悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第49話】戦支度と、二つの覚醒

ざらりとしたシーツの感触で、あたし――セレスティア・フォン・ヴァイスは意識の底から浮上した。

 

見慣れた我が家の天井ではない。

 

飾り気はないが、妙に堅牢な造りの梁。

 

宿の一室だ。

 

自宅がゲオルグの奴に半焼させられて以来、ここを仮の拠点としている。

 

寝床も食事も平凡の域を出ないが、余計な詮索をしてこないことと、セキュリティだけは無駄に高いのが取り柄だった。

 

(ワイバーンの死体の権利は莫大な富を生む。あたしの取り分は四分の一とはいえ、ハイエナどもが嗅ぎつけてくるには十分すぎる額だ。金札昇格試験が終わるまでは、面倒事は避けたいからね)

 

ちなみに残りの四分の三は、功績第一位のくせに目立ちたくない天使様が二分の一、原作主人公のケイルが四分の一という内訳だ。

 

考えただけで頭が痛い。

 

隣のベッドから、くぐもった声が聞こえてきた。

 

「そっち……たちいり……だめだお……」

 

「おすわりっ……おてっ……よし、にく……」

 

シロとクロの寝言だ。

 

どうやら夢の中でも、獣人たちの教育係として奮闘しているらしい。

 

あたしは思わず口の端を上げた。

 

戦闘力だけでなく、集団を率いる中間管理職としての才能まで開花させつつあるとは。

 

(まったく、優秀な手駒だよ。こいつらへの投資は惜しまないさ)

 

あたしは静かにベッドを抜け出すと、宿の厨房へと向かった。

 

自分の分の食事は立ったまま大急ぎで胃に詰め込み、シロとクロのためには肉を多めに、野菜もいくらか乗せた盆を受け取って部屋に戻る。

 

「シロ、クロ、起きな」

 

あえて、冒険中のように低く、厳しい声をかける。

 

その一言で、二人の意識は眠りの底から一気に戦闘モードへと切り替わった。

 

がばりと飛び起き、あたしの姿と盆の上の朝食を認めると、ピンと立っていた犬耳が途端にへにゃりとなる。

 

まったく、現金なやつらだ。

 

「あんたたちが頑張っているのは分かっているが、状況が変わった。獣人どもを早期に戦力化して、ダンジョン攻略に連れて行く。ああ、食事は始めていい。本当に時間がないんだ」

 

シロとクロは、まだ眠気の残る頭でこくこくと頷くと、目の前の朝食に勢いよくかじりついた。

 

その旺盛な食欲は見ていて清々しいほどだ。

 

「獣人どもはあんたたちの手下だ。そのことを頭に叩き込んだ上で聞きな」

 

口の中に食べ物を目一杯詰め込んだまま、二人は再び頷く。

 

「最低限必要なことだけ言うから、しっかり覚えな。一つ目、『ついて来い』と『余計なことはするな』。この二つの命令を絶対に守らせることだ。攻略中に勝手な真似をされて計画が狂えば、あたしが社会的か生物的に死ぬ」

 

「二つ目。一日中走れて、戦闘に巻き込まれても逃げ切れるだけの体力を付けさせる。クロ、ただ走らせるだけじゃないぞ。走らせて、栄養のあるものを食わせて、しっかり休ませる。それが一番効率がいいんだ」

 

クロとシロは、その理屈が本当かどうかは分からないが、あたしが言うのだからそうなのだろう、と素直に納得した顔をしている。

 

「あとは装備だが……あんたたち、獣人の装備についてもう決めてるかい?」

 

「あっ」

 

クロは全く考えていなかったらしい。

 

綺麗に目を逸らした。

 

一方、シロは少し考えてから口を開く。

 

「リックさんに、相談?」

 

「こーはい(ケイルのこと)に、きく!」

 

「ケイルはやめておけ」

 

一瞬だけ真顔でクロを制すると、クロは「あう…」と不満げながらも引き下がった。

 

どうしてあたしがそんな反応をしたかまでは理解できていない顔だ。

 

「シロ、リックに聞くのは良い判断だ」

 

褒めると、シロは少し照れたように俯いた。

 

「食い終わり次第出かけるよ。クロは獣人どもの面倒を見ろ。シロはあたしと工房へ行くぞ。あたしの用件は鍛冶親方だからな。シロは一人でリック相手に交渉をがんばりな」

 

クロは頭を使う役目から解放されてほっとした顔をし、シロは緊張と期待が入り混じった表情で、こくりと頷いた。

 

鍛冶親方の工房に到着すると、リックが威勢のいい声で出迎えてくれた。

 

「姐御! シロちゃんも! いらっしゃい!」

 

「そういえば、最近親方の顔を見ていない気がするね」

 

「親父が聞いたら落ち込みますよ」

 

「冗談だ。半分くらいはな。手が離せない用件でもあったのかい?」

 

「希少鉱石の関係っす」

 

リックは声を潜めて言った。

 

「なるほどな。私は職人でも学者でもないが、前例のないことをするのが大変だというのは分かるつもりだ」

 

「親父も同じこと言ってました。……あの、もしかして、姐御と親父って、できてたりするんすか?」

 

リックは後半、恐る恐るという体で尋ねてきた。

 

あたしは本心から呆れ、こめかみを押さえる。

 

「あたしは貴族になるつもりだからね。次代以降のことを考えて男を選ぶことになるだろうよ」

 

「お、おお……さすが姐御」

 

あたしが権力欲と金銭欲の塊だとでも言いたげに、リックは感心している。

 

その時、工房の奥から、やつれた姿の鍛冶親方がぬっと現れた。

 

「何をやっとるんだ」

 

ひどく疲れている。

 

だが、その瞳の奥にはギラギラとした異様な熱が宿っていた。

 

何かを成し遂げた者の目だ。

 

あたしとリックが話し込んでいる間に、シロはとっくにリリに挨拶を済ませ、親方のために飲み物や軽食の準備を手伝っていた。

 

「セレスティア殿。今、時間はあるか」

 

「大事な話のようだね」

 

あたしはシロに「手伝いが終わり次第、リックに相談するように」と目配せし、リリとシロから軽食と水を受け取った親方に続いて、彼専用の工房の中へと入った。

 

中は驚くほど清潔で、どこか寒々しい印象すら受ける。

 

その中心の台座に、鈍色に光る一つのインゴットが置かれていた。

 

魔法的な才能など皆無のあたしでも、その金属塊が放つただならぬ気配は感じ取れた。

 

「セレスティア殿も分かるか」

 

親方は、あたしの反応を見て安堵したように言った。

 

「セレスティア殿は魔法の才能はないのだったな?」

 

「答えにくいことを聞くね」

 

言葉では肯定しないが、態度で肯定する。

 

「あの『角』を持っていても平然としていたからな。……このインゴットが、希少金属を使った合金の試作品だ」

 

「独特の存在感があるのは分かるが、あたしは専門外だよ」

 

「だが買うだろう?」

 

「あたしが納得する性能と値段の装備ならね」

 

「よし」

 

親方は満足げに頷くと、言った。

 

「鉄杖(鉄バットのこと)を渡してくれ」

 

「今週中にはダンジョン攻略に出発するつもりなんだがね」

 

「単純な武器だ。時間はそうかからん」

 

(そりゃそうだろうが、面と向かって言われると腹が立つね)

 

あたしは無言で愛用の鉄バットを渡す。

 

親方はそれを手慣れた様子で分解し、中から呪いを帯びた『角』の芯を取り出した。

 

その際、親方の顔がわずかに歪む。

 

彼には、この呪いの気配がはっきりと感じられるのだろう。

 

(いよいよゲーム終盤用の武器か? だが、そんな代物、今のあたしの全財産を投げ打っても買えやしないが)

 

「分割払いで構わない。ただし、定期的にここに持ち込み、性能データをとってもらう。その協力費込みの値段だ」

 

親方が提示した金額は、あたしの予想より三割は低い。

 

どうやらこの武器には、他の終盤装備のような派手な特殊能力はないらしい。

 

「あたしは人体実験のネズミ兼、性能評価のテスターかい?」

 

「信用しているからお願いしている」

 

一分近く悩んだ末に、あたしは頷いた。

 

鍛冶親方は何故か「しまった」という顔をしている。

 

「……値下げするか?」

 

「念のために聞くが、ワイバーンの件は知ってるかい? ああ、知らないならリリに聞いとくれ」

 

「ああ、そういう……分かった」

 

親方は、あたしが差し出した軽食を詰め込むように口に入れると、ふらつきながらも再び工房の奥へと消えていった。

 

「職人気質か、研究者気質か。よく分からないね」

 

あたしは工房の中の物には一切触れず、親方に鍵を閉めるよう促してから外へ出た。

 

外では、シロとリックが、獣人たちに支給する武器と防具の設計図を前に、ああでもないこうでもないと熱心に議論を交わしていた。

 

予備の武器をリックから借り、あたしはミレットの美容院へと向かった。

 

店の扉を開けると、翼の透明化を解いたハネッコが、大きな翼の手入れを受けている最中だった。

 

店主のミレットは、その神々しくも扱いにくい翼を前に、冷や汗をかきながら施術している。

 

「今日は予約だけかい?」

 

「そうですね……。ハネッコ様の翼は、大きい上に複雑ですし」

 

「暇なら話をしませんか」

 

ハネッコの声には、どこか元気がない。

 

「あたしが暇な訳が……まあいい」

 

悪態をつきつつ、あたしは待合席のソファーに腰を下ろした。

 

「悩み事があるなら言ってみな。あたしは聞き流すが、話しているうちに何か思い浮かぶかもしれないよ」

 

ミレットが、あたしの失礼な物言いに慌てている。

 

だがハネッコは、あたしの雑だが悪意のない態度に、むしろ少しほっとした様子を見せた。

 

「私が地上に来た理由は……」

 

「帰っていいかい?」

 

あたしは露骨に「面倒事に巻き込まれたくない」という思考を垂れ流す。

 

(どうせ、治療用の魔法が苦手で周囲から馬鹿にされたとか、そんなところだろう)

 

ハネッコはあたしの思考を正確に読み取り、自分の悩みが急に陳腐なものに思えたのか、くすりと小さく笑った。

 

あたしは無意識に考えていた。

 

(こいつは、あたしが概略しか知らない『外科手術』なんて知識ですら、自分の力でものにしたんだ。その気になれば、念動力で人体を3Dプリントし始めても驚かないね、あたしは)

 

その思考を読み取ったのだろう。

 

ハネッコの瞳に、はっとしたような光が宿った。

 

自分自身ですら気づいていなかった可能性の大きさを、あたしの思考を通して垣間見たのかもしれない。

 

やがて彼女は、背筋を伸ばし、深く、深く頭を下げた。

 

「しばらくこの街に留まります。その間、よろしくお願いいたします」

 

「……お手柔らかに頼むよ」

 

二人の間に、奇妙な共犯関係にも似た空気が流れた。

 

それから、約一週間後。

 

都市の門前に、あたしの一団はいた。

 

あたしの手には、鍛冶親方が新造した、見た目は変わらないが、ずしりと重く、禍々しいオーラを放つ新しい鉄バットが握られている。

 

獣人たちは、リックとシロが考案した廉価版の革製作業着、杖にも棍棒にもなる二メートルの棒、薄い鉄製陣笠、そしてこれだけは金のかかった安全靴で装備を統一していた。

 

彼らはもはや難民ではなく、一個の「部隊」だった。

 

荷車も、無理が利くように頑丈な新品に新調済みだ。

 

全ての準備は整った。

 

あたしは、金札昇格試験の待つ荒野を見据え、静かに、しかし力強く号令をかけた。

 

「行くよ」

 

新たな戦いの始まりだった。

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