悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第64話】荒野の死闘と、悪女の帰還

街道を切り裂くように疾走していたあたしの足が、不意にその勢いを殺した。

 

地を蹴る力が推進力から制動力へと変わり、魔物素材の特殊な車輪が悲鳴のような摩擦音を立てる。

 

後方で荷車が激しく揺れ、今にも横転しそうだ。

 

だが、そんなことは構っていられない。

 

前方に、奴がいる。

 

かつて我が家を燃やし、ハネッコを狙った元騎士、ゲオルグ。

 

だが、その気配はもはや人間のそれではなかった。

 

鎧の隙間から漏れ出すのは、憎悪と狂気が練り上げられたような、禍々しい邪気そのものだ。

 

「シロ、クロ!」

 

あたしの叫びに、二人は即座に反応する。

 

「ボール以外は全部捨てな! 予算は考えるな、あたしのポケットマネーでどうにかしてやる!」

 

「はい!」「あう!」

 

二人は躊躇なく荷車から飛び降りると、最も重要な武装である爆発ボールの入った背負い袋を確保し、あたしの左右へと散開した。

 

ほぼ同時に、ゲオルグの口から、およそ人間の声帯から発せられたとは思えぬ音が迸る。

 

「異ィィィ端者ァァァァッ!!」

 

「教会のヤバイ部署にでも改造されたのかい?」

 

あたしは内心の戦慄を押し殺し、不遜な笑みを唇に刻んだ。

 

シロとクロに「こいつは勝てる相手だ」と思わせるために。

 

そして何より、この絶望的な状況に立ち向かう自分自身を奮い立たせるために。

 

「最初の失敗のときに無理に挽回しようとしなけりゃ、今でも強者でございって顔が出来たはずなのになぁ!?」

 

挑発は、奴のわずかに残った理性の箍を外すには十分だった。

 

あたしは地を蹴り、鉄バットを手に真正面からゲオルグへと殴りかかる。

 

だが、ゲオルグはあたしを見ていなかった。

 

異様な速度で詠唱を終えると、その掌から放たれたのは青白い炎の塊。

 

狙いは、あたしが放棄した荷車だ。

 

轟音すら立てる間もなく、職人謹製の新型荷車は一瞬で消し炭に変わる。

 

(青い炎? こけおどしじゃないならとんでもない温度ってことか。こりゃ、強化されすぎじゃないかねぇ)

 

ゲオルグが追撃の魔法をあたしに向けようとした、その刹那。

 

「こっち、みろ!」

 

クロの鋭い声と共に、鉄バットに弾かれたボールが猛烈な勢いでゲオルグへと迫る。

 

それは爆発しない、ただ頑丈なだけのボール。

 

爆発を警戒したゲオルグは、広範囲を薙ぎ払う炎でそれを迎え撃った。

 

しかし、クロが渾身の力で打ち出したボールは、炎の壁をたやすく貫通し、ゲオルグの兜に深々と突き刺さる。

 

凄まじい衝撃音。

 

だが、兜に刻まれたのは、その威力に比してあまりに小さな凹みだけだった。

 

「いい鎧使ってるね。ったく、教会は金を稼ぎすぎだよ」

 

悪態をつきながら、あたしはゲオルグとの距離をさらに詰める。

 

ここからは消耗戦だ。

 

あたしは接近戦に徹し、ゲオルグは距離を取りながら魔法を放つ。

 

純粋な速度ではゲオルグが上。

 

だが、前へ前へと突き進むあたしと、後退しながら攻撃するゲオルグの速度は奇妙に拮抗し、一進一退の攻防が続いた。

 

奴の狙いはあたしだけでなく、明らかに脆いシロとクロにも向けられている。

 

ゲオルグの放つ青い炎があたしの頬を掠めた。

 

熱せられた空気が肺腑を焼く。

 

(まずいな。このままじゃ口の中や肺まで焼かれる)

 

あたしはそれ以降、口を固く閉ざして戦うことを決意した。

 

そして、この戦場で最も信頼できる相棒たちに、一瞥だけで全てを託す。

 

(判断はお前達に任せる!)

 

あたしの意図を正確に読み取ったシロとクロが、こくりと頷く。

 

「あぶない」「でも一番マシだお」

 

短い会話の後、二人の戦術が変わった。

 

クロが放つ爆発するボールの軌道は、明らかに、あたしをも爆風に巻き込むことを厭わないものになっていた。

 

最初の爆発が、ゲオルグの足元、そしてあたしの背後で炸裂する。

 

衝撃と熱波にあおられるが自慢の耐久力で耐えきる。

 

(いい案だ、続けな)

 

あたしの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。

 

視線はゲオルグから一切外さない。

 

あたしたち三人の覚悟が一つになった瞬間、戦況は三つ巴の熾烈な撃ち合いへと移行した。

 

あたしの鉄バットが、ゲオルグの鎧を少しずつしかし確実に破壊していく。

 

ゲオルグの魔法が、施術の効果をもってしても、あたしの肉体を確実に蝕んでいく。

 

どちらが先に倒れるか。

 

まさにその瀬戸際で、焦ったのはクロだった。

 

「あねごっ!」

 

あたしの消耗が激しいと見たクロは、残りの爆発ボールが詰まった背負い袋そのものを鉄バットで打ち込むという暴挙に出た。

 

だが、速度の乗らないそれは、ゲオルグの魔法にあっさりと迎撃され、凄まじい爆風がクロ自身を吹き飛ばす。

 

受け身は取ったようだが、苦しげに呻き、立ち上がれない。

 

「――ッ!」

 

あたしはクロを庇わない。

 

否、庇えなかった。

 

クロが作り出した、その一瞬の隙。

 

それこそが、この泥沼の戦いを終わらせる唯一の好機だと直感したからだ。

 

あたしは渾身の力を込めて鉄バットを振り下ろす。

 

ガキン、とこれまでとは違う鈍い音が響き、ゲオルグの分厚い鎧に、初めて深々と亀裂が入った。

 

ゲオルグの口から、罵声ではない、赤黒い血の塊が零れ落ちる。

 

だが、あたしも限界だった。

 

体は熱く、血が足りないのか、視界が白と黒に明滅する。

 

それでもあたしは無意識に獣のような雄叫びを上げ、半ば砕けた鉄バットを鎧の亀裂へと突き刺した。

 

バキッ!

 

激戦に耐えきれず鉄バットが砕け散る。

 

だが、その中から剥き出しになった忌まわしき『角』が、ゲオルグの生命力を急速に蝕んでいく。

 

最後の力を振り絞り、ゲオルグが大魔法の詠唱を始める。

 

まずい。

 

あたしの次の一手が間に合わない。

 

「ひひひ」

 

勝利を確信しゲオルグが不気味に笑う。

 

その兜の下で大きく口が開かれ、詠唱が完了しようとした、その時。

 

横から伸びてきた小さな手が、持っていた解体用ナイフを鎧の隙間から滑り込ませ、ゲオルグの舌を正確に切り裂いた。

 

詠唱は不発に終わる。

 

大量の血が気道を塞ぎ、ゲオルグは自らの血で溺れた。

 

シロだ。

 

彼女が得意とする、音なき奇襲が、ついにこの化け物を捉えたのだ。

 

「こいつを、くれてやるよ」

 

あたしは剥き出しになった『角』を掴むと、ゲオルグの兜ごと頭部に突き立てた。

 

頭蓋骨を貫くほどの威力はない。

 

だが、魔法使いに害をなす呪いの力が、ゲオルグの抵抗を完全に沈黙させた。

 

絶命した巨体を見下ろし、あたしはシロを褒め、クロを助け起こそうとする。

 

だが、声も、体も、もうまともには動かなかった。

 

回復薬も、水も、全てが灰になった。

 

シロがあわあわと混乱する中、根性で身を起こしたクロが、空を見上げて叫んだ。

 

「ドラゴン、おおきい!」

 

死闘の熱気が冷めやらぬ荒野に、巨大な影が落ちる。

 

威厳に満ちた、子ドラゴンを遥かに凌ぐ体躯の長ドラゴン。

 

そしてその護衛たち。

 

彼らは音もなくあたしたちの前に着地した。

 

「『里』の近くで騒ぐとは、今の『人間』どもは約束を守る気もなしか」

 

絶対的な強者が放つ殺気じみた威圧に、シロとクロは恐怖で涙を流し、犬耳をぺたりと伏せて完全な降伏を示している。

 

あたしは二人を背に庇うように下がらせ、最後の気力を振り絞って、堂々と口上を述べた。

 

「戦地故に略式での挨拶になります。私はセレスティア・フォン・ヴァイス。高位ドラゴンの若者から依頼を受けてこの場に立っています」

 

言い切ったつもりだった。

 

だが、口上は途中で何度か途切れ、立っていることすら奇跡に近い。

 

「浮遊島の制圧を完了し、輝く鱗を発見しました。……教会、が、嗅ぎ回っています。鱗、若様が、守っ……」

 

目の前の光景が、白黒から、やがて完全な黒へと変わっていく。

 

あたしの意識は、そこでぷつりと途絶えた。

 

 

暗い部屋で、あたしはゲームをしていた。

 

内容は、あの忌まかしくも懐かしい「クソゲー」。

 

画面の中には、「セレスティア、シロ、クロ、ハネッコ、ミレット」のパーティが表示されている。

 

そして、あたしの名前の横には、冷たく「死亡」の二文字が灯っていた。

 

「……夢オチかい?」

 

自分の声が、まるで休みなしで十連勤をこなした後のように、ひどく疲れている。

 

見渡せば、そこはOL時代の荒んだ自室だった。

 

「こんな生活してれば死ぬか寝たきりになっちまうよ」

 

笑おうとしても、乾いた息が漏れるだけだ。

 

ディスプレイの中では、あたしの亡骸にすがりついて号泣するシロとクロ、そして静かに考え込んでいるハネッコの姿が映っている。

 

「だが、まあ……」

 

あたしは、どこか晴れやかな気持ちで呟いた。

 

「全力でやり抜いて終わりってのは、悪くない」

 

人生最期の行動にするつもりで、片手で持っていたコントローラーを、そっと床に置こうとする。

 

その時。

 

「そこにいましたか」

 

はっきりと、ハネッコの声が聞こえた。

 

ディスプレイの中の彼女が、あたしが見えているかのように振る舞っている。

 

次の瞬間、両方の手のひらに、シロとクロに本気で噛みつかれたような、鋭い痛みが走った。

 

「引っかき回した責任をとりなさい。……セレスティアとは少しだけ違いますね。まあ少々構わないでしょう。中身も、ほぼ死んでるのも同じですし」

 

「ちょっ……!」

 

あたしの両手が、抗いがたい力でディスプレイに向けてぐいと引っ張られる。

 

超常現象に混乱する間もなく、あたしの体は画面の向こう側へと吸い込まれ、意識は再び暗転した。

 

 

「……がはっ」

 

意識が戻ると同時に、限界まで何かを飲まされた感触と、強烈な吐き気に襲われた。

 

口から「ぼはっ」という音と共に、逆流した高級ポーションが流れ出す。

 

「リーダー!」「あねごっ!」

 

両の手の甲に、シロとクロが必死に噛みついている感触。

 

あたしが目を開けたのに気づくと、二人は涙ながらに抱きついてきた。

 

「ここ、浮遊島です」

 

ミレットの声がする。

 

「セレスティアが意識を失った次の日です。そんなことより」

 

ハネッコが、視線だけで先を示した。

 

そこには、大柄なドラゴンにはあまりに狭い遺跡の通路に、無理やり体をねじ込むようにしてひしめく、長ドラゴンをはじめとした高位ドラゴンたちの姿があった。

 

彼らは皆、あの銀色に輝く『鱗』を見つめ、声にならない感動の声をあげている。

 

そのたびに、浮遊島全体がみしりと嫌な音を立てていた。

 

ハネッコはそんな光景を冷ややかに見つめながら、あたしに告げた。

 

「放っておくと浮遊島が壊れそうです。なんとかしてください」

 

「……難易度が狂ってるねぇ」

 

あたしは、復活した途端に叩きつけられた新たな、そして最大級の無茶振りに、心の底から呆れ果てた声を漏らした。

 

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