悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第44話】荒野の交渉と、地下迷宮への誘い

あたしの目の前で、ウサギによく似た長い耳を持つ少女が、ただただ小刻みに震えている。

 

栄養失調で土埃に汚れた顔は青ざめ、その瞳には恐怖以外の色が浮かんでいない。

 

(やれやれ、面倒なことになったね。拷問は汚れるし後始末が面倒だから避けたいが……)

 

内心で深く、深くため息をつく。あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、こういう膠着状態が何より嫌いだ。ちらりと隣に立つ原作主人公――ケイルに視線を送る。

 

あたしが悪役を演じるから、あんたが優しい善人役で懐柔しろ、と目で合図したつもりだった。

 

だが、この朴念仁にそんな繊細な作戦が通じるはずもなかった。

 

「うわ……。おばさん、この子、何日も水浴びしてないみたいだよ」

 

ケイルから漏れたのは、同情ではなく、あまりにも率直で悪意のない感想だった。

 

その言葉が、ウサギ耳の少女の心をへし折る最後の一撃になったらしい。

 

彼女の瞳から、かろうじて保たれていた光が消え、絶望がその顔を覆った。

 

(この、馬鹿正直なクソガキが……!)

 

こめかみに青筋が浮かぶのを感じる。

 

このどうしようもない空気を破ったのは、そんなあたしたちの緊張感などどこ吹く風の、能天気な手下たちの声だった。

 

「リーダー、ひまだお!」

 

「狩り、いい?」

 

シロとクロが、それぞれあたしの服の裾をくい、と引っ張る。

 

その瞳は、退屈で死にそうだ、と雄弁に物語っていた。

 

あたしは頷いて許可を出す。

 

どうせ長期戦になるなら、食料は多い方がいい。

 

「きゃん!」「あうっ!」

 

解き放たれた子犬のように、二人は荒野へと駆け出していく。

 

その姿を、ウサギ耳の少女は、自分たちより明らかに年少に見える子供が何を、とでも言いたげな、困惑とわずかな侮りが混じった目で見送っていた。

 

だが、その侮りは、数分後には驚愕、そして恐怖へと塗り替えられることになる。

 

「クロ、左から来る!」

 

「あうっ!」

 

シロの鋭い指示に、クロが即座に反応する。

 

地面に転がっていた手頃な石ころを、愛用の鉄バットでカキンと小気味よく打った。

 

放たれた石つぶては、草陰から飛び出してきた大型の野犬の足を正確に砕く。

 

キャン、と甲高い悲鳴を上げて野犬が体勢を崩した、その刹那。

 

音もなく駆け寄ったシロの手の中で、解体用ナイフがきらりと閃いた。

 

一瞬の交差。

 

それだけで、先ほどまで猛々しく駆けていた野犬は、声もなく大地に沈んでいた。

 

あまりに手際良く、暴力的でさえある連携。

 

少女の、シロとクロへの侮りは、驚愕、そして恐怖へと変わる。

 

自分たちが命からがら隠れ住むこの土地が、この子供たちにとっては単なる狩り場でしかないという、残酷な事実を突きつけられたのだ。

 

やがて、クロが調子に乗って食べきれないほどの獲物を仕留めたところで、あたしは声をかけた。

 

「クロ! それ、全部あんたの腹に入るのかい?」

 

「あうっ!?」

 

言われて初めて気づいたのか、クロが焦った声を上げる。

 

その姿は年相応で微笑ましいが、足元には血まみれの獲物が山と積まれていた。

 

あたしは手際よく焼かれた肉を手に、ウサギ耳の少女へと歩み寄る。

 

香ばしい匂いが、彼女の腹をぐぅ、と鳴らした。

 

「あたしの質問に正直に答えるなら、この肉をくれてやる。どうする? これが最後の提案だ。断れば……あんたたちがどうなっても、あたしは知らないよ」

 

その言葉と雰囲気は「断れば殺す」という無言の圧力に満ちていた。

 

少女は、目の前の食料と、子供二人に見せつけられた圧倒的な力の差を天秤にかけ、やがてか細い声で、しかしはっきりと降伏を告げた。

 

「……話します」

 

合図と共に、地下の隠れ家から、少女よりさらに幼く、そして一様に衰弱しきった獣人たちが、おずおずと姿を現した。

 

ケイルが同情的な表情を見せるが、あたしはそれを許さない。

 

「逃げるなよ、ケイル。あんたが見つけた穴だ。最後まで付き合ってもらう」

 

ウサギ耳の少女――リナと名乗った――の証言により、彼らが魔族の中でも最下層に位置する「獣人」という種族で、住処を追われてこの地下に隠れ住んでいたことが判明した。

 

皆で黙々と肉を頬張っていると、彼らの住処を物珍しそうに調べていたクロが、目を輝かせて駆け寄ってきた。

 

「姐御! あった! だんじょん! ウサギ耳が住んでた場所、姐御が言ってたのと同じ!」

 

(ほう、やはりそうか)

 

あたしは内心で頷く。

 

この荒野の地下に、忘れられたダンジョンが眠っている。

 

位置は分かっていたが、そこにあるのがダンジョンとはな。

 

「枯れかけのダンジョン、か。浅い層は魔物が枯渇しているが、深層にはまだ魔物がうろついているかもしれないね。そして、そういう場所には大抵……」

 

「財宝!」

 

あたしの言葉に、ケイルが少年らしい憧れの目を輝かせて食いついた。

 

「それと、厄介な魔物だね」と付け足しておく。

 

「姐御! ここ、あたしたちの『縄張り』にする?」

 

クロが、群れの長に領地拡大を促す子犬のように、期待に満ちた目で問いかけてくる。

 

「良い着眼点だ」

 

褒めてやると、クロは誇らしげに胸を張る。

 

シロが少し悔しそうな顔をした。

 

「だが水がない。拠点とするには問題が多い」

 

現実的な課題を突きつけ、浮かれそうな空気を引き締める。

 

あたしは、肉を食べ終えて少しだけ顔色が良くなった獣人たちに向き直った。

 

「さて、あんたたちが本当のことを話したのは分かった。けどあんたたち、ずいぶんと(最初にあたしが約束した分より)多く肉を食べたね? その対価をどう払うんだい?」

 

ケイルがとっさに何か言おうとするが、あたしの冷徹な視線に気圧され、口をつぐんだ。

 

彼自身、この世界で食料がどれほど貴重なものか、身に染みて分かっているはずだ。

 

リナは、自分が奴隷として身売りされることを覚悟したのか、再び顔を青くして震えだした。

 

その絶望的な表情を楽しみながら、あたしは悪女らしい笑みを浮かべる。

 

「なあに、悪いようにはしないさ。あんたたちは家族と離れず、あたしは代金を回収できる。いいやり方があるんだが…聞くかい?」

 

あたしが提案したのは、獣人たちが労働力――すなわち、ダンジョン攻略の支援と拠点設営の手伝い――を提供することで、食料と安全を保証されるという、一方的だが彼らにとっても悪い話ではない契約だった。

 

数日後。

 

ケイルが何度も往復して運んだあたしからの手紙を受け、天使ハネッコが大型の馬車を牽いて荒野にやって来た。

 

もっとも、馬はよぼよぼで、馬車もハネッコ自身も、彼女の念動力によってふわりと浮き、馬にはほとんど負荷がかかっていないようだった。

 

「あなた、今度は何を始めましたの? この穴はなんですの?」

 

ハネッコが呆れた声で尋ねる。

 

彼女の視線の先には、獣人たちがあたしの指揮とケイルの護衛の下、ダンジョンの入り口を掘り広げ、土砂を利用した簡易的な砦と、ケイルが運んできたテントが立ち並ぶ、小さな村が形成されつつある光景が広がっていた。

 

「ちょっとした穴掘りさ」

 

あたしは答える。

 

「死体が金にならない魔物を狩るより、よほど効率的だろう?」

 

ハネッコは計画の全容を聞くと、その悪魔的なまでの合理性に感心したのか、あるいはただ呆れたのか、深いため息をついた。

 

「ウサギ耳の人々に、一方的な搾取ではない報酬を支払うようですし、非難はしませんわ」

 

「そりゃありがたい。……まあ、儲けが出なくても、経験値稼ぎに成功すれば、街の外れに潜り込めるくらいのコネと金は用意してやるさ」

 

あたしは、眼下に広がるダンジョンの入り口を見下ろす。

 

この世界に来てからというもの、常に破滅の運命と戦い続けてきた。

 

だが今、この瞬間、あたしの胸を満たしているのは、不安や恐怖ではない。

 

OL時代の記憶が戻る前も含めても初めてとなる、本格的なダンジョン攻略。

 

未知の魔物、眠れる財宝、そして何より、自分自身の成長に繋がる膨大な経験値。

 

(まあ、こいつらを鍛えて、いずれはあたしの手駒にする布石でもあるんだがね。ボスを倒せば宿無しになるのは確定だ。その後の身柄は、あたしが保証してやろうじゃないか)

 

抑えきれない興奮に、自然と口の端が吊り上がる。

 

あたしは、悪役令嬢らしい獰猛な笑みを浮かべた。

 

「さて、準備は整った。クソゲー知識の本領発揮といくかね!」

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