悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第29話】食卓の攻防と、忌々しき貸し

あたしが馴染みの店にたどり着くと、その入り口で呆然と立ち尽くしていたシロとクロが、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。

 

「姐お!」「おなか、すいた!」

 

こいつら、あたしが戻ってくるまで、ちゃんと待っていたらしい。

 

まったく、忠誠心だけは一丁前だ。

 

「分かってるよ。おばちゃん、四人いけるかい?」

 

「あいよ! いつもありがとね、セレスティアちゃん!」

 

威勢のいい女将さんの声に迎えられ、あたしたちは店の奥のテーブル席へと案内された。

 

ケイルは、助けられたことへの感謝と、これからどうなるのかという不安がないまぜになったような、複雑な表情で所在なげに椅子に座っている。

 

だが、運ばれてきた料理――たっぷりのチーズが乗った熱々の麦粥――が湯気を立ててテーブルに並ぶと、その感傷は一瞬で吹き飛んだらしい。

 

飢えた獣のように、その視線は皿の上へと固定された。

 

「せんぱい、だからね!」

 

「スプーン、こう!」

 

シロとクロは、冒険者登録こそケイルが先だったが、実戦経験では自分たちが先輩だと思っているらしい。

 

ケイルに対して、覚えたての拙い言葉と身振り手振りで、必死に先輩風を吹かせている。

 

その姿は滑稽だが、本人たちは至って真面目だ。

 

(こいつら、これが打ち上げだってことを完全に忘れているな)

 

あたしは内心で呆れ果て、一つため息をついた。

 

「話は後だ。冷めないうちに食いな」

 

その許可を待っていたかのように、シロとクロは真っ先に料理に飛びついた。

 

以前のように熱いチーズを上顎に貼り付けて涙目になるような無様は晒さず、手慣れた様子で食べ進めていく。

 

あっという間に一杯目を平らげると、元気よく「おかわり!」と注文した。

 

ケイルは、自分が無一文であることを思い出したのか、一瞬ためらった。

 

だが、あたしが(かなり嫌そうにではあるが)無言で頷くのを見ると、おずおずとスプーンを手に取った。

 

一口、また一口と、温かい麦粥がその身に染み渡っていくのだろう。

 

新鮮な野菜の甘み、濃厚なチーズの塩気、そして何より、腹を満たすという純粋な幸福感。

 

その味に、しばらくぶりにまともな食事にありつけたという実感が込み上げたのだろう。

 

ケイルの大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 

(あの金札が面倒を見ると思っていたんだがねぇ。まあ、教会に取り込まれて面倒なことになるよりはマシか)

 

あたしは冷静に状況を分析する。

 

(このまま恩を売って餌付けできれば、原作主人公という最大の脅威を、あたしのコントロール下に置けるかもしれない)

 

理性はそう囁く。

 

だが、感情がそれを頑なに拒絶する。

 

このガキの顔を見るたびに、「おばさん」と呼ばれたあの日の屈辱が、腹の底で黒い炎のように燃え上がるのだ。

 

あたしがそんな内心の葛藤と戦っていると、シロとクロは届けられた二杯目にとりかかっている。

 

一杯目の、食べ残しひとつない綺麗な食器が、あたしの地道なしつけの成果を物語っている。

 

ケイルも、涙を拭いながらも、いつの間にか一杯目を食べ終えていた。

 

腹が満たされたことで、むしろ食欲は増しているようだ。

 

「おばちゃん、このガキにもたっぷり食わせてやってくれ。あたしには茹で肉を頼むよ。脂身は少なめでね」

 

「あいよ!」

 

威勢のいい返事を聞きながら、あたしはケイルに向き直った。

 

「さて、もう落ち着いたな? 行き倒れていた理由を話せ」

 

その声には、殺意こそないものの、一切の温度が感じられなかった。

 

ケイルは、あたしの冷たい視線にびくりと肩を震わせながらも、ぽつりぽつりと事情を話し始めた。

 

金札冒険者に師事していたこと。

 

しかし、その師が「金札にしか対応できないほどの緊急の高難度依頼」で急遽呼び出され、いなくなってしまったこと。

 

「あの金札が、弟子を放り出すような人間とは思わなかったな」

 

「あの、僕が、一人で大丈夫だからって言っちゃって……」

 

強がって見せた結果がこれか。

 

その言葉に、シロとクロが「気持ちは分かるよっ」とでも言いたげに、深く頷いている。

 

周囲の客も、そのやり取りを「若いなぁ」と微笑ましく見ているようだ。

 

このガキ、まだ原作開始前だってなのにカリスマがあるらしい。

 

(金札がこの街に戻ってきたときに、ケイルが野垂れ死んでいたら、さすがにあたしに文句の一つも言ってくるか?)

 

(いや、言わないとは思うが……人間の心理というのは、時々理屈で割り切れん動きをする。このあたし自身が、そのいい証拠だ)

 

あたしがケイルの処遇について考え込んでいると、ケイルはさらに何か言いたげに、もじもじと視線を泳がせた。

 

「何かあるなら今言え」

 

その鋭い指摘に、ケイルはびくりと体をこわばらせる。

 

「ここでは言いにくいことか?」

 

「そういう訳じゃなくて、でも、おばさんには……」

 

まただ。

 

その呼び方に、あたしの表情がわずかに引きつる。

 

「言え。怒るかもしれんが殺しはしない。拳骨は降らすかもしれないがね」

 

覚悟を決めたのか、ケイルはおずおずと懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

 

金札冒険者から預かっていた手紙だ。

 

三杯目の料理を待ちながら、シロとクロが興味深そうにそれを覗き込むが、二人にその文字は読めない。

 

手紙の書き出しには、金札冒険者の名で「セレスティア殿へ」と、丁寧な言葉で記されていた。

 

嫌な予感がしつつも読み進めると、そこには予想通りの内容が書かれていた。

 

「ケイルが困っているときは助けてやってくれ。すぐに礼はできないが、私に対する貸しだと思って欲しい、ね」

 

あたしは、本当に心の底から、渋い表情で深いため息をついた。

 

「おばさんに頼ろうと思ったときには、街の外へ出かけていて……」

 

「戻って来たときには行き倒れていた、という訳かい。まったく」

 

あたしは店の女将に強い酒を一杯だけ注文すると、ほとんど味わうこともなく一気に呷った。

 

その様子を見て興味を持ったシロとクロが真似しようとするが、「あなたたちにはまだ早いよ」と女将に優しく止められていた。

 

勘定を済ませ(もちろん全額あたしの支払いだ)、一行は鍛冶親方の工房へと向かった。

 

店を出たところで別れようとするケイルを、あたしは無言の圧力で黙らせ、引き連れていく。

 

工房では、手下Aことリックが、あたしたちの姿を認めるなり満面の笑みで出迎えてきた。

 

「姐御! 大型の魔物の討伐、おめでとうございます!」

 

だが、あたしの隣のケイルに気づくと、驚愕の表情に変わる。

 

「姐御が年下男を!? そ、そういうことっすか!?」

 

あたしは本気でこめかみが痛むのを感じ、苦痛に顔を歪めた。

 

対するケイルは、リックの勘違いに気づきもせず、「おばさんには感謝していますが、そういう目では見れません」と、どこまでも真面目に答えている。

 

騒ぎに気づいたリリと鍛冶親方が奥から出てくる。

 

状況を瞬時に把握したリリが、呆れた顔でリックを別の客の応対へと誘導していった。

 

「息子がすまん」

 

工房の奥から現れた親方が、深々と頭を下げる。

 

「奴がそういう奴だということは知っている。別に暴れたりはしないさ」

 

「本当にすまん」

 

親方も、あたしのプライドが傷ついていることに気づいているのだろう。

 

本気で謝罪してくれているのが分かった。

 

「用件が三つある。まずは今月の支払い。それから、来月からの掛け取引を頼む」

 

あたしは懐から金貨を十枚以上取り出し、家のローンの支払いを済ませた。

 

ケイルは、あたしも親方も、大金であるはずの金貨を当たり前のように扱っているのを見て、衝撃を受けているようだった。

 

「三つ目は?」

「このガキの寝床と、できれば働き場所の紹介。これが紹介状にならないかい?」

 

あたしは金札冒険者からの手紙を渡す。

 

親方は署名を何度か確認し、腕を組んだ。

 

「セレスティア殿が身元を保証するなら、色々紹介できるが」

 

あたしは黙り込んだ。

 

理性では、ケイルの保証人になって恩を売り、将来の復讐のリスクを減らすべきだと分かっている。

 

だが、感情が、このガキに利益を与えることをどうしても許さない。

 

その葛藤を、親方は静かに見抜いていた。

 

「……保証するつもりはないようだな。それなら、紹介できるのは……」

 

親方が紹介したのは、冒険者として芽が出ない者たちが集うボロ宿と、そこでの力仕事だった。

 

その宿は、親方が所有する物件の一つで、経営者は雇われだという。

 

「僕は冒険者を続けるつもりです!」とケイルが食い下がる。

 

「冒険者専業で食っていけない奴が言っていいセリフかい」

 

あたしは冷たく突き放した。

 

シロとクロは、「冒険者をすれば食べていけると思う」とでも言いたげな顔でケイルを見ている。

 

「あんたたち……。まあいい、一度あんたたちだけでやってみな」

 

その言葉に、シロとクロは、あたしに見捨てられたと勘違いしたのか、わっと泣きそうな顔であたしにすがりついてきた。

 

「馬鹿馬鹿しい勘違いをするんじゃないよ。いずれあんたたちも手下を持つことになるんだ。今のうちから、簡単な仕事なら自分たちだけでやれるようになっておけってことさ」

 

そう諭すと、二人はようやく機嫌を直した。

 

「大きくなくていいから、肉と皮がとれる獲物を近くの森でとってきな」

 

あたしがそう言うと、シロ、クロ、そしてケイルの三人は、意気揚々と工房を飛び出していった。

 

ギルドを介さない非公式の依頼だが、猪などの害獣なら、討伐報酬として銀貨数枚、それに素材の売却益の数割を支払うという約束だ。

 

「私は冒険者という仕事に詳しくないが……」

 

親方が、心配そうに三人が消えた方角を見つめる。

 

「親方の察している通りさ」

 

あたしは短く答えた。

 

あの三人が、そう簡単に成功するとは思えなかった。

 

あたしは親方と別れると、今度は一人でミレットの美容院へと向かった。

 

店は休業中の札がかかっていたが、中にミレットがいる気配はする。

 

扉を叩くと、今にも泣き出しそうな顔で彼女が出てきた。

 

「やっぱり、あたしには何も感じないね」

 

店内に安置された、ユニコーンもどきの角。

 

ミレットが可能な限りの封印を施したのだろう、表面には炭か何かでびっしりと呪印のようなものが書き込まれている。

 

だが、あたしにはただの大きな角にしか見えない。

 

「は、早く持っていってくださいよう……」

 

「反省しているようだね」

 

あたしは角を手に取る。

 

武器として使うなら、少し加工が必要そうだ。

 

「いっそ武器として使うか?」

 

「セレスティア様って、時々、蛮族の王様みたいって言われてたりしません?」

 

「さてね」

 

あたしは施術の予約だけ入れると、今度こそ自宅へと戻った。

 

数時間後。

 

三人が、泥だらけになって帰ってきた。

 

手には、大きめの猪。

 

だが、その体は無数の傷でずたずたになっており、素材としての価値はほぼゼロに近かった。

 

三人は、それでも「討伐報酬」があれば収支はプラスだと信じているようだった。

 

あたしは約束通り報酬を渡したが、そこから装備の維持費や今日の食費(シロとクロの場合)などを差し引いていく。

 

報酬も相場より高く、経費も安く設定してやったが、それでも三人の手元に金は残らなかった。

 

討伐報酬は、全てあたしの手に戻ってきたのだ。

 

「冒険者で稼げるようになるまでは、冒険者以外で稼ぐしかないのさ」

 

ケイルは、悔しそうに唇を噛み締めながらも、あたしの言葉に深く頷いた。

 

冒険者として活動は続けるが、それ以外の時間は、紹介された宿で働く、と。

 

ケイルをボロ宿へ送り出し、猪の残骸はボロ宿未満の安宿に銅貨数枚で引き取らせる。

 

あんなのでも喜んで使う奴はいるってことだ。

 

その後、シロとクロで自宅の井戸から水を汲み出し水浴びする。

 

体を拭いて洗濯済みの服に着替えたときには、既に日が落ちていた。

 

(形の上では、原作主人公をやり込めてやったわけだが……まったく気分が晴れないね)

 

(むしろ、OL時代の記憶を思い出す前の、うまくいかなかった冒険者時代を思い出して憂鬱になるよ)

 

(今日は寝酒を……いや、もう既に一杯飲んだんだ。我慢、しないとね)

 

あたしは、静かに夜の闇を見つめていた。

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