悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
【第34話】悪女の算段と、それぞれの成長
あの壮大な返り討ちから数日。
あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、すっかり日常を取り戻していた。
もっとも、その日常が血と汗と金勘定にまみれていることに変わりはないが。
拠点としている家の前で、あたしは腕を組み、忌々しげな視線を一つの物体に注いでいた。
度重なる戦いの相棒――荷車だ。
先日も近郊の森で仕留めた魔物の死体を運んだばかりで、染み付いた血と体液の臭いが鼻につく。
悪路を無理やり駆け抜けたせいで、車軸からは軋む音が聞こえ、車体のあちこちに無視できない歪みが生じていた。
「修理でごまかすのも、そろそろ限界かもしれないね」
独りごちる声に、深い溜息が混じる。
新品を購入するか、あるいは質の良い中古を探すか。
どちらにせよ、先立つものが必要だ。
考え事のついでに、もう一つの悩みの種が頭をもたげる。
先日の戦いで圧倒的な戦果を叩き出した、あの新兵器『ボール』のことだ。
(雑魚に囲まれて叩かれれば、あたしだっていつかは負ける。『足』を活かして逃げられる状況ならまだしも、地位やコネを失うわけにはいかない場面だってある。そうなれば、あの『ボール』は切り札になる)
だが、その切り札の値段が、今や天井知らずに跳ね上がっていた。
鍛冶親方が敵対工房との争いでその威力をこれ見よがしに使い、効果の高さが知れ渡った結果、金を持つ貴族や大商人からの購入希望が殺到しているらしい。
「一個が金貨二枚を超えたら、もう手が出せないね。クロにはいくつか持たせているが、あいつ、無駄遣いしないだろうねぇ……」
鉄バット特化のクロが現状最高の使い手だが、本人は「爆撃」の快感にすっかり夢中だ。
あの子供に、コスト意識を求めるのは酷というものだろう。
あたしが金の心配で眉間の皺を深くしていた、まさにその時だった。
二つの小さな影が、とぼとぼとこちらへ向かってくるのが見えた。
シロとクロだ。
冒険者ギルドに「自分たちだけで受けられる良い依頼はないか」と探しに行っていたはずだが、その顔や手足には、見るからに新しい打撲の痕がいっぱいついていた。
あたしはすっと目を細め、仁王立ちで二人を待ち構える。
やがて、あたしの足元までたどり着いた二人に、静かだが有無を言わせぬ声で問いかけた。
「あんたたち! 勝ったか負けたか、どっちだ!」
その言葉には、あたしの性根の悪さが滲み出ていただろう。
だが、それだけではない。
(こいつらが負けたままでは、師匠であるあたしまで舐められる。そうなれば仕事にもコネにも響く。負けたなら、相手の師匠や後ろ盾が出てこようが報復は必須だ)
この物騒な世界では、力関係の誇示こそが、何よりの処世術なのだ。
あたしの問いに、クロが「ふんすっ!」と鼻息荒く、勝ち誇ったように己の鉄バットを天に掲げた。
武器に血糊はついていないが、人間相手に思いきり振り回した痕跡が残っている。
どうやら、刃物でなければ武器と見なされなかったらしい。
一方、シロは喧嘩で得意のナイフを使えなかったのが悔しいのか、俯いて落ち込んでいる。
あたしはそんなシロの前にしゃがみ込むと、その頭をわしわしと撫でた。
「冒険者ギルドの中で人間を解体したら、師匠であるあたしも含めてこの街から逃げるしかなくなるよ。よく我慢した」
その一言で、シロの犬耳がぴこりと動き、ぱっと顔が輝いた。
まったく、単純な手下たちだよ。
「あんたたち、脱ぎな」
あたしは有無を言わせず、家の庭先で二人の服を脱がせていく。
家の中が汚れるのはごめんだからな。
皮の作業着の下に隠れた打撲傷の有無を確かめ、命に別状がないことを確認すると、家の中から飲用の蒸留水を運んできた。
切り傷についた土汚れを洗い流すため、貴重な水を惜しみなく使う。
燃料費がかかっていて安酒よりずっと高価だが、シロとクロが使い物にならなくなるよりはマシだ。
「こら、じっとしてな」
清潔な布で手際よく手当をしながら、思わず本音が漏れた。
「こういうことがあると、パーティメンバーに治癒担当が欲しくなるね」
「ちゆのひと、いじわるだお」
「たいど、わるい!」
シロとクロが口を揃えて教会関係者への不満を漏らす。
まあ、あんたたちに石を投げたり闇討ちしてきたりしないだけ、この街の連中はまだ礼儀正しい方さ。
手当を終え、「しばらく家の中で文字の練習でもしてな」と告げた、その時だった。
「姐御っ!?」
鍛冶親方の工房から、リックが慌てた様子で駆け込んできた。
そして、庭先で半裸のシロとクロに寄り添うあたしの姿を見るなり、顔を真っ赤にして固まった。
「な、なにしてるんすか!? シロちゃんとクロちゃんに……!」
「見ての通りだよ」
「み、見ての通りっ!?」
数秒の沈黙。
あたしはリックが何を勘違いしているのか正確に理解し、怒りよりも深い呆れを感じて、こめかみを押さえた。
「……色を覚えたてのガキみたいな勘違いをするんじゃないよ」
冷たく言い放つと、リックはようやく我に返り、慌てて本題を切り出した。
「そ、そうでした! 親方衆の会合があるんすけど、姐御も招待されてるっす!」
その後、連れて行かれたのは、街の外縁近くにある高級路線の食堂だった。
今日のために貸し切りにされた店内には、この都市の主要な工房の親方たちが顔を揃えている。
あたしは鍛冶親方の隣に座り、自分に関係のない話の間は、黙々と食事に徹した。
特別上品に振る舞ったつもりはないが、元OLの所作は、この世界の職人たちの基準ではかなり礼儀正しく見えたらしい。
やがて、話題があたしへと向けられた。
親方の一人が、共同出資で輸送部隊を組織し、あたしの『足』を活かして効率的に魔物素材を集められないか、という提案をしたのだ。
一見、悪くない案に聞こえた。
だが、あたしはスプーンを置くと、その提案を冷ややかに一蹴した。
「お勧めはしないね。そんなことをすれば、ギルドや地域の貴族が黙っていない。商売の邪魔とみなされ、人里離れた場所で暗殺者を差し向けられるのがオチだ」
あたしは続ける。
「あたし(とシロとクロ)だけなら、躱すか耐えるかして逃げ帰るのは簡単だが、素人を守りながらってのは無理だよ」
あたしの具体的なリスク指摘に、親方たちは押し黙った。
彼らも、あたしの言葉が現実を的確に突いていることを理解したのだろう。
結局、有効な案は出ず、会合はお開きとなった。
帰り際、あたしは親方たちから、その評価の証として、ずしりと重い料理の土産を渡された。
自宅に戻ると、金欠で腹を空かせたシロとクロが、子犬のようにぐったりと床に転がっていた。
あたしが土産の包みを渡すと、二人は目を輝かせてそれに飛びつく。
中身は、会合で出されたものと同じ、非常に豪華な肉料理やパンだった。
しかし、いかに豪華でも、成長期の二人の胃袋を満たすには量が足りない。
あっという間に平らげた二人は、物足りなそうな顔であたしを見上げて、哀れっぽく鳴いた。
「もったいない。味わって食べろよ」
溜息をつき、あたしは二人を連れて夜の街へと繰り出した。
向かったのは、いつものチーズたっぷりの麦粥が出る店ではなく、味は並程度だが量が多くて安い、馴染みの薄い食堂だ。
店に入ると、威勢のいい声があたしたちを迎えた。
「いらっしゃい!」
その声の主を見て、あたしは眉をひそめた。
カウンターの中で、汗を拭いながら快活に働いていたのは、あの忌々しい「原作主人公」――ケイルだった。
「冒険者を辞めたのかい?」
あたしは努めて平静な声で尋ねる。
「ううん! ここで働きながら金を貯めて、もうすぐ遠征に出るための装備が揃うんだ。宿を紹介してくれたおばさんには感謝してる!」
ケイルは、悪意のない笑顔であたしにそう告げた。
(辞めたのなら脅威ではなくなると期待したのに、まさか活動を本格化させるとは……。なんとか罠に嵌めて始末できないものか)
隣では、シロとクロが、ケイルを「後輩」扱いしている。
態度は上から目線だが、ケイルのことを気遣っている。
シロとクロは、ケイルと楽しげに会話しながら食事を注文する。
その光景が、あたしの計画をさらに複雑にする。
あたしは内心で渦巻く殺意と苛立ちを押し殺し、ただ黙って、脂身のない蒸し肉と、ほんの少しのパンを注文した。
原作主人公が、いよいよ本格的に動き出す。
あたしの破滅回避の道は、また一つ、新たな障害によって先が見えなくなりつつあった。