悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
冒険者ギルドの喧騒は、いつものことだ。
血と汗、そして時折漂う安酒の匂い。
大型の魔物を狩るという行為は、このギルドにおいて一種のステータスであり、同時に大きな危険と実入りを伴う事業でもあった。
基本的に、大型の魔物との戦闘にはギルドの許可が必須となる。
なんでも昔、未熟な冒険者がちょっかいを出した大型魔物が逆上し、追跡の末に人里を蹂躙するという大惨事があったとか。
それ以来、ギルドが認知している大型魔物に手を出すには許可がいるのだ。
もっとも、ギルドが認知していない大型魔物を叩いたところで、それ自体が即座に犯罪となるわけではない。
しかしその場合、ギルドからの支援は一切期待できない。
情報も、救援も、そして万が一の際の遺体の回収すらも。
そんな状況で大型魔物に挑む者は、十中八九、逃げることもできずに戦死する運命だった。
つまり、ハイリスク・ノーリターンというわけだ。
「それで、その大型魔物とやらの詳しい情報を教えな」
ギルドの受付カウンターに寄りかかるように立ちながら、あたしは目の前の職員に短く告げた。
どう工夫しても勝てないと判断すれば依頼を受けるつもりはないが、多少の危険が伴う程度であれば、むしろ歓迎すべき経験値だ。
シロとクロの育成にもなるし、何より実入りがいい。
差し出された書類には、簡潔な情報が記されていた。
討伐対象は大型の馬の魔物。
頭部には鋭い一本の角があり、体毛は白。
目撃場所は街から数日離れた森の中、とのことだ。
「ユニコーンの特殊な個体ではないか、というのがギルドの見解です。通常のユニコーンよりもかなり大型で、気性も荒いとの報告が」
職員はそう補足する。
ユニコーン、ね。
その単語に、近くで酒盛りをしていた冒険者の一団の中から、下卑た声が飛んできた。
以前、あたしに絡んできて返り討ちにした覚えのある、腕は三流だが口だけは達者な男が、ニヤニヤとこちらを見ている。
「へえ、ユニコーンたぁ。そりゃあ、処女じゃないセレスティアちゃんにはちーっときつい相手じゃないかぁ?」
男のニヤニヤとした顔が視界に入る。
周囲の数人も同調するように下品な笑い声をあげ、面白半分といった感じであたしたちに視線が集まる。
あたしはゆっくりとそちらへ顔を向け、ただ唇の端だけで冷ややかに笑ってみせた。
「ずいぶん処女にこだわるね。あんたの尻が非処女だからかい?」
一瞬、ギルドの空気が凍った。
揶揄してきた男の顔がみるみる赤黒く染まっていく。
あたしが慌てたり赤面したりすれば、彼の侮辱は成功したのかもしれない。
だが、戦闘力で勝り、冷静さでも勝り、そして即座に切り返すことで頭の出来でも勝っていることを示したあたしの言葉は、周囲の者たちに奇妙な説得力を持たせた。
まるで、あたしの方が「正しい」とでも言うように。
(こういうノリは嫌いだね。反吐が出る)
内心でため息をつきつつ、あたしは声を少しだけ和らげた。
「冗談だ。あんたもあたしも冗談を言っただけ。それでいいね」
一方的に叩き潰すのは簡単だが、後味が悪いし、面倒事を起こすのは時間の無駄だ。
そう思って矛を収めようとしたのだが、相手はそう受け取らなかったらしい。
侮辱されたと感じたのか、あるいは単に頭に血が上ったのか、男は顔を真っ赤にして剣の柄に手をかけた。
「てめぇ……!」
だが、その手が完全に柄を握るよりも早く、あたしの両脇から飛び出した影が男に襲いかかった。
シロとクロだ。
二人は男の剣を持つ腕に一斉に飛びつき、あたしが教えた関節技で柄ごと手を拘束。
そのまま息を合わせて全身を使い、男の体をコマのようにぐるぐると振り回し始めたのだ。
「うおおおぉぉぉっ!? な、は、はなせ!目が、目がぁあああ!」
男の情けない悲鳴と、周囲の冒険者たちの爆笑がギルドに響き渡る。
それは非常にコミカルな光景だった。
あたしに非友好的だった他の冒険者たちも、中立的な者も、そしてごく少数ながらあたしに好意的な視線を向けていた者たちも、例外なく腹を抱えて笑っている。
男は完全に目を回し、床にへたり込む。
シロとクロが満足そうにあたしの元へ戻った後、己に対する好意的な視線がギルド内に一切ないことに気づき、這うようにして逃げ去っていった。
まったく、世話の焼ける。
あたしは肩をすくめ、改めて周囲を見回した。
「さて、と。魔物の性質について言及するのも馬鹿馬鹿しいが一応言っておくよ」
「処女なんて定義次第で好きなように有無を選択できるのさ」
「あたしも、人を……んんっ、賊を殺したって意味じゃ非処女でやりまくりだよ」
シン、と静まり返るギルド。
まあ、事実だから仕方ない。
シロとクロはあたしの言葉の意味を正確には理解していないだろうが、あたしが「よくやった」という感じで二人の頭を撫でると、誇らしげに胸を張った。
この子たちの忠誠心と単純さは、時として何よりの武器になる。
気を取り直して、職員に向き直る。
「それで、住処は森か。馬の形をしているから速度は出るのかい?」
職員はこくこくと頷いた。
(あたしの主な攻撃手段である「速度を出して攻撃」が効きづらい相手だね。しかし見逃すのは惜しい)
(今より強くなった後に都合よく大型魔物が見つかる保証なんてないからね)
討伐期限を尋ねると、かなり余裕があるとのことだった。
よし、決めた。
それならば、準備に時間をかけられる。
「この依頼、受けるよ」
依頼書を受け取り、あたしはシロとクロを伴って冒険者ギルドを後にした。
次に向かったのは、街の一角にある魔族が経営する美容院だ。
定期的に髪の手入れと、ついでに対魔法防御の施術をしてもらっている場所である。
腕は確かだが、いかんせん利用料金が高い。
裕福でないと利用し辛い程度には料金が高いせいか、先客は一人だけだった。
あたしたちは、その客の施術が終わるまで静かに待つことにした。
店主である魔族の女性は、あたしに対しては比較的友好的な態度で接してくれる。
しかし、シロとクロに対しては、あからさまではないものの、どこか非友好的な空気を隠そうとしない。
この魔族は人間も差別しているが、コボルトのような弱い魔族に対する差別意識はさらに強いらしく、彼女にとってシロとクロは「魔物」に近い扱いなのだろう。
シロとクロは、初めて髪を整えてもらうために来店したということもあって、そわそわと落ち着かない様子だ。
幸いにも店主の微妙な態度には気づいていないようだった。
まあ、気づかない方が幸せということもある。
やがて先客が満足げな顔で店を出ていくと、魔族の店主はドアに「閉店」の札をかけ、内側から鍵を閉めて戻ってきた。
「セレスティア様、お待ちいただき申し訳ありません。本日も対魔法防御込みの施術でよろしいですか?」
「ああ、それもあるが相談があってね。こいつら(シロとクロ)の能力を調べてくれないかい?」
原作ゲームの主要登場人物の能力はある程度記憶しているが、シロとクロに相当するキャラクターはあたしの知る限り存在しない。
目の前の魔族の店主についても同様だ。
彼らがどんな特性を持っているのか、専門家の目で見てほしかった。
店主は一瞬眉をひそめたが、あたしの真剣な眼差しに気づいたのか、しぶしぶといった感じで頷いた。
しばらくして、彼女は顔を上げた。
「……能力値としては、平凡、と言わざるを得ませんね」
「クロの方は、人間とコボルトのハーフにしては腕力が高めです。シロの方は、同じく知性がやや高いようですが」
総合すると、二人とも平均的な人間には及ばないものの、平均的なコボルトよりは上の能力を持っている、といったところか。
「特別良くはないが悪くもないね」
(能力値に関係ないスキルが中心のビルドにすべきだね)
(しかし、こいつらを戦力として使うつもりになるとはねぇ)
(指示に素直に従うってのがここまで珍しいとは思わなかったよ)
もちろん、シロとクロを使い捨てにするつもりも、肉壁にするつもりもない。
だってもったいないじゃないか。
使えるなら物理的にも精神的に大事にする。
あたしの成り上がりが一段落するまでシロとクロが生き延びてたら、独立も含めて選択肢もやるさ。
「それともう一つ相談したいことがあるんだが」
あたしは懐から冒険者ギルドで受け取った依頼書の写しを取り出した。
それを見た瞬間、魔族の店主の顔色が変わった。
「げぇっ、存在が性的嫌がらせな魔物じゃないですか!」
彼女は本気で嫌悪感を露わにしている。
その剣幕たるや、尋常ではない。
「そっち(魔族のこと)でもそうなのかい。こいつの角が弱点かどうか聞いていいかい?」
「弱点です! 間違いなく弱点ですとも! あの角こそが悪夢の根源! お願いです、セレスティア様、絶対に駆除してください!!」
魔族の店主の勢いは凄まじく、あたしは思わずたじろいだ。
「あ、ああ……分かった、努力するよ」
(何かトラウマでもあるのか。これ以上聞いたら、逆に敵対しかねない雰囲気だな。聞かないでおこう)
一体全体、ユニコーンもどきにどんな目に遭わされたというんだか。
その後、シロとクロは普通の施術に加え、ほんの少しだけ防御力が上昇するという触れ込みの施術を。
あたしはいつも通り普通の施術と対魔法防御を重点的に向上させる施術をしてもらった。
きっちり料金を支払い、あたしたちは美容院を後にした。
店主は、出口まであたしたちを見送る間も、何度も「必ずや駆除を……!」と念を押してきた。
こりゃあ、確実に仕留めないとまずいね。
自宅に戻ると、あたしは早速買い物に出かけた。
ロープやスコップ、そして大量の木製の杭。
荷車も使って自宅の前の庭へ運んで広げる。
(でかいユニコーンもどきが原作にいたかどうか覚えていないし、攻略法なんて知る訳がないが……)
あたしは前世で目覚めてから、実際に魔物相手に戦ってきた。
実体験はないが、あの世界の過去で猛威を振るった罠についてもいくつか知っている。
「時間も物資も余裕があるんだ。ユニコーンもどきを仕留めるための罠を、ここに作ってみるよ」
宣言してから、あたしたちは黙々と作業を始めた。
落とし穴を掘り、その底に鋭く尖らせた杭を仕掛ける。
杭をさらに細かく削り、対象に深い刺し傷を与えることを目的に加工する。
来るべき戦いに備えて、これらの作業を何度も何度も繰り返した。
「これでいいか」
一度距離をとって罠を眺める。
「あう」「こあい」
普段は元気なクロもシロも、犬耳に感情が出るほど怯えている。
「杭にまだ何も塗ってないのにこれか」
戦場で作る予定の数分の一の規模でしかないのに威圧感が凄まじい。
あたしの敵がこれを使ったらと考えると、鳥肌が立つような気持ちになる。
特に、あのユニコーンもどきが本当に馬のような速度で突進してくるタイプなら、足止めやダメージソースとして期待できるはずだ。
速度が命のあたしも、この罠にかかったらその時点で終わりだよ。
ふと振り向くと、美容院の魔族の店主が少し離れた場所からこちらの様子を窺っていた。
あたしが作り上げる罠の数々と、そこに込められたあからさまな殺意の高さに気づいたのか、彼女は顔を引きつらせ、やや怯えたような表情で足早に去っていった。
まあ、普段は美容に勤しむ魔族からすれば、この殺意マシマシの光景は刺激が強すぎたかもしれない。
まあ、いい。
あたしは手元の杭をさらに鋭く削りながら、にやりと笑った。
「久しぶりに馬刺しが食えるといいんだがね」
その言葉に、シロとクロが期待に満ちた目であたしを見上げた。
どうやら二人のやる気も、これで少しは増したらしい。
(あんたたちがたらふく食うことになるのは、馬刺しじゃなくて経験値だけどね)
シロとクロを使い続けると決めたんだ。
パワーレベリングも、原作知識を悪用した育成だってしてやるさ。
あたしはパーティの戦力向上を予測して、笑みを抑えきれなくなった。