悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
荷台の上では、シロとクロがきゃっきゃと甲高い声を上げていた。
冒険者ギルドに戻れば、自分たちの手柄を皆に自慢できる。
その期待に、二つの犬耳はぴこぴこと忙しなく揺れている。
だが、都市の門をくぐったあたしが荷車の進路を向けたのは、ギルドとは逆方向だった。
「ギルドの前に、一箇所寄っていくよ」
あたしの言葉に、二人は「あれ?」とでも言いたげに、きょとんとした顔を向ける。目指すは、ギルドではなく、あの魔族が経営する美容院だ。
「いいかい。薄汚れた格好のままじゃ、どれだけ大きな手柄を立てても正当に評価されない。舐められて、報酬を買い叩かれるのがオチさ」
あたしは、自分でも驚くほど穏やかな口調で諭す。
「あんたたちも、あたしに拾われる前に経験したことがあるだろ?」
その一言は、二人が無意識の内に蓋をしていた記憶の扉を、容赦なくこじ開けたらしい。
教会の炊き出しから獣のように追い払われた日。
理由もなく石を投げつけられた、あの日の痛み。
楽しげだった二人の顔が、みるみるうちに曇っていく。
「本当は風呂にでも入って、さっぱりしたいところだけどね。時間も金も、あたしたちには惜しいのさ」
あたしがそう言うと、シロとクロは複雑な表情を浮かべた。
こいつらは熱い湯は苦手だが、川での水浴びは大好きだ。
あたしに同意すべきかどうか、判断できなかったのかもしれない。
やがて、見慣れた一角に、その店はあった。
「よし、見えてきた。割増料金で髪と顔を……留守かい?」
閉店の札はかかっていない。
だが、人の気配がまるでない。
営業しているにしては、静かすぎる。
あたしは荷車を止め、シロとクロに見張りを命じると、不審に思いながらも店の扉をノックした。
返事はない。
ドアノブに手をかけると、カチャリと軽い音を立て、鍵のかかっていない扉がわずかに開いた。
即座に警戒レベルを最大に引き上げる。
扉をゆっくりと押し開きながら、自らの体は死角へと滑らせる。
内側からの奇襲に対応するためだ。
その判断は、正しかった。
あたしが身を隠した直後、店内から濃厚な殺意を帯びた魔力の塊が、凄まじい速度で飛来した!
魔法の素養がないあたしには、それは見えない。
だが、長年の戦闘で培った勘が、肌を粟立たせる圧力と、明確な「死」の気配を捉えていた。
咄嗟に身を翻し、間一髪でそれを回避する。
壁に叩きつけられた魔力の残滓が、パチパチと不気味な音を立てていた。
「まだ生きていたのですか、この害獣めっ!!」
店の中から響いてきたのは、聞き覚えのある声。
だが、その声色には普段の怯えなど微塵もなく、パニックと純粋な憎悪が渦巻いていた。
店主のミレットだ。
あたしが恐る恐る店内を窺うと、そこにいたのは、擬態魔法が完全に解け、美しい陶器のような肌に二本の角を生やした、本来の魔族の姿だった。
本人は、その変化に気づいてすらいない。
「馬鹿がっ」
思わず悪態が漏れる。
ここでミレットの正体が露見すれば、教会が黙っていない。
そうなれば、彼女と取引のある鍛冶親方にまで累が及ぶ可能性がある。
あの貴重なコネを失うわけにはいかない。
「シロ、クロ! 誰も近づけるな!」
外の二人に厳命し、あたしは店内に飛び込んだ。
飛来する魔力弾が、あたしの体を掠める。
以前の施術で付与された魔法抵抗力のおかげで、ダメージは致命的なものではない。
だが、肌を焼くような痛みは確かにある。
(見えないと防ぐのも難しいね!)
鉄バットを抜き放つ。
一撃で沈黙させる。
そう考えた瞬間、ミレットの瞳に浮かぶ純粋な恐怖と、防御を完全に放棄した無防備な姿が目に入った。
殺すのは、簡単だ。
だが――。
あたしは寸でのところで鉄バットの軌道を変え、その狙いを胴体から足首へとずらす。
意図せずして、それは前世で見た柔道の「足払い」に酷似した軌道を描いた。
「きゃっ!?」
運動神経の欠片もないミレットは、その一撃でいとも簡単に体勢を崩し、派手な音を立てて床に転がった。
棚の角に肩を強打し、苦悶の声を上げる。
「うぐぅっ……」
「しっかりしな。できないなら、せめて人間のふりをしろ!」
即座に馬乗りになって押さえつけ、叱咤する。
ミレットは痛みと混乱で涙目になりながら、本音を漏らした。
「人間じゃなくて、魔力なしのふりなんて、いやですぅ……」
相変わらず酷い性格だが、殺気はなくなった。
「さて、落ち着いたら落とし前について話そうじゃないか。あたしを殺そうとしたんだ。タダで済むとは思ってないだろうね?」
冷たく言い放つと、ミレットは恐怖に震えながら、支離滅裂な言葉を叫んだ。
「だって、だって、こんなに強い呪いの気配があるんですよ!? あなたが魔力なしでもこれだけ強ければ分かるでしょう!?」
その時だった。
店の扉がそっと開かれ、シロが顔を覗かせた。
「お客さん、いっぱい来てるお!」
語尾の発音が残念だ。
外では、クロが荷台のユニコーンもどきの首を誇らしげに掲げ、見事なまでに野次馬を集めていた。
(呪い……。ひょっとして、この角が原因か?)
原作ゲームにおいて、呪われたアイテムが重要なクエストや特殊装備の素材になる展開は、それこそ「お約束」だった。
「あたしも忙しいんだ。この角を、あんたがしばらく預かってくれるなら、今回のことは水に流してやる」
あたしは背負い袋から、元凶であろうユニコーンもどきの角を取り出して見せる。
ミレットは、角から放たれる何かに「ひぃっ」と短い悲鳴を上げ、哀れなほど震え上がった。
(この角には間違いない何かあるね。あたしには全く感じられない何かだ)
こうして、新たな取引が半ば強制的に成立した。
あたしはミレットに魔法の蒸しタオルで手早く身なりを整えさせると、足早に美容院を後にした。
冒険者ギルドの重い扉を押し開ける。
あたしがまず中に入り、その後ろから、シロとクロが「うんしょ、うんしょ」と掛け声をかけながら、巨大なユニコーンもどきの首を運び込んできた。
その姿は誇らしげで、自分たちが成し遂げた偉業を早く認めてほしい、という期待に満ちている。
対照的に、あたしは冷静だった。
家のローン、シロとクロの育成、ギルドや職人たちとの関係調整……考えるべき課題は山積みだ。
その落ち着き払った態度が、かえってあたしという存在を、実力以上に頼り甲斐のある人物に見せているようだった。
「……討伐、成功です。さすがですね、セレスティア様」
受付の職員は、賞賛の言葉を口にしながらも、その目は(死ぬか、再起不能の重傷を負うとばかり思っていたのに)と雄弁に語っていた。
報酬の金貨が詰まった袋を受け取ると、あたしは間髪入れずに次の要請を突きつけた。
「この子たちを、冒険者として登録してほしい」
職員は、シロとクロの犬耳と、ギルドの隅に詰めている教会関係者らしき治癒師の姿を交互に見比べ、困惑した表情で言った。
「その……人間ではない方の登録は、前例が少なく、通常の形では難しいかと……」
「あたしの弟子としてなら問題ないだろう。ああ、いきなり銀札にしろなんて無茶は言わないよ。こいつらは、まだ戦い以外は半人前だからね」
あたしの有無を言わせぬ物言いに、職員は顔を引きつらせた。
シロとクロは「戦い以外もできるもん!」と、むっとした顔であたしを見上げる。
やがて、上司との長い相談を終えた職員が、渋々といった体で二人の登録手続きを開始した。
その時、見覚えのある冒険者が声をかけてきた。
以前から、あたしに敵対的ではなかった男だ。
「おい、セレスティア。そいつら、あんなに小さいのに本当に戦えるのか?」
言葉は乱暴だがシロとクロにには純粋に心配する視線を向けている。
だが、シロとクロにはそれが伝わらなかったらしい。
自分たちのリーダーの判断を疑われた、と感じた二人は、男に向かって「悪いやつだ」とでも言いたげな、敵意のこもった視線を向けていた。
「模擬戦でもやってみるかい? もっとも、お勧めはしないよ。こいつらは力を得てまだ数日だ。力加減なんて高等技術は持ち合わせていないんでね」
「あんたを馬鹿にするつもりはないが、こいつらの攻撃をまともに受けたら、あんたか、こいつらか、どっちかが再起不能になる。それでもいいなら、だけどね」
あたしの言葉は、紛れもない事実であり、そして静かな脅しでもあった。
「そりゃ……鉄バットなのに諸刃の剣みたいなことになってんのか?」
あたしは否定できずに、曖昧な表情で誤魔化すしかなかった。
(こいつ、こんなに面倒見が良かったか? いや、あの小さいのを見る目は、弟子というより、有用な猟犬を見る目に近い。……分からん女だ)
男はそんなことを考えながら、首を捻っていたようだ。
やがて、真新しい銅札を手にしたシロとクロが、歓声を上げてあたしの元へ駆け寄ってきた。
「よし、打ち上げだ! いつもの店に行くよ!」
馴染みの店。
チーズと野菜たっぷりの、あの絶品の麦粥。
その単語を思い出しただけで、シロとクロは目を輝かせ、あたしが止めるのも聞かず、一目散にギルドを飛び出していった。
「まったく、現金な奴らだね」
あたしは苦笑し、(今日くらいは、いいか)と、ゆっくりとした足取りで後を追う。
だが、ギルドの外に出たあたしの目に飛び込んできたのは、店の前で誰かを介抱しているシロとクロの姿だった。
道端に倒れ込んでいるのは、一人の少年。
見覚えのある顔。
あの忌々しい「原作主人公」――ケイルだった。
「おば……さん?」
もともと機会があれば殺すつもりだったが、今のでもっと殺す気になったぞ。
(クソっ。行き倒れするなら人目のないところでしろっ。人目がある場所なら殺して証拠隠滅できないじゃないか)
あたしの気も知らず、クロは革製の水筒から臭いのついた水をケイルに飲ませ、シロは汗を吸って酷い味になってるだろう干し肉を小さく千切ってはケイルの口へ押し込んでいる。
クロにもシロにも嫌がらせのつもりはないのだろうが、ケイルは結構辛そうだ。
(ここで見捨てるとあたしの評判がまずいことになるか。運が良い奴め)
あたしは怒りと苛立ちを笑顔で隠す。
「奢ってやるよ。着いてきな」
シロとクロが二人がかりでケイルを抱え上げ、店への進撃を再開した。