悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第50話】荒野の洗礼と、霊廟の罠

陽炎が揺らめく広大な荒野。

 

遮るもののない空から照りつける太陽が、あたしたちの頼りない影を赤茶けた大地に焼き付けていた。

 

金札昇格試験の対象であるダンジョンへ向かう道中だったが、あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスが足を止めたのは、目的地とは似ても似つかぬ、か細い川が流れる場所だった。

 

「え……? ここ、ですか?」

 

ウサギの耳を持つ獣人のリーダー、リナが困惑の声を上げる。

 

彼女たちを率いてここまで歩き続けたのは、忘れられたダンジョンを拠点にすると聞かされていたからだ。

 

長旅の疲労は、彼らから規律という薄皮を剥ぎ取り、もはや部隊というよりは、ただ疲れ果てた子供たちの集団に近い有様だった。

 

「姐御が止まったんだ! 何かあるに決まってる!」

 

「でも、ダンジョンはどこ……?」

 

獣人たちがざわめき始める。

 

その、まとまりのない集団の前に、一人の小さな影が進み出た。

 

「うるさい!」

 

クロだ。

 

その黒い犬耳をぴんと立て、腰に手を当てて仁王立ちになる。

 

「リーダーのすること、いちいち口出し、するな! 黙って、命令、待つ!」

 

その声には、子供とは思えぬ威厳が宿っていた。獣人たちは、自分たちより遥かに幼い少女の気迫に押され、言葉を失う。

 

(ほお、様になってきたじゃないか)

 

あたしは内心で感心する。

 

クロは、あたしがかつて言った「不要な暴力は損になる」という教えを自分なりに解釈し、実践しているようだった。

 

物理的な脅しではなく、群れの中での序列を理解させ、従わせる。

 

良い傾向だ。

 

あたしは「一週間程度の鍛錬ではこの程度か」と内心で冷静に分析しつつ、シロとクロに小休止を命じた。

 

休憩が始まると、あたしは荷物から新しい鉄バットを取り出した。

 

鍛冶親方が、あの忌々しい『角』と希少鉱石を使って打ち直した、あたしだけの新たな武器だ。

 

それを手に取った瞬間、あたしの昂ぶる戦意に呼応するかのように、武器から禍々しい気配が漏れ出した。

 

獣人たちは本能的な恐怖に震えるが、その発生源があたしだとは気づかない。

 

ただ二人、シロとクロだけが、あたしの新たな力の覚醒を予感し、緊張と期待の入り混じった表情で見つめていた。

 

「初使用が魚獲りになるとはね。まあ、あたしらしいといえばあたしらしいか」

 

自嘲気味に呟き、あたしは軽く助走をつけ、カンストした耐久力に比例する『足』を全開にする。

 

最高速に達したところで、川辺に鎮座する巨大な岩に、新しい鉄バットを振り下ろした。

 

ゴッ!

 

鈍い音。

 

予想していた、岩が砕け散る轟音も、川面を揺るがす衝撃波も起こらない。

 

あたしが攻撃した場所を確認すると、岩は砕けるのではなく、あたしの鉄バットが振り下ろされた形で、まるで熱した鉄を粘土に押し付けたかのように、滑らかに抉れていた。

 

「リーダー、いきなり強くなったお!」

 

駆け寄ってきたシロが、尊敬の眼差しを向ける。

 

「おさかな、とれない!?」

 

一方のクロは、期待していた食料が手に入らないことに、この世の終わりのような顔をしていた。

 

「街では本気を出せなかったから、こうなるのに気付いたのは今だよ」

 

あたしは小声で二人に告げる。

 

「得物の性質が変わったら使い方も変わるんだよ」

 

武器の性質が「広範囲の破壊」から「一点集中の貫通」に変化した。

 

総合的な性能は今の方が確実に強いが、魚獲りには向いていない。

 

クロは「つよいの、いいこと!」とすぐに立ち直り、さすが姐御、とでも言いたげに目を輝かせた。

 

まだ正午にもなっていないが、あたしはその場での野営を宣言した。

 

「今日はここで野営する。シロは周辺の警戒。クロはウサギ耳たちをつれて魚取りと水汲みだ。樽は持ってこさせているね?」

 

「あう! 量、たっぷり、でも、がんじょうさ、すこし、たりない!」

 

「そのあたりのことは成功と失敗を繰り返して覚えていけばいいさ」

 

クロが真面目に任務に取り組んでいることを知り、あたしは少しだけ満足する。

 

「その後は食事で、その次にテントを張って、二班に分かれて警戒と仮眠の繰り返しだ」

 

「リーダーは?」

 

「全力で街まで往復して物資を運ぶ。最初にスコップを運んで来るから、獣避けの掘も掘らせるんだよ」

 

「……がんばる!」

 

「おう、がんばってがんばらせな」

 

あたしは二人の革製の帽子を被った頭を優しくぽんぽんと触れると、シロとクロは嬉しそうにそれぞれの持ち場へと散っていった。

 

日没間際。

 

特大の背負い袋を担いだあたしは、数度目の往復を終えて野営地に戻った。

 

荷車を使わないのは、この道なき荒野では一往復ももたずに修理が必要になる可能性が高いからだ。

 

「シロ! ここの水で腹を壊した奴はいるか」

 

「まだいないお。疲れが出ているのが1人。そいつはテントで休ませてる、よ」

 

「よし! 飲用水を街から持ってくるなんて苦行はなしでいけるね」

 

獣人たちは慣れない穴掘りで疲労困憊だが、自分たちで獲った魚を腹一杯食べられるという経験に、その瞳にはかすかな活力が戻っていた。

 

「あねごー」

 

仮眠中だったクロが、あたしの気配に気づいてテントから出てくる。

 

少し寝ぼけているのか、あたしの正面から抱きついてきて、腹に顔をこすりつけた。

 

「あんたたちも、銀札になるまでには寝ずに数日活動できるだけの体力をつけるんだよ。ああ、別に今すぐじゃない。あたしの手下なんだから、死ななきゃそのうちそうなるってことさ」

 

その言葉に、シロとクロは、あたしの味より体力増強を優先する食事を思い出し、「それはやだなぁ」と内心で顔を見合わせている気配がした。

 

翌朝。

 

あたしは獣人たちとクロに拠点の防衛を命じ、シロだけを背負ってダンジョンへと出発した。

 

「全員でいかないお?」

 

「鍛え方が足りない奴等を初めて行くダンジョンへ連れて行っても死なせるだけさ。奴等の出番はもう少し後だ」

 

背中で、シロが主を独り占めできて嬉しそうな気配がした。

 

やがて、目的地である霊廟らしき建物が見えてくる。

 

崩れかけ、風格もなく、ただ「せせこましい悪意が滲み出ている」としか言いようのない不気味な建造物だった。

 

「シロ、これを」

 

あたしは清潔な布を渡し、ギルドの記録から推測される粉塵対策として、互いに口と鼻を覆う。

 

「息はし辛くなるが、あたしがいいと言うまで外すなよ」

 

ダンジョンに足を踏み入れた瞬間、死角に潜んでいた大量のスケルトンが襲いかかってきた。

 

シロの解体用ナイフでは骨の敵にあまり効果がない。

 

だが、あたしの新しい鉄バットは違った。

 

勢いを乗せた攻撃の半分以下の威力ではあるが、雑魚のアンデッド相手には十分すぎる。

 

鉄塊がスケルトンの骨を的確に砕き、無双する。

 

その、まさに乱戦の最中だった。

 

ダンジョンの罠が発動し、スケルトンを巻き込む形で、巨大な石造りの吊り天井が頭上から落下してくる。

 

「シロ、後退!!」

 

有無を言わさぬ命令に、シロは考えるよりも早くダンジョンの入り口から脱出した。

 

吊り天井とあたしが激突するのを目の当たりにし、シロが悲痛な叫びをあげる。

 

激突の瞬間、あたしは天に向かって鉄バットを突き出した姿勢をとった。

 

轟音。

 

原作ゲーム終盤でも通用するかもしれないこの武器が、分厚い石の天井を貫き、粉砕する。

 

発生した大量の瓦礫は、あたしの体に当たって弾かれ、床に転がっていった。

 

「口と鼻を覆って正解だったね」

 

粉塵に塗れたあたしに、自分も汚れるのも構わず、シロが泣きながら抱きついてくる。

 

あたしはその背をなでて慰めてやりながら、内心で判断を下す。

 

「このダンジョン、予想以上に厳しそうだ」

 

あたしは、散らばったスケルトンの残骸を何気なく検分する。

 

その中に、これまでダンジョン内で見つかったものとは明らかに違う、新しい人骨が混じっていることに気づいた。

 

そして、その骨には、まるで魔術的な儀式で刻まれたかのような、奇妙な紋様がびっしりと彫り込まれていた。

 

「なんだこれは? ゲームにこんなものがあったか?」

 

クソゲー知識が通用しない、未知の脅威。

 

ダンジョンの深奥に潜むネクロマンサーや高位のアンデッドなんてのは、あのゲームがやりそうな「お約束」だ。

 

あたしは鉄バットの握り心地を楽しみながら、口の端に獰猛な笑みを浮かべた。

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