悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第65話】天翔ける悪女と竜の理(ことわり)

「……難易度が狂ってるねぇ」

 

死の淵から叩き起こされた直後に叩きつけられた最大級の厄介事に、あたしは心の底から呆れ果てた声を漏らした。

 

だが、感傷に浸っている暇はない。

 

「ハネッコ、あんたに言いたいことは山ほどあるが今は後回しだ。この場を乗り切るため、こき使わせてもらうよ」

 

あたしの思考を読んだのか、ハネッコの眉がわずかにひそむ。あたしを復活させたことを少し後悔している顔だ。

 

「とにかく旨い飯だ。どんな生き物でも腹は減る。他にどれだけ魅力的なものがあってもね」

 

「そう、かな?」

 

隣で、少しだけ大人びた顔つきになった子ドラゴンが首を傾げる。

 

食欲を我慢できるようになったらしいが、それはそれとして腹は減るだろう。

 

「これで駄目なら、ここが崩れる前に全員で逃げ出すしかない。それじゃハネッコ、配下の連中を使って拠点から食料を運び込んどくれ。それと……」

 

あたしはハネッコから羊皮紙を一枚受け取ると、懐のインクでサインと拇印を押し、鍛冶親方に預けてある財産全てをハネッコに譲り渡すという即席の譲渡証書を作り上げた。

 

「あの狐の商人を使って、ありったけの食材を取り寄せな」

 

「全財産……うわっ」

 

羊皮紙に列記された資産目録を見たミレットが、ドン引きした声を上げる。

 

「まだ残っているローンを引いたら半分くらいになるがね。ただまあ、これでも正直ぎりぎりだよ。ドラゴンの食欲は単独でもとんでもないんだ。これだけ数がいるとね……」

 

あたしの言葉に、ハネッコは少しだけショックを受けた表情で、通路の隅で所在なげにしている配下のドラゴン(魔物)たちを見やった。

 

彼らは敬愛する主からの、これから命じられるであろう過酷な重労働を予感し、少しだけ嫌そうな雰囲気を醸し出している。

 

ハネッコの配下たちが地上とのピストン輸送のために飛び立つのを見送りながら、あたしは浮遊島の縁に立った。

 

遠くから、さらに新しいドラゴンたちが集まってくるのが見える。

 

「OL時代に置き換えたら、二千年くらい前の歴史的遺物が完全な状態で発見されたようなものか。そりゃ、見物客も世界中から集まるか。……そういえば、高位ドラゴンに警察とか軍隊とかいるのかい?」

 

「精鋭のこと? だったら今『鱗』を近くで見ているのが精鋭だよ」

 

子ドラゴンの答えにあたしはほくそ笑んだ。

 

トップが機能不全なら現場の裁量で動ける余地は大きい。

 

シロとクロは、そんなあたしの背中を心配そうに見つめていた。

 

「逃げます?」

 

「逃げるのはやるだけやってからでいいさ。とりあえず、水飲み場を作るか」

 

ミレットの弱気な提案を一蹴し、あたしたちは一度使ったことのある噴水へと向かった。

 

それから数時間後。

 

噴水の側には即席の調理場が設営され、地上から運び込まれた巨大な牛の肉が豪快な音を立てて焼かれていた。

 

「ひぃん」

 

「いいから焼け。あんたも無事に地上へ戻りたいだろ」

 

あたしは熱さを我慢しながら、モップじみた刷毛でタレを大きな肉に塗りたくり、ミレットは高度な魔法で肉に最適な火加減を調整している。

 

その香ばしい匂いに、成長したはずの子ドラゴンが以前のように涎を垂らし始めていた。

 

匂いに釣られたのは彼だけでなく、他の高位ドラゴンたちも興味深そうにこちらへ近づいてくる。

 

「あたしは、高位ドラゴンの食事の作法は知らないんだ。どなたに渡せばいいのか分かるかい?」

 

あたしが最も若そうな高位ドラゴンに尋ねる。

 

「そうだな……。誰が一番上かは分かるが、様々な群れから来ているから序列をつけると揉めそうだ」

 

(ちっ、責任転嫁は失敗か)

 

その時だった。

 

「切れたお! すごく新鮮だから生のままいけるかも!」

 

シロが、解体用ナイフを使って見事に牛を切り分けた。

 

その新鮮な肉に、子ドラゴンをはじめとした数頭が、がつがつと迫る。

 

「うちのちっこいのを驚かさないでくれよ。急かさなくてもいい感じに切ってくれるさ」

 

あたしが高位ドラゴンたちを牽制して時間を稼ぐ。

 

シロは、リーダーに援護されたことを理解し、緊張しながらも、一心不乱に肉を処理していった。

 

翌日。

 

あれだけあった食料と調味料は跡形もなく高位ドラゴンたちの胃袋に収まっていた。

 

最初に見たときより心なしか横に大きくなった長ドラゴンが、満足げなげっぷと共に、あたしに感謝を述べた。

 

「あの方ゆかりの品が我等のもとへ戻った。これほど喜ばしいことはない」

 

(どうでもいいから早く解放してくれ)

 

本音を笑顔の仮面の下に隠していると、長ドラゴンはハネッコに視線を移した。

 

「ではハネッコ殿。『里』まで万全な状態へ運ぶ手段に心当たりはないだろうか」

 

ハネッコはちらりとあたしを見る。

 

前世の知識。

 

貴重な歴史的遺物。

 

複数の専門家。

 

キーワードが、あたしの脳裏から彼女へと伝わる。

 

「とても貴重な品です。複数の専門家が長い時間をかけて少しずつ調査と保存を進めていくべきではないでしょうか」

 

ハネッコの提案に、長ドラゴンは深く頷き、同意した。

 

「我々が『人間』に直接関与する時代ではない。じっくりと時間をかけて取り組むことにしよう」

 

最大の厄介事が、あたしたちの手を離れた。

 

長い長い冒険の終わりを、あたしは確かに感じていた。

 

だがまだ報酬を得ていない。

 

「おい、若様。そろそろ報酬について考えて欲しいんだがね」

 

あたしが小声で子ドラゴンに囁くと、奴は「えっ。勝手に雇われを名乗って好き勝手してたんじゃ……」と、心底驚いた顔をした。

 

その小さなやり取りは、優れた五感を持つ長ドラゴンの耳にも、しっかりと届いていた。

 

ハネッコが「なにやってんだか」という顔であきれている。

 

「幼子が若者になるのを見るのは嬉しいことだ。『人間』よ。『鱗』について嗅ぎ回っていた羽虫を潰していたな」

 

長ドラゴンの言葉に、あたしは居住まいを正す。

 

「単に私を狙っていただけかもしれません。個人的な因縁がありましたので」

 

「羽虫であることは変わらない。この島にある好きなものを持っていくがいい。もちろん――」

 

「――輝く存在には近付きませんとも」

 

安堵の吐息が漏れそうになるのを我慢し、あたしは深く頭を下げた。

 

あたしは魔法金属製の鎧一式、シロは解体にも使える多機能なナイフ、クロはバットとしても使える頑丈な棍棒を、有り難く頂戴した。

 

それから数日後。

 

高位ドラゴンたちが厳重に守りを固める浮遊島を後にし、あたしたちは都市へと帰還した。

 

門の手前で、商人と彼に雇われたケンタウロスたちと別れる。

 

「たいへんな仕事になりましたね」

 

「大食いな連中のおかげでこっちはすっからかんだよ。あんたはどうする」

 

「抜け毛ならぬ抜けた鱗をいくつか頂きましたので、なんとか。ではまた。儲け話があれば是非話を持って来てください」

 

ちゃっかりしている商人に苦笑し、一足先に街に戻っていたハネッコとも別れの時を迎える。

 

彼女は借りていた家を引き払い、浮遊島を新たな拠点とするらしい。

 

「街にドラゴンを連れて行く訳にもいきません。旅というより移動ですね」

 

「詳しい場所は聞かないことにするよ。じゃあね」

 

シロ、クロ、そしてミレットと共に街へ入る。

 

懐かしい我が家へ向かう途中、見違えるほど精悍になったケイルに出会った。

 

「おば……おねえさん?」

 

ケイルは何度も目を瞬かせ、あたしの顔をじっと見つめている。

 

「なんだい、色気づいたガキみたいに」

 

「あ、本人だ。でもおばさんじゃなくなってる」

 

「後輩!」「あねごに、しつれい!」

 

先輩風を吹かすシロとクロに、ケイルは素直に頭を下げた。

 

「どういうことだい?」

 

「あー、なるほど。心と体が一致したんですよ」

 

詳細鑑定したミレットが、納得したように言った。

 

「またファンタジーな……」

 

「そんなことより! すごい武器持ってますけどどこで手に入れたんですか?」

 

あたしの変化よりも、あたしたちが持つ魔法金属の武具に目を輝かせるケイルに、あたしは悪女らしい笑みを深めた。

 

「破滅フラグを物理的に叩き折ったら出てきた、かね」

 

呆気にとられる少年をその場に残し、あたしたちは日常へと帰っていく。

 

長く、そして厄介事に満ちた一つの冒険が、ようやく幕を下ろしたのだった。




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