悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第45話】荒野の蹂躙者

ダンジョンの中層は、息が詰まるような土の匂いで満ちていた。

 

石畳も、切り出された石壁もない。

 

ただ土を押し固めただけの床と壁、そして天井が、理屈の分からない力でぼんやりと光っているだけだ。

 

その薄暗い光が照らし出すのは、長く、どこまでも続くかのような一本の通路。

 

そして、死闘の跡。

 

「はぁっ、はぁ……っ!」

 

クロの小さな体は、ぬるぬるとした粘液と土埃にまみれていた。

 

荒い息を吐きながら、何度も鉄バットを握り直すが、連戦の疲労は隠せず、その手から愛用の武器が滑り落ちそうになる。

 

目の前には、土色の巨大なイモムシに似た「山芋型魔物」が、ぬらりとした巨体をくねらせていた。

 

見た目に反して恐ろしく素早く、そして重い突進を繰り返してくる。

 

「きゅ、ぅん……っ」

 

鉄バットでなんとか攻撃を受け流すが、子供の体格では衝撃を殺しきれず、骨の芯まで鈍い痛みが響く。

 

思わず情けない鳴き声が漏れた。

 

背後では、相棒のシロも別の個体と交戦している気配がする。

 

援護は期待できない。

 

焦りが、クロの冷静さを奪う。

 

ヤケクソ気味に踏み込み、渾身の力で鉄バットを叩きつけた。

 

だが、魔物の体から飛び散った返り血――粘液が、クロの足元をすくった。

 

「わっ!?」

 

派手に転倒し、完全に無防備な状態を晒す。

 

魔物はその好機を見逃さない。

 

一度目の突進は生身で受け、肺から空気が搾り出される。

 

二度目の攻撃を、かろうじて転がっていた鉄バットで防いだ瞬間、凄まじい衝撃と共に、愛用の武器が闇へと弾き飛ばされた。

 

武器を失い、絶対的な体格差を前にして、クロの心に一瞬、絶望がよぎる。

 

だが、脳裏に浮かんだのは、あたしの群れに加わってからの日々だった。

 

美味しい肉、温かい寝床、そして何より、自分たちの力で困難を乗り越えてきた記憶。

 

群れの一員という誇りと自信が、萎えた心身に火を灯す。

 

「グルルルァァッ!」

 

クロは闘志を絞り出すように、剥き出しの歯で魔物を威嚇した。

 

その、あまりにも無謀な抵抗に、山芋型魔物がとどめを刺そうと身を乗り出した、まさにその時だった。

 

ヒュン、と空気を切り裂く音と共に、通路の奥から影が疾駆した。

 

あたしだ。

 

「――邪魔だよ」

 

クロの目の前を通り過ぎる、ほんの一瞬。

 

あたしの振るった鉄バットが、山芋型魔物に叩き込まれた。

 

クロの渾身の一撃ですら表面を陥没させるのがやっとだった魔物が、まるで内側から爆発したかのように、あるいは水風船が破裂するように、衝撃波を伴って砕け散った。

 

「ぴゃっ!?」

 

飛び散った粘液を頭から浴びたクロが、恐怖ではなく、ただただ情けなさで鳴いた。

 

あたしは意にも介さず通路の端まで止まることなく走り抜けると、即座に反転し、再び通路を逆方向へ疾走する。

 

壁の穴からぬらりと這い出てきた新たな魔物を、速度を乗せた鉄槌で次々と粉砕していく。

 

これはもはや、戦闘ではない。

 

一方的な「掃除」だ。

 

「疲れて集中が続かなくなる前に地上へ戻ってケイルと交代しな」

 

「まだ、やれる!」

 

クロが意地を張る。

 

その横から、ひょっこりとシロが顔を出した。

 

「リーダー、地上の警備しながらご飯食べて良い?」

 

「シロとクロで交代しながらにしなよ」

 

あたしが許可を出すと、クロの犬耳がぴくりと動いた。

 

「地上、もどる!」

 

現金なやつだ。

 

シロが「クロちゃん……」と呆れた声を漏らす中、二人は騒がしく浅層への階段へと向かっていった。

 

(経験値だ。やはり同じ動作で経験値を稼ぐと特定のスキルだけが上がりやすい。スキルではなくクラスかもしれんが、『足』の効率と性能が本当に久しぶりに上がっている気がするよ)

 

通路を往復するだけの単純作業。

 

だが、その反復があたしの根幹を成す力を確実に底上げしていた。

 

実際に、最高速度も加速力も、以前より一割は向上している実感があった。

 

やがて魔物の気配が完全に途絶えた頃、地上からケイルが降りてきた。

 

彼は、床に散らばる魔物の残骸を見るなり、顔を青くした。

 

「おばさん!? 食べれる魔物を土の床にぶちまけちゃっていいの!?」

 

この貧乏性。

 

あたしは通路を往復しながら答える。

 

「原型が残る程度に壊しても、街に運ぶ頃には傷んで買い叩かれちまうよ。それに……まあ、色々あるのさ」

 

「色々って? もったいぶらずに教えてよ」

 

「手下でもない奴に知識を教える訳がないだろうが。あんたはあんたの仕事をしな。剣なら一回斬るだけで殺せるだろ?」

 

あたしたちは手分けして中層を探索し、他に魔物がいないことを確認する。

 

その過程で、床に半ば埋まった二体分の人骨を見つけた。

 

獣人のものだろう。

 

魔物に食われた形跡がないのが、逆に不気味だった。

 

深層へ続く階段を見つけ、あたしはケイルにその場での待機を命じ、一度地上へ戻った。

 

地上のキャンプでは、獣人たちが連日同じ山芋料理を食べさせられ、栄養状態こそ改善しているものの、その顔には疲労と飽きの色が濃く浮かんでいた。

 

「中層の魔物は全滅させた」

 

あたしの言葉に、獣人たちが息を呑む。

 

彼らにとって中層は「死地」そのものだったからだ。

 

その認識を覆したあたしたちへの視線に、畏敬の念が混じり始めた。

 

食料確保のために中層へ向かおうとする彼らを、あたしは手で制した。

 

「骨が二人分あった。心当たりがあるならあんたらが回収して弔ってやりな」

 

「……」

 

「これからは多少はマシな生活になるんだ。あんたたちがどんな文化を持ってるかは知らないが、弔い程度はね」

 

獣人たちは戸惑っていた。

 

過酷な暮らしの中で、死者を弔う余裕などとうに失っていたからだ。

 

だが、やがて長老らしき者が静かに頷くと、彼らは忘れかけていた儀式を思い出すように、仲間を弔うために中層へと向かっていった。

 

弔いが終わるのを待ち、あたしはケイルと再び深層の階段前で合流した。

 

「あれからリポップした魔物は一体か。十体リポップするならこの迷宮を維持しても採算がとれたかもね」

 

「おばさんって、ときどき村長さんのようなこと言うよね」

 

「小僧、ずいぶんと気安い口をきくようになったな」

 

あたしが本気の殺気を向けると、ケイルは慌てて背筋を伸ばした。

 

肩をすくめ、あたしは深層へと続く階段を降りていく。

 

「ボスはどんな魔物かな」

 

「気にするなとは言わんが、地上に戻るための道順を覚えておけ。最悪の場合、倒した直後にダンジョンが崩れ始める」

 

「えっ」

 

(プレイヤーが操作する主人公ならご都合主義で守られるかもしれんが、中身が現地人っぽいこいつがどうなるかは分からない。そして、こいつと行動しているあたしも、ね)

 

ケイルの驚く声を背に、あたしたちは深層へと足を踏み入れた。

 

そこは中層と何ら変わらない、土の洞窟だった。

 

玉座もなければ、財宝の山もない。

 

広間の中心にいたのは、ただ一回り大きいだけの山芋型魔物。

 

それだけだった。

 

「……」

 

ケイルが華々しい戦いを期待していただけに、その落胆は大きいだろう。

 

(油断は禁物だ。いっそここでケイルを後ろから……いや、そんなことをすればハネッコがあたしの思考から読み取り、あたしに敵対するか。ミレットに頼んで誤魔化してもらうのも、弱みを握られるようで危険だ )

 

「ままならないねぇ」

 

あたしの呟きの意図を、ケイルは理解できない。

 

「こいつはあんたに譲るよ。せいぜい強くなりな」

 

あたしの「走って攻撃」が使いにくいこの閉所では、剣士であるケイルの方が有利だ。

 

彼は未熟さを残しながらも、鮮やかな剣技でボスを両断した。

 

ボスが光の粒子となって消えると、その場にはぽつんと、質素な木箱が残された。

 

中身は、小さな瓶に入った赤い液体が一つ。

 

「最下級ポーションか?」

 

原作ゲームで見たアイテム画像を思い出す。

 

「それって?」

 

「切り傷が治る程度の奴だ。パーティーに駆け出しのヒーラーがいるなら不要……っと、急いで戻るぞ!」

 

あたしの言葉の途中で、ダンジョン全体がぐらりと揺れた。天井から土砂がぱらぱらと落ち始める。

 

「えっ!?」

 

「言っただろうが!」

 

あたしたちは全力で来た道を引き返した。

 

浅層に戻る頃には、壁のあちこちに大きな亀裂が走っている。

 

地上へ飛び出した数分後。

 

轟音と共に、あたしたちがいた場所が大規模な陥没を起こした。

 

もうもうと立ち上る土煙を見つめ、あたしは呟く。

 

「あたしの耐久力があっても、埋まれば息が続かず終わりだね」

 

その、安堵ともつかない息を吐いた瞬間だった。

 

シロとクロが、同時に鋭い警告の鳴き声を上げた。

 

見れば、地平線の彼方から、土煙を上げてこちらへ向かってくる集団がいる。

 

その数、およそ五十。緑色の肌、粗末な棍棒、そして何より、飢えと暴力性に満ちた目。

 

ゴブリンの群れだ。

 

その姿を認めた瞬間、獣人たちの顔から血の気が引いた。

 

彼らは知っているのだ。

 

ゴブリンに捕らわれた者の末路を。

 

(原作開始時点では、ゴブリンどもがウサギどもを追い払うか食っちまって、山芋型魔物を食いながら数を増やしたんだろうね)

 

言葉が通じる相手にはまず話しかけるのがあたしの方針だが、ゴブリンは例外だ。

 

奴らから停戦の呼びかけがない限り、問答無用で殺す。

 

「おばさん、どうしよう」

 

ケイルが獣人たちを守るように剣を構える。

 

勝てるとは思っているだろうが、全員を守り抜くのは難しいと判断している顔だ。

 

あたしは、その横を通り過ぎ、ゴブリンの群れに向かって一人歩き出す。

 

そして、不敵に笑った。

 

「ボスはあんたに譲ったんだ。ゴブリンどもはあたしが貰うよ。シロとクロは荷物を防衛しながら、あたしの背後に近寄るゴブリンを狙え。もっとも、あたしの背中に触れさせるつもりはないがな!」

 

あたしは地を蹴った。

 

障害物のない荒野は、あたしのための舞台だ。

 

ぐんぐんと加速していく体が生み出す熱を感じながら、内心でほくそ笑む。

 

(エネルギーは速度の二乗だったか? あたしとゴブリンで、本当にそうなるか実験してやろうじゃないか)

 

迫りくるゴブリンの群れを前に、あたしは獰猛な、悪役令嬢らしい歓喜に満ちた笑みを浮かべ、走りながら鉄バットを大きく振りかぶった。

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