悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
鍛冶親方との交渉は、望外の収穫で終わった。
希少鉱石――「原作」知識によれば、それはただの金策以上の、あたしの生存戦略に直結する可能性を秘めた代物だ。
興奮で火照った頬を自覚しながら、あたしは翌日、改めて親方の工房を訪れていた。
もちろん、あのバカ息子――今は見習い職人となった手下A――とその連れの女、手下Bが工房で真面目に働いているのを横目で見ながら、だ。
まあ、多少は殊勝な態度で仕事をしているようで、何よりだね。
「それで、親方。例の『仕事』の詳細、聞かせてもらおうか」
工房の奥、昨日と同じ親方の私室に通されたあたしは、単刀直入に切り出した。
昨日見せた妙な食いつきの良さを、親方がどう受け取ったかは知らないが、もう後戻りはできない。
「うむ」
親方は重々しく頷くと、昨日よりもさらに険しい顔つきで語り始めた。
その目には、仕事相手に対する値踏みと、依頼の危険性に対する真剣な光が宿っている。
「まず、運んでもらう『希少鉱石』だが、これは鉱山近くにある、ワシが懇意にしている商家から受け取ってもらうことになる」
「代金はこちらで手配済みだ。問題は、そこからの帰り道だ」
親方の鋭い視線が、あたしを射抜く。
「あの鉱石はな、それ自体がとんでもない価値を持つ。貴族どもや教会が、喉から手が出るほど欲しがる代物だ」
「もちろん、奴らはその本当の価値を知らんがな。それでも、だ。正規のルートを通れば、間違いなく横槍が入る」
「良くて差し押さえ、悪けりゃ力尽くで奪われるだろう。だからこそ、貴殿の『足』が必要になる」
面は変わらないがどろどろした感情が見える。
「……つまり、護衛は一切無し、単独で、ってことかい」
親方が頷く。
「そうだ。護衛をつければ、それだけ目立つ。貴殿一人の速度と、その『悪運の強さ』に賭けるしかない」
「もちろん、報酬は弾む。前金としてこれだけ渡そう。だが、失敗すれば……命はないと思え」
ずしり、と重い革袋がテーブルに置かれる。金貨が数枚は入っているだろう。危険手当、口止め料込み、ということか。
(思ったよりヤバイ依頼だね。やはり、タダでは転ばない親父だ)
(息子には甘い顔を見せても、この街の厳しい競争で生き残ってきた凄腕親方が、それ以外に甘い訳がないってことか)
(利用価値があるから使う、それだけ。結構じゃないか、望むところだね)
同時に、親方が昨日と同様、「希少鉱石」の具体的な使い道――武器への転用方法――について、一言も触れないことにも気づく。
あたしが「原作」知識で知っている情報は、この世界のトップクラスの職人にとっても秘中の秘、ということだろう。まあ、今はそれでいい。
「一つ聞きたいんだけどね、親方。その貴族や教会ってのは、その鉱石を武器防具にするやり方を知ってるのかい?」
「……装飾に使うなら、な」
親方は、珍しく感情を露わにして吐き捨てた。
まるで、価値の分からない連中が芸術品を土足で踏みにじるのを見るような目だ。
(魔法対策も急務だが、それ以前に物理的な脅威を排除できるだけの『牙』が必要だ!)
(この依頼は、そのための最大のチャンス!)
(「主人公」や「ヒロイン」、あのクソ生意気な神官見習い(アリサ)やムカつく役人どもに、いつまでも舐められてたまるか!)
あたしも内心が顔に出かかったので気合いを入れて我慢する。
(……今のうちに物理的に高性能な武器がないと、生き残る難易度が上がっちまうね)
(完成するのは先のことかもしれないし、あたしが手に入れるためには大金が必要だろうが……)
(ここで鍛冶親方に協力しないと、大金があっても手に入れる機会すら失うだろうしね)
あたしは内心で算盤を弾き終え、ふてぶてしいまでの笑みを浮かべた。
「分かったよ、親方。その依頼、このセレスティアが完璧にこなしてきてやるさ」
「……頼んだぞ。これが必要な書類と信用状だ」
依頼の詳細と前金、そして鉱石購入のための信用状らしき羊皮紙を受け取ったあたしは、すぐさま準備に取り掛かった。
まずは、武器だ。あのボロい中古の剣では話にならない。
かといって、親方の工房に並んでいるような業物は、今のあたしには高嶺の花。
それに、今のあたしに必要なのは、繊細な斬撃よりも、一撃の破壊力だ。
あたしは工房の隅に無造作に立てかけられていた、一本の頑丈そうな鉄の棒を指さした。
「親方、これを貰うよ。代金は前金から引いといてくれ」
「……おい嬢ちゃん、それは売り物じゃなく、素材を叩くためのただの鉄棒だぞ? まあ、いい。頑丈さだけは保証するが、そんなものでどうする気だ?」
隣で師匠の指示を待っていた手下Aも、「姐御、それで大丈夫なんすか……?」と本気で心配そうな顔をしている。
「ふん、あたしの使い方なら、そこらのなまくら剣より役に立つさ」
あたしが手に取ったのは、長さ1メートルほどの、ずっしりと重い鉄の杖。
装飾も何もない、武骨な鉄塊。
どう見ても、高貴な元令嬢や銀札冒険者が持つ得物ではない。
見た目は完全に、前世で言うところの金属バットだ。
だが、これがいい。
剣術の心得なんてないあたしが下手に剣を振り回すより、この重い鉄塊に『耐久力比例の走力』で得た速度を乗せて叩きつける方が、よほど確実で破壊力のある一撃になるはずだ。
それに、このタフネスだけが取り柄のあたしには、これくらい頑丈な方が性に合っている。
(これでよし。あとは、カモフラージュだね)
あたしは次に冒険者ギルドへ向かった。
鉱山への道中の「ついで」と、わずかながらの駄賃稼ぎのためだ。
都合よく、「鉱山ギルド支所への書簡輸送」という依頼があったので、それを受ける。
書簡の束を受け取りながら、昨日会った駐屯地のクソ役人の顔が脳裏をよぎる。
(……やれやれ、また役所仕事のお使いか。あんなクソ役人がいる場所への依頼は御免だが、まあ仕方ない)
(これも布石だ。依頼主がギルドなら、道中で何かあっても多少は言い訳が立つだろうしね)
最低限の準備を終え、あたしは鉄の杖を肩に担ぎ、鉱山近くの街へと出発した。
街道は以前よりも明らかに人通りが少ない。
これも、治安悪化の影響だろうか。
あたしは「足」を活かしつつも、目立たないように速度を調整し、周囲を警戒しながら進む。
すると、街道から少し外れた森の中に、怪しい人影が見え隠れしているのに何度か気づいた。
身のこなしや、こちらを窺うような視線。
ただの猟師や木こりではない。
明らかに、街道を行き交う者たちを物色している連中――盗賊の斥候だ。
(やはり物騒になってきている。砦への輸送、希少鉱石……「原作」イベントのフラグが次々立っている気がする)
(この時期、たしか大規模な盗賊団が動くイベントがあったはずだ)
(面倒ごとに巻き込まれるのは避けたいが、この鉱石輸送自体が既に面倒ごとの渦中か……!)
背筋に嫌な汗が滲む。
目的地まで、まだ距離はある。
あたしは気を引き締め、さらに警戒レベルを上げながら目的地を目指した。
日が傾きかけ、空が茜色に染まり始めた頃、鉱山街まであと一息という距離にある宿場町が見えてきた。
周囲には既に夕餉の支度の煙が上がり始めている。
普通の商人や隊商なら、ここで今日の宿を取る時間帯だろう。
あたしの「足」ならば、ここから目的地まで、日が完全に落ちる前に十分間に合う。
だが、少しだけ休憩と、情報収集をしておいた方がいいかもしれない。
あたしは街道沿いの、比較的大きな食堂の暖簾をくぐった。
中途半端な時間帯のためか、客はまばらだ。
席に着き、メニューを眺める。こってりした猪肉のシチュー、蜂蜜たっぷりのパンケーキ……記憶が戻る前の、あたしが好きだったものが並んでいる。
(ああ、こういう脂っこいの、昔は好きだったんだよねぇ……。たまにはいいかな……)
しかし、注文しかけた手を止めた。脳裏に、あの駐屯地のクソ役人の侮蔑に満ちた視線が蘇る。
(ダメダメ! 今のあたしは美容にも気を遣わないと、あのクソ役人みたいに舐められるんだから!)
(それに、これから「主人公」や「ヒロイン」とやり合うかもしれないんだ。体が資本だろ、体が!)
あたしは内心で悪態をつきながら、ウェイトレスに告げた。
「これ。鶏肉の蒸し焼きと、あと温野菜を多めで頼むよ」
「はいよ!」
運ばれてきたのは、見た目にも質素な一皿。塩とハーブだけで味付けされた鶏むね肉と、湯気を立てる茹でられた野菜たち。
(味気ない……けど、仕方ない。これも破滅回避のためだ。貴族令嬢(元)が、こんな粗食で健康管理なんて、笑えるね!)
味気ない食事を黙々と口に運びながら、あたしはさりげなく窓の外や食堂内を観察する。
すると、やはりいた。
商人風の男や、他の冒険者グループに紛れて、明らかにカタギではない、目つきの悪い男たちが数人。
酒を飲みながらも、その視線は鋭く周囲を探っている。
情報収集、あるいは、次の獲物を物色しているのだろう。
そのうちの一人は、先ほど道中で見かけた斥候らしき人影と服装の特徴が一致していた。
(やっぱりだ。この宿場町も奴らの監視下か、あるいは中継地点か。思った以上に大規模に動いてるみたいだね)
(長居は無用だ。さっさと済ませて、とっととトンズラしよう)
あたしは食事を早々に切り上げ、代金を支払って食堂を出た。空はもう、夕闇が迫っている。急がなければ。
宿場町を出て、最後の直線ルートを走り始めてから、20分ほど経っただろうか。
前方のカーブの向こうから、甲高い金属音と、怒声、そして悲鳴が混じり合って聞こえてきた。
(……戦闘!? このタイミングで!?)
あたしは咄嗟に速度を落とし、音を立てないように慎重にカーブを回り込み、街道脇の茂みの影から様子を窺った。
目に飛び込んできたのは、まさに地獄絵図の一歩手前のような光景だった。
道の真ん中で、教会所属を示す豪奢な金の百合の紋章が描かれた大型馬車が立ち往生している。
車輪の一つは壊れ、馬は怯えていななくばかり。
そして、その周囲を、数えるのも嫌になるほどの数の、凶悪な面構えの盗賊どもが取り囲んでいた。
馬車の周囲では、数人の護衛騎士らしき者たちが必死に応戦している。
だが、多勢に無勢。
すでに何人かは血溜まりの中に倒れ伏し、残った者たちも全身傷だらけで、息も絶え絶えだ。
盗賊どもの下卑た笑い声が響き渡る。
(クソッ、最悪のタイミングで面倒ごとに……ん?)
視線を馬車に向けると、粉々になった窓ガラスの隙間から、恐怖に顔を引きつらせて外を窺う少女の顔が見えた。
見覚えのある、清潔そうな白い神官服。肩まで伸びた銀色の髪。大きな青い瞳。
見間違えるはずがない。
(チッ、あのクソアマか!)
教会で出会った、あの小生意気で頭でっかちな見習い神官――アリサだ。なんでこんなところにいやがるんだ!
護衛として? いや、こいつの実力じゃ足手まといにしかならないだろう。
誰か偉いさんの付き人か? どちらにしても!
(関わりたくない……! 面倒くさいことこの上ない! だが見捨てる選択肢は……?)
(いや、ここで教会関係者、特にあのアマを見捨てたと知られたら、後でどれだけ面倒なことになるか……!)
(信仰だの正義だの、そういう連中ほど根に持ってネチネチと厄介なんだよ!)
あたしの脳裏で、損得勘定が猛スピードで回転する。
見捨てて立ち去る。
それが一番楽で、安全だ。
だが、後々の面倒は? アリサに顔を見られているかもしれない。
悪評にさらに「見殺し」のレッテルが加わるのは避けたい。
ここで恩を売れば……?
いや、こいつ相手じゃ無駄骨か?
でも、もし馬車に他の重要人物がいたら?
(ああ、もう! どっちに転んでも面倒なら、一番マシな方を選ぶしかないじゃないか!)
あたしは腹を括った。
最悪(後々の面倒事)を回避するためだ。
物陰から飛び出すと同時に、地面を爆発的に蹴り上げる!
全神経を集中させ、『耐久力比例の走力』を限界まで引き出す!
手にした鉄の杖(金属バット)を、まるで攻城槌のように構える!
あたし自身が、黒い砲弾と化す。
完全に油断しきって、護衛にとどめを刺そうとしていた盗賊の一団の中心を目がけて、一直線に突っ込んだ!
「邪魔だ、クズども!!」
あたしの咆哮と共に、鉄塊が唸りを上げて空気を切り裂く!
渾身の力を込めて、鉄の杖を横薙ぎに一閃する!
ゴッッッ!!!!
肉と骨が砕ける鈍い音と、金属鎧がひしゃげる甲高い音が混じり合った、凄まじい衝撃音。
薙ぎ払われた数人の盗賊が、まるで打ち上げられた花火のように宙を舞い、あり得ない方向に体を捻じ曲げながら、あるいはぐちゃりという音を立てて地面に叩きつけられた。
一瞬遅れて、生暖かい血飛沫が雨のように降り注ぎ、土埃がもうもうと舞い上がる。
一瞬の静寂。
予想外すぎる乱入者の登場と、その一撃がもたらした人間離れした破壊力に、その場にいた全ての人間――数を頼みに油断していた盗賊も、絶望しかけていた護衛騎士も、そして馬車の中で震えていたアリサも――が、文字通り凍り付いていた。
その惨状の中心で、あたしは返り血で濡れた鉄の杖を、トン、と軽く肩に担ぎ直す。
そして、唖然とする連中に向かって、できるだけ獰猛な、悪女らしい笑みを唇に刻んでやった。
さあ、邪魔者は掃除した。次は何だい?