悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第35話】悪女の算段、そして招かれざる翼

冒険者ギルドの扉を押し開けると、むわりとした汗と鉄錆、それから微かな血の匂いが鼻をついた。

 

いつものことながら、ここは欲望と生存競争が渦巻く場所だ。

 

依頼を物色する者、討伐の証拠品をカウンターに叩きつける者、そして新たに一攫千金を夢見てやってきたのであろう、不安と期待が入り混じった顔つきの若造や、人生に詰まったような中年男。

 

実に、この世界の縮図と言えなくもない。

 

以前のあたしなら、このギルドの中でも札付きの嫌われ者だったろう。

 

だが、記憶を取り戻してからの度重なる「成果」は、良くも悪くもあたしの評判を変えた。

 

今では、あからさまな敵意を向けてくる者は減り、むしろ中立的な、あるいは僅かながらも好意的な視線を感じることすらある。

 

もっとも、最近は鍛冶親方経由の仕事が主で、ギルドにはあまり顔を出していなかったから、単にあたしへの興味が薄れているだけの奴も多そうだが。

 

掲示板に張り出された依頼書を一枚一枚吟味する。

 

どれもこれも、手間と危険の割に実入りが悪い。

 

チッ、足元を見やがって。

 

「おやおや、これはこれは。我らが悪役令嬢様ではございませんか。本日はどのような死地をお探しで?」

 

振り返るまでもない。

 

ねっとりとした嫌味な声は、ギルドの中でも特にあたしを目の敵にしている小物冒険者の一団だ。

 

こいつら、まだいたのか。

 

「こっちは忙しいんだ。騒ぎたいなら外でやれ」

 

吐き捨て、再び依頼書に目を戻す。

 

相手にするだけ時間の無駄だ。

 

(怪我のリスク、討伐と運搬のコスト、報酬と魔物の売却益……。ふん、割に合わない依頼ばかりだね)

 

あたしが銀札向けの依頼で後れを取るはずもないが、無駄な消耗は避けたい。

 

何より、効率が重要だ。

 

悩んでいるとと、以前あたしに碌でもない依頼を押し付けてきたギルド職員が、何食わぬ顔で近づいてきた。

 

「セレスティア様、こちらなどいかがでしょう? 非常に高額な報酬が期待できますよ」

 

差し出された依頼書には、「特大の犬型魔物(原作の終盤になって初めて登場するような魔物)の討伐依頼」とある。

 

馬鹿にするな。

 

銀札が手を出す代物じゃない。

 

「金札向けの依頼と間違えているのかい? あたしのパーティには癒し手がいないんだ。怪我のリスクは避けたいから、格下を相手にするよ」

 

表面上は穏やかに、しかし最大限の皮肉を込めてそう言うと、あたしはその職員の目の前で、「鷲型魔物(成鳥は全幅3メートル超、馬や人間も襲う)の討伐依頼」という、並程度の銀札にとっては危険だが、あたしたち三人がいればまず負けることのない依頼を選び取った。

 

職員の顔が一瞬歪んだのが見えた。

 

あの女も終わりだな、とでも思っているのだろう。

 

周囲からも様々な声が飛んでくる。

 

「おい、セレスティア、いくらあんたでもそいつは危険だぞ」

 

好意的な奴は本気で心配しているようだが、敵対的な奴らは、あたしの破滅を期待して嘲笑を隠そうともしない。

 

まったく、分かりやすい連中だ。

 

あたしは手続きを済ますと、早速準備を開始することにした。

 

「それで、ボールなんだがね」

 

鍛冶親方の工房で、あたしは集まってくれた職人たちに切り出した。

 

先日、クロが使って絶大な効果を発揮した、あの爆発するやつじゃない。

 

もっと原始的な、投擲用の「ボール」だ。

 

「今からクロに弓の練習をさせるより、あいつの得意な鉄バットを活かした方がいいだろう?」

 

親方衆は顔を見合わせる。

 

鍛冶親方が腕を組んだ。

 

「鉄で作ってもいいが、重すぎて飛ばんだろうし、当たっても威力がな。それに高くつくぞ」

 

木工系の親方も唸る。

 

「クロ坊の振りを見せてもらったが、あれなら軽い木材でも相当な威力と飛距離が出るはずだ。だが、木じゃすぐに壊れるし、良い素材を使うと結局高くつくな」

 

すると、工房の隅で仕事の指示を出していた皮なめし職人の親方が、ニヤリと笑って口を挟んだ。

 

「へっへっへ、ちょうどいいところに新製品があるぜ! 魔物の皮を何層にも重ねて固めた特製ボールだ! 頑丈でそこそこ軽く、反発力も調整できる。安くはしねぇが、買っていきな!」

 

話が早いのは良いことだ。

 

一つ試しに買わせてもらい、工房の中庭でクロに打たせてみる。

 

クロは嬉々として鉄バットを構え、あたしが軽くトスしたボールを、快音と共に弾き返した。

 

ボールは一直線に飛び、百メートル以上離れた場所に積んであった廃材の山に、見事命中した。

 

「よし、それ、あるだけ全部買うよ」

 

皮なめし職人は「毎度あり!」と破顔した。

 

「クロ、失敗すれば今日の晩飯の肉はなし、成功すればチーズ増量だと思いな!」

 

「あうっ!」

 

クロが力強く頷く。

 

「クロなら、できるお!」

 

シロも明るい顔で拳を握る。

 

皮なめし職人が呆れたように呟いた。

 

「さすがセレスティア殿。失敗の可能性はあっても、死ぬ可能性は微塵も考えてねぇ顔だ……」

 

ふん、当然だ。

 

あたしもあたしの手駒は、優秀だからね。

 

鷲型魔物討伐の準備を終え、親方たちにしばらく街を空けることを伝えると、あたしはシロとクロを連れて街の東門へと向かった。

 

荷車には、討伐用の物資に加えて皮製ボールもぎっしり詰まっている。

 

門の手前まで来たところで、見慣れた姿が目に飛び込んできた。

 

大きなリュックを背負った、あの忌々しいガキ――ケイルだ。

 

「おばさん! 鍛冶親方から手紙です!」

 

息を切らして駆け寄ってきて、一枚の羊皮紙を差し出す。

 

その呼び方に、あたしのこめかみがピクリと引きつった。

 

シロとクロは「後輩、どうしたの?」とでも言いたげに、不思議そうにケイルを見ている。

 

手紙に目を通すと、案の定、面倒な内容だった。

 

ケイルを荷物持ちとして同行させ、荷車に載せきれない素材、特に鷲型魔物の羽などを運んでほしい、と。

 

羽は矢の材料や高級武具の装飾として高く売れるらしい。

 

チッ、あの親方も人が悪い。

 

ケイルは、あたしの内心など知る由もなく、目を輝かせて言った。

 

「目的地はあの山のふもとですよね? あのあたりなら、村に住んでいた頃に行ったことがあります。もし魔物から逃げる時にはぐれても、僕一人ならここまで戻って来れます!」

 

(こいつが怪我をしても放置するか。あたしが直接手を下せば、シロとクロの忠誠心に影響するかもしれん。悩ましいね)

 

シロとクロが、あたしが寝ている間に盗みも殺しもしないのは、あたしの生存戦略において非常に重要なのだ。

 

結局、ケイルを同行させることになった。

 

荷車には乗せん。

 

自分の足でついてこい。

 

出発してしばらくは、ケイルは息を切らして荷車の後方を走っていたが、半日もすると、あのガキ、持ち前の身体能力を発揮しやがった。

 

徐々に走りのコツを掴んだらしく、あたしが休憩を取る頃には、汗だくになりながらも追いついてくるようになった。

 

(原作主人公らしい理不尽な成長速度だね! 耐久力はあたしより低いから『足』の最高速では勝てるが……いかんいかん、こんなことで内心爆発しても得はない)

 

どうにか平静を装い、先を急ぐ。

 

山のふもとに到着すると、早速獲物の方から挨拶に来てくれた。

 

ほとんど魔物同然の、気の荒い巨大な猪だ。

 

あたしが指示を出す前に、クロが嬉々として皮のボールを鉄バットで打ち込み、猪の突進を怯ませる。

 

その隙を逃さず、ケイルが「うおおっ!」と雄叫びを上げて剣で斬りかかり、見事にとどめを刺した。

 

シロが駆け寄り、慣れた手つきで解体を始める。

 

あっという間に、焚き火さえあれば食べられる状態になった。

 

(ここまで育てたシロとクロが、ケイルに懐いてしまったら大損害だね……)

 

そんなあたしの懸念をよそに、シロとクロは「リーダー(あたし)のおかげでうまくやれたよ!」とでも言いたげに、キラキラした目であたしを見上げてくる。

 

どうやら「セレスティアをトップとした群れの一員」という意識は、まだ揺らいでいないようだ。

 

それでいい。

 

ケイルが慣れない手つきで火起こしを始めようとしたので、あたしは自分の使っている高級な火打ち石と、荷車から取り出した上質な炭を黙って差し出した。

 

ケイルは「あ、ありがとうございます!」と恐縮しながらも、(銀札冒険者になれば、こんな良い道具も買えるのか)とでも言いたげな顔で火を起こし始めた。

 

シロとクロは、その間に周囲から手頃な薪を集め、シロが解体した猪肉を木の枝に刺していく。

 

「これで他の魔物も寄ってくれば一石二鳥なんだがね」

 

あたしがそう呟くと、ケイルが焚き火を見つめながら答えた。

 

「どうでしょう。鷲型魔物は見たことありますが、僕たちを襲ってくるかは……村があった頃は、あまり近寄ってこなかったですが……今は村がないですし」

 

(やはり、あたしが間接的に村を滅ぼしたことには気づいていないな。このまま墓場まで持っていってほしいもんだ)

 

心の中で毒づきながら、焼き始めた肉に目をやる。

 

一番よく焼けたように見えた肉の串を、クロが嬉しそうにあたしの元へ持ってきた。

 

「生焼けは腹を壊すと言っているだろう。お前たちが食中毒なんかでくたばったら、あたしはショックで三日三晩寝込むぞ」

 

冗談めかしてそう言うと、クロは褒められたのか心配されたのか判断がつかないのか、小首を傾げながらも、素直に肉を火に戻した。

 

まったく、手のかかる手下たちだ。

 

やがて肉が焼きあがると、シロとクロは我先にと飛びついた。

 

しかし、塩も振っていないただの焼いた肉だ。

 

街で食べるチーズたっぷりの料理とは比べ物にならない。

 

すぐに二人のテンションが下がり始めた。

 

「塩を持ってきていないのか。ほら、これを使いな」

 

懐から冒険用の岩塩を取り出して投げ渡す。

 

これで少しはマシになるだろう。

 

と、それまで黙々と肉を焼いていたケイルが、ふと顔を上げ、険しい表情で上空の一点を見つめているのに気づいた。

 

「……白い? なんでしょう、あれ。鷹の群れ……先頭の一羽だけ白い……いや、あれは!? 翼の生えた人が……鷹の魔物に追われています!」

 

「なんだって!?」

 

思わず立ち上がる。

 

(人間に白い翼? まるで天使じゃないか。原作にそんな存在がいたか? 資料集にだけ載っていたキャラか何かか……いや、考察は後回しだ!)

 

状況は一刻を争う。

 

「シロ、クロ! あの鷹どもにだけ当てていけ! 翼の人間には当てるなよ!」

 

あたしの指示に、二人は即座に反応する。

 

シロが皮製ボールをクロにトスし、クロが鉄バットで次々と鷹型魔物に向けて撃ち込んでいく。

 

ボールは正確に鷹型魔物の翼を捉え、撃ち落とすまでには至らないものの、確実にその動きを鈍らせ、追われる天使(仮)との距離をわずかに開かせた。

 

その天使(仮)は、明らかに疲弊しきっており、あたしたちを味方と判断したのか、あるいは他に選択肢がなかったのか、ふらつきながらもこちらへ向かって降下してくる。

 

「ケイル! 上ばかり見てないで地上も警戒しろ! 別の魔物が漁夫の利を狙って近づいてくるかもしれん! 気を抜くなよ!」

 

叱咤すると、ケイルは「はい、おばさん!」と力強く返事をした。

 

(相変わらず忌々しい呼び方だが、今はこいつも利用するしかない。魔物の数が予想よりかなり多いからな!)

 

あたしは内心で舌打ちしながら、あたし専用の鉄バットを握りしめる。

 

(急降下してくるなら来い。あたしの頑丈さがあればカウンターで仕留めるのも簡単さ)

 

不敵に笑おうとして、急に嫌な予感が胸をよぎった。

 

何が原因だ?

 

徐々に近づいて来る天使(仮)が……こいつ、号泣してみっともない顔になってるのに、かなり顔がいい。

 

(まさか原作メインキャラか?)

 

厄介事が、また一つ増えそうな確信が、強くあたしの背筋を粟立たせた。

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