悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第61話】天翔ける悪女と、魔王の胎動

「――ごふっ!」

 

あたしの口から、我慢しきれない呼気が漏れる。

 

視界の端を、雲が凄まじい速さで後方へと流れていく。

 

地上数百メートル、あるいはもっと上か。

 

肌を刺す風はもはや暴風と呼んで差し支えなく、あたしの髪はとうの昔に貞淑な乙女のそれとは程遠い、メデューサか何かの無残な有様と化していた。

 

あたしの思考を読み取ったハネッコが隣で何か叫んでいるが、彼女のか細い声はあたしに届く前に風に掻き消される。

 

念動力で自身の髪や服が乱れないようにしている天使様と、魔法で同じことをしている魔族の美容師を横目に、あたしは元凶を睨みつけた。

 

先頭で、あたしたち全員を繋いだロープをぐいぐいと引っ張っている、あの忌々しいクソガキドラゴンだ。

 

「おもいっきり飛ぶの、きもちいー!」

 

その無邪気な叫び声と共に、奴は遊び半分に急加速と急旋回を繰り返す。

 

そのたびにあたしたちは無慈悲な遠心力に振り回され、特注の頑丈なロープがミシミシと悲鳴を上げた。

 

落下して地面に叩きつけられる恐怖。

 

それよりも、この状況を作り出したクソガキへの殺意が、あたしの精神を支配した。

 

「この、トカゲ野郎……ッ!」

 

あたしは風圧に顔を歪ませながら、両手両足を使って器用にロープを伝い始めた。

 

振り落とされようが、腕がちぎれようが、絶対に奴の頭をぶん殴ってやる。

 

その覚悟が、あたしの顔に浮かぶ獰猛な笑みから殺気となって溢れ出たのだろう。

 

「ひっ!?」

 

あたしの接近に気づいた子ドラゴンが素っ頓狂な声を上げた。

 

遊びの時間は終わりだ。

 

奴はようやく進路を真っ直ぐ、目的地へと向け直した。

 

やがて視界の先に、巨大な影が浮かび上がる。

 

あれが浮遊島か。

 

前世の知識にあるようなロマン溢れる見た目を期待していたわけではないが、それにしてもあんまりな光景だった。

 

あれは島というより、巨大な岩の丼をひっくり返したような代物だ。

 

それも、あちこちが欠け、崩れ、いつ全体が崩壊してもおかしくない「空中遺跡」。

 

その表面や周囲には、黒い点にしか見えないが、おびただしい数のドラゴン(魔物)が蠢いている。

 

「とまってー! ぶつかっちゃうー!」

 

後方からミレットの絶叫が聞こえる。

 

魔法で拡声されているが、子ドラゴンは「貧弱な魔族」と侮っているのか聞く耳を持たない。

 

だが、奴の判断は正しい。

 

こんな場所で止まれば空中に浮かぶ的になるだけだ。

 

「構わん、このまま行け!」

 

あたしは喉が張り裂けんばかりに叫び、ハネッコに向けて身振りで突撃の意思を伝える。

 

あたしの思考を読んだハネッコがこくりと頷き、衝突の衝撃に備えて念動力を集中させるのが気配で分かった。

 

「いくぞー!!」

 

子ドラゴンが最後の加速をする。

 

空中にいたドラゴン(魔物)たちが侵入者に気づき、迎撃のためにブレスを放つが、あたしたちの速度が遥かに上回っていた。

 

直撃しそうになった一発だけが、ミレットが半泣きで展開した巨大な氷の盾に阻まれ、霧散する。

 

「こりゃさすがに死ぬかねっ」

 

あたしは獰猛に口角を吊り上げた。

 

「とーちゃーく!」

 

子ドラゴンの楽しそうな声と同時に、浮遊島の地面が眼前に迫る。

 

ハネッコの念動力が衝撃を殺しきれず、あたしは地面に叩きつけられ、そのまま凄まじい勢いで滑走した。

 

とっさに予備のナイフで全員を繋いでいたロープを切断する。

 

他の二人を巻き込むわけにはいかない。

 

「はっ、格好がつかないね」

 

カンストした耐久力のおかげで皮膚がすり減ることはない。

 

だが、勢いは止まらず、あちこちに体をぶつけながら進んでいく。

 

持っていたナイフもどこかへ吹き飛んだ。

 

だが、相棒の鉄バットだけは、根性で握りしめていた。

 

滑走の先に、突然の侵入者に呆然と立ち尽くすドラゴン(魔物)の群れが見える。

 

「まず一匹!」

 

速度が人間並みに落ちた瞬間、あたしは勢いのまま立ち上がり進路を微修正。

 

最も近くにいたドラゴンの脇をすり抜けざま、鉄バットでその脇腹を無惨に抉り取った。

 

甲高い悲鳴が、戦いの始まりを告げる。

 

「奇襲の効果があるうちに浮遊島の表面を制圧する! ハネッコは建物の中から酸素を抜き取れ! ミレットはとにかく防御に集中! あたしはこのまま地上の奴らをぶっ殺す!」

 

「建物? どこの建物!?」

 

ハネッコは近くで始まった戦闘の恐怖でパニックに陥り、目をぎゅっと閉じてすらいる。

 

「防御最優先! 余裕があるときだけ、足の裏から下の空気を上に動かせ!」

 

「は、はい!」

 

今のハネッコは、あたしの命令に従うことで、かろうじて正気を保っていた。

 

「ぼくはー?」

 

「怪我しない程度に遊んでな! あんたが死んだり大怪我したら、ここを制圧しても何の利益もないんだよ!」

 

あたしの言葉に子ドラゴンは不満そうだったが、すぐに別のドラゴンとの戦闘に突入していく。

 

返り血を浴びたあたしが一番目立っていたせいか、ドラゴンたちの攻撃の大半はあたしへと集中した。

 

ブレスの至近弾を浴び、体当たりで吹き飛ばされるが、ミレットの施術による魔法耐性と、自慢の耐久力で耐えきる。

 

その間に、恐怖から立ち直ったミレットが氷の壁で城塞を築く。

 

そこから放たれるギロチンじみた氷の刃が、飛来するドラゴンの翼を次々と切り裂いて地上に墜としていった。

 

子ドラゴンも、一度調子に乗って突撃して遺跡の一部を派手に破壊してしまった後は反省したらしい。

 

上空で敵の翼を狙い、地上戦へ引きずり下ろす役に徹し始めた。

 

「飛んでるドラゴンを下へ追い込め! そうすれば!」

 

あたしは、不用意に降下してきたドラゴンを下から迎え撃つ。

 

鉄バットで足を潰し、腹に風穴を開けると、激痛でのたうち回る巨体に冷たく言い放った。

 

「あたしが殺してやるよ! 空飛ぶ島は落とさずになぁっ!」

 

戦闘が始まってどれくらい経っただろうか。

 

敵の数が目に見えて減ってきた頃、あたしは集中が切れ、脆くなっていた地面を派手に踏み抜いた。

 

落下を覚悟した体は、しかし、見えない力に支えられて宙に留まる。

 

「やれやれ、自分の力だけでドラゴン退治できたつもりでいたら、天使様におんぶに抱っことはね」

 

ハネッコの力を借りることになったのはあたしの実力不足が原因だ。

 

怒りや苛立ちを他人に向けるほど、あたしはまだ落ちてはいない。

 

戦いが終わり、生き残ったドラゴンは数えるほどになった。

 

ミレットは魔力を使い果たし、高価なポーションを呷って青い顔をしている。

 

子ドラゴンが、戦利品を漁ろうと地下への入り口に顔を突っ込もうとした。

 

「待ちな」

 

あたしは奴の足先を鉄バットで軽く叩いて制止する。

 

「必要も無いのに苦しい思いをしたいなら謝るけどね、まあ、奥を見てみな」

 

子ドラゴンが訝しげに中を覗き込むと、そこにはハネッコが仕掛けた酸欠の罠にかかり、苦悶の表情のまま息絶えたドラゴンたちの死体が転がっていた。

 

傷一つないその死に様はどんな斬殺死体よりもおぞましく、子ドラゴンはぶるりと体を震わせた。

 

その傍らで、ハネッコが瀕死のドラゴンを見下ろしていた。

 

彼女の本来の目的は、新たな治療法の実験。

 

しかし、目の前で苦しむ命を前に、その行為が本当に許されるのか葛藤しているのが見て取れた。

 

あたしはハネッコに近づき、静かに告げる。

 

「嫌なら止めてもいいし、またやる気になるまで中止でもいいだろ。ただ、放っておけばこいつは……こいつだけじゃなく、死にかけてるドラゴン全てが死ぬよ」

 

あたしはハネッコを責めもしないし、止めもしない。

 

「勝って、生き残っている間は、好きなようにやればいいのさ」

 

数時間後。

 

あたしが見たのは、信じがたい光景だった。

 

傷一つなく治癒されたドラゴンたちがハネッコの前に傅き、自らの意思で動きを止めている。

 

まるで絶対的な主君に仕える騎士のように。

 

「いいですか。まだ治ったかどうかは分かりません。しばらくは体を休めて……」

 

静かに語りかけるハネッコの姿は、慈悲深い天使というよりは、むしろ……。

 

「魔王、ですよね」

 

青い顔のミレットが、あたしの考えをそのまま口にした。

 

「本人の意識は違うだろうが、事情を知らない奴が見れば高確率でそう思うだろうね」

 

あたしが肩をすくめた、その時だった。

 

「ごはんまだー?」

 

シリアスな空気をぶち壊す、子ドラゴンの能天気な声が響き渡る。

 

まだ内部の調査が進んでいないのに、新たな秩序と平和が訪れたような、奇妙な状況になっていた。

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