸を高鳴らせていた。

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