悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
あたしの目の前で、ウサギによく似た長い耳を持つ少女が、ただただ小刻みに震えている。
栄養失調で土埃に汚れた顔は青ざめ、その瞳には恐怖以外の色が浮かんでいない。
(やれやれ、面倒なことになったね。拷問は汚れるし後始末が面倒だから避けたいが……)
内心で深く、深くため息をつく。あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、こういう膠着状態が何より嫌いだ。ちらりと隣に立つ原作主人公――ケイルに視線を送る。
あたしが悪役を演じるから、あんたが優しい善人役で懐柔しろ、と目で合図したつもりだった。
だが、この朴念仁にそんな繊細な作戦が通じるはずもなかった。
「うわ……。おばさん、この子、何日も水浴びしてないみたいだよ」
ケイルから漏れたのは、同情ではなく、あまりにも率直で悪意のない感想だった。
その言葉が、ウサギ耳の少女の心をへし折る最後の一撃になったらしい。
彼女の瞳から、かろうじて保たれていた光が消え、絶望がその顔を覆った。
(この、馬鹿正直なクソガキが……!)
こめかみに青筋が浮かぶのを感じる。
このどうしようもない空気を破ったのは、そんなあたしたちの緊張感などどこ吹く風の、能天気な手下たちの声だった。
「リーダー、ひまだお!」
「狩り、いい?」
シロとクロが、それぞれあたしの服の裾をくい、と引っ張る。
その瞳は、退屈で死にそうだ、と雄弁に物語っていた。
あたしは頷いて許可を出す。
どうせ長期戦になるなら、食料は多い方がいい。
「きゃん!」「あうっ!」
解き放たれた子犬のように、二人は荒野へと駆け出していく。
その姿を、ウサギ耳の少女は、自分たちより明らかに年少に見える子供が何を、とでも言いたげな、困惑とわずかな侮りが混じった目で見送っていた。
だが、その侮りは、数分後には驚愕、そして恐怖へと塗り替えられることになる。
「クロ、左から来る!」
「あうっ!」
シロの鋭い指示に、クロが即座に反応する。
地面に転がっていた手頃な石ころを、愛用の鉄バットでカキンと小気味よく打った。
放たれた石つぶては、草陰から飛び出してきた大型の野犬の足を正確に砕く。
キャン、と甲高い悲鳴を上げて野犬が体勢を崩した、その刹那。
音もなく駆け寄ったシロの手の中で、解体用ナイフがきらりと閃いた。
一瞬の交差。
それだけで、先ほどまで猛々しく駆けていた野犬は、声もなく大地に沈んでいた。
あまりに手際良く、暴力的でさえある連携。
少女の、シロとクロへの侮りは、驚愕、そして恐怖へと変わる。
自分たちが命からがら隠れ住むこの土地が、この子供たちにとっては単なる狩り場でしかないという、残酷な事実を突きつけられたのだ。
やがて、クロが調子に乗って食べきれないほどの獲物を仕留めたところで、あたしは声をかけた。
「クロ! それ、全部あんたの腹に入るのかい?」
「あうっ!?」
言われて初めて気づいたのか、クロが焦った声を上げる。
その姿は年相応で微笑ましいが、足元には血まみれの獲物が山と積まれていた。
あたしは手際よく焼かれた肉を手に、ウサギ耳の少女へと歩み寄る。
香ばしい匂いが、彼女の腹をぐぅ、と鳴らした。
「あたしの質問に正直に答えるなら、この肉をくれてやる。どうする? これが最後の提案だ。断れば……あんたたちがどうなっても、あたしは知らないよ」
その言葉と雰囲気は「断れば殺す」という無言の圧力に満ちていた。
少女は、目の前の食料と、子供二人に見せつけられた圧倒的な力の差を天秤にかけ、やがてか細い声で、しかしはっきりと降伏を告げた。
「……話します」
合図と共に、地下の隠れ家から、少女よりさらに幼く、そして一様に衰弱しきった獣人たちが、おずおずと姿を現した。
ケイルが同情的な表情を見せるが、あたしはそれを許さない。
「逃げるなよ、ケイル。あんたが見つけた穴だ。最後まで付き合ってもらう」
ウサギ耳の少女――リナと名乗った――の証言により、彼らが魔族の中でも最下層に位置する「獣人」という種族で、住処を追われてこの地下に隠れ住んでいたことが判明した。
皆で黙々と肉を頬張っていると、彼らの住処を物珍しそうに調べていたクロが、目を輝かせて駆け寄ってきた。
「姐御! あった! だんじょん! ウサギ耳が住んでた場所、姐御が言ってたのと同じ!」
(ほう、やはりそうか)
あたしは内心で頷く。
この荒野の地下に、忘れられたダンジョンが眠っている。
位置は分かっていたが、そこにあるのがダンジョンとはな。
「枯れかけのダンジョン、か。浅い層は魔物が枯渇しているが、深層にはまだ魔物がうろついているかもしれないね。そして、そういう場所には大抵……」
「財宝!」
あたしの言葉に、ケイルが少年らしい憧れの目を輝かせて食いついた。
「それと、厄介な魔物だね」と付け足しておく。
「姐御! ここ、あたしたちの『縄張り』にする?」
クロが、群れの長に領地拡大を促す子犬のように、期待に満ちた目で問いかけてくる。
「良い着眼点だ」
褒めてやると、クロは誇らしげに胸を張る。
シロが少し悔しそうな顔をした。
「だが水がない。拠点とするには問題が多い」
現実的な課題を突きつけ、浮かれそうな空気を引き締める。
あたしは、肉を食べ終えて少しだけ顔色が良くなった獣人たちに向き直った。
「さて、あんたたちが本当のことを話したのは分かった。けどあんたたち、ずいぶんと(最初にあたしが約束した分より)多く肉を食べたね? その対価をどう払うんだい?」
ケイルがとっさに何か言おうとするが、あたしの冷徹な視線に気圧され、口をつぐんだ。
彼自身、この世界で食料がどれほど貴重なものか、身に染みて分かっているはずだ。
リナは、自分が奴隷として身売りされることを覚悟したのか、再び顔を青くして震えだした。
その絶望的な表情を楽しみながら、あたしは悪女らしい笑みを浮かべる。
「なあに、悪いようにはしないさ。あんたたちは家族と離れず、あたしは代金を回収できる。いいやり方があるんだが…聞くかい?」
あたしが提案したのは、獣人たちが労働力――すなわち、ダンジョン攻略の支援と拠点設営の手伝い――を提供することで、食料と安全を保証されるという、一方的だが彼らにとっても悪い話ではない契約だった。
数日後。
ケイルが何度も往復して運んだあたしからの手紙を受け、天使ハネッコが大型の馬車を牽いて荒野にやって来た。
もっとも、馬はよぼよぼで、馬車もハネッコ自身も、彼女の念動力によってふわりと浮き、馬にはほとんど負荷がかかっていないようだった。
「あなた、今度は何を始めましたの? この穴はなんですの?」
ハネッコが呆れた声で尋ねる。
彼女の視線の先には、獣人たちがあたしの指揮とケイルの護衛の下、ダンジョンの入り口を掘り広げ、土砂を利用した簡易的な砦と、ケイルが運んできたテントが立ち並ぶ、小さな村が形成されつつある光景が広がっていた。
「ちょっとした穴掘りさ」
あたしは答える。
「死体が金にならない魔物を狩るより、よほど効率的だろう?」
ハネッコは計画の全容を聞くと、その悪魔的なまでの合理性に感心したのか、あるいはただ呆れたのか、深いため息をついた。
「ウサギ耳の人々に、一方的な搾取ではない報酬を支払うようですし、非難はしませんわ」
「そりゃありがたい。……まあ、儲けが出なくても、経験値稼ぎに成功すれば、街の外れに潜り込めるくらいのコネと金は用意してやるさ」
あたしは、眼下に広がるダンジョンの入り口を見下ろす。
この世界に来てからというもの、常に破滅の運命と戦い続けてきた。
だが今、この瞬間、あたしの胸を満たしているのは、不安や恐怖ではない。
OL時代の記憶が戻る前も含めても初めてとなる、本格的なダンジョン攻略。
未知の魔物、眠れる財宝、そして何より、自分自身の成長に繋がる膨大な経験値。
(まあ、こいつらを鍛えて、いずれはあたしの手駒にする布石でもあるんだがね。ボスを倒せば宿無しになるのは確定だ。その後の身柄は、あたしが保証してやろうじゃないか)
抑えきれない興奮に、自然と口の端が吊り上がる。
あたしは、悪役令嬢らしい獰猛な笑みを浮かべた。
「さて、準備は整った。クソゲー知識の本領発揮といくかね!」