悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第60話】悪女の休息と、天使の寝息と、竜の暴食

浮遊島攻略、という言葉の響きは悪くない。

 

だが、その実態はクソガキドラゴンの不祥事の後始末だ。

 

考えただけでうんざりする。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、ひとまず拠点に残してきた手下たちと厄介なドラゴンのことは忘れ、馴染みの美容院のソファに深く体を沈めていた。

 

浮遊島へ向かうにしても準備と休息は必要だ。

 

あたしの『足』を駆使し、まずは天使様と二人だけで先行してこの街まで戻ってきたというわけさ。

 

「……ん、ふぅ……」

 

隣の施術用の椅子では、魔族の美容師ミレットに翼の手入れをしてもらっているハネッコが、うっとりと気の抜けた声を漏らしている。

 

普段は光学的に隠している純白の翼を惜しげもなくさらし、その表情は蕩けきっていた。

 

あたしたちが来ている間、ミレットは店の入り口に「閉店中」の札をかけている。

 

いかにも天使らしい神々しい翼が衆目に晒されれば、面倒事が起きるのは確実だからね。

 

賢明な判断だよ。

 

久々の、拠点やパーティの安全確保や運営を考えなくてよい時間だ。

 

この解放感は何物にも代えがたい。

 

あたしは長距離移動で悲鳴を上げていた体を労りながら、ゆっくりと精神を回復させていった。

 

「すぅ……すぅ……」

 

やがて聞こえてきたのは、安らかな天使様の寝息。

 

よほど気持ちよかったのか、施術の途中だというのに完全に夢の世界へ旅立ってしまったらしい。

 

あたしが体と脳を休めていると、いつの間にかハネッコの施術は終わっていた。

 

ミレットは、その神々しくも無防備な寝顔を前に起こすべきか否か逡巡している。

 

その視線が、助けを求めるようにあたしに向けられた。

 

「起こしてもいいが、ぐっすり寝させてやって、天使様への『貸し』にしてもいいと思うよ」

 

「……そうさせてもらいます」

 

あたしの悪女らしい提案にミレットはこくりと頷いた。

 

こいつはこいつで、内心で「魔王候補」と恐れている相手に、下手に触れたくないんだろう。

 

「それじゃあ、次にあたしを頼むよ」

 

さて、と。

 

あたしがソファから腰を上げようとした、その時だった。

 

「どっこいしょ」

 

無意識に、口からそんな声が漏れた。

 

まずい。

 

あたしは内心の動揺を隠し、ミレットに案内されるまま施術用の席へと向かう。

 

そして腰を下ろす際に、またしても「ふぅ……」と疲労感に満ちた息を吐いてしまった。

 

(……今の、完全に婆くさかったじゃないか)

 

内心で激しく舌打ちする。

 

あたしはまだ若い。

 

悪役令嬢セレスティア・フォン・ヴァイスとして肉体年齢は本当に若いはずだ。

 

あたしはそう強く自己暗示をかけた。

 

「……お客様、髪の痛みがかなり酷いですが」

 

「そこの天使様に言っとくれ。あたしは物みたいにふりまわされながら高位ドラゴン相手の空中戦をしたんだよ」

 

「うわぁ……」

 

あたしの愚痴に、ミレットは心の底から呆れたという顔になる。

 

まあ、その気持ちも分からなくはない。

 

しばらく無言のまま施術が進む。

 

ミレットの指先が、魔法の力を帯びてあたしの髪と頭皮を癒していく。

 

「……分からないねぇ。あたしは確かに強くなったと思ったんだが」

 

子ドラゴンとの戦いで、急に奴の攻撃が軽く感じられるようになった。

 

あたしの腕力が奴に通じるようになった、あの奇妙な感覚。

 

腕力はともかく、耐久力はカンストしていて変化しないはずなのに、一体何が起きたのか。

 

「詳細鑑定、します?」

 

「あんたの専門技術がすごいのか、魔族の技術水準がすごいのか、どちらかね。……で、いくらかかるんだい?」

 

「実験動物の調査が報酬……んんっ、なんでもないです。無料でしますっ! あと、両方ですっ!」

 

「そういう本音は墓の中まで持っていくもんだよ、まったく」

 

あたしがうんざりした表情を浮かべると、ミレットは慌てて居住まいを正した。

 

どうやらこいつにはもう少し灸を据えてやる必要がありそうだね。

 

「あたしもハネッコも、近々、浮遊島に遠征するんだけどね」

 

「……はぁ」

 

「あんたもついて来るんだ。それで今回の暴言はなかったことにしてやるよ」

 

「しゃ、謝罪はします。ですが、あんな危険地帯に行くのは賠償にしてもひどすぎますっ」

 

「実験動物と言われたのに、頭を下げられただけで許せって? 笑えない冗談だね」

 

あたしの視線が氷のように冷たくなったのを察して、ミレットは怯えたように肩を震わせた。

 

「お互いに憎みあっていても軽蔑しあっていても、礼儀正しくしていれば揉めずにすむ場合は多いんだ。ミレット、舌禍で死にたくないなら、もう少しだけでいいから言葉に気をつけな」

 

この件に関して一切譲歩するつもりはない。

 

あたしの揺るがぬ意志を悟り、ミレットはついに観念した。

 

「……ついて、いきます」

 

その顔は、激しく落胆に歪んでいた。

 

「よし、取引成立だ。いつもの施術と、鑑定……精密鑑定ってのを頼むよ」

 

「……詳細鑑定です」

 

ミレットの返事には「この脳筋が」という響きが込められていたが、気づかないふりをしてやった。

 

種族としても個人としても、こいつの方が頭の出来が良いのは事実だ。

 

まあ、その高性能な脳みそにインストールされている性格が、世の中を舐めすぎているわけだが。

 

ミレットはまず、あたしの詳細鑑定から始めた。

 

彼女の瞳に魔法陣が浮かぶ。

 

一度、二度。

 

同じ結果が出たのか、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。

 

「最近、変なものを殺しました?」

 

「鉄バットで倒したのは、ダンジョンを攻略しているときが最後だね。最近はシロやクロも強くなって、雑魚相手ならあたしが出るまでもないんだ」

 

「おかしいなあ。たぶん見落としているだけ……馬鹿だから?」

 

「……舌禍に気をつけろと言った直後にこれかい」

 

あたしが呆れた、まさにその時。

 

眠っているはずのハネッコの寝息のリズムが、わずかに変わった。

 

(ハネッコ! 寝たふりをするなら呼吸の仕方に気をつけな!)

 

ハネッコはあたしの思考に驚いたのか、無意識に翼をばさりと上下させた。

 

その翼の先端が、背後で鑑定結果を再確認していたミレットの喉にクリーンヒットする。

 

「はうあっ!?」

 

変な悲鳴を上げて、ミレットが蹲った。

 

どうやらハネッコは、あたしたちが何を話しているか聞き耳を立てていたらしい。

 

「たぶんですけど」

 

咳き込みながらミレットが報告する。

 

「特定の種族に対して強くなる能力が増えてます」

 

「ってことは、高位ドラゴン相手に有利なスキルか特性ってことか? ……高位ドラゴンを相手に戦うなんて、あたしが化け物みたいに強くない限り破滅確定じゃないか。全く役に立たない能力に思えるね」

 

原作(クソゲー)の知識を探っても、戦って生き延びるだけで習得できるスキルなんて、神や魔王クラスの存在と戦った場合くらいしか思い当たらない。

 

(あのクソガキが実は神か魔王の血を引くドラゴンだったとか? もしそうならあたしは笑い死にしちまうよ。頭も力も弱い神竜や魔王竜なんて存在自体が冗談みたいじゃないか)

 

結局、あたしは「偶然に条件を満たして知らないスキルが手に入った」と結論づけることにした。

 

その時だった。

 

ガンッ! ガンッ!

 

静かだった美容院のドアが、壊れんばかりの勢いで激しく叩かれた。

 

「ミレットさん! 姉御はいますか!」

 

息を切らしたリリの声だった。

 

姉御、というのはあたしのことだ。

 

あたしが応えるより早く彼女は言葉を続ける。

 

「ミレットさん! 今危険なんです。街に赤いドラゴンが現れました!」

 

その言葉に、あたしは一瞬で現実に引き戻され、覚醒した。

 

「まだ施術は終わってません!」

 

「ここまででいい。釣りがあるなら後で渡しとくれ!」

 

あたしはミレットの制止を振り切り、懐から取り出した金貨数枚をテーブルに叩きつけると、美容院を飛び出していった。

 

『足』があってもすぐにはつかないが、目的地は遠くからでもよく見えた。

 

あたしの馴染みの料理店の前は、凄まじい騒ぎになっていた。

 

その中心にいるのは、やはりあのクソガキドラゴンだ。

 

特大サイズの大鍋に顔を突っ込み、熱々のチーズがたっぷりかかった麦粥を、それはもうはしたなく貪り食っている。

 

「めいわく、かけるな!」

 

クロが子ドラゴンに怒っているが、当の本人は気にもしていない。

 

自分より強いあたしやハネッコには多少の敬意を払うが、シロやクロ程度の戦闘力では「単に従っているだけの雑魚」扱いのようだ。

 

シロは歪んでしまった鍋を見て、隣で店主に平身低頭している。

 

どうやら二人は、子ドラゴンが話していた「馴染みの店」の料理に興味を持った結果、ここまで爪で掴まれて運ばれてきたらしい。

 

「よう」

 

到着したあたしは、怒りが一周して、逆に完璧なまでの綺麗な笑顔を浮かべた。

 

その表情に気づいたシロとクロは、あたしの怒りの強烈さを察し、犬耳を見ただけでも分かるほどに怯えている。

 

「シロ、クロ。無事だったかい?」

 

あたしの心遣いに、二人は安堵からか少し涙目になった。

 

「はい!」「あう!」

 

「よし。この若様の相手はあたしに任せな。あんたたちは野次馬が寄ってこないよう誘導するんだ」

 

落ち着きを取り戻した二人は、心得たとばかりに交通整理へと向かった。

 

「女将さん、お騒がせして申し訳ありません」

 

あたしは、店内から心配そうに様子を窺っていた店主に対して、珍しく本心からの謝罪を込めて深々と頭を下げた。

 

「あたしたちは今、こちらの高位ドラゴンに雇われています。見ての通り、若く、人間について詳しくない方ですので、お騒がせしてしまうこともあるかもしれません」

 

あたしが自分を立てたことに気づいたのか、子ドラゴンが調子に乗る。

 

「少ない! おかわり!」

 

「若様?」

 

あたしは笑顔のまま、子ドラゴンに振り返る。

 

意識して笑顔を維持してはいるが、殺気が体と目から漏れているのが自分でも分かる。

 

「す、すこしだけ、おかわり?」

 

あたしの殺気に、子ドラゴンは少しだけびびる。

 

だがおかわりは取り下げない。

 

仕方ない。

 

あたしは子ドラゴンの耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。

 

「騒ぎが大きくなると、ぶち切れた領主が金札冒険者や軍を集めてあんたを狙いかねないよ。そりゃ、あんたは飛んで逃げるのも、空から街を焼くのも簡単だろうがね。あたしより強い金札に死ぬまで狙われ続けたり、『牛泥棒』について知られてあんたのやったことを広められたりしたら……。あんた、まずいんじゃないか」

 

子ドラゴンは、ぐっと言葉に詰まった。

 

あたしは子ドラゴン以外には平身低頭しながら、この厄介なガキを都市の外へと連れ出していく。

 

その道すがら、あたしは固く決意した。

 

(じっくり準備をしようと思っていたが止めだ。浮遊島攻略を最短で完了して、このクソガキをさっさと親元に叩き返してやるよ)

 

こうして、あたしの束の間の休息は終わりを告げた。

 

新たな、そしてより大きな厄介事の舞台への幕が、今、最短距離で上がろうとしていた。

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