悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第62話】悪女の算盤と、天使の深淵と、竜の涙

浮遊島の戦いで舞い上がった土埃と血の匂いが、ようやく風に流され始めた。

 

眼下にはあたしが屠ったドラゴン(魔物)の亡骸が転がり、その向こうではミレットが築いた氷の城塞が、傾き始めた陽の光を浴びて物悲しく輝いている。

 

戦いは、終わった。

 

だが、厄介事は終わらない。

 

「ごーはーんー! おなかすいたー!」

 

静寂をぶち壊したのは、やはりあのクソガキドラゴンだった。

 

制圧したばかりの浮遊島の中心で、子供のように手足をばたつかせ、腹が減ったとみっともなく騒いでいる。

 

その声に呼応するように、ハネッコの背後に控える、ついさっきまで敵だったはずのドラゴン(魔物)たちからも、ぐぅぅ、と地鳴りのような腹の音が響いてきた。

 

(ハネッコが治療なんかしなけりゃ、そこの死体をまとめて食わせて解決だったんだがね)

 

あたしは内心で毒づき、口に出かかった悪態をなんとか飲み込んだ。

 

今ここでそれを言えば、ただでさえ青い顔をしているミレットが卒倒しかねない。

 

あたしは思考を使い、隣で浮遊島の損傷具合を分析している天使様に意識を飛ばした。

 

(ハネッコ。こいつら、いつまで面倒を見るつもりだい?)

 

あたしの問いかけにハネッコはこちらに視線を向けた。

 

その表情には「この人はいったい何を当たり前のことを聞いているのですか」と、はっきりと書いてある。

 

「あなたが持ち込んだ『経過観察』という概念、忘れたのですか」

 

思考ではなく、凛とした声が直接返ってきた。

 

「この子たちの治療が本当に成功したのか。そして、この浮遊島で新たな生態系を築き、世代交代が無事に行われるか。その全てを見届けるまで、わたくしが責任をもって面倒をみます」

 

「……気が長いねぇ」

 

思わず感嘆の声が漏れた。

 

数時間、数日で終わる話ではない。

 

年単位、あるいはそれ以上か。

 

あたしは目の前の天使の、人間とはあまりにかけ離れた時間感覚と一度決めたことに対する執念の深さに、改めて戦慄を覚える。

 

こいつを本気で敵に回すのだけは、絶対にやめよう。

 

「ごはん! ごはん!」

 

「静かにしな、このクソガキ」

 

あたしの思考を遮り、子ドラゴンが拗ねた態度でずいと顔を寄せてくる。

 

「空腹だから何か持ってないか、くらいのことは言えないのかね、この若様は」

 

あたしは呆れつつも、懐から油紙に包まれた塊を取り出した。

 

野球のボールほどの大きさの、ナッツをふんだんに使ったクッキー。

 

その表面には、保存とカロリー補給のために大量の蜂蜜が染みこませてある。

 

あたしの特製非常食だ。

 

「分かった分かった。あんたの図体じゃ飴玉みたいなもんだが、これで飢えをしのぎな」

 

包みを開いた瞬間、濃厚な甘い香りが広がった。

 

「おー!」

 

子ドラゴンは目を輝かせ、初めて嗅ぐ匂いに興味津々だ。

 

その変化を隣のハネッコも見逃さなかった。

 

普段は隠している純白の翼が、感情のままにぱたぱたと楽しげに揺れている。

 

(あんたも欲しいのかい)

 

「……」

 

こくり、と無言で頷く天使様。

 

あたしはもう一つ、少しだけ小さな包みを取り出し、ハネッコに放り投げた。

 

「ほらよ」

 

ハネッコはそれを危なげなく受け取ると表情を華やがせた。

 

だが、すぐに一人で食べることはせず、振り返って背後の配下ドラゴンたちを見やる。

 

そしてクッキーを念動力で器用に分割し主だったドラゴンたちに分け与え始めた。

 

その姿は、慈悲深い主そのものだ。

 

「あの」

 

控えめな声に振り返ると、ミレットが遠慮がちにこちらを見ていた。

 

「年長組は我慢しろ、と言いたいところだが……あんたも若いのかい?」

 

「人間……んんっ、魔族としては若輩です!」

 

思わず本音が漏れたな、こいつ。

 

魔族にとっては魔族こそが『人間』で、あたしたちのような種族は『魔力なし』か『蛮族』程度の認識なのだろう。

 

「今回はあんたもよくやったよ」

 

あたしは最後の包みを取り出し、半分に割った片方をミレットに渡した。

 

彼女は露骨にがっかりした顔をしたが、文句を言える立場でないことは理解しているらしい。

 

「せめて水があれば、腹も膨れるんだがね」

 

水筒はあるが全員に行き渡らせるにはあまりに量が少ない。

 

探索を中断し、地上へ戻るしかないか。

 

あたしがそう判断した、その時だった。

 

「セレスティア」

 

ハネッコが、配下の一頭から何かを読み取ったようだ。

 

「こちらへ」

 

彼女に導かれるまま島の中心部へ向かうと、崩れた遺跡の合間に、奇跡的にその形を保った噴水があった。

 

チョロチョロとではあるが、絶えず清水が湧き出している。

 

「嘘、これ、飲めます!」

 

ミレットが鑑定魔法を使い、驚きの声を上げた。

 

「のむ!」

 

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、子ドラゴンが噴水に巨大な頭を突っ込みがぶがぶと水を飲み始めた。

 

そのあまりに野生的な姿に、あたしは思わず眉をひそめる。

 

(こいつ、あたしと会った時より馬鹿になってないか?)

 

いや、違う。

 

最初の頃はあたしを「外敵」と認識して警戒していたが、今では「口うるさいが頼りになる近所の婆さん」くらいに思っているのだろう。

 

完全に気を抜き、甘えきっている証拠だ。

 

「この浮遊要塞、セレスティアの知るものほどではないですが、機能の一部はまだ維持されているようですね」

 

ハネッコが冷静に分析する。

 

「へえ、便利だねぇ。あんたがそこまで読み取れるとは」

 

「……そこでどうして『便利』という感想が出てくるのですか。普通なら、わたくしの能力に恐れや嫌悪を抱くのではありませんか?」

 

ハネッコが、珍しくあたしの価値観そのものに踏み込んできた。

 

あたしは数秒、言葉を選んだ。

 

「あんたの言う『普通』が、あたしには分からないだけさ。魔物がいて魔法があって、鍛えれば絵物語の強さが手に入る世界だ。サトリ妖怪っぽい天使が一人くらいいたって、驚く理由にはならないよ」

 

「……セレスティアが以前にいた場所は、恐ろしいところだったのかもしれませんね」

 

あたしの思考に嘘偽りがないことを確認したハネッコが、静かに呟いた。

 

「ノーコメント、ってことにしておくよ」

 

水とわずかな食料で腹を満たしたことで、探索を続行する気力が湧いてきた。

 

あたしは腹を出して大の字に寝転がっている子ドラゴンを叩き起こす。

 

「地下の調査に移るよ」

 

「いってらっしゃーい」

 

「あんたも来るんだ。もともとはあんたのじーさんの宝なんだろう。あたしが盗んだと疑われたらたまったもんじゃない」

 

「ざいほう、ないの!?」

 

その単語に、子ドラゴンは勢いよく飛び起きた。

 

「それをこれから調べに行くのさ。長年、別の奴らが住み着いてたんだ。なくなっていても不思議はない」

 

「こまる……」

 

全員で地下へと続く入り口へ向かう。

 

内部はミレットが作り出した光球が照らし出し、幻想的な光景が広がっていた。

 

道中、生き残っていたドラゴンに遭遇したが、それは戦闘にはならなかった。

 

ハネッコの配下となったドラゴンが前に出て、唸り声や身振りで何かを伝え、時には殺さない程度に組み合う。

 

あたしたちという圧倒的な戦力が後ろに控え、さらに目の前に「傷を癒やす」という奇跡を見せる主がいるのだ。

 

敵対する理由など彼らにはなかった。

 

こうしてハネッコの軍勢は、本人の意思とは無関係に数を増やしていく。

 

遺跡の深部には、黄金で造られた巨大な像や、あたしの知識にはない、しかし一目で強力だと分かる魔法金属の武具がそこかしこに安置されていた。

 

「多いね」

 

「じーちゃんの宝だからね!」

 

子ドラゴンが胸を張る。

 

やがてミレットが、遺跡の構造から最後の未調査区域を指し示した。

 

「あそこが最後のようです。ずいぶんと……明るいですが」

 

その部屋の入り口に立った瞬間、誰もが息を呑んだ。

 

部屋全体が、柔らかな銀色の光に満たされている。

 

「あれっ……」

 

隣で、子ドラゴンがぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 

本人もなぜ涙が出るのか分からないらしく、戸惑いながら「なんでだろう。懐かしい……」と呟いている。

 

ハネッコの配下たちは、強い緊張からか部屋に一歩も踏み込もうとしない。

 

部屋の中心。

 

光の源は、台座の上に静かに安置された、一枚のドラゴンの鱗だった。

 

「天界の気配を感じます」

 

ハネッコが、戦慄に満ちた声で言った。

 

「……マジか」

 

あたしの表情が、自分でも分かるほどに引きつる。

 

(クソガキの祖父が隠した宝が、天界と関係のある、推定ドラゴンの鱗? とんでもない代物じゃないか)

 

あたしの脳裏を、これまでのどんな敵よりも強烈な「破滅」の二文字がよぎった。

 

思考が高速で切り替わる。

 

これは財宝じゃない。

 

厄介事の塊だ。

 

どうやって手に入れるか、じゃない。

 

どうやって、これを安全に手放し、厄介事を誰かに押し付けるか。

 

あたしの悪女としての算盤が、これまでで最も複雑で、最も重要な計算を始めようとしていた。

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