悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
ざらり、とした冷たい空気が肌を刺す。
あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、背後に庇うように連れてきたシロを一度だけ振り返り、再び目の前の不気味な霊廟へと視線を戻した。
金札昇格試験の舞台となるダンジョン。
その入り口は、まるで巨大な獣が口を開けているかのように、ぽっかりと暗い闇をのぞかせている。
一歩足を踏み出すと、ひやりとした空気がまとわりつき、あたしたちの足音だけが不気味に反響した。
「ひっ……!」
隣で、シロが小さく息を呑む。
前回、あたしが吊り天井に押し潰されかけた光景が、トラウマのように蘇っているのだろう。
だが、彼女は震える足を叱咤するように一歩踏み出し、あたしの隣に並んだ。
その瞳には、恐怖を乗り越えようとする強い意志が宿っている。
(VRゲームじゃなかったから、罠の設置パターンなんて身体で覚えてるわけじゃないんだよ)
前世の知識は万能ではない。
この世界の理不尽さを、あたしは何度も肌で感じてきた。
だが、それがどうしたというのだ。
「ハネッコ並みの頭脳はないが、あたしにはあたしのやり方がある」
口の端を吊り上げ、あたしは新たな相棒――希少鉱石で鍛え直された鉄バットを握りしめた。
攻略法がないなら、作ればいい。
あたしは通路を進む前に、手にした鉄バットで、手当たり次第に床を叩きつけ始めた。
ゴッ!
鈍い衝撃音と共に、あたしの全力の一撃が石畳を穿つ。
ゲーム終盤級の性能を持つ鉄バットの一撃は、石畳の床にすら深い穴を作る。
これにより、床下に隠された杭の罠などが次々と露わになる。
粉塵が舞い、轟音が響き渡る様は、もはや「攻略」というより「破壊」だ。
最初は、隠された罠が明らかになるたびに肩を震わせていたシロも、あたしが力技で道を切り拓いていく様を目の当たりにするうち、次第にその表情から恐怖が消えていった。
このリーダーについていけば大丈夫だ、という絶対的な信頼が、恐怖を上回ったのだ。
その時だった。
「リーダー!」
シロの鋭い声が、ダンジョン内に響いた。
彼女が震える指で差した先――中層へと続く階段の、その真上の天井に、周囲の壁と一体化した巧妙な罠が隠されている。
前回あたしを襲ったものとは、また別の吊り天井だ。
「……ほう」
あたしは目を細め、眉間に深い皺を刻む。
その表情は、普段のあたしを知る者が見れば、恐怖で竦み上がるほどに凶悪だっただろう。
「喜び勇んで階段に向かった冒険者をまとめて圧殺するわけか。単純だが、良い罠じゃないか」
あたしの強気な態度に、シロは「これなら大丈夫!」とでも言うように、こくりと頷いた。
しかし、周囲を見渡しても、安全な迂回路は見当たらない。
苛立ちを隠しもせず、あたしは手近な壁を鉄バットで殴りつけた。
凄まじい轟音は響くものの、思った以上に壁は堅牢で、新しい通路を掘り進むのは骨が折れそうだった。
試行錯誤の末、あたしは最も効率的な方法を見つけ出した。
通路の片側の壁を、人一人が慎重に通れる程度の幅で、浅く、長く抉り取っていくのだ。
あたしたちがその「安全地帯」を通り抜けようとした瞬間、狙いすましたように吊り天井が作動し、轟音と共に落下してきた。
だが、その石塊はあたしたちのすぐ脇を通り過ぎ、床を激しく打ち付けるだけだった。
舞い上がった粉塵にむせながらも、ダメージはない。
やがて、落下した吊り天井が、軋む音を立てながら鎖によってゆっくりと天井へ戻っていく。
その光景を見ていたあたしの隣で、シロがくんくんと鼻を鳴らした。
「鉄くさいお!」
その言葉に、あたしの口元が獰猛に歪んだ。
「そうか。鉄、か」
OL時代とは違ってファンタジーな世界ではあるが、鉄の価値は低くはない。
しかもこの鎖は罠の一部だ。
こんな複雑な罠、放置すれば短期間でぶっ壊れる。
つまり自動修復機能があるか修復する奴がいる。
あたしが何度も鎖を略奪してもそのたびに修復されるかもしれないってことだ。
「シロ。作戦変更だ」
あたしはにやりと笑い、宣言した。
「攻略方針を切り替える。『ダンジョン解体による資源回収を終えてからダンジョン攻略』だ」
まずは手始めに、巻き上げられていく吊り天井の機構を、渾身の力で叩き潰す。
数度の打撃で分厚い金属の塊はひしゃげ、やがてその機能を完全に停止した。
最初の戦闘で破壊した吊り天井の残骸からも、同じ鎖を回収する。
「リーダーの鉄バットと同じ素材!?」
シロが期待に満ちた目で尋ねるが、あたしは首を振った。
「それなら大儲けだが、多分違うだろうね」
回収した鎖は、見た目以上にずしりと重い。レベルが上がったとはいえ、非力なシロでは引きずるのがやっとだ。
「ボスに回収される前に、外に運び出す」
あたしがそう決断した、まさにその時だった。
中層へと続く階段の闇から、カチャカチャという不気味な音と共に、武装したスケルトンの一団が姿を現した。
ダンジョンボスが、貴重な資源たる鎖を奪い返そうとしているのかもしれない。
「ちっ、剣や鎧を装備していれば良い略奪品になったものを」
忌々しげに吐き捨て、あたしはスケルトンを見据える。
その骨の体では、シロの解体用ナイフは効果が薄い。
「シロ、今日は逃げながら戦うやり方の練習だ。勝てる相手だから安全に練習できる」
「勝てるお!」
「あたしと肩を並べて戦いたいんだろう? なら、こういう戦い方も覚えな」
あたしは一本の鎖を怪力で担ぎ上げ、ゆっくりと後退を始める。スケルトンたちの注意を一身に引きつけながら、シロに指示を飛ばした。
「入り口の近くで、あたしを援護しな。ヒットアンドアウェイだ」
「うー……」
シロは少し不満そうだったが、あたしに「金をためて強いナイフを買えば、あんたも主戦力として数える」と焚きつけられると、途端に瞳に闘志を宿した。
激しい攻防の末、あたしたちは一本の鎖をダンジョンの外へと持ち出すことに成功した。
一本を奪い返されたことには腹が立ったが、初日で死者も怪我人もなく、これだけの成果を得られたのは上々だと、あたしは冷静に判断を下した。
川辺の仮拠点に戻ると、クロが獣人たちに檄を飛ばしながら、鉄バットで大きな石を川に打ち込む「ガチンコ漁」の真っ最中だった。
あたしたちの姿を認めると、漁を獣人たちに任せ、誇らしげに駆け寄ってくる。
「おたからっ?」
あたしが担ぐ鎖を見て、クロの目が好奇心に輝く。
あたしとシロは、互いの服や髪についたダンジョンの埃を払い、樽の水で体を清めてから、ようやく口と鼻を覆っていた布を外した。
その日のうちに、あたしは単身で街へ帰還した。
回収した鎖の一本を鍛冶親方の工房へと持ち込み、鑑定を依頼すると、溜まっていた疲労から、工房の一室を借りて泥のように眠った。
次に目覚めた時、工房は奇妙な熱気に包まれていた。
あたしが持ち込んだ鎖を、噂を聞きつけた複数の親方衆が囲み、喧々囂々の議論を戦わせている。
「武器に使うには質が足りん」
「量があれば金属製の荷車が作れるが……」
「いや、この独特の合金は、あるいは……」
職人たちの情報収集と牽制合戦は、終わりが見えなかった。
あたしは寝台から起き上がると、親方衆に向かって静かに、しかしはっきりと告げた。
「運ぶのも大変でね。ある程度の値が付かないなら、残りの一本を回収するだけ無駄骨だよ」
その一言が、彼らの欲望に火をつけた。交渉はさらに激しさを増す。
その光景を眺めながら、あたしは悪女らしい笑みを深めた。
(あたしの迷宮との勝負だと思っていたが、どうやら職人の欲望と迷宮の勝負になりそうだね)
血と硝煙ではなく、金と欲望の匂い。
それもまた、悪くない戦場だった。