悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
【第58話】人間砲弾と竜の言い分
「ハネッコこの馬鹿野郎! 目を閉じてあたしを動かしているんじゃないだろうねっ!」
地上百メートル。
澄み渡る青空も、眼下に広がるのどかな牧草地も、今のあたしにとってはただの背景だ。
あたしの体は、意思とは無関係に、まるで投石器から放たれた石塊のように宙を舞い、猛烈な風圧に嬲られている。
原因は地上にいる、あの怖がりな天使様だ。
彼女の念動力があたしを掴み、動かしている。
いや、振り回していると言った方が正しい。
ドラゴンの吐く灼熱のブレスや、巨体そのものの突進を避けるたびに、ハネッコは「ひゃっ!」とか「きゃっ!」とか、いちいち悲鳴を上げてはあたしを明後日の方向へ弾き飛ばす。
おかげであたしの三半規管はとっくに限界を迎え、天地の感覚すら曖昧になりつつあった。
「おい、あたしの言葉が通じてるのか? ちっ、うなるばかりでだんまりか。だったら抵抗できなくなるまで叩いてからハネッコ用のモルモットにしてやるよ!」
正面にいる赤い鱗のドラゴン――ドラゴンとしてはやや小柄だが、並の騎士なら鎧ごと噛み砕く厄介な相手――に悪態をつくが、声がまともに届いているかも怪しい。
格好良く勝つなんてのは、とうの昔に諦めた。
もともと腕力には自信がない上に、ハネッコに『動かされて』いるこの状態では、あたしの唯一にして最大の武器である『足』の加速も使えない。
だから、やることは一つ。
鉄バットをただ固く握りしめ、ドラゴンが突っ込んでくる軌道上に、あたし自身の体をカウンター気味に「置く」。
ただそれだけだ。
ゴシャッ!
あたしの体を覆う鎧がドラゴンの鱗と激しく衝突し、嫌な音を立てて軋む。
いくら耐久力がカンストしているとはいえ、こうも無茶苦茶に揺さぶられれば消耗も激しい。
(だが、今がドラゴンを討つ絶好の好機。ハネッコの実験材料にした後は素材にすればボロ儲けさ)
乱れに乱れた髪も、剥げ落ちた化粧もどうでもいい。
あたしの顔は今、きっとどんな悪役よりも邪悪な笑みに歪んでいることだろう。
地上からはシロとクロの声が風に乗って断片的に聞こえてくる。
「ハネッコ、おきゃくさん、ちがう。たたかう!」
「ハネッコちゃん、リーダーの臨時の手下じゃなくて対等の協力者だお? リーダーが体調不良になるくらいに振り回しても倒せないのは、ちょっとどうかと思うお」
「ですが……ううっ」
シロの奴、言うようになったじゃないか。
忌々しいトカゲが業を煮やしたのか、距離を取って態勢を立て直そうとする。
だがハネッコがそれを許さない。
恐怖と意地がちゃんぽんになった念動力が、あたしを奴の退路に無理やり割り込ませた。
「怯えたなトカゲ野郎っ!」
あたしは最後の気力を振り絞って体を捻り、鉄バットをドラゴンの頭部めがけて振り下ろした。
この武器の特性は一点集中。
分厚い鱗や強靭な筋肉を貫通するには至らない。
だが、凄まじい衝撃は確かに奴の脳を揺らした。
ドラゴンの瞳から光が揺らぎ、その巨体が急速に高度を落としていく。
「ハネッコ! 追撃だ!」
叫んだつもりだったが、喉から出たのはかすれた空気の音だけだった。
ドラゴンはコントロールを失い綺麗な緑の牧草地へと不時着した。
凄まじい衝撃が地面をえぐり、もうもうと土煙が舞い上がる。
あたしもまた、ハネッコの念動力によって、ふわり、というよりはドサリと地上に降ろされた。
足が地に着いた瞬間、世界がぐにゃりと歪む。
これじゃ戦えないね。
あたしはドラゴンに悟られぬよう、努めて闘志に満ちた表情を浮かべ、その場に仁王立ちになって虚勢を張った。
やがて、シロとクロを護衛のように先行させながらハネッコが恐る恐る近づいてきた。
普段は光学迷彩で隠している純白の翼を今は晒しており、犬耳の少女戦士を従えるその姿は、どことなく覇道を歩み始めたばかりの魔王のようだ。
土煙の向こうで倒れたドラゴンが身じろぎした。
最後の力を振り絞り、口元に炎を集束させ、ブレスを吐こうとしている。
だが、それより早くクロが動いた。
シロが慣れた手つきで懐からボールを放り投げ、それをクロが自慢の鉄バットでフルスイングする。
放たれたボールは、吸い込まれるようにドラゴンの口内へと飛び込み、炸裂した。
轟音。
同じ連携が、間髪入れずにあと二度繰り返される。
やがて爆炎が晴れると、そこには煤で真っ黒になりながらも、鱗一つ欠けていないドラゴンが悔しそうに口を閉ざす姿があった。
「くぅん……」
自身の最大の攻撃がほとんど効果をなさなかった。
クロは初めて目に見えて怯え、情けない声を漏らす。
「とっても頑丈だお」
シロは目を丸くして感心しながらも、いつでも自分が斬りかかれるよう解体用ナイフの柄を握りしめていた。
その時、それまで怯えを隠せなかったハネッコの表情から、ふっと恐怖の色が消えた。
代わりに、何かを分析するような光がその瞳に宿る。
「この子、ドラゴンではありません。幼体の高位ドラゴンです」
ハネッコは目の前の敵の思考を読んだのだ。
「ぼくは幼体じゃない! 一人前のっ……あっ」
ドラゴンは慌てて口を押さえた。
あたしは、そのやり取りを冷ややかに見つめる。
高位ドラゴン。
知恵も歴史もあって同族同士の繋がりもある。
つまり、殺せば同族からの報復があるかもしれないということだ。
貴重な素材が手に入らない。
その事実に、あたしのこめかみが不規則に痙攣した。
「ふざけるんじゃないよ!」
あたしは表向き、あくまで被害を受けた畜産農家の代弁者として、怒りを爆発させた。
「どれだけの損が出てると思ってやがる。何家族も首をくくったり身売りする寸前なんだよ!」
その建前と本音の落差に、隣のハネッコが「うわぁ」とでも言いたげに、呆れた顔であたしを見ている。
「てき、ちがう?」
「また外れだお。ハネッコちゃん、猪とか猿とかで実験するの、だめ?」
シロとクロは、すっかり緊張の糸が切れたらしい。
自分が「高位」の存在だと知られたことで、ドラゴンはかえって尊大になった。
「そんなこと知るか! おい、そこの天使! 僕に回復魔法をかけたら許してやるぞ!」
その言葉にハネッコの顔がサッと青ざめる。
回復魔法が何よりの苦手分野である彼女にとって、それは一番触れられたくない弱点だった。
「五月蠅いドラゴンもどきだねぇ」
あたしは割って入り、冷たく言い放つ。
「人間の言葉でドラゴンって言った!?」
「どーせあんたたちの種族の言葉じゃ、人間のことを裸猿とか言ってるんだろ。細かいことを気にするな。それにね、今は一時的に休戦中なだけで、いつでも再開して構わないんだ。回復魔法の代わりに塩水で傷口洗ってやろうか、あぁ!?」
殺伐とした空気が流れる。
だが、その緊張感を破ったのは、子供たちの純粋な食欲だった。
「なんか長引きそうだから拠点に戻るお」
「やきにく!」
シロが呟き、クロが目を輝かせて叫ぶ。
その言葉に、腹を空かせていた高位ドラゴンがぴくりと反応した。
こうして、あたしたちは奇妙な休戦協定を結び、拠点へと向かうことになった。
あたしはまだ体調が万全でないシロとクロを両脇に抱えて走り、ハネッコは浮遊しながら、あたしから伸びる紐を掴んで楽をしている。
「わはは! 首輪で繋がれた犬みたいだ。あいたっ」
軽口を叩いたドラゴンの鼻先を、あたしは器用に鉄バットの柄で叩いてから移動を再開した。
拠点では、獣人たちが解体した猪を焚き火で焼いていた。
香ばしい匂いが立ち込めている。
ドラゴンの姿に一瞬パニックになりかけた獣人たちも、あたしが平然としているのを見てすぐに落ち着きを取り戻した。
「は、はい。えっと、こちらは?」
リーダーのリナが、恐る恐る高位ドラゴンを指差す。
「単純にぶっ殺すわけにもいかない犯人さ」
あたしがそう紹介する横から、高位ドラゴンは焼きたての猪の丸焼きに勝手にかぶりついていた。
「おいしい! なんで!? ただの動物の肉じゃん!」
「どーせ血抜きもせずクソもそのままで食ってたんだお? 不味いに決まってるお」
シロの的確な指摘に、ドラゴンはぐうの音も出ない。
「あまり好き勝手するなら、あんたの種族の偉いさんに、あんたの行状を隠さず報告することになるが、いいんだね?」
あたしが最後の切り札を出すと、ドラゴンはぴたりと動きを止め、バツが悪そうに、かじりかけの丸焼きを「たべる?」とでも言うように、あたしの方へ差し出した。
「魔物のドラゴン一匹捕まえて実験して終わるはずだったんだが……」
計画が根底から覆ったことに、あたしは深く、深くため息をついた。
まさにその時だった。
あたしたちが倒したはずの「ドラゴン」の素材を回収するため、あの胡散臭い商人に雇われたケンタウロスの一団が、拠点に姿を現した。
彼らは、拠点の中心で美味そうに肉を食らう、生きている幼体高位ドラゴンを目の当たりにし、その手に持っていた解体用の武具を取り落とすのも忘れ、ただただ驚愕に目を見開いて、その場に凍りついているのだった。