悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
浮遊島の深部、その部屋は静寂と、柔らかな銀色の光に満たされていた。
あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、目の前の光景に息を呑む。
光の源は、台座に安置された一枚のドラゴンの鱗。
そこから放たれる清浄で、しかし圧倒的な気配は、紛れもなく天界のものだった。
「……」
隣では、魔族の美容師ミレットが恐怖と困惑で顔を青ざめさせ、天使であるはずのハネッコすら、その表情に隠しきれない緊張を浮かべていた。
対照的に、元凶である子ドラゴン――いや、もうクソガキとは呼べないかもしれない――は、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしながら、懐かしそうに鱗を見つめている。
(莫大な価値があるだろう。だがそれ以上に、下手に手を出せば国どころか種族さえ巻き込む破滅の引き金になりかねない)
あたしの頭脳が悪役令嬢として、そして元OLとしての経験を総動員し、最速で結論を弾き出す。
これは財宝じゃない。
どうやって手に入れるかじゃない。
どうやって、この厄介事を安全に手放すかだ。
あたしは覚悟を決め、この場の全員に聞こえるように、しかし有無を言わせぬ響きを込めて言い放った。
「これを、種族としての高位ドラゴンに引き渡すまでは、あたしたちは一蓮托生だ」
あたしの言葉に、ミレットがびくりと肩を震わせる。
あたしは構わず、自らが生き延びるための強い意志を込めて続けた。
「今からあたしは無茶を言う。もっと良い案があるなら遠慮せずに言っとくれ。だが、不安や疑問があるだけなら、全てが終わってからにしてくれ」
威張るためじゃない。
序列を誇示するためでもない。
ただ、生き残るために。
「基本は今までと変わらない。この浮遊島を、そこの高位ドラゴンの主導で制圧して、高位ドラゴンに引き渡す。その中に『それ』が加わっただけさ」
「そ、それだけ、運ぶのは駄目ですか?」
ミレットが恐る恐る口を挟む。
「できれば避けたい。すごい力は感じるが、おそらくだがかなり昔からあるものだろう。万一壊れたりしたら、責任の所在が不明確になってあたしたちが全ての罪を被る可能性がある」
あたしの言葉に、ミレットは最悪の未来を想像したのかぞっとした表情になり、自分の意見を取り下げた。
「もちろん、選択肢としてはありだ。他の手段が全部駄目だった時の、最終手段だがね」
「よし! 切り替えていくぞ」
あたしはパン、と手を打ち鳴らし、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「ハネッコはドラゴンどもと一緒に地上の拠点から食料と物資を運び込んでくれ。一度の往復で可能な限りの量をな。たぶんだが、時間がたてばたつほど浮遊島の変化に気付く奴が増える」
「考えすぎでは?」
「考えすぎくらいで丁度いいさ。それとミレット」
「はいっ!?」
呼ばれると思っていなかったミレットが、素っ頓狂な声を上げた。
「あれは鑑定するな。もし既にしてるなら鑑定結果をあたしたちに知らせるな。知られたら地の果てまででも追いかけて殺すしかない、って情報かもしれないからね」
「ひぃっ」とミレットが無意識に悲鳴をあげる。
どうやら鑑定可能なことと、そのリスクに思い至ったらしい。
あたしは最後に、この厄介事の中心にいる若様に視線を向けた。
「これからは本気で若様と呼ばせてもらう。若様、そいつに関わる資格があるとしたら、この場にいる中ではあんただけだ。引き渡すにせよ、若様のものにしちまうにせよ、若様が責任を持つしかない」
「うん。僕がここで守る」
以前の彼からは考えられない、しっかりとした声音だった。
よし、こいつはここに固定だ。
あたしらが盗んだり何か細工をしたと疑われるだけでも面倒だからな。
「で、だ」
そこまで頼り甲斐のある態度だったあたしは、切羽詰まった声を出した。
「単独行動可能で速度も出せるあたしが、若様のじい様か若様の一族に知らせに行くしかないんだが……高位ドラゴン相手に、どうやって自分が若様の使いだと信じさせるか、思い付かん」
高位ドラゴン相手に詐欺を働くなんて自殺行為だ。
だが、それが分からずに仕掛ける馬鹿はごまんといるはずだ。
あたしが姿を見せただけで疑われ、苛立ったドラゴンに消し炭にされる未来が容易に想像できた。
「そうなの?」
若様は最初は理解していなかったが、あたしとハネッコの深刻な様子から事態を把握したらしい。
彼は少し考えると、「動かないで」とあたしに告げた。
次の瞬間、彼の顎が開き、あたしの首筋に寄せられる。
咄嗟に身構えたが、ハネッコからの目配せで、本気で攻撃される寸前までは耐えることにした。
カツン、と軽い感触。
若様は細心の注意を払って、あたしの首に薄らと自身の歯型を刻みつけた。
「これで僕の使いだと分かってくれる、と思う」
痛みはない。
だが、以前感じた力の変化とはまた質の違う、奇妙な違和感を首筋に感じた。
カンストしたはずの耐久力の一部が、まるで鍵を開けられて別の回路に接続されたような、ざわりとした感覚だった。
「思う、ねぇ。まあいい。どうせやることは変わらない。どこに言って誰に伝えればいいか、教えてくれ」
若様は頷き、目指すべき『里』の場所と、そこで会うべき相手の名をあたしに説明し始めた。
それから数時間後。
あたしとハネッコは、彼女の配下となったドラゴンに牽引され、海岸に築かれた地上拠点へと舞い降りた。
そこにはシロとクロ、商人、そしてあたしが保護した獣人や屈服させたケンタウロスたちが、大量の物資と共に帰りを待っていた。
あたしたちのただ事でない様子を察し、覚悟を決めた顔で近付いてくる。
「詳しい話はハネッコから聞いとくれ」
あたしは商人に地上の指揮を託すと、彼は神妙に頷き、一つの情報を告げた。
「セレスティアはん、教会勢力があなた方の動向を調査していました。かなり執拗に」
「……そうかい」
浮遊島に到着する前の話か。
教会は、あそこに何があるか知っていたとでも言うのか。
新たな、そして底知れない脅威の存在に、あたしは内心で舌打ちした。
「シロ、クロ、荷車はあるかい」
「はい!」
「ついてく!」
二人は、あたしがこれまでで最も危険な旅に出ることを直感したのだろう。
意地でもついてくると、その瞳が雄弁に物語っていた。
二人が彼らが誇らしげに牽いてきたのは、職人が腕によりをかけて作ったという、ゴムまりのような奇妙な素材が取り付けられた車輪を持つ新型の荷車だった。
「ゴムタイヤだと? いや、魔物素材か。請求が怖いが、今は有り難い」
あたしは二人を荷台に乗せると、ハネッコに一瞥をくれる。
「後は任せる」
「ご無事で」
商人が「支払いはたっぷりでお願いしますよ」といつもの調子で言ったのを背中で聞き流し、あたしは地を蹴った。
あたしの『足』は、荒野を疾走する。
目的地は、遥か彼方の『竜の里』。
荷車は激しく揺れるが、あの特殊な車輪のおかげか、壊れることなく速度についてきている。
日没後も、安全のため多少速度は落とすが、走り続ける。
あたしが仮眠をとるわずかな時間、それまで荷台で休んでいたシロとクロが、交代であたしの傍らに立ち、不寝番を務めていた。
翌日の昼が近づくと、街道の先に教会の者らしい騎馬兵の姿が散見され始めた。
遠くから誰何の声が飛ぶが、あたしは一切無視して目的地へと突き進む。
しかし、陽が落ち、世界が茜色に染まる頃。
あたしは背後に、自分以上の速度で迫る一つの気配を感知した。
重装兵。
その執念深い殺気。
間違いない。
「ゲオルグだと?」
かつて我が家を燃やし、ハネッコを狙った元騎士。
だが、その気配は以前とは比べ物にならないほど禍々しく、人ならざる邪悪なものへと変質していた。
あたしの顔に、驚愕と、そして獰猛な闘志が浮かぶ。
厄介事が、向こうからやって来た。
なら、やることは一つだ。