悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第3話】疾風と魔法の棘

背後から突き刺さる、明確な殺意。

 

間違いない、あの借金取りの見張りだ!

 

あたしが丸腰になったこのタイミングを狙っていただなんて、どこまでも腐ってやがる!

 

(舐めるなよ、クソが!)

 

あたしは覚醒したばかりの『耐久力比例の走力』を、意識して全力で引き出した。

 

地を蹴る。

 

空気が変わる。

 

景色が後ろへ飛んでいく速度が、さっきまでとは段違いだ!

 

(これが……! なんて速さ、なんて軽さだ!)

 

木の根も、ぬかるみも、密集した茂みも、まるで意に介さないかのように駆け抜ける。

 

息もほとんど上がらない。

 

疲労感がないわけじゃないが、それ以上に、どこまでも走り続けられるという確かな感覚が全身を支配している。

 

これが、あたしが手に入れた新しい力!

 

背後の殺意が、みるみる遠ざかっていくのが気配で分かる。

 

(ふん、ザマァみな! ただの人間が、このあたしの『足』についてこれるわけないだろ!)

 

一瞬、言いようのない高揚感と優越感があたしを包む。

 

ざまあみろ、借金取り! ざまあみろ、クソみたいな運命!

 

あたしはこの力で、全部ひっくり返してやる!

 

……と、調子に乗ったのが、まずかった。

 

速さに任せて、茂みを強引に突っ切り、邪魔な枝をへし折り、地面を強く蹴りつけていたあたしは、自分がどれだけ派手な音を立てていたかに、その時初めて気づいた。

 

(まずい……! ちょっと調子に乗って派手に動きすぎたか!? この森は危険地帯だぞ!)

 

不安がよぎった、まさにその瞬間。

 

牙猪とも、ましてや人間の気配とも違う、異質で、粘つくような、禍々しい気配がすぐ近くから立ち昇った!

 

(なんだ、この気配は!?)

 

あたしは咄嗟に急停止し、周囲を警戒する。

 

そして、見た。

 

木々の影から、ぬるり、と姿を現した「それ」を。

 

蜘蛛……だろうか?

 

いや、蜘蛛にしては脚が太く、体表がまるで溶岩のように赤黒く明滅している。

 

大きさは水牛ほどもあるだろうか。

 

複数の複眼が、気味の悪い光を放ちながら、的確にあたしを捉えていた。

 

(マグマスパイダー……! 原作知識にあった、中レベルの魔獣! なんでこんな森の浅い場所に!?)

 

マグマスパイダーは、その名の通り、灼熱の溶岩弾を吐き出してくる厄介な敵だ。

 

しかも動きが素早く、糸も使う。

 

今のあたし(丸腰)では、絶対に勝てない相手!

 

あたしは即座に踵を返し、全力で逃走を図る!

 

だが、遅かった。

 

ゴォッ!という音と共に、灼熱の塊があたしのすぐ脇の地面に着弾し、爆ぜた!

 

(熱っ! 危ねぇ!) 」

 

熱風と衝撃波で体勢を崩しかける。

 

すかさず次の溶岩弾が飛んでくる。今度はあたしの進路を塞ぐように!

 

(はぁ!? なんだこれ!? 速さだけじゃ避けきれないじゃないか!)

 

ただ速いだけじゃダメだ。この魔獣は、あたしの動きを読んで攻撃してきている!

 

武器はナイフ一本。反撃なんて不可能だ。

 

あたしは必死に木々の間を縫うように走り、溶岩弾を回避する。

 

しかし、掠めただけで皮膚が焼けるような熱気!

 

地面に着弾した溶岩が、木や下草をジュウジュウと燃やしていく。

 

(クソッ! このままじゃジリ貧だ!)

 

その時、魔獣が動きを変えた。

 

口から吐き出すのは、溶岩弾ではなく、粘つくような、赤黒い糸!

 

それが扇状に広がり、あたしの進路を塞ぐ!

 

(まずい! あんなのに捕まったら……!)

 

あたしは咄嗟にナイフを抜き、迫りくる糸を切り裂こうとする。

 

しかし、糸はナイフの刃を鈍く受け止め、逆に絡みついてくる!

 

(切れ味悪い安物ナイフじゃダメか!)

 

糸に動きを阻害され、速度が落ちた瞬間、再び灼熱の溶岩弾が迫る!

 

もう避けきれない!

 

(死ぬ……!!)

 

覚悟した、その時。

 

あたしの異常なまでの「耐久力」が、最後の悪あがきを可能にした。

 

(そうだ、防御は期待できなくても、このタフネスなら……!)

 

あたしは咄嗟に近くにあった大木を盾にするように飛び込み、同時に迫る溶岩弾の直撃は免れたものの、その爆風と熱波をもろに浴びた!

 

(ぐっ……!! 熱い! 痛い! けど……死んでない!)

 

背中が焼け付くように痛む。全身打撲のような衝撃。並の冒険者なら、これだけで行動不能だろう。

 

だけど、あたしはまだ動ける! このしぶとさだけが取り柄だ!

 

しかし、同時に理解した。

 

(クソッ……! いくら速くても、魔法一発でこれかよ! 耐久力があっても、魔法のダメージはまともに喰らう!)

 

(知性とかが低いあたしは、魔法防御が致命的なまでに低いんだ! 次はまともに喰らったら死ぬ!)

 

幸い、マグマスパイダーはあたしが大木ごと吹き飛んだのを見て、仕留めたと油断したのか、あるいは縄張りから追い出したと判断したのか、追ってくる気配はなかった。

 

あたしは命からがらその場を離脱し、川を見つけて飛び込み、火照った体を冷やしながら、ほうほうの体で森を抜けた。

 

服はボロボロ、背中には火傷、全身擦り傷と打撲だらけ。おまけに武器はナイフ一本。満身創痍とはこのことだ。

 

それでも、あたしは歩みを止めなかった。

 

砦はもう、すぐそこに見えていたからだ。

 

砦の門に辿り着くと、衛兵はあたしの姿を見て目を丸くした。

 

「お、おい! 大丈夫か!? その恰好……獣の森で何があった!?」

 

「うるさいね……それより、これを……」

 

あたしは懐からギルドの身分証と、泥だらけだがしっかりと守り抜いた薬品箱を取り出し、衛兵に突き出した。

 

「緊急配達依頼だ。担当者に取り次ぎな」

 

衛兵はあたしの剣呑な様子と銀札の身分証を見て、慌てて敬礼し、砦の中へと案内した。

 

砦の中は、辺境らしい、質実剛健といった雰囲気だった。

 

忙しなく動き回る兵士たち。

 

武骨な石造りの建物。

 

あたしは指定された医務室へ向かい、待っていた厳格そうな顔つきの軍医に薬品箱を手渡した。

 

「おお! よくぞ届けてくれた! これで……助かる!」

 

軍医は箱を受け取ると、安堵の表情を浮かべ、すぐに中身を確認し始めた。

 

どうやら本当に緊急だったらしい。

 

「しかし……予定より半日以上早いぞ? しかもその姿……まさか本当に獣の森を?」

 

「ああ、そうだよ。あたしは銀札だからね。これくらい当然さ」

 

あたしは悪態をつきながらも、内心では疲労困憊だった。

 

早く報酬を受け取って休みたかったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

噂はあっという間に広まったらしい。

 

すぐに使いの兵士が現れ、「司令官がお呼びだ」と告げられた。

 

(……やっぱり来たか。面倒くさいね)

 

連れていかれたのは、砦で一番立派な建物の中にある、司令官室。

 

そこには、百戦錬磨といった雰囲気の、厳格そうな顔つきの老司令官が待っていた。

 

「貴官がセレスティア銀札か。単刀直入に聞く」

 

司令官は、あたしの姿を一瞥すると、鋭い視線で問い詰めてきた。

 

「報告によれば、貴官はあり得ない速度で獣の森を突破してきたそうだな」

 

「どうやった? 何か特殊な魔道具でも使ったのか?」

 

「あるいは、不正な手段を用いたか? 正直に答えろ」

 

悪意はないのかもしれない。

 

だが、その疑いの目に、あたしのプライドがカチンとくる。

 

(うるさいクソ爺! こっちは死ぬ思いしてきたんだよ! あんたのためにな! それをなんだその言い草は!)

 

内心で罵詈雑言を浴びせながらも、ここで逆ギレするのは得策じゃない。

 

能力のことは絶対に秘密だ。

 

あたしは、前世で嫌というほど叩き込まれたスキルを発動させる。

 

そう、「外面完璧・営業スマイル」だ。

 

ただし、目は一切笑わせないのがポイント。

 

「まあ、司令官殿。ご心配には及びませんわ」

 

あたしは作り笑顔を顔に貼り付け、できるだけ優雅に(見えるように)答える。

 

「道中、多少の困難はございましたが、銀札としての意地と……あとは、この自慢の体力で、気合で走り通しましたので。特別なことなど何も」

 

自分で言ってて白々しいことこの上ない。

 

「ふむ……そのボロボロの恰好と消耗具合で『気合』か。しかも武器も持たんとはな」

 

司令官は眉をひそめ、明らかに納得していない。

 

「銀札冒険者には、そのランクに相応しい装備を維持する義務もあるはずだが……?」

 

(チッ……! 痛いところを突いてくるね!)

 

武器のことは、あたしにとっても喫緊の問題だ。

 

ランク維持に関わるなら、なおさら。

 

「少々、事情がございまして。ですが、任務は完璧に遂行いたしましたわ」

 

あたしは笑顔を崩さずに、あくまでしらを切る。

 

「……腑に落ちんが、証拠もない。緊急の薬品が無事届いたのも事実だ」

 

司令官はしばらくあたしを睨んでいたが、やがて諦めたように息をついた。

 

「よかろう。今回は不問とする。任務ご苦労だった。報酬は受け取って行け。だが、砦内で問題を起こすなよ。いいな?」

 

「はい、もちろんですわ。ご配慮、感謝いたします」

 

あたしは完璧な淑女(のフリ)でお辞儀をし、司令官室を後にした。

 

砦内の支払い窓口で、約束の「特例報酬」を受け取る。

 

ずっしりと重い金貨袋。

 

中を覗くと、金貨が……一枚、二枚……なんと、五枚も入っていた! それに加えて、銀貨も多数。

 

(これが……金貨……! あたしの安月給じゃ、ボーナスでもなきゃお目にかかれなかったやつ……! これだけあれば……!)

 

元OLの金銭感覚が蘇り、しばし感動に打ち震える。

 

悪評高くとも、やはり銀札ランクの危険依頼の報酬は違う。

 

だが、安堵した途端、どっと疲れが押し寄せてきた。

 

牙猪との死闘。

 

マグマスパイダーからの逃走。

 

司令官との神経戦。

 

もう立っているのもやっとだ。

 

丸腰で、この疲労困憊の状態で夜道を街まで戻るのは、どう考えても自殺行為だ。

 

あたしは近くにいた兵士に声をかけ、体調不良を理由に(これは全く嘘ではない)、一晩砦で休息させてもらえないか頼み込んだ。

 

緊急依頼を達成した後ということもあり、幸いにも許可はすぐに下り、簡素だが清潔な兵士用の仮眠室を一つ、あてがわれた。

 

部屋に入り、ようやく一人になる。

 

鍵をかけ、ベッドに倒れ込むように座り込む。

 

机の上に置いた金貨袋が、やけに重く感じる。

 

(これで……借金は返せる……)

 

最大の懸案事項だった借金問題は、これで解決できる。

 

だが、それで終わりじゃない。

 

(けど、最低限の返済にしたら、またすぐにあの連中が来る! あの殺意……次は逃げ切れる保証はない!)

 

かといって、ここで大半を返済してしまったら……?

 

(新しい武器が買えない! ナイフ一本じゃ、あのクソ爺の言う通り、銀札の資格も危ういじゃないか……!)

 

(まともな剣……原作知識にある『あの武器』なんて、夢のまた夢だ……!)

 

そして、脳裏に蘇るのは、あの魔法攻撃の恐怖。

 

(……いや、武器よりも先に、魔法対策かもしれない! 攻撃力も必要だけど……あの魔法! 思い出すだけでゾッとする!)

 

(あれを喰らったら、耐久力があっても関係ない! やられる前に、やられない体を作るのが先決だ!)

 

武器か? 借金返済か? 魔法対策か?

 

どれもが必要で、どれもが急務で、どれもが金がかかる。

 

頭が混乱し、考えがまとまらない。

 

(くそっ……どうすれば……まずい、眠気が……武器……借金……魔法……)

 

極度の疲労が、あたしの思考を鈍らせ、意識を深い闇へと引きずり込んでいく。

 

あたしは、答えの出ない問いを抱えたまま、机に突っ伏すようにして、気絶するように深い眠りに落ちた。

 

傍らには、重い金貨袋が置かれている。

 

それが今のあたしの、唯一の成果であり、新たな悩みの種だった。

 

まずは休息だ。

 

だが目覚めた時、あたしは選択しなければならない。

 

ランクを、命を、未来を守るための一手を。

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