悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第31話】悪女の誤算と、頼もしき新たな牙

「さあ、セレスティア殿。約束通り、最高の飛び道具を用意した」

 

鍛冶親方の工房の中庭。

 

鉄と汗の匂いがむせ返るその場所で、親方の言葉と共に、あたしの目の前に差し出されたのは、硬質な木材と、おそらくは魔物の腱か何かで補強された、見るからに強力な弓だった。

 

銀札冒険者が持つにふさわしい、一級品だ。

 

「罠の次は弓かい。まあ、使えれば便利だろうけどね」

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは内心で呟く。

 

あの忌々しいユニコーンもどきとの戦いで、自分の攻撃手段の乏しさを痛感したばかりだったからだ。

 

手下Aことリックは中庭の戸締まりをしながら「姐御、かっこいいっす!」と声をかけてくる。

 

工房の奥からは、手下Bことリリが、興奮気味の親方を落ち着かせるためか、お茶を運んでくるのが見えた。

 

シロとクロは、あたしの新しい武器に興味津々で、その周りをうろちょろしている。

 

(まあ、あたしも元は貴族の血筋だ。嗜みとして弓の一本や二本、それなりには扱えるだろうさ)

 

そんな軽い気持ちで、あたしは弓を構えた。

 

OL時代も、その記憶が戻る前の悪役令嬢時代も、弓に触れた経験など皆無だったが、銀札の実力者たる自分なら、という妙な自信があった。

 

しかし、いざ弓を構えようとすると、その体勢は素人が見ても滅茶苦茶なのが分かるほど酷かった。

 

弦を引こうにも、どこに力を入れればいいのかすら分からない。矢を番えることすら覚束ず、弦が腕の内側を向き、矢をつがえる位置も滅茶苦茶。

 

「セレスティア殿、持ち方が逆だ!」

 

親方の焦った声が飛ぶ。

 

その顔には、あたしの鉄槌さばきを見て、他の武器もある程度は使いこなせるだろうと期待していたであろう期待が、無残に裏切られたことへの絶望が浮かんでいた。

 

見かねた親方が慌ててあたしから矢を取り上げた。

 

「……おかしいね。あたしはこんなに不器用だったか?」

 

自嘲気味に呟く。

 

興味津々で様子を見ていたシロとクロが、おずおずと初心者用の小さな弓を手に取った。

 

するとどうだ。

 

初めて触ったはずの二人の方が、よほど様になっている。

 

これではっきりした。

 

あたしの弓の腕は、素人の子供以下だ。

 

(こいつらは別に器用じゃない。特定武器に特化した戦士だから、弓矢の扱いにボーナスはないはずだ。……なんであたしはそれより下なんだ?)

 

脳裏に、この世界の理が、ゲームのステータス画面のように浮かび上がる。

 

(器用さ……能力値……)

 

「あっ」

 

思わず声が漏れた。

 

そうだ、忘れていた。

 

あたしの『足』による高速移動も、鉄槌による一撃必殺も、全てはあの異常なまでの「耐久力」――カンスト値である999――が可能にしていること。

 

それ以外の能力は、レベルアップによる底上げこそあれ、基本的には凡人以下なのだ。

 

特に、戦闘の精密さに関わる『器用さ』は、悲しいかな、凡人以下……!

 

(まずい。持ち出せる武器防具と財産だけを持って夜逃げすべきか?)

 

三流悪役のような思考が頭をよぎり、背筋を冷たい汗が伝う。

 

その、まさに絶望の淵に立たされた瞬間だった。

 

カキィン!と、プロ野球選手が放つホームランのような、澄んだ快音が中庭に響き渡った。

 

音のした方を見れば、クロが、リックから渡された奇妙なボールを、愛用の鉄バットで的確に打ち返していた。

 

「クロちゃんの武器の扱いを見たときからいけると思ってたんっすよ!」

 

リックが興奮して叫ぶ。

 

クロは、ボールを軽く宙に放ると、落ちてくるタイミングに合わせて、再び鉄バットで完璧に打ち返した。

 

放たれたボールは、まるで意思を持っているかのように正確に別の的へと吸い込まれ、着弾と同時に爆ぜた。

 

凄まじい爆風が、鉄鎧で身を固めた人間ですら重傷を負いかねない威力であることを物語っている。

 

「へへっ。姐御が持ち帰ったけど安くしか売れそうにない素材があったじゃないっすか。あれを、職人の若手が集まっていじってたらできたんっすよ」

 

「素手で投げても投石紐で投げてもなかなか距離が出なくて自爆用扱いされてたっすけど、クロちゃんが使えばスゲー武器になるっすよ!!」

 

(衝撃を与えてしばらくして爆発か。そんなファンタジーな手榴弾、原作にあったか?)

 

親方とあたしは、この偶然の産物が、使い方によっては戦の様相すら変えかねない革命的な兵器になりうることに気づき、内心で頭を抱えた。

 

値段を尋ねると予想以上。

 

だがそれでも魅力的すぎる威力と射程だ。

 

「……あるだけ、全部買うよ」

 

あたしは即決した。

 

もちろん掛け取引だ。

 

今の手持ちじゃ全く足りない。

 

来月の支払いがかなりキツイが背に腹はかえられない。

 

リリが、旦那の無駄遣いとあたしの衝動買いに、呆れた嫁のような視線を向けている。

 

クロの新たな才能の発見に、工房が沸き立つ。

 

だが、その輪の中心から少し離れた場所で、シロが俯いていることに、あたしは気づいていた。

 

クロに比べて、自分には飛び道具がない。

 

その事実が、彼女を落ち込ませているのだ。

 

(慰めてやる時間は……いや、待てよ)

 

あたしはシロを呼び寄せた。

 

彼女が、解体用ナイフに特化した戦士であることを思い出したからだ。

 

「シロ。このあたしの爪、斬れるかい?」

 

あたしの爪は、異常な耐久力のおかげで、切るがとても大変だ。

 

だが、シロがその小さなナイフを当てると、まるで熟れた果実を切るかのように、すっと刃が通った。

 

「ははっ……」

 

思わず、乾いた笑いが漏れた。

 

どうやらシロの能力は、装甲のない生身の相手に、絶大な効果を発揮するようだ。

 

シロには、クロとは全く違う形で、このパーティに貢献できる道があったのだ。

 

もちろん、特化型は特化型でしかない。

 

鎧用の装甲の切れっ端を買ってシロに切らせてみると、案の定、かすかな傷しかつかなかった。

 

(魔力や加護で防御するのが当たり前な、原作中盤以降の原作主人公やネームドの敵には通用しないかもしれないが……序盤に登場するような相手には無双できるかもね)

 

ゲーム云々の部分を除いて説明すると、シロは自分の新たな役割を見出し、「あたしはやるおっ!」と満面の笑みで胸を張った。

 

一時は酷く落胆して親方は、今では最初以上にやる気に満ちている。

 

「『ボール』はあるだけ集めるようリックに使いに出した」

 

「やれやれ、支払いが多くなりそうだ」

 

親方とあたしの口から、同時に「くっくっく」と、これから始まるであろう返り討ちへの期待を込めた、殺意に満ちた笑いが漏れた。

 

これで、罠の待つ街道の主賓を、心置きなく「おもてなし」できる。

 

約二時間後。

 

あたしが牽く荷車は、街道をゆっくりと進んでいた。

 

封印された重量物――見た目は大きな宝箱だ――と、大量のボールを積んでいるため、速度は普段より遅い。

 

だが、これも計算のうちだ。敵をおびき寄せるための、意図的な減速だった。

 

「来たね」

 

街道脇の林から、殺気を隠そうともしない男たちが姿を現した。

 

その数、二十人以上。

 

馬に乗った騎馬兵までいる。

 

傭兵崩れに、賊まがいのならず者。

 

中には、見覚えのある借金取りの手下の顔もあった。

 

「シロ、クロ!」

 

あたしの合図に、二人は即座に行動を開始した。

 

シロが荷台からボールを一つ取り、クロに向かって軽くトスする。

 

クロは、寸分の狂いもなくそれを鉄バットで打ち返し、敵陣へと撃ち込んだ。

 

狙うは弓兵、そして指揮官らしき男。

 

放たれたボールは、敵陣の真ん中で炸裂し、凄まじい爆音と衝撃波が敵兵を薙ぎ払う。

 

直撃を免れた者も、その衝撃で行動不能に陥り、馬は暴れ、敵陣は一瞬にして大混乱に陥った。

 

先制攻撃は、完璧に成功した。

 

「このままではジリ貧だ! 全員、突撃ィ!」

 

敵のリーダーらしき男が、舌なめずりをしてこちらを見た。

 

槍や盾を捨て、軽装になると、あたし目掛けて単騎で突撃してきた。

 

(いい判断だ。その速度なら、あたし一人なら逃げるのも戦って倒すのも無理だったかもね)

 

リーダーは、クロが次々と放つボールを、卓越した技で潜り抜けてくる。

 

そして、ついにあたしの懐にまで肉薄し、その剣を振り上げた。

 

だが、その刃が、あたしに届くことはなかった。

 

「させない!」

 

荷車から、白い影が飛び出した。

 

彼女は、荷車から大きく身を乗り出すと、その解体用ナイフで馬の前脚一本を見事な技で深々と切り裂いた。

 

馬は甲高い悲鳴を上げて崩れ落ち、リーダーは勢いよく地面に叩きつけられる。

 

シロはそのまま荷車から転げ落ちそうになるが、それをクロががっしりと支えた。

 

「いつもなら念入りに潰すんだがね」

 

賊相手に略奪してもどこからも文句は出ない。

 

「今は高額な輸送依頼の最中だ。特別に見逃してやるさ」

 

あたしが使っている装備と比べれば、賊連中の使っている武器防具は数段下だ。

 

生き残りの騎乗兵が乗る馬は、生きて捕らえられるなら時間を使う価値もあるが……。

 

賊徒とはいえ原作みたいに、賊を殺せばその持ち物が無事なまま手に入る訳じゃない。

 

頑張って追いかけて倒したら馬は死んでました、ってことになるのは馬鹿馬鹿しい。

 

「急ぐよ。ボールは、追って来そうな奴にだけ使いな」

 

シロが新しいボールを手に取り、クロは格好付けたポーズで鉄バットを構える。

 

そんな二人の視線は、周囲への警戒はしているが頻繁にあたしの腰に向けられている。

 

ボールが集まるまで鍛冶親方が細工をしていた、ユニコーンもどきの角だ。

 

「こいつの出番はもう少し先さ」

 

鍛冶親方が太鼓判を押したヤバイ奴だ。

 

あたしを嵌めようとした馬鹿に叩き込むのが、今から楽しみだよ。

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