悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第38話】悪女の慧眼、天使の算盤、そして新たな火種

あたしことセレスティア・フォン・ヴァイスは、いつもの騒がしさとは無縁の静かな一室で、腕を組んで目の前の光景を眺めていた。

 

ここは馴染みの料理店の奥にある、お忍び用の個室だ。

 

先ほど店主に無理を言って貸してもらったのだが、彼女は「セレスティアちゃんが奥の部屋なんて珍しいね。初めてじゃないかい?」と少し驚いた顔をしながらも、快く通してくれた。

 

その内心は(何か訳ありなんだろうけど、セレスティアちゃんなら大丈夫だろう。あちらのお嬢ちゃん――ハネッコのことだ――は可愛らしいけど、保護者がセレスティアちゃんだと、ちょっと大変かもしれないね)といったところか。

 

詮索してこないのは有り難いね。

 

当のハネッコは、店主の裏表のない善良な思考を読み取ったのか、あるいはその雰囲気から察したのか、部屋に通されるなり露骨に安堵の表情を浮かべた。

 

「人間にも善人はいるのですね。ケイル様とこの方(店主)くらいですわ……」とあたしにだけ聞こえるように呟くので、「隠す気があるなら少しは黙ってな」と小声で返しておいた。

 

こいつの危機管理能力はどうなっているんだか。

 

やがて、最初の料理が運ばれてきた。

 

湯気を立てるそれは、新鮮野菜がたっぷりの麦粥の上に、黄金色の濃厚なチーズがとろりとかかっている。

 

あたしの「よし」という合図で、待ちかねていたシロとクロが勢いよくスプーンを手に取り、熱々の麦粥を頬張り始めた。

 

その様子を横目に見ていたハネッコは、自分も数回麦粥を口にした後――その口の端にはしっかりとチーズがついている――真剣な眼差しをあたしに向けた。

 

「あなたは一体何者ですの? この世界をまるで遊技盤のように見ている節がございますが」

 

「ハネッコちゃん……」

 

シロが呆れたように呟く。

 

「むだめしぐい、えらそうにする、だめ!」

 

クロに至っては、珍しく真剣な顔でハネッコをたしなめている。

 

ハネッコは二人に悪意がないことを思考を読まずとも理解できるため、どう反応すべきか困っているようだ。

 

まったく、騒がしい。

 

「哲学的な問いかい? そういうのは現役を引退してからにするつもりなんだがね」

 

あたしは軽く受け流し、シロとクロに自分のための茹で肉――もちろん脂身は少なめだ――を注文してくるよう指示する。

 

もちろん、二人は自分たちのための脂たっぷり肉料理も追加で注文するために、意気揚々と部屋を出ていった。

 

さて、と。

 

二人きりになった部屋で、あたしは薄い酒が入ったグラスを手に取り、じっと見つめた。

 

(あたしが生き延びるためにクソゲー知識が必須なのは事実だが……。まあ、それが妄想でも事実でも、実際に役立ってるからね。自己同一性に悩むより生存優先だ)などと考えている。

 

ハネッコはあたしの思考を読み取ったのか、何かを察したような、それでいてどこか不安げな表情を見せた。

 

「堂々巡りになりそうだね。先にあんたの職について話し合うべきじゃないかい?」

 

言葉に詰まるハネッコ。

 

それまでの神秘的ですらあった雰囲気が消え、人間世界に詳しくない未熟な天使っぽい様子になる。

 

「本来の種族として振る舞うつもりがないなら、何か食い扶持を…。よく考えてみたら、クソゲー云々まで知られてるんだ。あっちの知識を教え込んでも構わないか」

 

「な、何をするつもりですの!?」

 

ハネッコが怯えた声を上げた。

 

「なあに、OL時代に身につけて、今後は使わないつもりの知識をあんたに教えてやるだけさ。あたしの思考を読むだけで名医になったんだ。こっちも期待できるさ」

 

内心で、データ入力、データ処理、複雑怪奇な経理ソフトの操作、役所や取引先に提出する膨大な申請書類の作成手順を思い出していく。

 

思い出したくもないOL時代の激務や人間関係の悪さまで思い出してしまい、あたしはハネッコよりもダメージを受けて顔をしかめた。

 

今のあたしの方がよっぽどダメージを受けている自信があるね。

 

その時だった。

 

「とくべつ、りょうり!」

 

「おかみさんが新作つくってくれたお!」

 

シロとクロが、二人で抱えるほどの大きな鍋を、えっちらおっちらと運んできた。

 

鍋の蓋を開けると、むわりと濃厚な脂の香りが立ち込める。

 

中には、ねっとりとした見るからに高カロリーな脂と、ごろごろとした肉塊がたっぷりと入った、見るからに胃にもたれそうなスープがなみなみと注がれていた。

 

あたしとハネッコは、先ほどのやり取りでぐったりしている。

 

シロとクロはそんなあたしたちの様子には気づかず、目の前の料理に目を輝かせている。

 

(また強烈な料理を作ったもんだ。あたしも体は若いはずなんだが、普段から脂はあまり食べないようしてるから、食ったら腹を壊しそうだ)

 

一方、ハネッコはスープの強烈な香りと色合いに非常な魅力を感じて、無意識に鍋の中の熱いスープを凝視し、涎が垂れそうになっている。

 

こいつも大概現金なやつだ。

 

「いくら注文しても残すのだけは許さないよ。ハネッコ、あんたも食べるかい?」

 

「し、しかたありませんね! 人間がどうしてもと言うから食べてあげます!!」

 

(どうしても、なんて言ってないが、まだ敵じゃない子供をやりこめて喜ぶ趣味はないからね)

 

あたしは内心で毒づきながら、外套で翼を隠し続けて息苦しそうにしていたハネッコから外套を取り、部屋のドアに鍵をかけてやった。

 

翼を隠す必要がなくなったハネッコは、心なしか表情が和らいだように見えた。

 

あたし以外の三人は、目の前の強烈なスープに無心で挑み始めた。

 

あの宴から数日後。

 

街の一角にある小さな建物に、「ハネッコ代書屋」という墨痕鮮やかな(あたしが書いた)看板が掲げられていた。

 

この土地と建物、そして看板は、あたしが自身のなけなしの資金をはたいて購入し、ハネッコへ貸与したものだ。

 

建物の規模はあたしの自宅よりは小さいが、少女の一人暮らしの場所兼事務所としてはかなり豪華な造りと言えるだろう。

 

ハネッコは、数日前――あたしたちが例の濃厚スープと格闘し終えてすぐ――から、鍛冶親方と関係のある親方や職人たちから持ち込まれた会計書類と、彼らの思考から読み取った情報を元に、完璧な経理書類を作成するサービスを開始していた。

 

代々親方を続けている家系は身内に書類作成能力を持つ者がいる場合もあるが、成り上がったばかりの親方や職人は自力での作成に苦労していた。

 

そのため、「依頼人が検算しないなら私は仕事を受けませんわっ!」などと偉そうな口上を述べつつも、実際に提出される書類は検算しても間違いが見つからない(むしろ検算の方が間違っている場合すらある)ハネッコのサービスは、急速に人気を集めていた。

 

事務所の奥で、山積みの書類を前にしたハネッコは、「美しい数式と完璧な書式に、この世界のどこまでも曖昧な数字を当てはめて計算するのが、まさか私の仕事になるなんて……」と、どこかげっそりとした表情で呟いていた。

 

まあ、あのOL時代の知識を叩き込まれたのだ、無理もない。

 

あたしがハネッコの様子を知れたのはその場にいたからだ。

 

シロとクロが差し入れのサンドイッチ(もちろん肉たっぷりだ)とお茶を持って訪ねたときに、あたしも付き添いでやってきていた。

 

「ハネッコー! めし、持って来た!」

 

クロが元気よく声をかける。

 

「ハネッコちゃん、また部屋を散らかしてるお。これじゃお客さんも困っちゃうお」

 

シロが事務所の中を見回して、小さな母親のように小言を言う。

 

ハネッコはむきになって「私が使いやすい場所に物を置いているだけですわっ!」と言い返すが、その声には以前のような刺々しさはない。

 

(こいつらすっかり仲がよくなったね。人間とコボルトのハーフと、おそらく他者を癒せない――戦闘面では役に立たない――天使か)

 

(あたしにとっては手下と、利用価値のある余所のエリート様だけど、あのクソゲーみたいな展開になるなら、こいつらが面倒ごとの起点になる気がするねえ)

 

そんなことを考えていると、ハネッコがあたしの思考を読み取ったのか、「またそんなことを考えてるのですか」と言いたげな顔を向けてきた。

 

本当に便利な能力だが、こちらのプライバシーは皆無だ。

 

「食い終わったらクロは建物の周囲の掃除と、ついでに不審者がいないか警戒。シロは家の中の掃除をしてから、ハネッコの飯の作り置きをしてやりな」

 

あたしが指示を出すと、クロは「あう!」と力強く返事し、シロは「分かった、よ」と、以前より少しはっきりとした口調で答えた。

 

シロが意識して語尾の癖を直そうとしていることに気付き、あたしは珍しく、本当に珍しく、親のような穏やかな気持ちで「ほう、がんばるじゃないか」と、その小さな頭を撫でてやった。

 

シロは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに嬉しそうに犬耳をぴこぴこさせた。

 

ハネッコが、不思議そうな顔であたしに尋ねる。

 

「あなたは、どうしてここまでしてくれるのです。教会との折り合いがよろしくないはずですが」

 

あたしはハネッコの澄んだ瞳を真っ直ぐに見返し、内心だけで答える。

 

(あたしの思考を読んで知ってるんだろう? あたしとケイルの間のことに、これ以上首をつっこむな、ということさ)

 

(あたしが無事で済むなら、ケイルが生きていても死んでいても構わないんだ。ハネッコ、あんたがケイルに生きて欲しいなら、適当に誘導するんだね。あたしを巻き込むな)

 

ハネッコはあたしの真意を正確に悟ったのだろう。

 

複雑な表情で、しかし拒否はせずに頷いた。

 

あたしは3人をハネッコの代書屋に残し、一人で外へ出た。

 

近所の住民と顔を合わせた際には、普段の悪女ぶりは鳴りを潜め、努めて丁寧に挨拶をして回る。

 

舐められたら徹底的に反撃するのがあたしの基本方針だが、初対面の相手や、こちらに明確な敵意がない(と判断できる)相手には、ある程度礼儀正しく振る舞うくらいの処世術は心得ているつもりだ。

 

街角を曲がったところで、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。

 

見習い神官であるアリサが、真剣な表情で辺りを見回し、誰かを探しているようだった。

 

まずい、タイミングが悪すぎる。

 

アリサはあたしに気付くと、険しい顔つきで近づいてきた。

 

「あなたは……。この辺りで、翼を持つ方を見かけませんでしたか?」

 

その口調は、尋問に近い。

 

(やはり来たか。面倒なことこの上ないね)

 

あたしは内心で舌打ちしつつも、顔にはおくびにも出さず、素知らぬ顔ですっとぼける。

 

「翼? さあ、見かけないね。魔物か何かかい?」

 

アリサは、あたしの言葉を鵜呑みにするほどお人好しではないだろう。

 

じっとあたしの目を見据え、何かを探るような視線を向けてくる。

 

だが、今のあたしから情報を引き出すのは不可能だと判断したのか、あるいは一刻も早く「天使の捜索」に戻りたいのか、それ以上の追及はしてこなかった。

 

「……そうですか。もし何か見かけましたら、教会までご一報を」

 

そう言い残し、非友好的な態度を隠そうともせず、足早にその場を離れて捜索を続けていく。

 

アリサの後ろ姿を見送りながら、あたしは内心で深くため息をつく。

 

(ハネッコを引き渡したところで、あいつに怨まれるだけであたしに得はなさそうだ。だが、このまま教会が諦めてくれればいいが、そう簡単にはいかないだろうね。まったく、厄介な拾い物をしたもんだよ)

 

鉄バットで物理的に解決しても解決にならない、面倒な戦いが始まろうとしていた。

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