悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第55話】悪女の算盤と、招かれざる支配者

ダンジョンの中層は、息が詰まるような土の匂いと、死が腐敗した甘ったるい悪臭で満ちていた。

 

ぼんやりと光る壁と天井が照らし出すのは、ぬらぬらとした床と、そこに蠢くおびただしい数の死者の群れ。

 

「――邪魔だよ」

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスの振るった鉄バットが、重武装した乾燥死体の胴体を横薙ぎに粉砕する。

 

速度と質量が乗った一撃は、分厚い鎧ごと骨を砕き、その残骸を壁際まで吹き飛ばした。

 

「えいっ!」

 

隣では、シロが小柄な体を躍らせ、ゾンビの腕を解体用ナイフで的確に切り飛ばす。

 

体勢を崩した敵の首元に、流れるような動きで刃を突き立て、とどめを刺した。

 

単体であれば、もう彼女の敵ではない。

 

だが、問題は数だった。

 

そして、何より――質が悪かった。

 

ゴシャッ!

 

シロがとどめを刺したゾンビの体から、腐敗した黒い体液が勢いよく噴き出した。

 

「リーダー! 鼻が、鼻が痛いおっ!」

 

汚液を顔に浴びたシロが、悲鳴に近い声を上げてその場に蹲る。

 

犬のように優れた彼女の嗅覚にとって、この腐臭と刺激臭の奔流は、もはや物理的な攻撃と変わらないのだろう。

 

「口で息をしろ。ほら、これを使え」

 

舌打ちしつつ、返り血ならぬ返り汚液で全身ぐしょ濡れなのも意に介さず、腰の水筒をシロに投げ渡す。

 

中身は煮沸消毒済みの清潔な水だ。

 

シロは感謝を口にする余裕もなく、受け取った水で必死に顔や鼻の周りを洗い流し始めた。

 

(後先考えずに突撃すれば、ボスのところまでは今日中に行けるとは思うが……)

 

内心で戦況を分析する。

 

この有様ではシロがもたない。

 

このダンジョンには新鮮な死体を調達する手段があるか、あるいは新鮮な死体にしか見えないものを創造できるのかもしれない。

 

嫌がらせとしては見事というしかないのが実に忌々しい。

 

「シロの鼻が使えないなら今日はここまでだ。撤退する」

 

「ごめんなさい……」

 

しょげ返る手下の、革帽子を被った頭にそっと手を置く。

 

「ダンジョンも戦闘も毎回うまくいくわけじゃない。大きな失敗をしないってのも重要だよ」

 

前世も今も子育ての経験はないが、その奥深さと困難さの一片に触れた気がした。

 

浅層へ戻る道すがら、すっかり元気を取り戻したシロが、あたしの服の裾をくいと引いた。

 

「今日のごはんは!? 今日、商人さんが来る日だよ?」

 

「またクロが無駄遣いしちまうね」

 

あたしがからかうと、シロは少しむくれた。

 

「そうじゃなくてっ」

 

「分かってる分かってる。商人には、チーズをたっぷり持ってくるよう言ってあるよ」

 

「やったぁ!」

 

はしゃぐシロだったが、その足取りは軽く、頻繁に体ごと向きを変えては周囲への警戒を怠らない。

 

前方や後方だけでなく、床、壁、天井へも。

 

同じ待遇で同じ生活をしているのに、遠距離にも強いクロとはまた違う、冒険者としての基本が着実に身についている。

 

実に優秀な手下だよ。

 

ダンジョンの外に出ると、以前運び出した「鉄」の数が減っている。

 

あたしたちが拠点へ向かうと、前方からケンタウロスの一団が歩いてくるのが見えた。

 

彼らは槍で武装しているが、その出で立ちは遊牧民というより「質素な装備の護衛」といった雰囲気だ。

 

上半身の作業着には、デフォルメされた狐のマークが縫い込まれている。

 

彼らはあたしたちに気づくと「ふん」と鼻を鳴らして非友好的な態度を見せるが、攻撃してくる様子はない。

 

彼等の目的地はダンジョンの入り口だ。

 

酷く重い「鉄」を、不満は漏らしても手は抜かずに拠点へ運び続けている。

 

あの胡散臭い商人の下で、彼らも新しい生き方を見つけつつあるらしい。

 

拠点に戻るなり、あたしとシロは真っ先に水浴びをした。樽の水を頭からかぶりながら、思わず呟きが漏れる。

 

「水の魔法が使える魔法使いがいれば、拠点を作らなくてもなんとかなるのかね」

 

「いやぁ、そこまで使える魔法使いは滅多にいませんよ」

 

唐突に、間の抜けた関西弁もどきが響いた。

 

声の主は、いつの間にか物陰にいた狐耳の商人だ。

 

「女の裸を覗くとは感心しないね」

 

「ご容赦ください。緊急の報告があります」

 

商人に欲情や悪意の気配は皆無だ。

 

どうやら本当に用事があったらしい。

 

彼の話によれば、あたしの留守中に、何組かの旅人や別の魔族がこの拠点を訪れたという。

 

取引は成立しなかったものの、近くの川で水を補給したり、あたしたちが魔物を追い払って安全になった場所で休息を取ったりしていたらしい。

 

「全部拒否すると揉めるか」

 

「間違いなく」

 

「最終的にボスを倒すしかないダンジョンだ。この拠点も一時的なものでしかない。……どうしたものかね」

 

あたしの今の状況は、傍から見れば「新しい土地を開拓し、人の往来も資源もある」有望な事業に見えるだろう。

 

だが、あたし自身は「あくまで一時的なもの。無理に長引かせようとしても割に合わない」と判断している。

 

結局、礼儀を知っている相手には、商人を仲介役として食料を売ったり場所を貸したりすることを許可した。

 

戦闘に繋がらない交渉は、シロやクロにはまだ荷が重いからな。

 

それから十日ほどが過ぎた。

 

獣人たちの怪我は快方に向かっているが、まだ戦力として数えるには早い。

 

あたしはシロかクロのどちらかを連れてダンジョンへ潜る日々を繰り返していたが、いまだ中層の突破には至っていない。

 

罠を破壊して手に入れた「鉄」ばかりが、拠点に山と積まれ、時折運び出されていく。

 

その日、拠点に届けられた鍛冶親方からの手紙を、あたしはテント前の椅子に腰かけて読んでいた。

 

親方衆との「鉄」の取引は順調で、燃料費がかからない点を高く評価され、買い取り価格も安定している。

 

すでにあたしに出資した連中への配当も始まっており、新たに出資したいという人間まで現れているらしい。

 

「ボスを殺しても消えないダンジョンだったりしないかねえ」

 

あり得ないとは思いつつ、本音兼愚痴がこぼれた。

 

「姐御ー! 客ー!」

 

クロの元気な声が響く。

 

冒険者ギルドの職員を先頭に、ケイルとアリサを護衛に伴った一団がやって来た。

 

職員は、あたしが悠長に手紙を読んでいる姿を見るなり、あからさまに顔をしかめた。

 

「セレスティア殿! 金札への昇格試験であるという自覚がおありですか! 迷宮攻略を放置し、このような場所の運営にうつつを抜かすとは!」

 

「あんたの言いたいことも分かるがね。どんな罠があるか分からないダンジョンに突撃する気はないよ」

 

あたしがのらりくらりと躱していると、アリサが拠点のあちこちにいる獣人や、商人を見て、隠しきれない嫌悪の色を浮かべた。

 

一方、ケイルはシロとクロを見つけるなり、先輩風を吹かせる二人に素直に頭を下げていた。

 

武力ではケイルが圧倒的だが、冒険者としてのキャリアと、この拠点での立場はシロたちが上だった。

 

職員の執拗な非難が続く。

 

だが、あたしは違和感に気づいた。

 

(こいつの態度がおかしい。あたしを不合格にするのが目的ではないのか? どういうことだ)

 

その、膠着した空気を破ったのは、豪快な笑い声だった。

 

「これはこれはギルドの職員殿。セレスティア殿は予想外の、いや期待以上の成果を上げておられる! 迷宮から資源を安定供給するとは、並の冒険者にはできん発想だ!」

 

いつの間にか現れた金札冒険者が、心からの称賛を口にした。

 

彼はケイルたちと共に来て、あたしの目がないところで拠点の様子を確かめていたらしい。

 

その圧倒的な存在感の前に、職員はぐうの音も出ない。

 

彼の介入で職員の追求はうやむやになり、さらに「騒がせた詫びだよ」と、まだ傷の癒えぬ獣人たちを回復魔法で治療までしていった。

 

「交渉力や経営力に長けた同業者がな、いないんだよ」

 

最後に言い残していった弱音が、奇妙に記憶に残った。

 

その日の深夜、あたしはテントの中で急に目を覚ました。

 

隣ではクロが寝相悪く熟睡している。

 

殺気ではない。

 

だが、何か異質な気配があたしを叩き起こした。

 

外へ飛び出すと、見張りをしていたシロが、当惑した表情で闇の一点を見つめていた。

 

そこに、一人の男が立っていた。

 

目立った特徴のない、どこにでもいそうな男。

 

強者のオーラは感じられない。

 

シロの知識でも本能でも相手の危険性に気づけないのだろう。

 

気付いていたら、死んでもあたしに伝えていたという確信がある。

 

あたしには分かった。

 

男から感じるのは、あの忌々しいダンジョンと同じ、冷たく知的な気配だ。

 

「あたしは銀札冒険者のセレスティアだ。ここの頭もしている。あんたは何者で何が目的だい?」

 

問う声が、自分でも驚くほど張り詰めている。

 

無意識に鉄バットを握りしめ、振りかぶりそうになるのを理性で抑えつけた。

 

男は表情一つ変えず、淡々と告げた。

 

「私は、あの迷宮の主。……今日は、交渉に来た」

 

くらり、と眩暈がした。

 

こいつが、あの悪意の塊の正体。

 

そして、あたしが寝ている間に奇襲をかけず、こうして姿を現したということは、本気で交渉する気があるということだ。

 

あたしは目の前の、これまでのどんな敵とも違う理知的な脅威を前に、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「……なるほど、あんたがあの忌々しい罠の犯人か。話を聞こうじゃないか。飲み物は必要かい?」

 

男は無言で首を横に振った。

 

あたしは男を近くのテーブルへと誘い、椅子に腰を下ろす。

 

やれやれ。

 

冒険者稼業は、本当に退屈しないね。

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