悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
依頼人の手下を完膚なきまでに叩きのめし、震える手で書かせた受取証を懐に仕舞い込むと、あたしはすぐさま荷車の柄を握った。
背後で、あたしを嵌めようとした工房の連中が呆然と立ち尽くしているが、知ったことではない。
陽は既に地平線の向こうへ沈みかけており、街には夜の帳が下りようとしていた。
荷台の上では、凱旋気分もとうに冷めたクロとシロが、休むことなく夜道を進むあたしに、やがて不満の声を上げてくる。
「きょう、とまる、ない?」
「つかれたお……」
無理もない。
今日だけで二度も激しい戦闘をこなしたのだ。
温かい寝床でゆっくり休みたいと思うのは当然だろう。
「馬鹿言いな。あたしはあの街にコネがない。鍛冶親方からの紹介もなかっただろう? そんな状態で宿をとって、ぐっすり寝られるほど肝が太くないんだよ」
あたしの冷たい声に、二人の犬耳がぴくりと動く。
「コネのない街で無防備に夜を明かすのが、どれだけ危険か。寝込みを襲われて奴隷に売られるか、装備も金も奪われて闇から闇へ葬られるか。どっちがいい?」
その言葉は、二人が無意識のうちに蓋をしていた記憶をこじ開けたらしい。
教会の炊き出しから追い払われた日、理由もなく石を投げつけられた日の痛みが蘇ったのか、二人の顔から急速に血の気が引いていく。
あたしたちが今、安全に眠り、腹一杯食べられているのが、いかに幸運なことか。
その幸運は、あたしが築き上げた拠点と、血反吐を吐く思いで繋ぎとめてきたコネの上に成り立っているのだと、ようやく理解したようだった。
「追手が来るならそろそろだが、夜間に馬を走らせる無茶をするほどではないってことかね」
あたしは呟き、夜の闇が濃くなった進行方向に全神経を集中させる。
もともと良くはない人相が、眉間に深いしわが寄ることで、さらに凄みを増していた。
荷車の車輪が地面を叩く音だけが響く。
二度の激戦で蓄積した疲労がどっと押し寄せたのか、小さな頭がこくり、こくりと揺れ始める。
「鍛冶親方の工房に着くまでは警戒を続けろ。終わったら打ち上げて、いつものところへ連れて行ってやる。今日はよくやった。肉料理も頼んでいいぞ」
「「にくっ!」」
あたしの檄に、二人の眠気は一瞬で吹き飛んだ。
ぱっと顔を輝かせ、先ほどまでの比ではない真剣さで、あたしが見ている前方以外の全ての方向に注意を向け始める。
まったく、現金な手下たちだよ。
しばらく進んだ頃、シロが小声であたしに伝えてきた。
「まえ、たたかった、たかくうれたまもの、みえたおっ」
一瞬、金が脳裏をよぎる。
だが、すぐに首を振った。
(輸送依頼完了の知らせと、ボールの実戦データを一刻も早く親方に伝える方が、目先の銀貨よりずっと価値が高い)
OL時代に染み付いた「情報は早く正確な方が価値が高い」という価値観が、この判断を後押しした。
「魔物を引き離すために速度を上げるよ。……暗いから振り落とされたら見つけるのが大変だからね。しっかりつかまっていな!!」
「はい!」「あう!」
あたしは地を蹴り、荷車は夜の闇を切り裂いてさらに加速した。
夜明けより少し早く、あたしたちは拠点としている都市の門にたどり着いた。
「よう、セレスティア。こんな時間に来るのかよ」
顔なじみの門番が、眠そうに目をこすりながら声をかけてくる。
「すまないが急ぎの依頼でね」
「まあ、あんたならいいか」
「恩に着るよ。次に魔物を討伐したときは土産を期待しててくれ」
頻繁な付け届けは、こういう時に効いてくる。
あたしは内心で頷きながら、鍛冶親方の工房へと急いだ。
工房に近づくと、普段のこの時間なら静まり返っているはずなのに、煌々と明かりが灯り、武装した職人たちが交代で警戒に立っていた。
あたしたちの姿を認めた見張りの職人が、目を丸くする。
「えっ!? セレスティア殿!? 引き返してきたのか!?」
「輸送依頼を完了させてきた。親方はいるか?」
職人は、あたしの言葉に喜びよりも混乱が勝った顔で、慌てて工房の中へと駆け込んでいった。
すぐに、仮眠をとっていたらしい鍛冶親方が、上着を羽織りながら飛び出してくる。
あたしは懐から、あの工房の責任者が震える手で署名した受取証を渡した。
親方はそれを受け取ると、筆跡と署名に間違いがないこと、そして文面から依頼が完全に成功したことを確認する。
次の瞬間、親方の顔から、これまで見せていた「頑固だが実直な職人」の仮面が剥がれ落ちた。
代わりに現れたのは、獲物を前にした獣のように、利益に飢えた経営者の獰猛な顔。
その口元が、歪んだ。
「くくっ……やはりな。セレスティア殿の真価は、その強さより、この『速度』だ」
「速度だけだとあたしが食い物にされるから、強さは必須だがね。結構無理して早く届けたんだ。上手く使ってくれよ」
疲労と眠気に耐えながらそう言うと、親方は力強く頷いた。
「もちろんだ!」
親方は、傍らで完全装備のまま控えていたリックに向かって命じた。
「リック! 若い職人を全員叩き起こせ! 報酬を全額、きっちり取り立てにいくぞ!」
「あー、すまない。これのことも報告しなきゃね」
あたしは荷台を指差す。そこには、まだ十個ほど残っている、あの爆発するボールがあった。
「すごかった」
普段の悪女らしい態度ではなく、本心から驚いたという口調で、クロがボールを使った時の目覚ましい活躍を語る。
その頃、シロとクロは完全に役目を終えたと判断したのか、荷台の上で毛布にくるまり、すうすうと呑気な寝息を立てていた。
あたしの話を聞き終えた親方の顔が、笑みで崩れた。
爽やかな笑みではない。
あたしですら滅多にしないレベルの、凄まじい悪人顔だった。
「リック! ボールを打つのが得意な奴がいたら今すぐ連れてこいッ!!」
戻ってきたリックにそう怒鳴ると、親方はあたしに向き直った。
「楽しそうだね」
「当たり前だ。相手の準備が整ってないときに殴り込めば、殴るも奪うも簡単よ。……まあ、全部は無理だが、奴らが街の中心にいられない程度には毟り取ってやる」
「一枚噛みたいところだが、今戦うと手元が狂っちまいそうで怖いね。あたしも少し寝るから、出番が来る前に起こしとくれ」
「おう! 任せておけ!」
職人だけでなく、商売上の取引がある人間まで集めて指示を飛ばし始めた親方を見送り、あたしは工房の一室を借りる。
シロとクロをその部屋のベッドに運び込み、あたし自身も、まるで泥のように深い眠りへと落ちていった。
次に目覚めた時、窓の外は既に昼の光に満たされていた。
工房とその周辺は、朝方とは比べ物にならないほどの喧騒に包まれている。
外へ出ると、親方が豪快な笑い声を響かせており、その指示で、傘下の職人たちが重そうな大型工具や資材を次々と工房へと運び込んでいた。
「姐御!」
リックが、興奮した顔で駆け寄ってくる。
「あたしの出番はなかったみたいだね」
「あの程度なら俺だけでも十分でしたよ!」
「おい!」
親方の叱責が飛ぶ。
「あー、いや、俺よりボールの実演の方が効果があったみたいっすね。口を挟んで金を巻き上げるつもりだったらしい教会の人間が、爆発に驚いて逃げ帰りましたし」
「……教会と正面衝突になると面倒だね」
あたしは、その言葉だけは誰にも聞かれぬよう、小さな声で呟いた。
聞こえたのはリックと親方だけで、リックはぞっとした表情になり、親方は真面目な顔でかすかに頷く。
親方は、戦利品の確認作業の合間に、あたしに尋ねてきた。
「ボールについて聞きたい。……どこまで通用する?」
「ゲオルグって分かるかい? あの重装甲の魔法使いだ。ああ、知ってるようだね。あいつに二発当てたが、倒せはしなかった」
「銀札以上には耐えられる、と?」
「人によるだろうね。物理攻撃に強いあたしなら、直撃しても肌や髪が荒れるくらいだ。だが金札相手だと、通用しないかもしれん。あいつらは魔法や加護で防御するのが当たり前みたいなもんだからな」
(耐久力999も、たまには役立つってことか)
「軍や貴族が規制するほどではない、か?」
「世の中の大部分は雑魚さ。有効な場面はいくらでもあるだろうし、需要はあるだろう。規制したがる奴は必ず出てくるさ」
あたしの冷静な分析に、親方は「戦士の時代から、職人の……生産力の時代になるか?」と興奮気味に呟いた。
「そりゃ、あのボールが開発されなくてもいつかはそうなるだろうさ。今日明日の話じゃないだろうがね」
親方は、戦士であるはずのあたしがあまりに平静なことに、自分が興奮しすぎていたと省みたようだった。
あたしが冷静なのは、この世界が原作ゲームをもとにしている以上、いずれパワーインフレが起き、ボールのような兵器もネームド相手には通用しなくなると知っているからだ。
(強力なビルドも、特殊な武器防具やマジックアイテムが前提なのが大半だ。あたしも、もっと強力な装備を手に入れないとね)
「ところで、ありゃあ、なんなんだい?」
あたしは、職人たちが次々と運び込んでくる巨大な工作機械らしきものを指差した。
その傍らでは、リリが集まった人々へ無料で焼き立てのパンを配っていた。
眠りから覚めたシロとクロも、その輪に加わり、熱々のパンをはふはふと頬張っている。
「ああ。現金が足りなかったんでな。現物で回収してきたのさ」
一日遅れていれば相手も現金を用意できただろう。
親方は、その機を逃さず、現金で買えば倍はかかるであろう最新の生産設備を、そっくりそのままぶんどってきたのだ。
相手の工房が受けたダメージは計り知れない。
「大物食いに成功、ってことか。あやかりたいもんだね」
あたしがそう言うと、親方はにやりと笑った。
「食らっても消化できるかどうかは話が別だ。今後とも、協力をお願いしますぞ、セレスティア殿?」
「今後とも良い装備を売ってくれるなら、協力するとも」
あたしは、親方が『角』を加工してくれた、腰の黒い鉄槌をぽんと叩く。
(具体的には、あの希少鉱石を使った超高性能装備、とかね)
そして、悪女らしく、心の底からの笑みを浮かべた。