悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第54話】荒野の理(ことわり)と悪女の算盤

あたしが丘の上から見下ろすケンタウロスの集落は、モンスターの皮と粗末な丸太で組まれたテントが雑然と並ぶ、お世辞にも文化的とは言えないものだった。

 

しかし、その中心には確かに、あたしたちの拠点から略奪したであろう干し魚や布が山と積まれているのが見えた。

 

「返してもらうよ、あたしの金で買った物たちをね」

 

あたしの背中にいるシロも、同じ光景を見て悔しさに歯を食いしばっている気配がした。

 

あたしが丘を駆け上がる速度は自分でも呆れるほどに上がっていた。

 

地を蹴るたびに土煙が竜巻のように巻き上がりあたし自身の姿を隠す。

 

その土煙の先、眼前に広がる集落へと速度を一切緩めずに突撃する。

 

「一人だ! 囲んで殺せ!」

 

功を焦ったのか、あるいは女一人と侮ったのか。

 

集落を守っていた数騎のケンタウロスが槍を構えて迎え撃ってくる。

 

遅い。

 

静止状態から動き出す彼らに対し、あたしはトップスピードに乗っている。

 

勝負にすらならない。

 

奴らの繰り出す槍の穂先を、あたしは最小限の動きでいなす。

 

すれ違いざまに、希少鉱石で鍛え直された新しい鉄バットをカウンターで叩き込んだ。

 

ゴシャッ!

 

それは骨が砕ける音ではなく肉が抉れる音だった。

 

あたしの新しい鉄バットが持つ「一点集中」の特性は、凄まじい運動エネルギーをケンタウロスの肉体に叩き込んだ。

 

ぼろい鎧ごと体が抉れ、絶叫を上げる間もなく、その巨体は命の光を失って地面に転がる。

 

(汚いしくさいね。はやく体を拭きたいよ)

 

返り血を浴びながらも、あたしの思考はどこまでも冷静だ。

 

「降伏するなら武器を捨てな。あたしは謝罪と賠償を求めているだけだ」

 

口ではそう告げるが、表情にも声にも、慈悲などという甘ったるい感情は一欠片も乗せていない。

 

案の定、あたしの言葉は彼らの蛮勇に火をつけたらしい。

 

(シロ、分かっているね)

 

目配せだけで、背中の小さな手下に合図を送る。

 

(乱戦! 近い距離! 私の出番!)

 

思考は聞こえないが気配は勘違いしようがない。

 

解体用ナイフが日の光を反射し、あたしたちを繋いでいたロープを鮮やかに数カ所切り裂く。

 

シロは見事なタイミングで、あたしの背中から躍り出た。

 

猫のようにしなやかに着地したシロは、そのまま集落のテントとテントの間に飛び込んだ。

 

直後、甲高い悲鳴が響き渡る。

 

武器を持たない少年ケンタウロスが殴りかかってきたのを、シロは冷静に手首を切り飛ばし、怯んで前脚を上げた隙に、がら空きになった馬側の腹を深々と切り裂いたのだ。

 

それ以降、時折聞こえる「えい!」「そこ!」という子供らしい掛け声に混じって、女子供のものと思しき悲鳴や何かが倒れる鈍い音だけが聞こえてくる。

 

うん、あそこはシロに任せて大丈夫だ。

 

あたしはあたしの仕事に集中する。

 

ただ殴るのではない。

 

「置く」ように構えた鉄バットに、高速で突っ込んできたケンタウロスが自ら激突し、自滅していく。

 

「どうしたんだい? 話し合うのに必要なプロトコルでもあるのかい?」

 

もちろん、そんな言葉が通じる相手ではないと分かっている。

 

あたしが繰り返し「交渉」を口にするのを、彼らは「こっちが消耗している証拠だ」とでも勘違いしているらしい。

 

あたしの体力は、万全の状態を100とするならまだ90は……85くらいは残っている。

 

やがて誰かが気づいた。

 

「ま、まずい……! 半分以上やられたぞ!」

 

その声に、ようやく自分たちが置かれた絶望的な状況を理解したのだろう。

 

ケンタウロスたちの動きに明らかな動揺が生まれた。

 

その時だった。

 

「リーダー! やったお!」

 

シロが、血で濡れたナイフを片手にテントの陰からひょっこりと顔を出した。

 

その声は弾んでいるがあたしには分かる。

 

シロの奴、困ってるね。

 

「なんだい。そっちのケンタウルスも、まだ意地を張ってるのかい」

 

「しゃざいとばいしょーしても、ご飯とかまでは取り上げないよね?」

 

シロの純粋な問いを弱さとでも受け取ったのだろう。

 

生き残っていたケンタウロスの一人が、最後の希望にすがるかのように叫んだ。

 

「は、はは! 今頃、貴様らの拠点も……! 仲間の別働隊が、跡形もなく蹂躙しているはずだ!」

 

その言葉に他のケンタウロスたちも「そうだ、我々の勝ちなのだ」とでも言いたげに、復讐心に満ちた暗い笑みを浮かべる。

 

あたしは、わざとらしく大きくため息をついてみせた。

 

「あたしもシロもいない拠点で、クロが大勢のケンタウルスに襲われたら……緊急事態って理由をつけてあの爆発するボールを使いすぎちまうだろうね」

 

隣で、シロが思い出したように声を上げる。

 

「一つ、金貨、二枚っ!」

 

「いや、最後に買ったときは金貨三枚と銀貨一枚だったよ」

 

あたしは目の前のケンタウロスたちをまるで品定めでもするかのように見回した。

 

「拠点襲撃の被害とあのボールの費用……まったく、高くついた。もうこいつら面倒だから全滅させた方が良さそうだね。費用対効果が悪い」

 

その瞬間、ケンタウロスたちの心が、音を立てて砕け散った。

 

自分たちの命が金貨数枚の価値しかなく、その損失を取り返すためにこの悪魔のような女が躊躇なく自分たちを皆殺しにすることを、彼らは骨の髄まで理解したのだ。

 

ガチャン、と。

 

誰かが持っていた槍を落とす。

 

それを皮切りに、生き残った者たちが次々と武器を捨て、その場に膝をついた。

 

「シロ。戦えば勝てる相手でも、戦えばこっちも怪我をするかもしれない。話が通じるなら交渉と金で済ませることもできるんだ。しっかり覚えておきな」

 

あたしが静かに言うと、シロは自分も加担した殺戮の跡をぐるりと見渡し、神妙な顔つきでこくりと頷いた。

 

数時間後、あたしたちの拠点には、生き残ったケンタウロスが全員連行されてきた。

 

彼らの前には、あの胡散臭い狐耳の商人が、腕を組んで立っている。

 

「いやはや、お見事ですわ。で、この方々は全員奴隷として売ればよろしいんで?」

 

商人が、いつもの関西弁もどきの口調で尋ねてくる。

 

あたしは首を振った。

 

「はっきり言うが、賠償金は『他からあたしが舐められない額』であればいい。だが、こいつらにそんな金が払えるとは思えないね」

 

「その通りですな。うーむ、しかし人類の奴隷にしてしまうと、色々な組織から睨まれてしまいますわ」

 

「そりゃそうだ。……つまりだね。そのあたりの面倒事を、あんたがうまいことやりくりできるなら、あんたに対する貸し――ケンタウロスの襲撃を黙っていた件は、綺麗さっぱり水に流してやろうじゃないか」

 

あたしは取引を持ちかける。

 

武力であれ、交渉力であれ、使える力には敬意を払うのがあたしの流儀だ。

 

商人は目を丸くしてあたしを凝視した。

 

一瞬、その豊かな尻尾が一本増えたように見えたが、まあ、気のせいだろう。

 

「……参りました。セレスティアはん、あんさんはほんまに面白いお人や。その話、このわてに任せておくんなはれ」

 

商人は深々と頭を下げた。

 

交渉が成立し安堵のため息をついたあたしは、拠点の中心でふてくされているクロに目をやった。

 

その頭には、小さく可愛らしい、たんこぶが一つできている。

 

ケンタウルスの別働隊を完璧に撃退したのは見事だったが、爆発するボールを景気良く使いすぎたことに対する、あたしからのお仕置きだ。

 

まったく、部下の教育も、装備の補充も、家のローンも、何もかもに金がかかる。

 

あたしは、弱小とはいえ一つの部族を屈服させた強者の威厳など微塵もなく、ただただ懐事情を憂い、深くため息をつくのだった。

 

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