悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第59話】悪女の算盤と、竜の言い分と、空の活路

あたしは、この地方の豪族とも言うべき依頼人の屋敷の扉を、叩くというよりは殴るように開けていた。

 

慣れない空中戦闘とクソガキの相手で、神経はささくれ立っている。

 

「――で、話は以上だ。あんたの依頼対象は、ただの魔物のドラゴンじゃなかった。高位ドラゴンだったのさ」

 

重厚な調度品に囲まれた応接室で、あたしは腕を組み、精一杯の虚勢を張って言い放った。

 

疲労は隠しきれないが、ここで弱みを見せれば足元を見られるだけだ。

 

依頼人は、温厚そうな仮面の奥にある計算高い瞳を大きく見開き絶句している。

 

あたしが噂の独り歩きを懸念して「地面に引きずり下ろした」と表現したのを、彼がどう解釈したかは知らない。

 

だが、高位ドラゴンという単語だけで、この交渉の行く末は決まったようなものだった。

 

「……なんと」

 

「あんたがこのまま依頼を続行させるつもりなら、悪いがあたしたちは降りる。連中とやりあうなら勝っても負けても大勢死ぬだろうからね」

 

「ああ……なんてことだ」

 

そこまでなら、ただの慎重な冒険者の台詞だ。

 

だが、あたしの口は止まらなかった。

 

湧き上がる闘争心と、それに伴う面倒事への苛立ちが、悪役令嬢らしい本音を漏らさせる。

 

「まあ、損害以上の利益があるなら、それでもいいんだがね。最低でもこの地方は焼け野原になるだろうが」

 

依頼人の肩がびくりと揺れる。

 

あたしの言葉が、単なる脅しではないと悟ったのだ。

 

「……依頼は、取り下げます」

 

絞り出すような声だった。

 

「報酬は全額お支払いしますので、どうか……」

 

「違約金なら払うからさ、あのドラゴンもどき、引き取ってくれないかい?」

 

あたしが冗談めかして言うと、依頼人は作り物めいた穏やかな笑みを浮かべた。

 

その目の奥は一切笑っていない。

 

「いえ、今回の契約は白紙ということで。違約金も結構です。かの御仁は、セレスティア殿が責任をもってお連れ帰りください」

 

事実上の、丁寧な厄介払い。

 

あたしはちっと舌打ちし、一銭の儲けにもならなかった交渉を終え、とぼとぼと屋敷を後にした。

 

屋敷を出て荒野への道を歩いていると、前方から凄まじい突風が吹き荒れた。

 

土煙の向こうからあの忌々しいトカゲが翼をぱたぱたさせながら飛んでくる。

 

「話はどうだったんだー?」

 

その声は呑気そのものだが、その接近はあたし以外の人間にとっては凶器だ。

 

子ドラゴンはあたしにじゃれつくように、その爪で軽くつついてきた。

 

普段なら厚手の鉄鎧すら歪ませる一撃だ。

 

だが、あたしは眉一つ動かさない。

 

(……ん? このクソガキと戦う前より、あたしの体、頑丈になってないか?)

 

ミレットは耐久力がカンストしていると言っていた。

 

伸びしろはないはずだ。

 

だが、この感覚はなんだ?

 

「やめろ」

 

あたしは鉄バットではなく、素手の掌で子ドラゴンの喉元を軽くはたく。

 

腕力には自信がない。

 

ダメージなどないはずだった。

 

「いっ!?」

 

子ドラゴンは明確な痛みを感じたように、素っ頓狂な声を上げて飛びのいた。

 

「な、なんだ今の!? お前、強くなったか?」

 

「あんたよりは成長が早いだろうよ」

 

あたしは鼻を鳴らして応じる。

 

(ドラゴンを倒すと手に入る称号ボーナス……原作にあった気がするが、あたしはこいつを倒してはいない。どうなってるんだか)

 

思考の海に沈みかけたあたしの袖を、子ドラゴンが恐る恐る口先で咥えた。

 

どうやら本当に痛かったらしい。

 

拠点に戻ると、そこは奇妙な活気に満ちていた。

 

子ドラゴンは戻るなり、獣人たちが焼いていた肉に飛びつく。

 

「招かれざる客には、これがお似合いだお」

 

シロが、保存用に石のように固く焼かれたパンを子ドラゴンの口元へ放り投げた。

 

子ドラゴンは文句を言うかと思いきや、「なんだこれ……適度な歯ごたえとほのかな風味が……」と意外にもそれを気に入り、夢中でかじり始めた。

 

「クロ、どうしたんだい、そんな怖い顔をして」

 

「あいつ、たおすの、だめ?」

 

クロが、肉と固パンを交互に頬張る子ドラゴンを指差す。

 

本気の殺意はないが、傍若無人な振る舞いにうんざりしているのは確かだった。

 

「それも含めて、今から説明するよ。リナ、それにケンタウロスども! うろうろするほど暇なら人払いをしな! 商人、あんたはこっちに来い」

 

あたしの号令で、ケンタウロスたちは嬉々として周囲の警戒を固め、リナたち獣人は大きな天幕を張って会議の場を設営してから逃げるように距離をとる。

 

やがて、狐耳の商人が嫌そうな顔を隠しもせずに天幕の中へとやってきた。

 

重々しい空気の中、あたしは本心から深刻な顔で切り出した。

 

「とても、まずいことになっている」

 

当の子ドラゴンは、いまだに「そろそろ別のところへ行くかー」と気楽に考えているのが、その雰囲気から伝わってくる。

 

「いいかい。まず一つ。実態がどうであれ『高位ドラゴンが人間に負けた』という事実は、大規模な争乱に繋がりかねない」

 

「負けてない! ぐぷっ……中断中なだけだ!」

 

子ドラゴンは、口にパンを詰め込んだまま抗議する。

 

「『実態がどうであれ』と言っただろうが。ドラゴンの評価を下げたい奴らにとって、事実なんてどうでもいいのさ。あんたがここにいるだけで、戦争の火種になるんだよ」

 

「お、お前が下げるつもりかっ!?」

 

「ひとの話を、聞けっ!」

 

威嚇のポーズを取ろうとした子ドラゴンの翼に、あたしは全体重をかけて飛びつき、関節技を仕掛けた。

 

学生時代の柔道の記憶が、今の身体能力と結びつき、思いのほか綺麗に極まる。

 

子ドラゴンは痛みで翼をばたつかせるがあたしの拘束からは逃れられない。

 

「何がどうなってるんですか」と商人が呆然とし、「リーダー強くなってる!」「すごい!」とシロとクロが目を輝かせる。

 

「遊んでないで話を進めてください」

 

ハネッコの冷たい一言に、あたしはちっと舌打ちして技を解いた。

 

「……二つ目の問題だ。こっちの方がもっとマズイかもしれん」

 

あたしがそう言うと、シロとクロだけでなく子ドラゴンまでもが興味津々な顔を向け、ハネッコと商人だけが「もう聞きたくない」と顔に書いていた。

 

「高位ドラゴンが魔物のドラゴンのふりをして人間の財産を奪う。これは、人間に置き換えたら『貴族の子どもが猿の真似をして、弱小種族が経営している牧場に盗みに入った』ようなもんだ」

 

一度言葉を切る。

 

ハネッコや商人は一瞬で理解できたが、シロとクロとクソガキは理解まで数秒必要だった。

 

「……これって、高位ドラゴンの価値観として許されるのかい? あんたの一族郎党、証拠隠滅のために皆殺しにされるような事態じゃないのか?」

 

その言葉は、子ドラゴンの心の臓を(比喩的な意味で)正確に撃ち抜いた。

 

動きが完全に止まり、その金色の瞳が激しく揺れ動く。

 

隣では、商人がカバンから胃薬を取り出し震える手で慌てて飲み下していた。

 

「解決策っ。いつもの悪知恵で解決策を提案してください!」

 

ハネッコが、純白の翼を落ち着きなく上下させながら悲鳴のような声で懇願する。

 

彼女の念動力の制御が乱れ、それまでは軽く押さえつけられていた子ドラゴンが「ぐえっ」と潰れた声を上げた。

 

「元OL兼ただの貴族令嬢に要求が大きすぎるよ」

 

あたしは真っ当な解決策を早々に見切り、意識を内側へ、あのクソゲーの知識の海へと沈めた。

 

「複数の大イベントの発生条件を満たしたときには、一つだけが発生する……対高位ドラゴン戦争より優先される大イベントは、なんだったかな……」

 

あたしの記憶力は残念ながらあまり良くない。

 

だが、その思考の断片を隣に立つ天使様が拾い上げた。

 

「天界崩壊イベント、魔界侵攻イベント、大破局……。ろくなものがありませんね。……あっ、これですか?『浮遊島イベント』?」

 

その単語に、凍りついていた子ドラゴンが弾かれたように反応した。

 

「浮遊島! 知ってるぞ! 昔、じーちゃんが宝を隠した場所に、雑種(魔物のドラゴンのこと)が住み着いたんだ! 大人なら駆除できるけど、島がもろくて、島ごと壊しちゃうから手出しできないって話、聞いたことがある!」

 

クソゲー知識の断片、天使の解析、そして当事者の証言。

 

三つのピースが、あたしの頭の中でカチリと音を立てて組み合わさった。

 

「なるほどな」

 

あたしは、天幕の中にいる全員を見回し、獰猛な笑みを浮かべて宣言した。

 

「派手なイベントを起こして、今回の不祥事をうやむやにすればいい」

 

あたし一人じゃ思いつけもしない案だが、実にあたし好みの案だ。

 

「筋書きはこうだ。『愚かな若竜が人間の領域で暴れた』んじゃない。『祖父思いの殊勝な若君が、祖父の宝を奪還するため、有能で信頼できる冒険者を雇った』。この美談でどうだい?」

 

その提案に子ドラゴンは興味に目を輝かせ、ハネッコと商人は「どうせ法外な報酬を要求するのだろう」と金の計算を始め、そしてシロとクロは、まだ見ぬ冒険に胸を躍らせていた。

 

あたしは、天幕の隙間から空を見上げた。

 

言われてみれば、地平線の彼方に、巨大な何かが浮かぶ島の影がごくごく小さく見えているような気がした。

 

厄介事を片付けるための、新たな、そしてより大きな厄介事の始まりだった。

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