悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第36話】招かれざる翼と、悪女の誤算

「キシャアアアアッ!」

 

空気を切り裂く甲高い叫びと共に、一羽の鷹型魔物が急降下してきた。

 

その鋭い爪は、明らかにこちら――あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスの頭部を狙っている。

 

(チッ、厄介な!)

 

この速度では、鉄バットを正確に当てるのは至難の業だ。

 

ならば――!

 

あたしは咄嗟に防御姿勢を取りつつ、両手で握った鉄バットの先端を、槍のように突き出す。

 

狙うは相打ち。

 

鷹の攻撃は、自慢の耐久力999(カンスト)を誇るこの体と、特注の革鎧で受け止める!

 

グシャッ!

 

生々しい音が響き渡った。

 

肩口に焼けるような痛みが走るが、問題ない。

 

それよりも、あたしの鉄バットを真正面から受けた鷹型魔物の方が、見るも無残な姿でひしゃげ、勢いよく地面に叩きつけられていた。

 

何度か不自然に跳ね、土煙を上げて滑り、やがて動かなくなる。

 

それを見た他の鷹型魔物たちは、明らかにこちらへの警戒を強め、距離を取り始めた。

 

「はっ……これだから『耐久力』は頼りにならないんだよ。魔法や加護なら無傷で済むものを、生身で受ければ肌も髪も傷むじゃないか!」

 

忌々しげに吐き捨て、あたしは周囲を見渡す。

 

シロとクロは、直接的な戦闘は避け、荷車を盾にしたり、必死に逃げ回ったりして時間を稼いでいる。

 

クロが時折、自慢の皮製ボールを鉄バットで撃ち込んではいるが、鷹型魔物の動きが速すぎるのか、なかなか決定打にはなっていない。

 

一方、ケイルはあの白い翼の天使(仮)を背中に庇いながら、必死に剣を振るっている。

 

攻撃は鷹型魔物に当たってはいるものの、致命傷には至らず、ダメージを負った魔物はすぐに上空へ退避し、間髪入れずに無傷の別の魔物が次々と襲い掛かってくる。

 

ケイルの体力はみるみる削られ、その顔には焦りの色が濃くなっていた。

 

天使(仮)はと言えば、戦闘の恐怖で完全にパニックに陥っているらしく、周囲の状況もまともに把握できていないようだ。

 

ケイルに守られているという自覚はあるのか、必死に彼にしがみつこうとしては、かえってケイルの動きを阻害している。

 

足手まとい以外の何物でもない。

 

(ケイルがここでくたばるのは構わん。むしろ歓迎だ。だが、あの白い羽……本当に天使か? もし本当に天使で、そいつが死ぬのを防げなかったとなれば、後々面倒なことになる可能性がある)

 

(『神の使いを見殺しにした』なんて難癖をつけられて、教会や神殿騎士団、あるいはそれこそ天界の使いだか何だかが、あたしを殺しに来るなんてのは、あのクソゲー(原作ゲーム)なら十分ありえる展開だ)

 

「シロ、クロ!」

 

あたしは鋭く叫んだ。

 

「あの白い羽の奴を死なせるな! あんたらが死なない範囲で援護しろ!」

 

「あい!」「あうっ!」

 

命令一下、二人は即座にあたしの背後に回り込み、あたしを盾にするような位置取りをする。

 

抜け目ない奴らだ。

 

クロが皮製ボールを鉄バットで打ち、天使(仮)に近づこうとする鷹型魔物を的確に牽制する。

 

シロは、鷹型魔物が地上近くまで降下してくるのを待ち構え、その小さな体からは想像もつかない俊敏さで飛びかかり、解体用ナイフで翼や脚を切り裂こうと試みる。

 

完全に切り落とすまでには至らないものの、確実に魔物の飛行能力を削いでいく。

 

あたしは、鍛冶親方がユニコーンもどきの『角』を加工してくれた、黒塗りの鉄バットを握りしめる。

 

鷹型魔物への攻撃は、必ずしもクリーンヒットするわけではない。

 

だが、不思議なことに、このバットが掠めた魔物は、まるで呪いでも受けたかのように体調を崩し、動きが目に見えて鈍くなっていく。

 

動きが鈍れば、当然高度を維持できなくなり、徐々に地上へと降りてくる。

 

まさにデバフ効果だ。

 

その間もケイルは奮戦していた。

 

しかし、ひときわ大きな、歴戦の風格を漂わせる鷹型魔物の鋭い爪が、ケイルの肩口を深々と切り裂いた。

 

さらに続け様のクチバシによる痛打が、彼の脇腹を容赦なく抉る。

 

「ぐあああっ!」

 

ケイルは苦悶の声を上げ、その場に膝をついた。

 

(このままケイルがあの世行きになるまで見届けるのも一興だが……魔物の動きが元に戻る前に、あらかた片付けておかないと後が面倒だね!)

 

あたしは荷車から、クロに持たせている予備以外の『ボール』が全て詰まった革袋を取り出した。

 

それに気づいたシロとクロは、あたしの意図を即座に理解したのだろう。

 

あたしを盾にする位置で、爆風と衝撃から身を守るため、ダンゴムシのように丸くしゃがみ込み、両手でしっかりと目と耳を塞いだ。

 

あたしは革袋を鷹型魔物の群れの中心めがけて投げつけ、直後にその革袋自体を『角』のバットでフルスイングする!

 

革袋に着弾の衝撃が加わった瞬間、凄まじい爆発が発生した。

 

爆風と衝撃波が、直撃を受けた魔物だけでなく、周囲にいた多数の鷹型魔物を巻き込み、一瞬にして戦闘不能に陥らせるか、致命傷を与える。

 

「さすがに……これはきついか。耳は……かろうじて聞こえるな。なんてこった、髪が焦げてるし、肌も今から確かめるのが恐ろしいね……」

 

爆心地に近かったあたし自身も、ただでは済まなかった。

 

髪や剥き出しの肌が焦げるような熱を感じる。

 

だが、命に別状はない。

 

この程度なら、すぐに応急手当をして、街に戻ってミレットの世話にでもなれば治るだろう。

 

シロとクロも、ゆっくりと立ち上がった。

 

全身汗と土埃にまみれて酷い格好だが、幸い大きな怪我はないようだ。

 

爆発の衝撃が収まった頃、ケイルと彼が戦っていた強大な鷹型魔物との戦いにも、決着がついていた。

 

ケイルは脇腹を深く抉られ、魔物は首に致命的な斬撃を受けており、両者ともにその場に倒れ伏している。

 

天使(仮)は、周囲の脅威が一掃されたことにようやく安堵したようだが、すぐに命の恩人であるケイルが血の海に倒れていることに気づき、顔面蒼白になる。

 

必死にケイルに駆け寄り手当をしようとするが、彼女には治療の技術も魔法も奇跡も、何一つ持ち合わせていないようだった。

 

その体格は、ケイルよりもさらに幼く見え、人間基準で言えばシロやクロよりも少し年上といったところか。

 

「天使……様……。ご無事、で……よかっ……た……」

 

そう言い残し、ケイルは意識を失った。

 

天使(仮)は、先程までの恐怖とは質の違う涙を流しながら――今回はケイルを救えない自身への怒りと無力感が原因だろう――ケイルの体にすがりつく。

 

(これで忌々しいガキとの付き合いも終わりかと思うと、不思議と優しい気持ちになれるもんだね)

 

これまでとは打って変わって、あたしはケイルにどこか穏やかな目を向けていた。

 

シロとクロが、沈痛な表情であたしを見上げる。

 

「なんとか助けてあげて」と、その目が必死に訴えている。

 

「あたしにもできないことはある。残念だけどね」

 

あたしは静かに告げる。

 

(奇跡か加護か魔法か……とにかくファンタジーな回復手段があれば助かるだろうが、生憎と持ち合わせがない)

 

その時、天使(仮)が、あたしの思考を読んだかのように、こちらをじっと見つめていることに気づいた。

 

その真剣な眼差しに、あたしは言い知れぬ違和感を覚える。

 

(……なんだ? 他に効果があるとしたら……そうか、ものを動かす魔法か? 破れた血管を縫い合わせ、体内を消毒する手段があれば……。OL時代にかかった医者レベルの知識があれば、あるいは……? いや、専門外すぎて分からん)

 

天使(仮)は、必死の形相で何やら神秘的な力を発動させた。

 

ケイルの傷口周辺の汚れがふっと浄化され、天使(仮)の念動力のような力が、あたしが朧げに思い描いた応急処置のイメージを元にしたのか、まるで熟練の外科医が行うかのような精密さで、ケイルの傷を処置していく。

 

やがてケイルの呼吸が安定し、危険な状態を脱したのを見届けると、天使(仮)は極度の緊張と疲労から解放されたのか、その場にへたり込んだ。

 

あたしは警戒しつつ、天使(仮)に近づき、問いかける。

 

「あんた、一体何者だ? 名乗ってもらおうか」

 

するとどうだ。

 

危険が去り、ケイルの命も救われたことで安心したのか、天使(仮)の態度は一変。

 

隠していた傲慢な地金が露わになった。

 

「……下賤な人間に名乗る名など持ち合わせておりませんわ」

 

その口調はあくまで上品だが、侮蔑の感情は隠そうともしない。

 

「そうかい。じゃあ『ハネッコ』とでも呼ばせてもらうよ」

 

「ハ、ハネッコですって!?」

 

予想外の雑な扱いに、ハネッコは素っ頓狂な声を上げた。

 

「ハネッコが嫌なら、さっさと本名か通称を言ったらどうだね? ……それと、あんた、他人の思考を読めるのかい? 知られたら、殺すしか生き残る道がなくなる情報ってのも、この世には存在するんだよ」

 

あたしは別に脅しているつもりはない。

 

ただ、事実を述べたまでだ。

 

あたしは悪用すれば「社会や種族に多大なダメージを与えることが可能な知識」を持っている自覚はある。

 

もちろん、銅貨一枚の得にもならない虐殺をする趣味なんてあたしにはない。

 

だがこいつがそれを吹聴して回れば、今のあたしでは対抗不可能な敵が現れる可能性だってある。

 

怒りではなく、冷静な損得勘定で、このハネッコの処遇を判断しなければならない。

 

その冷徹な思考に気づいたのか、ハネッコは本能的な恐怖を覚えたようだった。

 

ハネッコは傲慢だが臆病でもあるらしい。

 

無意識に純白だった翼――今は戦闘中の粉塵やらで薄汚れた灰色になっているが――を動かし、飛んで逃げようとするそぶりを見せる。

 

だが、命の恩人であるケイルをこの危険な人間(あたしのことだ)の近くに置いていくわけにもいかず、葛藤しているようだった。

 

(こいつが神や天界とどれほど繋がりがあるかで、今後の対応も変わってくる。面倒なことこの上ないね)

 

そんな緊迫した空気を破ったのは、いつものマイペースな手下たちの声だった。

 

「リーダー、まだかかるお? この鷹、解体しておいしいとこもらっていいお?」

 

シロが、爆発に巻き込まれなかった鷹型魔物の死体を指差しながら尋ねてくる。

 

「にく、やく! おなかすいたー!」

 

クロは既に、戦闘中に消えかけていた焚き火を再び大きくし、解体された猪の肉を焼き始めている。

 

その言葉に誘われるように、ハネッコの腹が「ぐうぅぅ」と盛大に鳴った。

 

ハネッコは羞恥に顔を真っ赤にしている。

 

(原作の主要キャラかどうかは依然不明だが……少なくとも、腹は減るし、話は通じそうなタイプか。もう少し観察してから、どうするか決めるかね)

 

あたしは、いつもの悪女らしい笑みを浮かべ、ハネッコを食事に誘った。

 

「まあ、立ち話もなんだ。ハネッコも、腹が減っては戦はできんだろう? あいつらの焼く肉は、味は保証できないがね」

 

ハネッコは、あたしの底意地の悪さを感じ取りつつも、強烈な空腹には抗えなかったようだ。

 

こくりと頷くと、焼ける肉の香ばしい匂いに誘われ、おずおずと焚き火の方へ移動していった。

 

(さて、この招かれざる翼をどうしたものか……)

 

ハネッコは傲慢に振る舞ってクロに小突かれている。

 

いきなり天罰なんてことをしないのかできないのか分からないが、クロに文句は言っているが力は使っていない。

 

「あたしも焼いて食うか」

 

空きっ腹で考えてもろくなことは思い付かない。

 

あたしは物騒な計画は一旦忘れて、腹を満たすのを優先することにした。

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