悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第41話】炎上の攻防、そして新たな火種

ゲオルグの全身から放たれる殺気が、室内の空気をビリビリと震わせる。

 

その瞳に宿る狂信的なまでの憎悪は、もはや正気のものとは思えなかった。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、内心で舌打ちする。

 

(こいつ、本気であたしと、そしておそらくはハネッコも殺す気だ。この狭い家の中で戦うのはあまりにも分が悪い。ゲオルグが自爆覚悟で広範囲魔法なんぞを使ってみろ、あたしとハネッコは耐えられても、シロとクロはミンチより酷いことになるのは確実だ。大義名分は手に入れたが、不意打ちで戦場を選べないのは最悪に近い)

 

あたしの焦燥を敏感に読み取ったのか、背後のハネッコが「ひっ」と息を呑む気配がした。その美しい顔は恐怖に引きつり、今にも泣き出しそうだ。

 

(顔に出すなよ、ハネッコ! あんたのその分かりやすい態度で、あたしの作戦がバレたら元も子もないんだ!)

 

内心で強く叱咤しつつ、あたしは一歩、ゲオルグへと踏み出した。

 

その足が床を「トントン」と、ごく軽い音で二度叩く。

 

次の瞬間、それまであたしの背後で息を潜めていたシロとクロが、ゲオルグに気づかれぬよう、ほんのわずかだけ身じろぎした。

 

クロは愛用の短い鉄バットをしっかりと握り直し、いつでも飛びかかれるように低い姿勢を取る。ゲオルグの視線が、あたしと同じ得物を構えるクロにも一瞬だけ向けられ、警戒の色が強まった。

 

その刹那の隙を、シロは見逃さなかった。

 

猫のようにしなやかな動きで後退すると、背後の窓の粗末な鍵にそっと手を伸ばし、音もなくそれを外す。

 

(よし! ハネッコ、今だ! 損害なんざ気にするな、窓ごとぶち壊して外へ逃げろ!)

 

あたしの思考がハネッコに届いた瞬間、彼女は普段、優雅な浮遊やケイルの治療補助にしか使っていなかった念動力を、窓を押し開けるという一点に全力で集中させた。

 

バガンッ!という轟音と共に、木製の窓が蝶番から無残にもぎ取られ、凄まじい勢いで庭の地面へと突き刺さる。

 

だが、極度の緊張状態にあったハネッコは、そこまでで思考が停止してしまったらしい。

 

窓を開け放ったものの、恐怖で足がすくみ、その場に立ち尽くしてしまっている。

 

「ばか!」「文句は後だお!」

 

クロとシロが同時に悪態をつきながらも、即座に反応した。

 

ハネッコの左右からその小さな体を抱え上げると、窓枠に多少擦りながらも、強引に外へと引きずり出す。

 

透明化しているハネッコの翼が窓枠のささくれに引っかかり、鈍い音を立てたが、二人はお構いなしだ。

 

翼に走った鋭い痛みに、ハネッコはようやく我に返り、咄嗟に翼を閉じてどうにか屋外へと転がり出た。

 

「おのれ、逃がすかァッ!」

 

背後で、ゲオルグの怒り狂った声が響き渡る。

 

振り返る間もなく、部屋全体が爆発的な熱気に包まれた。

 

ゲオルグが炎の魔法を解き放ったのだ。

 

魔法の制御が甘いのか、あるいは家ごとあたしたちを焼き尽くすつもりなのか、ゲオルグ自身をも巻き込み、壁や床、粗末な家具が瞬く間に紅蓮の炎に飲み込まれていく。

 

(熱いが、この程度ならまだ耐えられる! 問題は酸素と、こいつの忌々しい鎧だ!)

 

あたしは肺に残った空気を逃さぬよう固く口を閉じ、呼吸を止める。

 

そして、炎を突っ切り、ゲオルグに向けて一直線に駆け出した。

 

ゲオルグは、強力な全身鎧に絶対の自信を持っているのか、迫りくるあたしを迎え撃つべく、カウンターの魔法を詠唱し始める。

 

だが、あたしはゲオルグに直接攻撃を仕掛ける素振りを見せただけで、寸前で身を翻し、その脇を高速ですり抜けた。

 

そのまま速度を一切緩めることなく、先ほど破壊された玄関から、燃え盛る我が家を後にする。

 

「シロ、クロ、ハネッコ! 盗人が、家に火を付けやがったぞ! 近所の皆に大声で知らせて助けを求めろ! 逃げ遅れた人がいたら、お前たちが助けてやるんだ!」

 

屋外に出るなり、あたしはありったけの声で叫んだ。

 

これは単なる避難誘導ではない。

 

ゲオルグの罪状を確定させ、あたしの正当性を周囲に知らしめるための、計算ずくの行動だ。

 

「えっ?」「ぬすっと!」「ひつけ!」

 

ハネッコは一瞬戸惑いの表情を見せたが、シロとクロは即座にあたしの意図を理解し、持ち前の俊敏さで周囲の家々へと危険を知らせに駆け出した。

 

黒煙をもうもうと噴き上げる家の中から、鬼の形相のゲオルグが姿を現す。

 

その全身鎧は所々煤で汚れ、焦げ付いている。

 

「どこへ逃げる気だ、セレスティアァッ!!」

 

その怒声に対し、あたしは心の底から湧き上がる楽しさを隠そうともせず、盛大に嘲笑を返してやった。

 

「火付け強盗とは、ずいぶんと派手なことをしなさるじゃねえか、元騎士のゲオルグ殿! これで、あんたを心置きなく、そして正々堂々と叩き潰せるってもんだ!」

 

(とはいえ、あの新しい鎧、あたしの鉄バットがどこまで通用するか……。ミレットの魔法防御の施術効果も、そろそろ切れかかっている頃合いだ。まともに殴り合えば、確実に接近戦は不利だな)

 

内心の冷静な分析とは裏腹に、あたしの口調はどこまでも挑発的だった。

 

(こちらセレスティア、ハネッコへ! クロ、爆発ボール、狙いは鎧男の頭! 繰り返す、クロ、爆発ボール、狙いは鎧男の頭だ!)

 

あたしは強く思考を飛ばす。

 

住民の避難誘導を手伝っていたハネッコは、その思考を正確に読み取ったものの、咄嗟にその意味を理解できなかったようだ。

 

「クロ、爆発、ボール、狙いは鎧男……ですって?」と、困惑したようにクロに伝言する。

 

しかし、その言葉を聞いたクロは、あたしが自分をただ「クロ」と呼ぶことから、即座にあたしからの直接指示だと判断した。

 

いつもの元気な返事の代わりに、腰の袋から常時携帯している数少ない貴重な爆発ボールの一つを抜き取ると、ゲオルグの頭部めがけて、自慢の鉄バットでフルスイングした。

 

ゲオルグもあたしも、互いに全神経を集中させており、高速で回転しながら飛来するボールの接近に気づくのが一瞬遅れた。

 

ドガァンッ!

 

ボールはゲオルグの分厚い兜にクリーンヒットし、鼓膜を破るような轟音と共に炸裂した。

 

兜そのものは破損しないまでも、凄まじい衝撃がゲオルグの脳を揺さぶり、視界がぐらりと歪み、立っているのもやっとの状態だ。

 

あたしも爆風の余波を受け、自慢の髪がさらに焼け焦げ、剥き出しの肌がヒリヒリと痛む。

 

(この社会で生き抜くには、髪も美容も必須の武器だというのに、このクソ野郎が!)

 

内心で激しく悪態をつくが、その怒りの矛先は、今はただ一点、ゲオルグへと向けられる。

 

「しつこいね! いい加減に倒れな!」

 

あたしは鉄バットを振るうが、ゲオルグの頑丈な鎧に阻まれ、決定的なダメージには繋がらない。

 

ゲオルグが苦し紛れに放つ魔法も、あたしの魔法抵抗力とカンストした耐久力によって致命傷には至らず、戦闘は泥沼の様相を呈し始めた。

 

しかし、戦況は確実に変化していた。

 

クロが投石器のように鉄バットで打ち出す通常のボールや、その辺に転がっている手頃な石ころが、ゲオルグの集中力を削ぎ、的確にダメージを蓄積させていく。

 

そして何より、時折混ぜる爆発ボールの存在が、ゲオルグに通常ボールや石ころですらも警戒せざるを得ない状況を作り出していた。

 

(元騎士だけあって、鍛え方が違う。単純な技量ではあたしが劣っているが……)

 

あたしは冷静に分析しつつも、持ち前の若さ、異常なまでの耐久力、そして何より日々の栄養豊富な食事と規則正しい生活によって、体力と集中力の回復速度でゲオルグを徐々に、しかし確実に圧倒し始めていた。

 

「はあ、はあ……息が上がっているぞ、元騎士殿? おっと、今は火付け強盗だったな!」

 

あたしの挑発に、ゲオルグは怒りに顔を歪めるが、反論する余裕すら失いつつあった。

 

(ゲオルグが単独でこんな暴挙に出るとは考えにくい。間違いなく増援がいるか、あるいは中立を装った第三者が漁夫の利を狙って介入してくる可能性も考慮すべきだ)

 

戦闘の最中も、あたしの思考は常に二手三手先を読んでいた。

 

「リーダー! みんな避難した、よ!」

 

住民の避難誘導を終えたシロとハネッコが、あたしの元へと報告に戻ってくる。

 

(ハネッコ、新手の襲撃を警戒しろ。できるなら翼以外も完全に隠して、上空から広範囲を頼む!)

 

あたしはハネッコに新たな指示を出す。

 

「まったく、天の使いを好き勝手に動かそうとするのですから、あなたという人間は!」

 

ハネッコはいつものように文句を言いながらも、その指示の重要性を正確に理解し、翼だけでなく全身の姿を完全に光学的に消すと、シロの小さな両手を掴んで音もなく上空へと舞い上がった。

 

「お、おおっ!?」

 

シロは初めての本格的な飛行体験に最初は目を丸くしていたが、すぐに興奮で目を輝かせ、近くの家の天井に着地して周囲の状況を注意深く観察し始めた。

 

「余所見していいのかい、ゲオルグ!」

 

セレスティアは、消えたハネッコとシロの行方を目で追おうとして一瞬意識が逸れたゲオルグの隙を突き、渾身の力で鉄バットを振り下ろした。

 

ゲオルグは辛うじてそれを受け止めたものの、体勢が大きく崩れる。

 

その結果、あたしが狙っていた通り、周囲への警戒が一層疎かになる。

 

(あたしの一撃で格好良く決めたかったが、まあいい!)

 

ゲオルグが体勢を立て直そうとした、まさにその瞬間。

 

クロが最後の力を振り絞って打ち込んだ、最後の一個だった爆発ボールが、がら空きになったゲオルグの後頭部に、吸い込まれるように直撃した。

 

ゴシャッ!という鈍い音と、これまでとは比較にならない衝撃。

 

これまでのダメージの蓄積もあり、ゲオルグの意識は完全に闇へと沈み、その巨体がまるで操り糸の切れた人形のように、力なく地面に崩れ落ちた。

 

あたしは油断なく距離を詰め、鉄バットの先端でゲオルグの体を何度かつつく。

 

ピクリとも動かない。

 

不自然な姿勢になるまでつつき回しても全く反応がないのを確認し、ようやく安堵の息を吐いた。

 

「火付け盗賊ゲオルグ、討ち取ったりー!」

 

あたしは高らかに勝利を宣言する。

 

遠巻きに見ていた住民たちから、安堵と、そしてあたしへの称賛の声が波のように湧き上がった。

 

「さて、問題は、この火事か……」

 

あたしの家はゲオルグの放った魔法によって半焼し、未だ赤い炎が燻り、黒煙を上げている。

 

このままでは近隣にも延焼しかねない。

 

バケツリレーでの消火は、焼け石に水だろう。

 

その時、上空からシロの甲高い声が響いた。

 

「リーダー! あやしいひとたち、いっぱい!」

 

あたしも、鎮火作業を遠巻きに見守る群衆の中に、明らかに堅気ではない複数の人影が、こちらを値踏みするように観察していることに気づいていた。

 

「姐御ー! ご無事ですかー!?」

 

そこへ、リックが工房の若い職人数名を武装させて引き連れ、息を切らして駆けつけてくる。

 

堅気ではない者たちの視線が、一斉にリックたちへと注がれ、空気が再び緊張を帯びる。

 

(ハネッコ! あんたの力で、この火を消せるかい?)

 

あたしは最後の切り札に望みを託し、ハネッコに思考を送る。

 

「わたくしの力は、決してご都合主義な万能の力ではございませんのよ……酸素を、操作……するのですか?」

 

何もないはずの上空からハネッコの声が響く。

 

数秒後、魔法や加護に疎いあたしでも分かる何かが動いた。

 

燃え盛る炎から燃焼に必要な酸素だけが巧みに、そして急速に奪い去られていく。

 

酸素供給を絶たれた炎は、まるで魔法のように急速に勢いを失い、やがて黒煙だけを残して鎮火した。

 

(天使の力というのは、やはり規格外に恐ろしい……いや、これはハネッコ個人の才能と機転か? まあいい、それより……)

 

セレスティアがリックに声をかけようとするより早く、リックが駆け寄ってきた。

 

「姐御! ご無事で何よりです!」

 

「ああ、リックか。助かったよ。ちょうどいい、そこの倒れているのは賊だ。見たところ、随分と珍しい高級な装備をしている。剥ぎ取るのを手伝え」

 

「了解です、姐御!」

 

リックは力強く頷き、あたしと共に、まだ微かに呻き声を上げているゲオルグの全身鎧に手を伸ばす。

 

周囲で様子を窺っていた堅気でない者たちは、その光景を複雑な表情で見つめ、やがて一人、また一人と闇に紛れて姿を消していくのだった。

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