悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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金色の枷と悪意の迷宮
【第48話】悪女の交渉術と、金色の枷


活気と緊張が入り混じる鍛冶親方の工房前。

 

つい先ほどまでワイバーン討伐の凱旋ムードに沸いていたはずのその場所は、今や一触即発の空気に満ちていた。

 

武装した職人たちと、噂を聞きつけて集まってきた冒険者たちが、互いに険しい表情で睨み合っている。

 

冒険者たちの間には、ギルドから流されたのであろう「職人連合がワイバーンの素材を不当に買い叩こうとしている」という不信感が渦巻いていた。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスが到着したのは、喧嘩か殺し合いが始まるぎりぎりのタイミングだった。

 

「……ふん」

 

あたしはむさ苦しい男どもを腕組みしながら眺め、小さく鼻を鳴らした。

 

(血の気が多い連中の集まりのくせに、まだ誰も剣も拳も抜いていないとは。ずいぶんと上品な奴らじゃないか)

 

皮肉ではない。

 

この野蛮な世界において、明確な敵意を向けられながらも、まず対話(あるいは威嚇)から入ろうとするその自制心は、あたしの基準では十分に評価に値した。

 

その冷静さが、敵意を向けてくる冒険者たちの気勢をわずかに削いでいるようにも見えた。

 

その、張り詰めた糸のような均衡を破るように、冒険者たちの人垣を割って、見覚えのあるギルド職員が神妙な顔つきで進み出てきた。

 

「皆さん、どうか落ち着いてください! 話し合えばきっと分かります!」

 

いかにも中立です、と言わんばかりのその態度に、あたしの口元が皮肉に歪む。

 

(どの口が言うんだか。こいつが焚きつけた張本人だろうに)

 

原作のギルド嬢のような愛嬌も顔の良さもない。

 

これならいけるね。

 

「つまりあんたたち冒険者ギルドの監督不行き届きってわけだ」

 

あたしが静かに、しかしはっきりとそう告げると、職員の顔が一瞬引きつった。

 

「そ、そのようなことは……」

 

「あたしの言葉が理解できないのかい? じゃあ馬鹿でも分かる言葉で言うよ」

 

あたしは、それまでの比較的礼儀正しい態度をかなぐり捨て、隠す気もない悪意をその声に乗せた。

 

「お前らがけしかけたんだろ。喧嘩を売ってきたお前らが仲介者づらして顔を突っ込んでくるなんて、恥ってものを知らないらしいね」

 

凍り付く職員を尻目に、あたしは今度は冒険者たちへと向き直り、一転して気遣うような表情を作ってみせる。

 

「あんたたち、危なかったよ。鍛冶で武器作ってる職人連中は、筋肉も武器もでかいのを持ってるんだ。喧嘩でも戦闘でも確実に血は流れたし、血が流れたらでかい恨みになってこの街じゃ職人相手に商売できなくなったかもしれないよ」

 

冒険者たちのプライドを刺激せず、ただ事実として、職人との敵対がいかに高くつくかを諭す。

 

効果はてきめんだった。

 

数人が気まずそうに視線を逸らし、全体の敵意が明らかに和らいだ。

 

「セレスティア殿は俺たちの味方だ!」

 

「そうだそうだ!」

 

今度は職人の一部が、あたしが自分たちの側に立ったと勘違いして勢いづく。

 

やれやれ、どいつもこいつも単純で助かるよ。

 

「リック」

 

「へい、姐御。抑えておきます」

 

あたしの短い呼びかけに、リックが心得たとばかりに動いた。

 

彼は「まあまあ、ここはひとつ」と穏やかな態度で、しかし冒険者生活と鍛冶修行で鍛え抜かれた腕力で、はしゃごうとする職人たちを物理的に抑え込む。

 

さすがは元銀札冒険者であり、この工房の跡取り息子だ。

 

実に頼もしい。

 

一連の流れを、あたしの背後で金札冒険者が満足そうに何度も頷きながら見守っている。

 

ケイルは、あたしの「仲裁」の手際に見惚れているのか、興味津々といった顔だ。

 

まったく、良い見世物じゃないんだがね。

 

その時、ほうほうの体でその場を離れていたギルド職員が、壮年の男を一人連れて戻ってきた。

 

その男の纏う雰囲気は、ただの職員とは明らかに違う。

 

おそらく、この都市の冒険者ギルドを束ねるギルド長だろう。

 

貴族ではないかもしれないが、相応の権力を持っている顔だ。

 

ギルド長が、威圧的にあたしに何かを言おうと口を開いた。

 

その、まさに刹那。

 

「おお、これはギルド長殿。セレスティア殿の金札昇格試験の話かな。このときを心待ちにしていたよ」

 

金札冒険者が、全ての声を遮るように、快活に、しかし有無を言わせぬ響きで言った。

 

穏やかな口調だが、その実力を知る者にとっては脅し以外の何物でもない。

 

ギルド長の顔が、苦々しく歪んだ。

 

彼は金札冒険者を無視するわけにもいかず、あたしの言葉を待つしかない。

 

「ワイバーンの死体の権利は、あたしを含めた三人にある」

 

金札冒険者が作った機会を逃さず、あたしは交渉の主導権を握る。

 

「一番取り分が大きいお人は目立ちたくないようでね。ああ、冒険者なのはあたしとケイルだけだ。相場より高く買えとは言わないが、配慮した方がいいと思うよ」

 

(ハネッコに関わり過ぎると、教会だけでなく、他の天使や最悪の場合は神格とかそういうのが介入してくるかもしれない。ギルドごときが手を出せる相手じゃないんだよ)

 

あたしの言葉に含まれた暗黙の脅しを正確に感じ取ったのだろう。ギルド長は押し黙った。

 

結局、騒ぎを聞きつけてやって来た有力な親方の一人に、「金札が介入しているならギルドも強硬な手段は使えない。ここで話をまとめた方がいいと思うよ」と囁いて交渉を引き継がせ、あたしは面倒な責任からするりと逃れた。

 

話がまとまった後、あたしとケイル、そして金札冒険者は、ギルド長に促されるまま冒険者ギルドの会議室へと通された。

 

重々しい扉が閉ざされた部屋で、ギルド長は忌々しげに、あたしの金札昇格試験について口火を切った。

 

提示された内容は、高難易度で知られるが、攻略しても実入りが少ないことで有名なダンジョンの単独攻略。

 

古びた地図には、曖昧な線が引かれているだけだった。

 

(あたしに死んで欲しい、か。分かりやすいね)

 

「金札になるための試験は毎回こんな感じなのか?」

 

あたしの問いに、金札冒険者はただ曖昧に微笑むだけだ。

 

(今回断っても、次がまともな試験である保証はない。ギルドへの威嚇にもなるこの金札がいる間に、さっさと金札になっておくのが一番マシな選択か)

 

あたしは内心で舌打ちし、試験を受けることを承諾した。

 

ただし、ただでは受けない。

 

そのダンジョンに関してギルドが持つ全ての情報を、ありとあらゆる難癖をつけて、根こそぎ引きずり出してやった。

 

ギルドの建物から出ると、いつの間にか夕暮れが迫っていた。

 

ケイルと金札冒険者が、まだ当然のようにあたしの後ろをついてくる。

 

「ケイルはあんたの弟子であってあたしにゃ関係ない。そろそろ引き取ってくれないかね!」

 

「はっはっは、これほどの講義を間近で見ることができるのにか? そう怖い顔をしないでくれ。セレスティア殿のような信用できる冒険者が同僚になってくれると実に……助かるのだ」

 

金札冒険者はそう言うと、一瞬だけ、遠い目をした。

 

その表情には、演技とは思えないほどの疲労が滲んでいる。

 

どうやら彼が受けていた金札級の依頼は、相当に過酷なものだったらしい。

 

(あたしを利用するための演技か? それにしては真に迫りすぎている。まあいい。今回、この男がいたからギルドが無茶を言わなかったのは事実だ)

 

「……今回は助かったからね。今日中ならこれ以上文句は言わないよ」

 

あたしがそう言うと、金札冒険者は「それは良かった!」と心底嬉しそうに笑った。

 

皮なめし職人の工房近くで、シロとクロ、そして獣人たちと合流する。

 

工房周辺は街の兵士が警備を固め、物々しい雰囲気だった。

 

ワイバーンの死体は、どうやら解体せずに剥製にして高位の貴族か王族に贈られることになったらしい。

 

仕事がなくなった獣人たちは、身を寄せ合って所在なげにしていた。

 

「めし、きょうのぶん、かくほ!」

 

「テントに使える布と木を買った、よ!」

 

シロとクロが、今日の成果を誇らしげに報告してくる。

 

職人の奥さんに聞けば、獣人たちも慣れない仕事によく励んでいたという。

 

「よくやった」

 

あたしは二人を労い、一行を連れて都市の外縁部へと向かった。

 

そこはスラムというほどではないが、あたしの家(現在修復工事中)がある地区よりは、明らかに貧しい空気が漂っている。

 

「おばさん、この人たちをダンジョンに連れて行っても……」

 

ケイルが、獣人たちの行く末を案じて口を開く。

 

「肉盾や囮にして使い潰すっていいたいのかい?」

 

獣人たちがびくりと怯える。

 

「やるとしても最後の最後だ。衣食住と装備を与え、訓練まで施した手駒を、そんな勿体ない使い方で消耗させる趣味はないさ」

 

あたしは、眼下に広がる街の雑踏を見下ろしながら言った。

 

「理想は、ダンジョンを資源と金に変えてしまうことだ」

 

この現実とあのクソゲーがどこまで一致しているのかは分からない。

 

確かなのは、OL時代とは別の現実を生きていると言うことだ。

 

「あたしも魔物相手の戦いなら自信はあるがね、ダンジョンという『地形』と正面から戦うのは悪夢だよ。考えてもみな。足場が不安定な場所で宙に浮く魔物と戦ったり、毒がばらまかれた場所で毒が効かない魔物と戦うことになれば、勝っても負けても一戦でこっちもぼろぼろだ」

 

野望と、それに見合うだけの冷静なリスク計算。

 

野望は抱いているが、ダンジョンの危険性を甘くみることは絶対にない。

 

それが、あたしのやり方だ。

 

危険な昇格試験。

 

そして、ダンジョンからの資源略奪計画。

 

次から次へと湧いて出る厄介事を前に、あたしは獰猛な、悪役令嬢らしい不敵な笑みを浮かべた。

 

「さて、まずはあのクソみたいな試験をさっさと終わらせて、金色の札を手に入れるとしようじゃないか」

 

あたしの新たな戦いは、もう始まっている。

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