悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第27話】初めての勝利、芽生える言葉

ユニコーンもどきの巨体が大地に沈黙して数分。

 

シロとクロは、初めて自分たちの力で強大な敵を打ち破ったという達成感と興奮に、全身で歓喜を爆発させていた。

 

きゃんきゃんと甲高い声を上げ、互いにじゃれつき、あたしの周りを跳ね回り、さらには足元に擦り寄ってきては体をこすりつけてくる。

 

その顔には、純粋な興奮がありありと浮かび、犬耳を隠すための帽子は喜びのあまりずれ落ちそうになり、革手袋をはめた小さな手は、しきりに勝利のポーズを繰り返していた。

 

無理もない。

 

この強大な敵を倒したことで、彼らは経験値を大量に獲得し、ほとんど初期レベルから一気に中堅冒険者の一歩手前まで成長したのだ。

 

その急激な変化は、本人たちにも明確な高揚感として感じられているのだろう。

 

白い犬耳も黒い犬耳も、誇らしげにぴんと立っていた。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは肩で息をつきながらも、その様子に思わず口元を緩めた。

 

(手駒の成長は、そのままあたしの生存戦略に直結する)

 

実際、この二人の成長は目覚ましい。

 

特に最後の局面、あたしが危機に陥った際の連携は見事だった。

 

戦闘の興奮が冷めると共に、全身を襲う鈍い痛みが現実感を伴って押し寄せてくる。

 

特に脇腹の傷が酷い。

 

無理に走ったり戦ったりすれば、激痛と共に傷口が開き、治癒も遅れるだろう。

 

今は安静が必要だ。

 

「改めて見ると大きいね」

 

あたしは、まだ戦いの興奮冷めやらぬ二人をなだめつつ、改めて目の前の亡骸を見下ろした。

 

全長は大型の馬の二倍はあろうか。

 

純白だったはずの体毛は、今は土と自身の血で見るも無残に汚れ、おまけにあたしの鉄槌による打撲痕が痛々しい。

 

そして何より目を引くのは、地面に力なく横たわる、巨大な一本角だ。

 

あたしが愛用している鉄槌――ほとんど鉄バットだ――とほぼ同じくらいの長さと太さがあった。

 

これだけの代物だ。

 

売るのも、加工するのも、どちらも大きな利益になるだろう。

 

しかし、それ以外の部分は、正直なところあまり期待できそうにない。

 

落とし穴に仕掛けた杭が腹や足に深々と突き刺さり、そこから流れ出た血が周囲の土を赤黒く染めている。

 

強烈な血の臭いが鼻をついた。

 

「おそらく内臓にも刺さっているね。……大腸の中身が腹の中に飛び散ってるだろうからね」

 

その言葉に、先ほどまでとはしゃいでいたシロとクロの動きがぴたりと止まった。

 

二つの小さな顔が、絶望の色に染まっていく。

 

「う……ましゃし……」

 

「たべ、ない……?」

 

こいつら、食欲で言語能力が上がってやがる。

 

「残念だけど、こいつの肉は食えそうにないよ。内臓が破れてちゃ、肉まで臭くなってるだろうさ」

 

その言葉に、二人の犬耳はしょんぼりと垂れ下がり、あからさまな落胆の色がその顔に浮かんだ。

 

さっきまでの興奮はどこへやら、今にも泣き出しそうな顔だ。

 

「シロ、クロ、討伐完了を証明するため首から上は持っていくが他は放置するよ」

 

クロはまだ少し不満そうだったが、意外にも素直にこくんと頷いた。

 

一方、シロは納得がいかないようで、潤んだ瞳であたしを見上げ、「もっあいないお?」(勿体ないよ?)と、か細い声で訴えてきた。

 

食い意地が張っているのは相変わらずだ。

 

「エルフを味方と思うな。あいつらがあたしたちを尊重するそぶりを見せていたのは、戦いになればあいつらが負けるか、勝っても大怪我をするからだ」

 

そんなあたしの様子を敏感に察したのか、シロが「だいようう?」(大丈夫?)と、不安げに顔を覗き込んできた。

 

その大きな瞳は、頼りになるリーダー(あたし)が死んでしまうのではないかと本気で怯えている。

 

対照的に、クロはまだ状況を正確に理解できていないのか、地面に転がったユニコーンもどきの角を、自分の小さな鉄バットでおそるおそるつついて遊んでいる。

 

「心配するな。安全な場所で休みたいってことさ」

 

あたしは帽子の上からシロの頭を少し乱暴に撫でてやった。

 

シロはほっとした表情を浮かべ、安心したようにあたしの手に頭をぐりぐりと押し付けた。

 

クロがその様子に気づき、羨ましそうにこちらを見ているが、シロががっちりとポジションをキープしているため、なかなか順番が回ってこない。

 

「休憩は終わりだよ。シロ、あんたはユニコーンもどきの首を切りな。クロは見張りだ。森だけでなく街道の方向までしっかり警戒するんだよ」

 

「あい!」「あう!」

 

シロとクロは力強く返事をすると、それぞれの仕事に取り掛かった。

 

シロが解体用のナイフを手に、ユニコーンもどきの首筋に刃を当てる。

 

あれほど頑丈だったはずの皮も骨も、まるで熟練の料理人が肉を切り分けるかのように、驚くほど簡単に切断されていく。

 

シロ自身もその切れ味に驚いている。

 

「これが武器特化型戦士の力だ。力を入れすぎると余計なものまで斬れるから気を付けるんだよ」

 

(攻撃力や防御力が上がるだけで、解体技術や体力が上がる訳じゃないんだよねえ)

 

(長期的な育成を考えると損だが、特にこいつらは今強くならないとあっさり死にかねないから仕方ないね)

 

あたしは内心でそう分析する。

 

切り離されたユニコーンもどきの首と角をを荷車に乱暴に積み込む。

 

全身の痛みがぶり返してきたが、耐えられないほどではない。

 

荷車の柄を握ると、シロとクロが駆け寄ってきた。

 

「自分たちが荷車を牽く」と、その全身で訴えかけてくる。

 

あたしを荷車に乗せようと、小さな体で一生懸命押してくる姿は健気だが、どこか滑稽だ。

 

(強くなっても調子にのってあたしに逆らわないのはいいことだ。いや、これは逆らっているのか?)

 

あたしは彼らに愛情こそ感じていないが、有能な猟犬に対するような評価はしている。

 

(暴力に溢れた、自力救済が基本の世界で、優れた猟犬の価値は半端な人間よりずっと高い)

 

(あたしは酷薄かもしれないが、価値あるものを粗雑に扱ったりなんてしないさ)

 

シロとクロは、二人で力を合わせて荷車の柄を掴み、あたしの真似をして走り出そうとした。

 

自分たちが非常に強くなったと信じ、二人でならあたしと同じように荷車を牽けると本気で思っているらしい。

 

だが、「武器特化型戦士」は攻撃力と防御力に固定値ボーナスが付くものの、筋力や持久力といった能力値そのものが上昇するわけではない。

 

案の定、荷車は数メートルほどゆっくりと進んだだけで止まってしまい、三十メートルほど進んだところで力尽き、ぜいぜいと荒い息を吐いていた。

 

「あんたたちはあんたたちの得意なことでパーティに貢献すればいい。パーティじゃ分かりづらいなら群れと考えな」

 

あたしはそう諭すと、ふと、ユニコーンもどきの残骸に目をやった。

 

「残骸をそのまま放置しておくのもまずいか」

 

使わずに残っていた杭の一つを取り出し、そこに解体用ナイフで文字を刻む。

 

『急用ができたので帰還する。ユニコーンの首と角は私が回収した。他は、可能ならユニコーンもどきの残骸の処分費用として受け取って欲しい。銀札冒険者セレスティアより』

 

それを、落とし穴に嵌まったままの亡骸の隣の地面に深く突き刺した。

 

帰路、街道から美しい川が見えた。

 

シロとクロの目がキラキラと輝き、水浴びと魚獲り、そして焼き魚にありつけると期待に胸を膨らませているのが見て取れた。

 

「残念だけど、あの川は駄目だ。どうやら人の手が入っているようだ。ほら、あそこ、しっかり手入れされている小舟があるだろう。魔物がいる川ではすぐに壊されるのに無事というのはそういうことだ」

 

あたしは二人に言い聞かせる。

 

「漁業権……では分からないか。あの川は他人が支配しているから勝手に入るのは宣戦布告、殺し合いの宣言ということになる。命がかかった状況ならともかく、早く水浴びするのを目的であの川に入るのはなしだ」

 

荷車を牽くあたしの速度は、普段の七割程度しか出ていない。

 

脇腹の傷がズキズキと痛み、どうしても力が入らないのだ。

 

シロとクロは、時折荷車から身を乗り出して心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。

 

「あたしが心配なら見張りをしっかりしな」

 

(痛いから、普段より注意散漫だね。こんな状況で賊に襲われたくはないね)

 

内心の不安を悟られぬよう、あえて強く言い放った。

 

やがて、一行は日が暮れる前に宿場町に到着した。

 

シロとクロは、真っ先に近くの宿へ駆け込み、食事や体を洗うための湯を注文しようとした。

 

しかし、彼らの犬耳に気づいた宿の主人は、顔をあからさまにしかめ、問答無用で二人を追い返した。

 

(いきなり飛び出して行ってすぐ戻ってくるとは、何があった?)

 

あたしが怪訝に思っていると、シロとクロは拙い言葉遣いと身振り手振りであたしに説明した。

 

「そういうことか。シロ、クロ。場所が変わればルールも変わる。拠点に戻った後は、ナイフや鉄バットの扱いではなく、読み書きと会話と常識を叩き込んでやる」

 

あたしの言葉に、二人は先ほどまでとは全く別の意味で気分を落ち込ませ、「あうー……」「べんきょ、にあて……」(勉強は苦手……)と弱々しく呻いた。

 

宿の主人が肩を怒らせて表へ出てきた。

 

シロとクロが町から離れたか確認するためかもしれない。

 

土と汗で酷い有様ではあったが、今のあたしは傍目にも非常に強そうに見えただろう。

 

主人はあたしの姿を認めると、明らかに怯えた表情を浮かべた。

 

「あたしの手下たちが世話になったね」

 

あたしがそう言うと、シロとクロは「手下(群れの一員)」と言われたことに気づき、少しだけ真面目な顔つきになってあたしの両脇にちょこんと控えた。

 

店主は慌てふためき、何事か弁解しようとする。

 

あたしはそんな店主の言い訳を気にも留めず(実際には、こちらに害意がないか、周囲に敵対的な者が潜んでいないか細心の注意を払っていたが)、懐から銀貨を一枚取り出した。

 

「湯と布をくれ。代金はこれだ。……前払いするとでも思ったか? 湯と布と引き換えだ」

 

店主は蜘蛛の子を散らすように慌てて湯と布を用意しに行った。

 

シロとクロは、人間として扱われているのがあたしだけであることに、この時改めて気づいたようだった。

 

あたしたちが拠点としている家の周辺では、シロとクロは「銀札冒険者の中でも有力な冒険者であるセレスティアの弟子」という立場から、人間とほぼ対等に近い扱いを受けていたのだ。

 

近所の店では、財布を忘れたシロやクロが先に料理を食べ、後から家に財布を取りに戻って支払う、という形の「ツケ払い」すら許されていた。

 

だが、ここは違う。

 

「あたし以外からも一人前として扱われたいなら、言葉、立ち居振る舞い、冒険者ギルドでの地位。他にも必要なものは色々ある」

 

「そりゃあ大変だろうさ。だが今の生活を手放せるのかい? 武器を扱えるだけじゃたいしたことはできないのは、あんたらの頭でも分かるだろ」

 

「まあ、家に戻るまでにしっかり考えな」

 

店主が桶に入った湯と布を運んできた。

 

あたしは代金を支払うと、真っ先に自分の体を綺麗にした。

 

シロとクロは、あたしの言葉を反芻するように、出会ってから初めてと言っていいほど真剣な顔つきで何かを考え込み、その小さな頭は知恵熱を出しそうになっていた。

 

数日後。

 

ようやく体の痛みが引き、あたしとシロ、クロは拠点としている都市へと戻ってきた。

 

門番はあたしたちの姿を認めると、軽く敬礼した。

 

シロとクロが、血抜きこそ済んでいるものの、まだ生々しさの残るユニコーンもどきの首を誇らしげに掲げているのを見て、門番はあたしたちが大きな討伐を成功させたと即座に察したようだ。

 

「規則だから一応聞くぞ。この街へ来た理由は?」

 

門番の問いかけに、クロが胸を張って答えた。

 

「ぼー、けんしゃっ!」

 

続いてシロも、少し得意げに宣言する。

 

「ぼうけんしゃに、なりにきましあっ!」

 

門番は、二人が鳴き声ではなく、拙いながらも明確な人間の言葉で返事をしたことに、目を丸くして驚愕していた。

 

あたしの方を見ると、あたしはただ「子供の成長は早いね」と、どこか満足げに、しかし心底疲れた様子も隠さず呟くだけだった。

 

ここまで来る道中、暇を持て余した二人に請われるまま、飽きない程度に人間の言葉遣いを教えていたのだ。

 

その成果が早速現れたというわけだ。

 

やれやれ、世話の焼ける手下たちだよ、まったく。

 

新たな戦利品と、小さな手下たちの確かな成長。

 

そして、懐にはまだズキズキとした痛みが残っている。

 

(強力な装備、強力なスキル、金札に成り上がるのも貴族の地位を得るのも、これまで以上の戦力が必要だ)

 

(それに何より原作主人公だ。ケイルがあたしに敵対したら、どれだけ戦力があっても十分とはいえない)

 

次なる戦いへの備えと、この小さな牙たちのさらなる育成が、あたしの新たな日常となるだろう。

 

破滅の運命に抗うための力は、まだ、ほんの少ししか手に入れていないのだから。

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