悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
街道を駆ける荷車の車輪が、乾いた土を派手に巻き上げる。
その荷車を牽引するあたし――セレスティア・フォン・ヴァイスの肩には、心地よい疲労と確かな手応えがずしりと食い込んでいた。
対照的に、荷台の上は凱旋気分で満ち溢れていた。
「へへーん!」
クロは、自分の背丈ほどもある宝箱の上で仁王立ちになり、腰に手を当てて胸を張っている。
先程の戦いで大勢の敵を一方的に打ちのめした興奮と、それによって群れの中での自分の序列が上がったに違いないという本能的な確信が、その黒い犬耳を誇らしげに揺らしていた。
その隣で、シロは直接的な戦闘で初めて明確な戦果を挙げたことに、静かな自信を瞳に宿していた。
これまでは斥候や支援が主な役目だったが、今日は違う。
自分の刃が、リーダーであるあたしを窮地から救ったのだ。
その事実は、彼女の内面に確かな熱を灯していた。
だが、そんな手下たちの高揚感とは裏腹に、あたしの表情は沈痛だった。
工房で手に入れた新たな力、そしてその代償を、この浮かれた子供たちにどう分からせるか。
思考がまとまる前に、重い口を開いていた。
「あんたたち、今日からは贅沢はできないからね」
その言葉は、熱気に満ちた荷台の空気に冷水を浴びせかけるには十分だった。
「あうっ!!」
クロが、まるで自分の勝利を否定されたかのように、鋭く不満の声を上げる。
だが、あたしは意にも介さず、冷徹な事実を突きつけた。
「あんたがさっき気持ち良さそうに打ち込んでいたボール、一つで銀貨二枚だよ」
「ぎんかっ!?」
今度はシロが、素っ頓狂な声を上げた。
クロはまだ銀貨の価値を正確に理解できていないようだが、シロは違う。
その小さな頭の中で、必死に計算を始めている。
「魔物たいじのほうしゅう、わたしたち受けれるの、ぎんか一まいか二まいだおっ……」
やがて、導き出された結論に、シロの顔から血の気が引いていく。
自分たちの稼ぎのほとんどが、たった一発の消耗品で消し飛んでいくという現実。
「ごはんとそーびの手入れでぎんか一まいつかっちゃう……」
「今はあたしが負担してるけど、寝床や近所づきあいの金も必要だよ。上を目指すつもりなら、強力な装備を買うための金も貯めておかないとね」
あたしの言葉に、クロもようやく事の重大さを本能で感じ取ったらしい。
先ほどまでの威勢はどこへやら、しょんぼりと犬耳を垂れた。
「金策って意味では、シロは強いよ。鎧も着ていない雑魚なら一撃だ。ちょっと見せてみな」
あたしはシロから解体用ナイフを受け取る。
馬の骨まで断ち切ったにしては、刃こぼれ一つない。
素晴らしい切れ味、いや、素晴らしい腕前だ。
シロは、あたしが自分のメイン武器を手に取っても、不安一つ見せず、ただ信頼の眼差しを向けている。
ナイフを返しながら、あたしは続けた。
「狩る相手を選んで稼げば、今すぐに独立できるね」
その一言は、シロにとって何よりも恐ろしい宣告に聞こえたらしい。
あたしに見捨てられる。
その恐怖が、彼女の大きな瞳を潤ませた。
「おいしいごはん、食べられう?」
か細い声で、彼女は尋ねる。あたしは大きなため息をついた。
「あんたちが最近食っている飯の値段を覚えてないのかい。ものによっては一皿銀貨一枚だよ。一食なら銀貨何枚だ? 言ってみな」
「……三まい」
シロの答えに、クロも慌てて「三まい!」と追従しようとするが、あたしはそれを遮る。
「最近は四枚になることの方が多いだろうが。……それにね、実戦でこれだけ効果のあったボールが、いつまでも同じ価格な訳がない。もし長期保存可能なら、あっという間に金貨が必要になるかもしれないよ」
(できるだけ節約して使いたいが、今回は絶対に失敗できない依頼だ。メンツがかかっているし、邪魔者を派手に潰して「あたしたちを舐めるならひどい目ににあう」って実例を作る必要がある)
(OL時代の「舐められたら不利」ってのは同じだが、こっちの方が別次元で蛮族だよ。敵を殺すのに罪悪感のないあたしでもうんざりするくらいにね)
「ごはん、なし?」
ついにクロが涙目になる。荷台の上を移動し、あたしのすぐそばに座り込むと、潤んだ瞳であたしを見上げてきた。
「いつも通りに腹いっぱい食え。今のあんたたちは、体を大きくするのも仕事だよ」
その言葉に、クロの表情がぱっと明るくなる。
シロもほっと胸をなでおろすが、彼女はあたしの次の言葉を正確に予測していた。
「だが味は期待するな。チーズと野菜たっぷりの料理は打ち上げのときだけだ。普段はあたしと同じものを食うんだよ」
脂身のない茹で肉と、品種改良もされていない、ただ苦いだけの野生の野菜。
栄養はあるが、お世辞にも美味いとは言えない食事。
その光景を思い出し、シロの顔が絶望に染まった。
シロから説明を受けたクロも、同じように涙目になる。
「心配するな。あたしとは違って、パンはたくさん食べて構わないさ。よく噛まないと味がないパンだがね」
クロが、悲痛な鳴き声を上げた。
あたしたち一行は休憩なしで進み、日没少し前に目的地の都市の入口に到達した。
あたしが襲撃を撃退したことを伝えるための早馬は、まだこの都市にはたどり着いていないようで、都市は平穏そのものだった。
あたしは銀札を門番に示し、合法的に都市の中へと入った。
届け先である「依頼人である工房の支店」に近づくと、その周辺の空気が妙に張り詰めていることに気づいた。
道の両脇には、所属を隠した武装した男たちが、明らかに何かを待ち受けるように潜んでいる。
その中心に立つ男の姿を認め、あたしの眉がピクリと動いた。
見覚えのある鎧、見覚えのある顔――ゲオルグだ。
以前、冒険者ギルドの模擬戦で、あたしに完膚なきまでに叩きのめされた元騎士。
ゲオルグの鎧には統一感がない。
あたしとの戦いで破損したパーツは修理できなかったのか、あるいは教会内での評価が低下し、満足な補給も受けられなくなったのか、専用ではないパーツを寄せ集めて辛うじて形を保っているように見える。
そのみすぼらしい姿が、彼の現在の境遇を雄弁に物語っていた。
今回の作戦に参加したのは、あたしに対する私怨も大きな理由の一つだろう。
ゲオルグは、あたしの腰に下げられた『角』――外見はただの角を黒く塗り、握る場所に皮を巻いただけの質素な武器――に気づくと、顔を歪め、激しい嫌悪感を露わにした。
魔法を使用可能な者には、その『角』からおぞましい気配が感じられるのかもしれない。
だが、魔法の素養がないあたしには、何も感じられない。
「あたしは銀札冒険者のセレスティアだ。正当な依頼で届けに来た」
あたしは堂々と名乗りを上げる。
「邪魔をしたいなら所属と目的を名乗れ。名乗らないなら、賊として始末する」
戦士たちは無言のまま、じりじりと包囲網を狭めてくる。その目には、明確な殺意が宿っていた。
「やれ」
あたしは短く命じた。
クロが、ボールの値段を思い出して一瞬だけ苦しそうな顔をしたが、すぐに気持ちよさそうに鉄バットを振り抜いた。
一球目。
放たれたボールは大きな弧を描き、ゲオルグの頭上で炸裂した。
爆風と衝撃が彼を襲い、体勢を大きく崩させる。
間髪入れず、二球目。
今度は地面すれすれの低い弾道で飛び、ゲオルグの足元で炸裂した。
追い打ちをかけるような爆発が、彼の体勢をさらに崩す。
爆風や破片は鎧で防ぐことができても、衝撃の全てを防ぐことはできない。
ゲオルグは根性と、あたしに対する積年の恨みだけでその衝撃に耐え、血走った目でこちらを睨みつけながら、反撃の魔法を高速で詠唱し始めた。
その狙いは、あたしではなく、魔法が効果的に効きそうなシロとクロだ。
しかし、シロとクロは、クロが二球目を打ち終わった時点で、あたしの事前の命令通り残りのボールを持って戦線から離脱していた。
敵前逃亡ではない。
計算された戦術行動だ。
あたしは加速を開始し、そのままゲオルグに襲いかかろうとする。
だが、ゲオルグ以外の戦士たちが、まるで捨て身のように組み付いてきて、あたしの速度を殺そうとする。
まだ十分に加速できていなかったあたしは、「移動して攻撃」という大威力の攻撃を実行不可能にされてしまった。
その隙を逃さず、ゲオルグの魔法が放たれる。
あたしに組み付いていた戦士のほとんどは、魔法の発動を察知してその場から飛び退いた。
だが、一人の戦士はあたしに掴まれていて逃げ遅れ、結果としてあたしを盾にするような形で、魔法攻撃をまともに被弾した。
ミレットの施術により、あたしの魔法に対する防御力は格段に向上している。
戦士は瀕死の重傷を負ったが、あたしは少しダメージを負った程度で済んだ。
再び戦士たちが襲いかかってくるが、今度はあたしが腰の『角』を振るう番だった。
戦士の一人が、その『角』の一撃を受ける。
即死も気絶もしないが、その戦士は途端に顔色を悪くし、激しい熱と吐き気に襲われたのか、その場に崩れ落ちた。
普段の戦闘力を発揮できなくなったのは明らかだった。
「それはっ……!」
ゲオルグが驚愕の声を上げる。
(家事親方がこんな技術まで持ってるとはあたしも知らなかったよ)
だが、よく考えると技術があって当然だ。
(特殊な鉱石を使って原作終盤で通用する装備を作る奴なんだ。マジックアイテムや呪いの武器も作れて当たり前かもしれないがね)
この『角』によって、あたしは速度がない状態でも確かな攻撃力を発揮できるようになった。
しかし、「走ってから攻撃する」ときより威力は低い。
戦闘はまだ、どちらが有利とも言えない状況だ。
そのタイミング――あたしの予想以上の強さに、ゲオルグや戦士たちがどうすれば勝てるのか確信を持てなくなった、まさにその時だった。
人通りの多い場所で、戦いの様子を遠巻きに見ていた群衆に向かって、シロとクロが大声で呼びかけた。
「ごうとうー! ごうとうー!!」
クロの甲高い声が響き渡る。
「あの店の人、いません、かっ。わたしたちが力いっぱい攻撃したら、店をこわしちゃう、ですっ!」
シロが必死な形相で訴える。
犬耳があるため、人間ほど信用はされないかもしれない。
だが、ふたりとも揃いの作業着――頑丈であり、防具としても機能する――や、革手袋、そして犬耳を隠している帽子を装備している。
その姿は、どこかの工房に所属する見習い職人のようにも見え、ある程度の信用は得られたようだった。
「わたしたち、ちがう、あたし!」
クロが、ボールは自分の手柄だと主張しようとする。
「ボールはリーダーのものだもん!」
シロがそれを諌める。
少しだけ揉めた二人だったが、それ以上騒いでいてはあたしの命令を果たせないと思い直し、次の行動へと移った。
シロがボールをトスし、クロが鉄バットでボールを打つ。
放たれたボールは、工房の前庭で炸裂した。
その爆発は「ゲオルグと戦士たち」と「工房の玄関」を分断する形となり、事情を知らない街の人間には「工房を守っているのだな」という状況に見えただろう。
しかしその実態は「これ以上続けるなら依頼人の工房を潰すぞ」という、あたしからの無言の警告だった。
工房の玄関が開き、中から屈強な武装をした職人たちが現れた。
彼らは、ゲオルグと戦士たちに武器を向ける。
実際に攻撃するつもりはないだろう。
「契約を解除する。捕まえる気も殺す気もないから立ち去れ」という意思表示だ。
ゲオルグと戦士たちは、もはやこれまでと観念したのか、悔しげに顔を歪めながら撤退を開始した。
あたしは、クロとシロに合図して「爆撃」を辞めさせる。
そして、工房の責任者らしき男に向き直り、表面上はこの上なく礼儀正しく、しかしその実、悪意に満ち満ちた態度で、荷物の受け取りと受取証の発行を依頼した。
責任者が、苦々しさを隠せない態度で荷物を受け取り、震える手で書類にサインする様を、あたしは今にも高笑いしそうな顔で眺めていた。
(ふふっ、いい気味だ)
OL時代なら蛮行という表現でも足りない邪悪な行動でも、「自力救済」と「勝った奴が正しい」が基本のこの世界では礼儀正しい行動だ。
なにせ、自分の楽しみのためだけに人を殺したりしてないんだからね。
「おい、こいつは持って行けよ」
重く邪魔なだけの荷物を職人たちに押しつける。
(どうせ中身はただの石とかそんなだろう? 敗北の記念にとっておけばいいさ)
あたしの口の端が釣り上がり、自然に沸き上がった高笑いが響くのだった。